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一人目の番


この世界には番という存在が一人一人におり、番同士で結ばれると永遠の愛を手に入れることができると云われている。

そのため、リナリーが住まうアステル国は番同士の結婚を推奨している。

番は基本的に16の年になると分かるのだが、勿論例外もある。

記録には早くて7歳、遅くて60歳で番を見つけたと記されている。

しかし、大体の人は16歳。

フェルモンのようなものが相手から出ており、その匂いを嗅げば互いに番だと気づくことができるのだ。


しかし、この番制度には欠点がある。

それは必ずしも番は同い年ではないということと。

最高で年の差30離れていたという記録がありリナリーはそれが自分ではないことをよく祈っていた。

とはいえ、年の差は関係なく本人たちは幸せに暮らしていたとのこと。


「(幸せを感じられるならいいかもしないけど、出来るだけ年が近い方が私的にはありがたいかなぁ。話が合わなそうだし)」


リナリーは文献を読んだときそっと心の中で思った。

アステル国は数え年で16歳を迎えるとデビュタントの夜会に招待される。

身分は関係なく、16歳であれば参加できる権利があった。

そこで番に出会うことが出来れば問題はないのだが、見つけられない場合は継続して夜会に参加しなければならなかった。


もちろん、見つからない場合もあるため妥協して番が見つからない同士で結婚するパターンもある。

リナリーは見つからなかった場合妥協するパターンでもよいと思っていたので夜会には軽い気持ちで参加することにしていた。


身分の壁を取り除いた夜会とはいえ、最低限のドレスコードは暗黙のルールだった。

リナリーの家は爵位が男爵であるものの金持ちというわけではなかった。

使用人を一人雇っている程度だ。

とはいえ、ドレスは一着は持っていたのでそれを着用することにした。

古い型のドレスだったがないものはないので仕方がない。


夜会にあわせて馬車の予約は埋まっており、予約が取れたとしても料金が通常より跳ね上がっているので利用は難しかった。

リナリーは仕方なく夜会のために用意されている大衆向けの馬車を使うことにした。

到着した馬車は既に満員で中は着飾った女性たちに埋め尽くされていた。

次の馬車に乗れる保障もないのでリナリーは意を決して無理やり馬車へと乗り込んだ。


ぎゅうぎゅう詰めの馬車の中で身体のあちらこちらにかかる圧迫感を感じながらリナリーは前に見かけた大量の鶏たちが荷車に載せられ出荷されている様子を思い出していた。

城門前につくと馬車の扉が開き雪崩のように女性たちが降りて(落ちて)いった。

リナリーは倒れた体を起こしながら、ドレスのほこりを払いようやく解放されたことへの安堵のため息を吐いた。

髪もセットしていたが、馬車に乗ったと同時に乱れ、結っていた髪がまばらに浮き出ている。


「(帰りてー)」


切実な願いだ。

しかし、先ほど乗った馬車は次の出荷のために走り去った後だった。

後には引けなくなったリナリーは観念して女性の波へと身を任せるように城へと向かった。


会場もぎゅうぎゅうしていたらどうしようというリナリーの不安は杞憂に終わり、会場に足を踏み入れるとあまりの広さに目を見張った。

天井には大きなシャンデリアが等間隔で下げられており、飾りのガラスが光に反射しキラキラと輝いている。

床は大理石でできているのか、顔を除けば自身の顔が移るほど光沢があった。

中央はダンスを踊れるようになっているのか開かれており、それを囲むようにテーブルが並んでいる。

敷かれている白いテーブルクロスの上にはもちろん色とりどりの食事が載っており、リナリーは見るだけで涎が出そうになった。


リナリーは非日常的な光景に呆けて会場内を見ていた。

それが災いしたのか背後から来た女性がリナリーに気づかずぶつかった。

不意の衝撃に足を踏ん張れずリナリーはそのまま倒れた。


「あ、すみません!大丈夫ですか!?」

「いえ、私がぼーっとしていたのがいけないんです」


ぶつかってきた女性は慌てて倒れたリナリーに手を貸そうと手を差し伸べた。

リナリーは受け身を取った手に痛みを感じながらも女性の優しさに甘えるべく顔をあげその手を取ろうとした。


「(か、可愛い~!)」


思わず心の中でリナリーは叫んだ。

その女性は大きな瞳にふっくらとした唇、鼻筋も通っており、白い肌を際立たせるかのように頬も薄ピンク色に染まっている。

凝視しているリナリーを不思議に思ったのか女性が小首を傾げる。リナリーは我を取り戻すと、彼女の手を借りてお礼を言ってから別れた。


「(ああいう子が王子様とかと結ばれたりするんだろうなー)」


彼女の後姿を見てしみじみと頷く。


「(私は王子様じゃなくてもいいから優しく、心が安らげ、面倒くさくない男性がいいな)」


心の中の要望は自分勝手なものだったが、それでもリナリーの切実な願いでもあった。

それから改めて会場内を見回すと既に番を見つけた者、周囲の様子を窺っているものとさまざまであった。

とりあえずリナリーはお腹が空いていたので食事を頂くことにした。

お腹が膨れたと同時に会場にラッパ音が鳴り響く。

周りは玉座の方を注目しているためそれに倣ってリナリーも玉座へと体を向けた。


「皆のもの、よくぞ毎年恒例である番の会に出向いてくれた。今日は時間が許す限り己の番を見つけることに専念するがよい。……まあ、私的なことを言うならば我が実弟の番を見つけることができればよいだのが……」

