五人目の番パート2(完)
いつものように王城近くの雪山を二人で散策していると、セルフィは雪の中でなにかが飛び跳ねるのを見つけた。
「あ。うさぎ」
セルフィは呟くとしゃがみ込み、駆け寄ってきた子ウサギに触れることなくにこにこと笑顔を浮かべ見守った。
うさぎは警戒心が強いはずであるにもかかわらず、寄ってきたうさぎはセルフィの前で立ち上がり鼻を頻りにひくひくさせていた。
「(やはりセルフィ様は人ではなく妖精……)」
リナリーは改めてそう思う。
しばらく子ウサギを眺めていれば、どこかへと走り出した。
その先には子ウサギより二回りほど大きいうさぎがこちらを見つめている。
「親子かな?」
「どうでしょうか?」
二匹が一緒に去っていく姿を見て、二人で些細なやり取りをする。
シルフィは目を細め、ポツリと呟いた。
「自分もリナリーとの子供、欲しいな」
「ふふ。女の人同士で子供はできないのですよ」
「? 知ってるよ?」
リナリーは世間知らずなセルフィに教示するが、彼女は不思議そうに小首を傾げた。
そんな反応をされるとは思っていなかったリナリーは、ある一つの考えにたどり着く。
「もしかして……私、男だと思われてる?」
セルフィに比べれば天と地の差ほどの容姿であるのは重々承知の上であったが、そう思われていたことにリナリーはややショックを受ける。
王城で過ごす際も外套を羽織っていることが多いため、胸のふくらみは分かりずらいであろうが、侍女の格好で性別は理解して欲しかった。
「? リナリーは女の子でしょ?」
再び不思議そうに小首を傾げられる。
天然である彼女が何を考えているのか、リナリーには分からなかった。
セルフィははもしもの話をしているのだろうと、その場は勝手に解釈することにした。
雪山からセルフィの自室へと戻ると彼女の冷えてしまった体を温めるためにリナリーは湯あみの準備を行った。
「今日はリナリーに湯あみを手伝ってもらおうかなっ」
いつもは恥ずかしがって一人で入るというのに珍しいとリナリーは驚いた。
しかし、恥ずかしいのは変わらないのか頬を染め、セルフィはもじもじと身を縮こませている。
リナリーは微笑ましい気持ちで頷いた。
湯あみ場に行くと、セルフィの厚着している服を丁寧に脱がしていく。
女性といえど他人の湯あみを手伝うことは初めてのことなのでどきどきと緊張しながら。
白い素肌が露わになりリナリーの胸はどきりとはねた。
セルフィの上半身は線が細く――胸が発達していない。
胸が小さい女性もいるが、なんとなくリナリーの危険察知能力が警鐘を鳴らしている。
下を脱ぐ前に確認しなければならなくなった。
「あの、一つ確認してもよろしいでしょうか?」
「うん」
「セルフィ様って女性ですよね?」
リナリーの問いかけにセルフィは瞳を瞬かせる。
何を言ってるのだろう?という意味の含まれている彼女の雰囲気にリナリーは自分が失礼なことを口走ったことを悔やんだ。
「ごめんなさい!そんな当たり前のこと――」
「男だよ?」
セルフィはさらりと答えた。
リナリーはぴしりと固まった。
動かなくなったリナリーをセルフィは不思議そうに見つめる。
「あの、セルフィ様……」
「ん?どうしたの?」
「私ちょっと体調が優れないみたいで……」
「た、大変っ!自分の湯あみはいいから、リナリーはすぐに休んでっ!」
「あ、ありがとうございます。そうさせていただきますね」
ぎこちない笑顔を浮かべ、口早にお礼を述べるとリナリーは湯あみ場を後にした。
リナリーは歩むスピードを徐々に上げていき、宰相のもとへと走る。
執務室の扉をノックし、返事を得てから扉を開ける。
「あの!女王様“男”だったんですけど!?」
「え!?そんな馬鹿な!?」
リナリーの言葉に宰相は驚きを隠せない。
てっきり彼は知っているものだと思っていたが、戸惑う姿を見てリナリーは本当に知らないのだと気づく。
「ほ、本当にご存じなかったのですね……」
「あんなに美しい人が男なわけがないと思っていた……」
実際は“こんなに美しい人が女であるはずがない”であった。
一部を除いた国民全員がセルフィを女だと信じて疑っていなかった。
