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五人目の番


すっかり気温が下がってしまったコンテナの中で、リナリーは冷たくなった手に息を吐く。

リナリーは船の生活のほとんどをコンテナの中で過ごしていた。

そして何日目かになるある日、うとうとしていたリナリーだったがいつの間にか眠ってしまったようで、急に床が斜めに傾きその体の変化にぱっと目が覚める。

壁に耳を当てればリナリーの乗っているコンテナは運び出されているようであった。

コンテナがガタリと揺れる。

リナリーは寝そべり、何かの衝撃で声を出さないように口元を手で覆った。

着いたら声を掛けると言われていたが、どうやら忘れ去られてしまったようだ。

誰が運んでいるのか、リナリーは分からないため不用意に声を出せずにいた。

時間がどのくらい経ったのか、コンテナを開ける音がする。

久方ぶりの光が差し込み、目を細めると男が立っている。逆光のためその表情は見えない。


「ひ、人がいるぞ!」

「あ、ま、待ってください!」


リナリーの制止も聞かず、男がそう叫ぶとあれよあれよとリナリーは兵士に捕らえられた。

弁明の余地すらなく、流れるように謁見の間へと連れていかれ玉座の間の前へと突き出された。


「女王陛下。コンテナの中に潜んでいた怪しい女を捕らえました」


リナリーは早速ピンチを迎え、打ちひしがれていた。

まさか自分が乗っていたコンテナが王城宛てのものとは予想だにしていなかった。

床を見ながらリナリーは牢獄行きの未来を想像する。


「その者、面を上げなさい」


リナリーはそおっと顔をあげると、はっと息をのんだ。

目にした女王はリナリーと同じ年くらいだろうか。

白く絹のようなさらさらした髪は床に付きそうなほど長く、肌は雪のように白い。

双眸はルビーのように赤く目が離せなくなるほど印象付けられる。

女王はリナリーが出会った人の中でも稀にみないほど美しく、幻想的な姿をしていた。

思わず詠嘆する。


「貴女はなぜ我が王城に侵入したのですか?」

「弁明の機会を与えてくださる寛大なお心、感謝いたします。私の名前はリナリーと申します。実はハイビ国から……」


リナリーは事情を説明しようとしたが、どう説明すればいいのか困ってしまった。

王から逃げるために、といえば深く追及されてしまうだろう。

あまり自分の置かれている状況が広まるのはよくないと考えたリナリーは詳細は伏せて説明することにした。


「望まない結婚をさせられそうになって、泣く泣くコンテナに身を隠して逃げてきたのです」

「酷い!望まない結婚をさせられるなんてっ!可哀想……」


女王は悲痛な表情で口元を押さえた。

口調が崩れ、素でショックを受けている。

リナリーの言葉を一切疑うことなく信じたようだ。しかし、嘘は言っていないので騙してはいない。

自分を信じてくれた女王の純真さに、リナリーは心が打たれた。


「まさかコンテナが王城に着くとは知らなかったとはいえ、重罪を免れる言い訳にはなりません。甘んじて受け入れます」

「いいのです!そんな事情があるとは知らずに兵が乱暴な真似を……。ハイビ国からの旅路は心身ともに辛くあったと心中察します」


女王は立ち上がると宰相の制止も聞かずに玉座の間から駆け降り、リナリーのもとへと来るとその身を抱きしめる。

近くにいた兵士は止めようとはしてはいたが、女王の御身に触れられずただ見守るだけしかできないでいた。

急に抱き着かれたリナリーはどぎまぎしてしまい「あ、あの……」と言葉を紡げずにいた。

女王の背丈はリナリーと同じなので自ずと互いの頬が近くなる。


「いい香り……」


女性にそう言われただけなのにリナリーは今までの番たちを思い出し鳥肌が立った。

しかし、リナリーのことを憐れんで抱き着いた割には穏やかな口調で関係ないことを呟き、ぎゅーっと力を入れて抱きしめる女王にリナリーはマイペースな人だなぁと思った。


「困ったことがあればなんでも頼ってね」


リナリーから体を離し、女王はにこにこしながらそう言った。

その言葉にリナリーの気持ちが揺らぎ、相談してもよいかなと口を開いた。


「図々しいのは承知の上なのですが、身を置く場所がなく住み込みで働けるところを紹介して頂けると助かるのですが……」

「じゃ、じゃあ自分のお世話係になってほしいなっ」

「なりません!素性の知れぬ者を女王陛下の傍に置くなど危険極まりない!」


いつの間にか近くに控えていた宰相が女王の提案に苦言を呈した。

当然の反応である。

リナリーもまさか女王がそんな提案をするとは思っておらず、びっくりしていた。

しかし、女王の希望通りにはならないだろうと理解はしている。


「そ、そんなっ!自分はリナリーを気に入ったのに一緒にいては駄目なのっ!?」

「グッ!」


傷つき、胸を押さえる女王に宰相は唇を噛んだ。

彼は女王のその表情に弱かった。

とはいえ、屈しはしないだろうとリナリーは思っていたが、予想に反して彼は屈した。

宰相の許可が下りると、そこからとんとん拍子にリナリーは綿密に身体検査され、女王の身に何かがあったら死刑という文面の契約書にサインし、晴れて女王の世話係となった。


「ほ、本当に私が女王陛下の世話係でよろしいのでしょうか?」

