シドの憂鬱
「シド。貴方って、真面目で優しいだけの男で本当につまらないのよネ」
番である女性ミミは黒く艶のある長い髪を片手で振り払うと冷たくそう言い放ち、男と共に去っていった。
俺は二人の後ろ姿を呆然と眺めていた。
この世界では一般的に番同士は惹かれ合い、結婚をすると幸せになると云われていたが、俺の生まれ育ったハイビ国はそれに相反するように自由恋愛を推奨していた。
昔と比べ近年ではそれが当たり前の考えとなっているので番同士で一緒になることは稀であった。
しかし、俺とミミは違うと思っていたのだ。
ミミと会った瞬間、俺はこの人しかいないと思ったし、彼女も俺しかいないと言っていた。
デートもしたし、こまめに贈り物もしていた。
だが、彼女は別の男と去っていった。
この人しかいないと思っていたのはどうやら俺だけだったようだ。
「馬鹿ネー。後悔するくらいなら引き止めればよかったじゃなイ」
落ち込んでいた俺に幼なじみのリンファが声をかけてきて事情を説明すればため息を吐き呆れた表情を向けられた。
慰めてほしいわけではなく、ただどうするのが正解だったのかを聞きたかっただけだったが、相談する相手を間違えたらしい。
俺は彼女に話したことを後悔した。
「ミミの幸せが俺と一緒になることじゃないなら引き止められないだろ」
「はーあ。ほんと、お人好しネ。まあ、あの女と結婚したとしても貴方が幸せになれたとも思わないし、良かったんじゃなイ?」
リンファはやれやれと肩をすくめた。
彼女の切って捨てるような性格は成長した今も変わらない。
夜の酒場に訪れると見慣れた男たちのいるテーブル席へと腰掛けた。
すると下卑た笑いを浮かべた恰幅のいい男、トッチョが馴れ馴れしく肩に腕を回してくる。
「シドー、聞いたぜ〜。お前番に振られたんだってな」
相談に乗っていた俺がまさか番に捨てられた会に加わるとは情けない。
すっかり立ち直ってしまっている彼らに愚痴をこぼせば豪快に笑われる。
「お前は顔はいいが、悪さが足りねぇんだよ」
「ふざけんな!優しいほうがいいに決まってるだろ!」
「女ってのは刺激を求める生き物なんだよ。優しさだけじゃ物足りねーんだ」
わかったような口ぶりであるが、彼らだって俺のように番に捨てられているのだ。
上から目線でアドバイスをされるのは釈然としない。
「じゃあお前は何で振られたんだよ」
「俺は悪さはあるが顔が良くなかったってだけだ」
自嘲気味にフッと笑ったトッチョに憐れみの目を向ける。
俺たちの番はないものねだりをしているのだ。
どうすることも出来ない現実にただ酒をあおることしかできない。
何杯目になるのか、気づけば目がとろんと据わって視界がぼやけている。
そしてミミが男と去っていく姿と言われた言葉が脳裏に浮かび、段々とムカムカしてきた。
なにが優しいだけのつまらない男だよ。あー!あー!そんなに悪い男がいいか?だったらその通りになってやろうじゃねーか!