セルフィ自身も皆が女王と思うのであればと訂正していない。
そもそも性別は国を統治するうえでさほど重要なものではないので彼にとっては些細なことであった。
「(……ん?ちょっと待てよ)」
セルフィが男であるならリナリーの中で気のせいだと思っていたことが静かに浮上してきた。
よく抱きしめたくなる彼の衝動、女性であるにも関わらず鳥肌が立っていたこと、そして彼が発したあの言葉――。
『リナリーとの子供、欲しいな』
“番”なのではとリナリーは疑惑を抱いてしまった。
あのときの会話は別の話で流れてしまったが、このまま希望を抱かれては不味い状況になる気がする。
リナリーは焦る気持ちはあったが、体調不良と伝えてしまった手前今から彼に話をするのは憚られる。
それに自身にも心の準備が必要であった。
明日、セルフィに自分の事情を説明しようと決心した。
そして次の日、公務が終わったセルフィに大事な話があると呼び出し、セルフィの部屋で自分には番が四人いること。
そのうちの誰かに嫁ぐことになれば争いが起きるかもしれないこと。
この国に来たのも番から逃げるためであったこと。
リナリーは自身の事情をセルフィに丁寧に打ち明けた。彼の顔が青ざめていく。
「そんなっ!リナリーと結婚できないなんてっ!」
「私たちが結婚することで争いになるのは嫌ですよね?」
「うん……。だけど、リナリーと一緒になれないなんて……胸が張り裂けそう……」
酷くショックを受けた彼は胸を押さえて悲痛な表情を浮かべた。
彼の性格からして誰かと敵対なんてできないだろう。
しかし、納得してもらうしかなかった。
リナリーは結婚はできないがこの地に身を置き、彼を支えるのも悪くないと思っていた。
「ですが、セルフィ様――」
「――あれを使うしかない」
リナリーの言葉を遮り、覚悟を決めたような表情でセルフィは呟いた。
普段見たことない彼の表情にリナリーは驚き、何を言おうとしたのか忘れてしまった。
そんなリナリーの手を取るとセルフィは「ついてきて」と歩き始めた。
素直に彼についていけば宝物庫の中に入り、木箱で隠れていた床の隠し扉を開ける。
長い、階段を降りていき、たどり着いた先は王家の紋章が刻まれた荘厳な扉の前であった。
「ここは王族だけが知っている永年氷と呼ばれる秘宝が隠されているの」
どうして急に秘宝が出てくるんだ?とリナリーは首を傾げた。
彼は解錠すると扉を開ける。空いた扉から白い冷気が足元を滑るように流れていく。
無言で中へと進むセルフィにリナリーは付いていく。
中は広く、壁は氷で覆われており、天井からは大きい氷柱の塊が無数伸び下がっている。
クリスタルを思わせるような氷の部屋は美しい。
奥に進めば、王家の紋章が入った氷のケースが二個置いてあり、大きさとしては人が一人入れるくらいであった。
「あの、これはいったいなんなのでしょうか?」
「王家に伝わる秘宝。永年氷で出来ている棺だよ。なんでもこの中で眠りにつけば年を取らずに、百年後に行けると云われているの」
いわゆるコールドスリープというものであった。
説明を受けたがにわかには信じがたい。
リナリーは確認のためもう一度問う。
「ほ、本当に百年経っても生きたままでいられるのですか?」
「そう云われているよ」
「……今まで誰か試した記録とかは?」
「文献にはないけど……そう云われているから」
本当に云われているだけであった。
リナリーは部屋の気温の低さからではない寒気を感じた。
そんなリナリーを気にすることなく彼は恥ずかしそうにもじもじと体を動かす。
「百年経てば他の番はいないと思うから……そうしたらリナリーと気兼ねなく結婚できるよね」
シルフィは無垢な笑顔でリナリーを見た。
純粋にそう思ってくれているのがひしひしと伝わってくる。
しかし、リナリーは凍死する気はなかった。説得を試みる。
「あの、そんなことをされなくても一緒にはいてあげられますので」
「でも結婚はできないんだよね?」
「……はい」
「自分はリナリーと結婚したいのっ!」
リナリーの顔の前にセルフィは自身の顔を近づける。
涙を浮かべる彼はとても美しく――番による呪いに侵されていた。
