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シドの番


ハイビ国に戻ろうと決めたのはリナリーの呟きからだった。


「リンファたち元気かな……」


船の縁の前でハイビ国のあるほうを眺めながら、物思いにふけている姿を偶然にも目にしてしまった。

リナリーは周りが見えていないようで通りがかった俺に気づいていない。

ハイビ国の出来事も彼女から話に聞いていたが、リンファは特に親身なってくれていたようで、逃亡の際にも友人を引き連れて手助けしてくれていたらしい。

それから半年ほど経ち、何の情報も得られていないので心配するのは当然だろう。

リナリーはため息を吐き、憂いた表情で遠くを見つめ続けている。

彼女は俺に言い寄っては来るが、他のことでわがままを言う姿をみたことがなかった。

そんなささやかな願いを叶えてやりたいと思い、ハイビ国へと立ち寄る決意をした。

リナリー以外は顔が割れていないので、リンファと幼馴染である俺が彼女の様子を見に行くこととなった。

リナリーはそわそわしながら「気を付けてね」と俺を見送った。

数か月ぶりに帰ってきた街は以前とは違い、白装束姿で歩いている人たちが多く目についた。

他国からの旅行客が増えたかと思ったが、地元の人と親密に話していることから地元の人間が白装束を着ているらしい。

ただでさえ暑いというのに着こむ理由がわからなかった。

リンファの家へと出向けば、戸を開けた彼女は挨拶もなく、しばし無言で俺を見ていた。


「旅に出た割には数ヶ月おきに帰ってくるのネ」

「……事情があるんだよ」


家へと招き入れられ、彼女にリナリーを匿うこととなった成り行きを説明する。

リンファは聴き終えると俺の背中をバシバシ叩き「よくやっタ!」と称賛した。痛いからやめろ。


「それはそうと街はどうなってるんだ?やけに防備服で歩いてる人が多くないか?」

「ああ。あれ今流行ってるのヨ」


リンファの話によるとリナリーの格好が防備服だったため、女性たちが彼女を騙って出歩き、レオンを騙しては喜んでいるらしい。女怖ぇー。


「最初は私も見張られてたんだけどターニャとツミキが家に遊びに来るたびに白装束を着てくるようにしてたから、その報告を受けたレオンがリナリーだと勘違いして駆けつけるのを繰り返してたら見張りもなくなったのよネー」