「こうなったら世界一悪い男になってやるよ!」
「そうだな!俺たちには守るべきものはないんだし!」
「やれるところまでやってやろうぜ!」
酒の勢いもあったが酔いが覚めても俺達のかざした野望は止まらなかった。
それぞれが今まで溜めに溜めていた結婚資金を費やし、船を買い新天地へと赴く。
もともと船仕事をしていた者の集まりであったので難なく操縦でき、とんとん拍子で俺たちはハイビ国を立った。
まずは西大陸を目的地にし、ルード国に降り立つと偶然か必然か。
次期教主が修道院から戻って来るとの噂を耳にした。
聞いたときは特にふーんとしか思わなかったが、船に戻るとなぜだかその噂が気になって仕方がなかった。
「……よし。次期教主を人質に身代金の要求でもするか」
思い付きのように言った言葉に仲間たちは目を丸くする。
しかし、俺は口に出せばその気になり早速作戦を練ろうと張り切った。
西大陸の地図を広げ修道院とルード国のつながる道を眺めていると、不安の色を浮かべた表情のラガが俺に声を掛けてきた。
「本当にやるのかシド?」
「なんだよ怖気づいたのか?」
「しかし、初めての仕事が次期教主なんてあまりにも……」
「小さいことやって有名になっても仕方ないだろ。それに、こんなにタイミング良く次期教主の情報が得られたんだ。神のお導きかもしれねぇよ」
大悪党になるための。
今思えばすべてのタイミングが噛み合っているかのようであった。
船を買うお金だって足りなければ諦めようと思っていたのに良い状態の型落ちが手に入ったし、嵐に遭遇することなく西の大陸につくことができた。
本当に神のお導きなのかもしれないと思ってしまうほど俺たちは先行きが良かった。
「まあ、ちまちま悪いことするよりビックな事やったほうが後々捕まっても後悔なさそうだしな」
「それもそうか。俺たちが目指すのは小悪党じゃないもんな」
再び興が乗り、掛け声とともに揃って拳を突き上げる。
とはいえ、次期教祖がどのような姿をしているのか分からないため、修道院がルード国に受け渡すときに決行することにした。
初めてのことだというのに、心は驚くくらい冷静で状況次第では撤退する見極めにも自信があった。
準備を万全にし、夜明け前から修道院の屋根へと身をひそめる。
引き渡しは昼から行われるようでそれまで暇であったが修道院関係者は周囲に気を配る余裕がないほど慌ただしかったため俺の存在に気づくことはなかった。
ようやくルード国の遣いが見えれば、修道院の屋根から次期教主を人質にとるタイミングを窺う。
警戒されているから難しいかと思っていたが、あるシスターにより全員の気が削がれるタイミングが生まれた。
俺はそれを好機と見做し、屋根から飛び降りる。
銀髪の子供をシスターから引き剥がすと腕の中へと収めた。
俺を見たシスターは目を瞠目させた。
――これが災厄の女、リナリーとの出会いだった。
そこからはリナリーの独壇場であった。
あれよあれよと彼女の手のひらで転がされ気がつけば同じ船に乗っているという。
にわかには信じがたい状況になっていた。
今思えば神の采配は彼女のためのものであったのかもしれない。
彼女から事情を聞けば信じられないような話が次から次へと発せられる。
番が二人いるとは聞いたことがあるが彼女は番が三人いる上にその相手が三国の王族だという。
そんな事情を知ればリナリーが三人の王族の番を抱える化け物にしか見えなくなった。
一般人の俺たちが手に負えるわけがない。
俺の故郷のハイビ国に降ろすことを決めると彼女は不満を言いつつも説明を聞いたハイビ国に興味を持ったようだった。
ハイビ国に降り立てば、リンファにリナリーを預け俺は船へと戻った。
三国からの追っ手をどう巻くかで仲間と話し合っていると、ふいに大袋に入った金貨に目が向いた。
「しっかし、この金貨受け取ったはいいが何に使うか?」
「路銀と酒か?」
俺達は根っからの貧乏性であった。
そもそも結婚資金を貯めてるような奴らが集まっているのだ。
そうそう金遣いは荒くはならない。
「女、とか?」
女と言われ各々番を思い出す。
吹っ切れていたと思っていたがまだ心の傷は癒えていなかった。
全員が黙り込む。
「というか、身代金じゃなくてリナリーの逃走の依頼料って考えると俺達盗賊らしいことしてないよな」
「まあ、リナリーの番からして見れば俺たちは大悪党なんだろうがな」
再び黙り込む。
俺たちはリナリーの災難に巻き込まれた側なのだが、その原因を作ったのが自分であるため彼女を恨むことはできない。
「……今のうちに酒を飲める分だけ飲んどくか」
「そうだな。飲んで嫌なこと忘れようぜ」