「もちろん。とっても嬉しい」

「私も身に余る光栄でございます。これからよろしくお願いいたします。女王陛下」

「セルフィって呼んで欲しいな……」


いきなり不敬罪に問われそうな要求であった。

易々と了承するわけにはいかず、リナリーは頭を振った。


「あ、いえ、そんな。女王陛下のことを呼び捨てにするなんて恐れ多い……」

「……やっぱりだめだよね。無理を言ってしまってごめんなさい」

「グッ!」


悲しそうに目を伏せる女王に、リナリーは宰相のように唇を噛んだ。

彼の気持ちが理解できた瞬間であった。


「……セルフィ様」


彼女の顔色を窺いながらリナリーは小さく、呟くように名前を呼んだ。

するとセルフィの耳に届いたようで彼女はぱっと花咲くように笑顔をリナリーに向けた。


「ふふ。嬉しいっ!」


リナリーは心の中で力の限りセルフィ様可愛いー!と叫び、悶えた。

彼女に仕える機会を与えてくれた神にリナリーは感謝した。

セルフィの世話係の指導に当たる侍女がいるかと思ったが、セルフィは身の回りのことをほとんど自分でしてしまうらしく、本人から言われたことをすればよいとの指示だけであった。

粗相をしないか不安であったが、リナリーが分からないことはセルフィが自ら教えてくれていた。


「セルフィ様はなんでも出来てしまわれるのですね」

「雪国だから何が起きても一人で生きていけるようにしているの」


女王の立場であるというのに逞しい考えだ。

リナリーの主な仕事といえば運動のための散策に付き合うことであった。

セルフィは自然が好きなようで、代わり映えしない雪で覆われた景色をいつも穏やかな表情を浮かべて見渡している。

セルフィの肌と髪が雪の白さに溶け、羽織る白色の外套も相まって、彼女の身体の境界線がなくなる。

そうなるとより一層雪の妖精のようにリナリーの瞳に映る。

リナリーは現実味がない光景に夢でも見ているのだろうかと頬を抓るが痛みを感じるので現実であった。


「リナリーは雪、好き?」

「はい。雪が降ったら友達と雪だるまを作ったりして……楽しかったなぁ」

「ハイビ国は雪が降らなかったような?」

「あ。私の出身はアステル国なのです。ハイビ国は終の棲家にするつもりだったのですが……まあ、お話した通りです」

「望まない結婚……。でもよかった。リナリーが結婚してたらこうして会えてなかったから」


セルフィは手を後ろで組み合わせ、微笑みながらリナリーを下から覗き込んだ。

リナリーは胸を押さえた。

尊いという気持ちで胸が張り裂けそうである。


「リナリー、一緒に雪だるまを作ってくれる?」

「はい。作りましょう。折角なので大きいのを」


リナリーは力こぶを作り、やる気があることをアピールした。

雪だるまの体を作るため雪玉をある程度大きくすると、セルフィと一緒に転がしていく。

頭の部分も体の大きさに合わせて作り、リナリーは出来上がった雪玉を両手で持ち上げる。

雪玉はズシリと重く、リナリーは腕に力を入れる。


「わりと重いな……」

「自分が持つよ」

「大丈夫ですよ」


リナリーは安心させるためにセルフィににこりを笑みを見せる。

両手に抱えた雪玉を雪だるまの体の上に置こうと持ち上げるが、体勢が悪かったのかリナリーはふらついた。

足が体を支える前に何かが背中に当たる。

後ろを見ればセルフィが心配そうな面持ちでリナリーの身体を支えていた。


「すみません。足で支えるつもりだったのですが、受け止めてもらってしまいましたね」

「怪我がなくてよかった」


慌てて謝罪するがセルフィはにこっと笑う。

ほっと安心感を与えてくれる優しい笑み。

リナリーはセルフィと一緒に過ごすことに癒しを感じていた。

それから雪だるまを無事に乗せ、顔を作って完成させると二人は顔を見合わせ笑った。

セルフィはリナリーの顔を穏やかな表情で見つめたが、彼女の耳が赤いことに気づく。


「リナリー耳真っ赤」


リナリーは自身の耳が冷たくなっていたことは分かっていたが、あまりの寒さに感覚までなくなっていたことに気づいた。

触れてみれば氷のように冷たい。

そんなリナリーにセルフィはゆっくり近づくと自身の手袋を外し、手のひらでリナリーの耳を覆った。


「これで少しは温かくなるかな?」


リナリーは一瞬目を見張るも、セルフィから向けられた柔らかい表情に、すぐに微笑みを浮かべ頷いた。


「……はい。とっても」

「ふふ。よかった」


リナリーは自分を思いやってくれるその気持ちをとても温かく感じていた。

彼女はリナリーの耳から手を離すとそのまま抱きしめる。

リナリーの肩に彼女は顔をうずめる。

美しいセルフィに抱きしめられているというのに、リナリーは四人の番を思い出しやはり鳥肌が立った。しかし、抱きしめられるぬくもりにはセルフィの優しさが感じられ、リナリーは黙って受け入れていた。


それからというもの、セルフィはリナリーに抱き着くのが好きなようで、上目づかいで許可をとると嬉しそうに抱きしめる。

リナリーはやはり元番たちを思い出し鳥肌を感じていたが、心は和やかな気持ちであった。

彼女が純粋で、優しく綺麗な心の持ち主だからだろう。





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