「兄上。もうそれはよいと言っているでしょう」


王の隣に控えていた男性が苦虫を嚙み潰したような表情で意見する。

彼は国王陛下の実弟であるアルフォンス殿下。騎士団長を務めている。

短髪の黒髪に、切れ長の目、鼻筋の通った顔。身長も高く、鍛え抜かれた体は筋肉質で見た者を圧迫させる威圧感がある。

性格は厳格であり、滅多に笑った顔など見せない彼だが、女性人気は高く。

番でなくても添い遂げたいと言う人が後に絶たない。


そんな彼だったが番が見つかっておらず、気づけば御年30であった。

年齢もあり、番は諦めているとの情報も出回っていた。

そして先ほどの国王とのやり取りでそれは事実だと言うことが周囲に知れた。

国王の発言が終わり、再び会場中の人々は動き出す。

リナリーは満腹になった腹を押さえ、飲み物を頂こうとボーイに声をかけジュースを飲みほした。


「(あー。番探さないといけないよなぁ)」


腹が満たされてすっかり満足してしまったリナリーは番を探すことに対してあまり前向きではなかった。なんなら早く帰りたいと思っていた。

とはいえ、折角来たのだから会場中歩き回ることにした。数打ちゃ当たる作戦だ。


適当に歩いていると周囲がざわめき始めた。何かと思いリナリーは周囲を見回した。

奥の方から徐々にリナリーに向かうように人垣が開かれている。

目を凝らせば、黒い髪の男性――王弟が瞳をギラつかせながらリナリーの方へ早歩きで向かっている。


「(ま、まさか――彼が私の番か? ていうか、顔怖っ!)」


まるでスパイでも見つけたかのような形相に、リナリーは何か粗相をしたのではないかと思い当たることを考え始めた。

しかし、彼はリナリーのもとへは来ず、その手前の女性の前で止まった。

跪き女性の手を取り、顔を上げた王弟は破顔した。


「ようやく会えた……私の番」

「え?」


女性は小首を傾げる。

リナリーはその女性に見覚えがあった。

先ほどぶつかった可愛い女性だ。


「(なるほど。彼女ならそりゃあ王弟の番にもなりうるだろう)」


謎の上から目線でリナリーはそう思うと拍手をした。

それを皮切りに拍手は徐々に広がり会場中が包まれる。

王を見れば「本当に良かった」と目じりの涙をハンカチで拭っていた。


「(なんかいいもん見れたから今日は帰るとするか)」


リナリーは祝福に包まれている会場を後にした。

帰りの馬車は誰も乗っておらずそれは快適で椅子に踏ん反り返っていた。

帰り着くと両親はすぐに番のことを聞いてきたがいなかったと答えれば、肩を落としていた。


「まあ、そんなにすぐには見つからないし……仕方がないな」

「そういえば王弟の番が見つかってたよ」

「それはめでたいな! アルフォンス殿下、前々から番を待ちかねていたようだからさぞ嬉しいに違いない」


両親は己のことのように喜んだ。

リナリーは両親に自分の番が見つからなかったという問題を一時でも忘れさせてくれた王弟に感謝しながら自室に戻った。


次の日の朝刊の一面には昨日の王弟の番のニュースが載っていた。