リナリーは彼を冷たく突き放すことができなかった。
苦肉の策で出したのはやはり逃げること。
このまま彼と一緒にいれば凍死を受け入れかねない自分がいることに気づいてしまったからだ。
「じ、じゃあ一旦、本当に百年で起きられるか調べてみてください。ほら、もしも起きる年がずれていた
ら自分が何歳なのか分からなくなってしまうので」
まったくもってどうでもいいことであったが、指摘された彼は口元に手を当て「確かに」と頷いていた。
「じゃあ、調べてみるから待っててね」
「はい」
嘘をついた胸が酷く痛む。
しかし、彼を受け入れることは自分の為にも彼の為にもならないのだ。
永年氷の部屋から出るとセルフィは早速文献を調べてくるとリナリーと別れた。
自分が逃げることによって彼は傷つくかもしれない。
しかし、彼は番の呪いでリナリーを好きになっているだけで、そもそもリナリーが番でなければ傍に置こうと提案すらしていないだろう。
この状況は異常なのだ。
リナリーも彼に抱いている感情は庇護欲であり恋とかそういうものではない。
「結局、私は誰も愛せないのか……」
ポツリと呟く。応えるものは誰もいない。
催眠のように自我をなくし、今まで会った番の誰かに夢中になれればきっとこんな生活を送ることもなかっただろう。
一瞬の弱気に、リナリーは頭を振り両頬を叩く。
ここを出ていく決心をした。
荷物は最小限に、お金を懐に入れ、リンファたちが用意してくれた防寒着を羽織る。
城門から出ようとすると見張りの兵士が二人いる。
止められると思っていたが、セルフィから使いを頼まれたと言えばすんなりと王城を後にすることができた。
走って街へ向かうリナリーの口からは白い息が煙のように吐き出される。
街へと着けば、極力目立たないように歩き、港へと向かう。
船場付近へ近づくと、周囲の様子を窺うため倉庫と倉庫の間へとリナリーは身を隠した。
ほとんどを王城で過ごしていたため街の情報に疎く、今までの国から自分を追う兵士が派遣されている可能性を危惧しての行動である。
乗る船は今までの大陸には行けないため、新大陸に向かう船を探さなければならないのだが、聞こえてくる会話からすでに出航してしまっていたようだ。
リナリーは肩を落とした。
防寒着を着こんでいるとはいえ、長くはここに留まれない。
するとふいに耳に男たちの会話が入ってくる。
「東海岸の崖の近くに見慣れない停泊船があるらしいぞ」
「海賊とかか?不気味だなー」
リナリーは港の船に乗り込むよりはそちらの船を使ったほうがいいのではないかと考えた。
交渉できるお金も持ち合わせている。
リナリーは急いで東海岸へと向かった。
浜辺に沿って走る。崖までは遠いようで、肺が苦しくなり、足が悲鳴をあげていてもリナリーは走るのをやめなかった。
ようやく見えてきた崖に安堵しているとその付近に人影が見える。
きっと船に関係する人だろうとリナリーは端的に考え、すうっと息を吸った。
「私を船に乗せて下さーい!」
力の限り叫ぶ。
リナリーの声が届いたのか、その男が振り返る。――シドであった。
シドは自身に向かってくる人物が見たことのあるような顔立ちだなと思っていたが、注意深く凝視して見えた姿がリナリーだと気づくとあからさまに嫌そうな顔をした。
「なんでお前がこんなとこにいんだよ!?」
「それは後から話すから!今は船!船を早く出航させて!」
シドは苦々しい表情をしたが、髪が乱れ必死に走ってくる形相のリナリーを見て根っからのお人好しである彼は見捨てることができなかった。
少考ののち、覚悟を決めて彼女を助けることにした。
「こい!」
シドは手を差し伸べる。リナリーはその姿を見てとても嬉しくなった。
初めて自分の助けに応えてくれる人が現れた。
手を差し伸ばし、掴んだ彼の手はとても温かかった。
「あー。やっちまった。というか、なんでお前ここにいるんだよ。南にいたんじゃなかったのかよ」
心底後悔しているのかシドは船の縁に体を預け暗い表情でぶつぶつ呟いていた。
すぐに船を出航させ、リナリーから話を聞けば以前聞いていた番が三人から五人に増えている。