「お前ら……そのうち防備服禁止になるぞ」

「レオンはリナリーのためにそんなことしないヨ」


他の観光客のためでもあるが、いつかリナリーが帰ってきたときのために、か。

いつも女性を侍らせてていけ好かない男であったが健気なところもあるんだなと少し見直した。


「でも良いこともあるヨ。リナリーが遊びに来やすくなっタ」


リンファはウインクしてそう言うとタンスから防備服と片手程の大きさの木の容器を取り出し、俺に手渡した。

それから船に戻るとリンファの手筈通り、リナリーに防備服を身に纏わせ、肌の色を変えるクリームを塗ってもらう。

目元も褐色肌になったリナリーはぱっと見ハイビ国の人に見える。

確かに。これなら一目見ただけではリナリーだとバレないだろう。

それから俺と一緒に船を降り、リンファの家へと向かう。

リナリーはリンファに会えるのが楽しみなのか道中浮き浮きしながら俺に引っ付いていた。


「リナリー!」

「リンファー!」


二人は手を広げ駆け寄るが、リンファの胸に当たったリナリーはバウンドし床へと尻餅をついていた。

……なにやってんだか。

焦ったリンファがリナリーに駆け寄る。


「大丈夫だったカ?」

「うん!会いたかったよリンファー!」

「私もヨー!」


ひしっと二人は抱き合った。

……まさかこんなに仲が良くなっていたとは思わなかった。

二人はすっかり俺の存在など忘れて女同士の会話に花を咲かし始める。


「リンファ、私シドのこと好きになっちゃったの」

「……やっぱりやりたいことって恋人探すことだったノ?」

「だからちげぇーよ!恋人でもない!」


眉を顰め詰め寄るリンファに俺は叫んで否定する。

リナリーは両頬を自身の手で包み込み頬をぽっと赤く染めている。

リンファは息を吐いてから、改めてリナリーに向き合うと彼女の肩に手を置き微笑んだ。


「シドはお人好しで真面目で優しくて面白みがない男だけどリナリーは本当にシドでいいノ?」

「うん!そこが好きなんだ」


余計なお世話、とリンファを睨んだがリナリーは笑顔で躊躇なく頷いた。

胸がキュンとして思わず胸をぎゅっと掴む。

嬉しくて胸がく、苦しい……。


「そっカー。リナリーがそう言うならしょうがないネ。…シド、リナリー泣かせたら海に沈めるからネ」


笑顔で物騒なことをいうリンファ。

彼女の性格上本当に実行しそうなので肝に銘じた。


「……好きといえば、シド。最近ミミが貴方が帰ってきてないかよく聞きに来るのよネ」


やれやれとリンファは肩を竦め、嫌そうにため息を付いた。

その名はできれば聞きたくはなかった。

俺を振った番のミミ。

ハイビに足を踏み入れるということは彼女に出くわす可能性が高くなるのだと心構えはしていたが、まさか積極的に俺を探していると聞けばと憂鬱にもなるというもの。

口元が引きつる。


「な、なんのために?」

「さあ?あんまり関わり合いたくないから何も聞いてないヨ」


リンファとミミは馬が合わないらしく、用事があるときのみの関わりしかしていない。

しかし、本当に今になって何の用だ?

思い当たる節がない。

過去の記憶を遡るも、苦々しい気持ちにしかならない。


「ミミって誰?」

「シドの番ヨ」

「ああ。あの振られたっていう」


リナリーは手のひらを拳でぽんっと叩いた。

そういえばトッチョが喋っていたことを思い出す。

くそっ。あいつ余計なこと言いやがって。

忌々しい気分になっていると戸を激しく叩く音が部屋に響く。

相手は叫んでおり「リンファ!?いるんでしょ!?」という声が漏れ聞こえてくる。


「噂をすれば、ネ」


肩をすくめ、リンファはゆっくり戸に近づく。

ま、まさかミミか!?

心構えは出来ていたはずなのに、ミミが積極的に俺を探していると聞けば話は別だった。

リンファの後ろ姿に俺は戦々恐々とした気持ちで「(開けるな、開けるな)」と念じるも彼女にその思いが届くはずもなく、戸を開けていた。

リンファの顔の横に眉間に皺を寄せたミミの姿が見える。

彼女は怒りをあらわにし「シドが帰ってきていることをなぜ早く教えなかったノ!?」とリンファに詰め寄っている。

それをリンファは「さあー?なんでだろうネ」と軽くあしらっている。

その態度が気に食わなかったのだろう。

ミミはリンファに食ってかかろうとしたが、俺の視線に気づいたのか目が合うとその表情は一変。

破顔して笑顔になった。


「シド!会いたかっタ!」


ミミはリンファを押しのけ、部屋に入ってくるなり俺に飛びついてきた。

予想だにしなかったことで、俺は固まってしまった。

そんな俺に構うことなくミミは力強くぎゅっと俺を抱きしめる。

困惑していると見られているような視線を感じ、はっとした俺はリナリーの方を向いた。

彼女はじーっと俺を見ている。

別に付き合っているわけでもないのに俺は気まずいような居心地の悪さを感じ、ミミを自分から引き剥がすとリナリーの傍に寄り耳打ちした。


「い、一応言っておくがミミとの関係は終わってるんだからな」

「実は私、自分以外の番同士を見るの初めてなんだよね。どんな感じなのか気になってさ」


被検体として観察されていただけだった。

なんだ紛らわしい。嫉妬してるかと思ったじゃねぇか。

俺は肩を落としがっかりした。

…いや!がっかりしてどうする!寧ろ嫉妬してないのはいいことだろ!?しっかりしろ俺!!