国中が朝から騒いでいたが、夕刊の一面には朝とは反して王弟の番が誤りだったという見出しで別の意味で騒ぎになった。


「(番という謎の慣習に振り回されて可哀想な王弟だ)」


夕刊に目を通したリナリーは王弟に同情した。

とはいえ、他人事は他人事だったので夕刊をテーブルに戻すと友人と遊びの約束をしようと次の日の予定を考え始めた。


しかし次の日、城からリナリー宛に夜会の招待状が届いた。

どうやら前回の夜会に王弟の番がいるのではないかという疑惑があがったらしい。

そういう事情もあり、前回参加した番が見つかっていない女性は強制参加となっていた。


「(国家権力の乱用では……?)」


不満を抱くリナリーだったが、前回の夜会で食べたテリーヌという食べ物がとても美味しくもう一度食べたいと思っていたので参加することにした。

ドレスは一着しか手元になかったため今回もそれを着用し、髪は母親に結ってもらう。

馬車を予約すれば高いので再び大衆向けの馬車を使用することになった。

ぎゅうぎゅう詰めを覚悟していたリナリーだったが今回は前回と違って余裕があり座ることすらできた。

隣に腰かけていた女性に訊けば王弟の番のために馬車の便を増やしているとのことだった。


「(ふーん。ずいぶんと丁重な扱いなんだ)」


正直最初からそうしろよ、と言いたいリナリーだったがそんなことを言えば自分の身が危ないので心の中で留めておいた。

二回目の会場内も前回と同じだった造りだったが、唯一違うとすれば玉座の間にいる王弟が出入口を監視するかのようにじっと見つめていたことだろう。

女性陣はその威圧に自然と下を向いて会場内に入っていった。

リナリーもどちらかと言えば周りに合わせるタイプだったため同じように会場内に入る。


「(さ~て。テリーヌテリーヌ!)」


弾む心で食事の並ぶテーブルへ向かうと誰かとぶつかった。

今回は倒れることなく踏ん張ることができ、リナリーは日々成長している自分を称賛した。


「ご、ごめんなさい。私ったら食事に夢中になってて」


ふくよかな女性が頭を下げる。


「私の方こそ食事に夢中だったから、ごめんなさいね」


リナリーも続いて頭を下げる。


「やっぱりここの食事美味しいですよね」

「うんうん。私テリーヌが気に入っちゃって今日参加したのも実はこれ目当て」

「テリーヌ!美味しかったですよね!私はデザート目当てです」


そう言って初対面であるにも関わらず、二人は顔を合わせて笑いあった。

それから二人で食事を楽しみ、美味しかったものを共有し合った。


「(ふくよかで愛嬌もあって、素敵な女性だわ。こりゃあ番もいい人が現れるわ)」


リナリーは女性のことが気に入った。

彼女は男爵家の娘で名前をタナという。

連絡先を互いに教え合っているととラッパ音が鳴り響く。全員が玉座に注目する。


「今回招集したのは他でもない王弟の番の件である。どうやらこの中に弟の番がいるのではないかとの結論に至った。前回のような間違いがないよう一人ずつ弟との顔合わせを行おうと思う。名前を呼ばれたものは前に出るがよい」