行く先々で番を増やしていくリナリーを彼は歩く災いだと思った。
そんなシドの隣にいたリナリーは彼の横顔をじっと見つめる。
自分を見捨てることもできたはずなのに、シドが自分を助けてくれたことにリナリーの胸はきゅんとした。
そして、今までになかった感情の芽生えに驚く。
「シドが私の番だったのね!」
「は!?」
瞳をキラキラと輝かせてリナリーはシドを見た。
彼を見れば胸が高鳴り、幸福感で満たされる。
そして今までのシドの優しさを思い出せば全身が温かくなった。
リナリーは衝動のままシドに抱き着き、彼を見上げる。
「私今まで感じたことないくらいドキドキしているの」
「お前……何言ってんだ?」
シドは嫌な予感が止まらない。
これから降りかかるかもしれない災難がまるで押し寄せてきているかのようだ。
そんなシドを外野は他人事のように囃し立て始める。
「ヒューヒュー!よかったじゃねぇかシド!恋人が出来て!」
「馬鹿!冷やかすな!こいつはとんでもねぇ番を抱えてんだぞ!おい!離れろ!」
抱き着いているリナリーをシドは力づくで引き剥がそうとするが、思いのほかリナリーの力は強くそう簡単には引き剥がせなかった。
リナリーは怯むことなくシドを見上げる。
「シド、私と結婚して。こんな気持ちになったのは貴方が初めてよ」
「お断りだ!お前は次の大陸で降ろす!」
「また番が現れたらどうしてくれんのよ!?」
「知るか!お前の厄介ごとに俺を巻き込むな!」
「おいおい。夫婦喧嘩は犬も食わねぇぞ」
「夫婦じゃねぇ!お前も顔を赤らめんな!」
このままでは自分の身が危ない。
そう思ったシドは自分を叱咤し、リナリーを見捨てることにした。
次の大陸に降り立つと確固たる意志のもと、リナリーを紐でぐるぐる巻きにし、アステル国とセイル国の紋章が入った兵士に声を掛けた。
「すみません。王弟と第一王子の番であるリナリーを引き渡しに来ました」
シドの隣にいるリナリーは無言を貫き通している。
二人の兵士はそんなリナリーとシドを交互に見て口を開いた。
「もしかして、リナリー様を誘拐した盗賊団の方ですか?いやー、助かりましたよ」
「まったくですよー」
はっはっはと呑気に笑う二国の兵士をシドは怪訝に思う。
すぐにリナリーを保護するだろうと思っていたが、彼らはいつまで経っても保護するどころかシドを捕らえようともしない。
「貴方のおかげで二国の火種が解消されましたから」
「ほんとほんと。国同士の争いであればなんとしてでも阻止しなければなりませんが、国と一盗賊団となれば話は別。被害が少ない分助かりますよー」
リナリーが修道院を出た後、彼女の救出のために二国、三国と次々に手を取り始めたのだった。
リナリーが逃げたことによって国同士の結束が強まったのは思いがけない幸運であった。
この好機を潰したくない各国は表向きはリナリーを追ってはいたが、水面下では捕まらないように手引きを行っていた。
ハイビ国でも女性陣が婚礼を阻止しているとの情報を得、レオンを焚き付け混乱に乗じてリナリーを逃がす手助けをしたり、北の大陸でリナリーがシドの船の情報を得ることができたのもこの手引きのおかげであった。
「ということで各国の番たちが諦めるまで貴方にはリナリー様を匿ってほしいのです。逃走のサポートは我々にお任せください。後ほどそれぞれの国から褒賞金もお渡ししますね」
何も言わず話を聴き終えたシドは固まっていた。
まったく予想に反する対応に開いた口が塞がらない。
「どうする?私をどこかの国に引き渡す?」
横目で嫌な質問をするリナリーにシドは口を引きつらせた。
今は手を取り合っている各国ではあるもののリナリーがどこかの国に保護されればそれもなくなる。
シドにすべての引き金が任されているようなものであった。
リナリーの縛っている紐をシドは握り直すと無言で船へと引き返した。
それからシドは最新の性能を誇った船をプレゼントされ、五人の番から逃走する生活を余儀なくされることとなった。
「シド―。私と結婚してよー」
「誰がするか馬鹿!」
船内では毎日そんなやりとりをする二人の姿があった。
一応完結ですがシド視点を少し書きます。