すっかり諦める雰囲気が漂い、俺たちは酒を片手にそれぞれ悔いが残らないように余生の過ごし方を話し合った。
しかし、俺たちの危惧とは反して三国は捕らえようとする気配はなかった。
いや、追われているは追われているんだがなんだか必死さがなく、やる気がないようにも思える。
拍子抜けというと追ってほしかったみたいに聞こえるかもしれないが、それくらい何事もなかったのだ。
初めは東の大陸に身を潜ませていたが、一月ほど経つとあれほどやる気のなかった三国が何故か発破をかけたように俺たちを追い始めた。
「あいつらなんで急にやる気だしたんだよ!?」
「油断させるためじゃないか!?やっぱり今までは嵐の前の静けさだったんだよ!」
口々に愚痴を言いあった。
しかし、本気を出せば捕まえられそうなものを、なぜだか彼らは寸前で勢いをなくすことが多かった。
しかも、どうにも北に向かわさせている節があった。
まるで誘導されているような違和感はあったが向かう先が北の大陸しかないのであれば罠であったとしても行くしかない。
北の大陸に着くと、しばらく身を隠し様子を窺っていたが三国の紋章がはいった船及び兵士は見当たらない。
追っても来ない状況に俺達はただただ首を傾げるのであった。
しかし、その理由は一か月ほど経ってから判明した。
南の大陸にいたはずのリナリーがなぜか北の大陸にいたのだ。
その姿を目にしたときは瞬間移動でもしたのかと仰天した。
なんだかんだで彼女を見捨てきれずに助けることにしたが、それがいけなかった。
気づいたときにはリナリーと逃亡生活を余儀なくされていた。
俺に五国の命運が握られていると言われれば、受け入れるしかない。
とはいえ、まさかこんなことになろうとは……。
しかも、リナリーが俺に惚れるという困った状況も加わった。
俺は肩を落とすが、手を差し伸べるものは誰もいない。
強制的に仲間の一員となったリナリーの仕事は食事の支度と掃除とその他雑用。
正直助かりはするが、あの日以来リナリーは俺に隙あらば求婚をしてくるようになった。
冷たく接してればそのうち諦めるだろうと思っていたが彼女は中々しぶとかった。
何十回目になるであろう求婚の言葉に、いい加減にしてほしいと痺れを切らした俺は仲間の目があるにも拘らず、拒絶の言葉を口にした。
「そもそもお前、見た目が子供にしか見えないんだよ」
ハイビの国の女性は豊満な身体をしているため、それを見慣れている俺にとってリナリーは一見子どものような体型をしているように見えてしまう。
子どもは言いすぎかもしれない。
魅力があるかと問われると首をかしげるといった感じだ。
リナリーはムッとして口を曲げる。
「私の大陸ではこの体型が一般的な女性なのよ!ハイビ国の女性が発達しすぎなの!」
リナリーはそう抗議するとぷんっと怒って部屋を出ていった。
バタンと大きな音を立ててドアが閉まる。
騒いでいた室内が一気にシンと静まり返る。
「どうすることも出来ない箇所を指摘するなんてさすがにお前酷いぞ」
「う」
指摘されてぐうの音も出なかった。
俺もどうすることもできない指摘を番にされて傷ついたというのに、同じことをリナリーにしてしまった。
謝罪を急かされ、俺はリナリーを追った。
彼女の自室の戸をノックすれば「どうぞ」と素っ気ない返事を返される。
戸を開けて中に入るも、彼女は振り返らず何かゴソゴソしている。
どうやら顔も見たくないほど怒っているようだ。
「さっきは酷いこと言ってすまなかった。どうすることも出来ないことを指摘されるなんて……辛いことだって分かっていたはずだったのにな」
リナリーは振り返る。
やっとこちらを向いてくれてホッとした。
が、彼女の姿には違和感がある。
彼女の胸が不自然な膨らみ方をしており……一言で言うとデカかった。
「……お前、胸に何入れた?」
「布を入れてみたの。どう?シドの好みの女性になれたかしら?」
「……」
得意げにポーズを決めるリナリーに呆気取られるも、彼女のあまりに自信に満ちた表情におれはぷっと噴き出した。
「お前っ!布って~っ!」
腹を抱え、笑いを押し殺す。
本人は真剣なのかもしれないがあまりにも面白かった。
いや、真剣では無いようでリナリーはここぞとばかりに様々なポーズをしてみせる。
完全にリナリーの冗談であった。
「ったく、怒ってると思ってきたのに何やってんだよ」
「へへっ。シドの好みの女性になりたくてね」
「……馬鹿だなぁ」
悪戯っ子な笑みを浮かべたリナリーに俺はふっと笑って彼女の頭を撫でた。
それから彼女はその姿を他の仲間にも見せに行き爆笑をかっさらっていた。