そう言って王は玉座に腰かけ、アルフォンスが前へと進み出る。

使者が女性の名前を高らかに読み上げ始める。

待っている間も瞳がぎらぎらとしているアルフォンスの目の前に行くのはプレッシャーを感じざるをえない。

呼ばれた女性たちは罪人がごとく身を縮こませながら彼の前へと歩んでいた。

番が決まっていない女性は多かったようで時間を要した。

そして、リナリーの横にいたタナの名前が呼ばれる。


「番だといいわね」

「えー。絶対ないわよ」


小声で軽口をたたき、タナを見送った。

玉座の間に上がりタナを目の前にしたアルフォンスは目を見開く。

そして前回の女性同様、跪き女性の手を取り、顔を上げたアルフォンスは破顔した。


「君が私の番だったのか」

「え?」


タナは小首を傾げる。

リナリーはその光景を見て全てを察したように拍手を送った。

それを皮切りに拍手は徐々に広がり会場中が包まれる。

王を見れば「本当に良かった」と目じりの涙をハンカチで拭っていた。


「(幸せになれよ、タナ)」


身を翻し、片手を挙げて去っていくリナリーを追うものは誰もいなかった。

次の日の朝刊の見出しは王弟の本当の番が遂に見つかるというものになっていたが、夕刊では王弟の番は誤りだったというデジャブのような内容であった。


「(なんか私が認めた女性が二度にわたり間違いだったなんて書かれると私の目が節穴だって言われてるようね)」


夕刊に目を通したリナリーはそう思うとテーブルに夕刊を置いた。

そして、明日こそは友人と遊ぼうと計画を立てるのであった。

しかし、次の日家に訪問者が訪れ、対応した父が文字通り膝から崩れ落ち腰を抜かして震えている姿をリナリーは偶々目にしてしまった。


「お父様大丈夫?」


思わず声をかける。


「り、りりりりりり……」


舌が回らないのか“り”しか言わない父にリナリーは「(ふむ。話になりそうにないな)」と結論を出し踵を返して自室へ戻ろうとした。


「リナリー!」


父は縋るかのように、はたまた泣き叫ぶように娘の名前を呼んだ。

名前を呼ばれてしまっては無視することはできない。

観念したリナリーは再び父へと体を向けた。


「リナリーに王弟殿下が会いたいそうだ」

「え?なんで私に?」


思い切りリナリーは顔をしかめた。

まったくもって接点がなさすぎて父は冗談でも言っているのか。

しかし、彼は顔面蒼白でとても嘘を言っているようには見えない。


「城からの使者が見えてるの?」

「い、いや。今、王弟殿下が……」


父がそう言って扉が開いている正面出入口へと顔を向ける。

リナリーもその視線を追うとドア枠に頭がぶつからないように頭をかがめる短髪の黒髪が見え、騎士団服の衣装を身に纏ったアルフォンスが姿を現した。

リナリーは息をのんだ。


「(まずい。きっとなにか粗相をしたに違いない)」


やはりテリーヌ食べすぎが目についたのかもしれない。

思い当たる節と言えばそれしかない。

リナリーは全身に大量の汗が湧き出てくるのを感じていた。


彼はリナリーの姿を捉えると瞳をゆっくり瞬かせた。

じっとリナリーの顔を見つめながらアルフォンスは歩み始めた。

思わず後ずさるリナリーだったが後ずさりをするには場所が悪すぎた。すぐに壁際へと追い込まれる。

壁へと張り付いたリナリーを気にすることなくアルフォンスは彼女へと迫り見下ろした。

そして彼女の顔の横に自身の顔を近づけ、鼻を吸った。


「間違いない。君が私の番だ」


そう呟くと、再度リナリーの顔の横で匂いを嗅ぎだす。

スーっと吸われる音がリナリーの耳に伝わると全身にぶわっと鳥肌が立つのを感じた。


「ぎゃー!!変態!!」


叫ぶと力の限りアルフォンスの体をリナリーは押した。

油断していたのか彼の体は後ろへとよろめいた。

状況が理解できないのか彼は目を見張り、リナリーに顔を向け問いかける。


「君が、リナリーが私の番で間違いない。君も私が番であることを感じているはずだ」


ショックを受けているようでアルフォンスの瞳は揺れていた。

そんな彼を見てリナリーの人としての情けが動ごいた。

一旦心を落ち着かせる。


「(なんか可哀想だし番かどうかの確認くらいしてあげてもいいか)」


改めて彼と向き合う。

じっと顔を見れば彼の顔が赤く染まった。

それを見てこれが番の効果か、とリナリーは理解する。

しかし、それが番としての反応であればリナリーは彼を見ても赤くなるどころか、寧ろ体格の大きさへの恐ろしさを抱いていた。


「ちなみに番と会うとどういった症状が現れるんですか?」

「いや……私も番初心者だが、君の匂いを嗅いだ時胸がこうきゅーっと締め付けられるようで、今すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られ、まるで自分が自分じゃないようなんだが、それが心地よいというか……幸せを感じているんだ」