頭を横に振って邪念を断つ。

しかし、そのおかげかミミに対しての苦手意識が薄れたような気がした。

気を取り直し、改めてミミに向き合う。


「今更何の用だよミミ?」

「私、気がついたノ。いろんな男と付き合ってみたけどやっぱり私にはシドしかいないっテ!あのときのシドの優しさは私を愛してくれてたからなんだっテ」

「え?」


瞳を伏せ、憂いを帯びた表情で彼女はそう言った。

聞いた俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまう。

首を傾げ状況を呑み込めずにいると、ミミは期待に満ちた瞳を俺に向けた。


「シド、もう一度私を愛してくれル?」


そう訊かれてやっと理解した。

彼女は俺とよりを戻そうとしているのだと。

ミミは番ではあるものの、俺は彼女とよりを戻す気はなかった。

そもそも彼女との別れは思い出すだけで辛くなるため、一種のトラウマと化していた。


「いや、それはできない。俺はもう好きに生きるって決めたからミミとは一緒にならないよ」

「そんな!私達、番なんだヨ?一緒になれば幸せになれるのヨ?」

「俺たちの関係はあの時で終わったんだ。諦めてくれ」


瞳を潤ませ詰め寄るミミに、俺は首を横に振った。

一度愛してしまった女性ではあるからあまり傷つけたくはなかったが、彼女と自分の未来のためにも道を違えたほうがいいのだ。

俺の意志が固いのを感じ取ったのか彼女は一瞬目を伏せたが、キッと目を吊り上げた。


「私、諦めないかラ」


捨て台詞のようにそう言うとミミは去っていった。

その想い、あのとき彼女が抱いてくれたらまた違った未来があったんだろうなと感傷に浸る。

そんな俺の感傷をぶち壊すかのようにリンファが大きく拍手した。


「シドも言うようになったネ。見直したヨー。あの女あんなこと言ってたけど絶対男遊びやめられないヨ。断って正解正解」

「ふーん。やっぱりハイビの人は番が一番じゃないのねー」

「レオンはリナリーが一番だけどネ」

「もうー。やめてよ、リンファー」


リンファはからかうように意味ありげな視線をリナリーに向けた。

リナリーは眉尻を下げて困っていた。

俺の感傷に浸っていた気持ちを返して欲しい。


「でもリナリー。貴女、もしもシドがミミの誘い受けてたらどうする気だったノ?」


俺もそれは気になった。

俺がミミに迫られても慌てずただ観察しているだけのリナリーの胸の内が気がかりでならなかった。

あんなに毎日俺に迫ってくるというのに、やけに落ち着きすぎている。

――本当は俺の事好きじゃない、とか?

ズキリと痛んだ胸に顔を歪めているとリナリーは天井を見上げた。


「うーん。まあ、番同士なら仕方がないって諦めるしかないかなー」


あんなに毎日毎日アタックしてくるわりには潔く諦めるんだなと、俺は不満だった。

というか、俺が他の女性に迫られてるんだからもう少し嫌がれよ。

そうしたら、俺だって――。

……だから不満とか嫌がれってなんだよ!?なんで俺が不満を抱いてるんだ!?