うんうん相槌を打ちながらリナリーは彼の症状を聞き、改めて結論を出した。


「(なるほど。まったくわからん)」


リナリーは彼の気持ちを本当に一ミリもわからなかった。

なんなら幸せを感じるどころか迷惑をこうむっているとも思っていた。

早いところ番ではないことを言ってのけたほうがよい。

二度あることは三度あるということを彼も重々承知しているだろう。


「王弟殿下」

「できればアルと呼んで欲しい」

「呼びません。それはそうと私は貴方の番ではありません」

「いや、君は私の番だ」

「いえ、違います」

「私の番だ」

「いえ、違います」

「私の番だ」


キリのないやり取りに夜まで粘るかと考えたリナリーだったが、アルフォンスが諦めなかった場合彼が夜まで家にいることになる。

それは阻止しなければならなかったのでとりあえずこの場を切り抜けることへと切り替えることにした。


「まあ、私は番ではありませんがとりあえず急な訪問でもてなしの準備もできてませんので一度お引き取り願えますか?」

「君は私の番だが、確かに前もって使者を遣わすべきではあったな。リナリーのもてなしは受けてはみたかったが、それはまた次の機会に取っておこう」


そう言ってアルフォンスはその場にとどまる。

さては、こいつ帰る気ねえな、とリナリーは思った。

それにしてもなぜアルフォンスがリナリーを番だと知ったのか、その経緯を尋ねた。


「なぜ私が番だと訪ねてきたんですか?」

「ああ。私が番だと勘違いした女性がいただろう? 彼女たちのことを調べると君とぶつかったという共通点があった。つまり私は彼女たちについたリナリーの残り香を番だと勘違いしていたようだ」


なるほどそういうことだったのか。

彼女たちにぶつかったことでリナリーは首の皮一枚繋がった状態だったようだ。

まあそれも今日切り落とされたようだが。

黙っているリナリーを見てアルフォンスの表情は悲痛で歪んだ。


「君が番だと言うのに私は二度も違う女性を番だと勘違いしてしまった……リナリーに恥をかかせてしまい本当に申し訳ない」

「恥をかき続けたい人生だった……」

「しかし、私はこれからの人生君のために尽くし、君のために命を懸けよう」

「そのお御心どうか王のために捧げてください」


リナリーは遠回しにアルフォンスを拒否しているが、彼の耳にはその言葉は届いていなかった。

リナリーに近づくと跪きいて手をとり、彼女を見上げた。


「私と結婚してほしい」

「……時に王弟殿下、番というものは手を取り合うと鳥肌が立ったりするのでしょうか?」

「……そういうときもあるだろう。すぐに結婚しよう」


少し考えてから嘘ついたなこいつ、とリナリーは思った。

結婚はもちろん考えていないが、相手の立場が王弟という力を持った人間であれば男爵家の娘が拒否することはできない。

リナリーは視線をアルフォンスから外し周囲に向けた。

いつのまにか柱の陰から両親がリナリーを見守っている。


『玉の輿じゃなーい!結婚しちゃいなさいよ!』


母がウインクと共に口パクでリナリーに訴える。

父は小動物のようにふるふる震えリナリーを潤んだ瞳で見つめている。

どっちも力にならないことは分かっていたが改めて目にするとリナリーはイラっとした。

ため息をつき、リナリーはアルフォンスへと目を向けた。


「正直、私は王弟殿下のことを自分の番だとはまだ思えません。ですが、王弟殿下が私のことを番だというのならそうなのでしょう。だから、私が貴方を番だと思えるまでは……お友達ということでは駄目でしょうか?」

「リナリー……わかった。幼少期から待ちかねていた番が見つかったことで私も舞い上がっていたようだ。君の気持ちを汲もう」


穏やかな表情を見せるアルフォンス。

話が分かる人でよかったとリナリーはアルフォンスが現れてから初めて安堵した。


「改めてよろしくリナリー。私のことは気軽にアルと呼んでくれていい」

「はい。よろしくお願いします王弟殿下」


どさくさに紛れて愛称で呼ばそうとする彼を断ち切るようにリナリーは王弟殿下呼びをした。

彼が手をすっと差し出す。握手の意だ。リナリーは素直に手を握る。

握られた手は緩急をつけるかの握ったり緩めたりを繰り返される。

リナリーは静かに彼の行動に引いた。


「ところでこの屋敷は部屋が空いているのか?」

「なにぶん狭い屋敷なのでそういった空き部屋はありませんね」


さらりと宿泊しようとしているアルフォンスを笑顔でリナリーは一蹴した。




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