心かき乱され、頭を抱える俺を余所にリナリーは人差し指をすっと立てた。


「番はね、呪いなのよ」


リナリーが神妙な面持ちで言い放つ。

一瞬の間の後、リンファがぷっと噴き出した。


「呪イ!確かにそうかもネ!」


腹を抱えて笑い出すリンファ。

まあ、番なんて自由を縛られるもんでしかないから的を得ているのかもしれない。

ことの重大さをわかってもらえないことにリナリーはぶつくさ文句を言っているがリンファの、笑いは止まらなかった。


それからリナリーはリンファの家に泊まることとなり、俺は自宅へと帰宅する。

久しぶりの我が家は昔と変わらない家具の配置であった。

明日には出立しようと考えていたが、リナリーとリンファの仲睦まじい姿を見ているとあと一泊くらいならしてもいいかなと考えながら、俺は寝床に就いた。


――就寝してどのくらいの時間が経ったのか。

突如、圧がかかったようにベットがギシッと音をたてた。

はっとして目が覚め、見やれば足元の付近に誰かが腰掛けている。

慌てて上体を起こすとそれは口元に人差し指をあて、シーッと合図した。


「こんばんは、シド」

「な、なんでミミがここにいるんだよ……」


薄暗い部屋にいたのは妖艶な笑みを浮かべたミミであった。

白い透けたワンピースを身に纏っており、やけに薄着だ。


「なんでって…私たち番同士なんだから一緒にいるのは当たり前じゃなイ」


答えになっていなかった。

彼女は四つん這いでゆっくり俺に近づいてくる。

緩い衣服から谷間が露わになる。

急なことで困惑し、焦る気持ちで両手を制止の意味で前に出す。


「ちょ、ちょっと待て。全然話が見えないぞ」

「昼間言ったでしょ?諦めないっテ。言葉で伝わらなければもう体で伝えるしかないじゃなイ」


制止も虚しく、彼女は進むことを止めない。

後ずさるがベッドの柵に体は既にぶつかっており、距離を取ろうとすることは無理だった。

身体は強張り、額から汗が流れ落ち、俺はつばを飲み込んだ。

そんな俺を見てミミは瞳をぎらつかせ、薄っすら笑う。


「番同士の営みは昇天してしまうくらい気持ちがいいんだって……とっても楽しみね、シド!」


膝立ちして体をのけ反らせ、舌なめずりし獲物を狙うかのような瞳で見下ろすミミに俺は冷水を浴びたように背筋がゾッとした。

にじり寄ってくるミミに俺は性的感情ではなく恐怖心を抱いていた。

そのとき、リナリーのあの言葉が頭をよぎる。


――番はね、呪いなのよ


「ギャーー!!!」


俺は悲鳴を上げミミを突き飛ばした。

呆気なく彼女は背中からベッドに倒れる。

そんな彼女を無視し、家を飛び出した俺はリンファの家へと走った。

緊急のためありったけの力で何度も戸を叩けば眠い目を指で擦っているリンファが顔を出し、迷惑そうな顔で俺を見た。


「こんな時間になんの用?」

「リナリーを叩き起こせ!今すぐここを立つ!!」

「レオンがきたカ!?」


リンファはすぐに覚醒したようで慌ててリナリーのもとへ向かった。

誤解をしているようだが、説明している時間はない。

今はミミが怖すぎてさっさと出航したかった。

リンファの手に引かれたリナリーはぼーっとした眼で俺を見た。


「もう出発するの?」

「緊急事態だ!今すぐ船に戻る!」


リナリーの手を掴み、とにかく船へと走る。

リンファとの別れを惜しむ時間を与えられなかったのは申し訳なかったが今はそれどころではない。

早く……!早く逃げなければ!


「……あのさあ、シド」

「なんだよ!?」


しばらく走っていればリナリーが声をかけてきた。

余裕がないのでつい強い口調で訊き返す。


「なんか後ろからミミさんが私たちを追いかけてきてるんだけど」


その言葉にさーっと血の気が引いていく。

立ち止まって恐る恐る振り向けば、月明かりに照らされながら長い髪を振り乱した化け物、もといミミが鬼気迫る表情で俺をめがけて走ってきていた。


「ギャー!!」


再び悲鳴を上げた俺は火事場の馬鹿力でリナリーを抱きかかえ船へと全速力で走る。


「……ミミさん。前がはだけて、たわわが見えているのに気にせず追っかけてきてるよ」

「怖いから実況しなくていい!!」


背後から迫りくるミミを想像してしまい思わず叫ぶ。

船が見えてくると見張りに俺は船を出すよう指示し、ギリギリのところで船へと滑り込む。

最新式の船は動き出すのがとても早かった。

船の縁から岸を見ればミミがぎゃーぎゃー喚いている姿あった。

それを見た途端、安心感から全身の力が抜け、リナリーを降ろしてその場に座り込む。


「番怖い……」

「よしよし」


膝を抱えて震える俺にリナリーは寄り添い優しく頭を撫でた。




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