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6話


 ぼうっと惚けたままのヨードをその場に残し、フィファナ達三人は談笑しながらハリーが手配してくれたという部屋に向かって歩いていく。


 既に王族は会場に入り、挨拶が終わっている。

 国王や王妃の姿はなく、王太子やその婚約者の姿があったことから二人の婚姻が近いのだろう。

 そのため、夜会に参加している貴族達はこぞって王太子と婚約者に挨拶をするため、長蛇の列が出来てしまっている。

 どこかで挨拶をしに行かなければならないだろうが、その時ヨードはどうするのだろうか。

 挨拶する人間が多く、もしかしたら参加している間に挨拶が出来ないかもしれない、とフィファナが薄ら考えていると、ハリーとエラが声を潜めて話し始めた。


「全く……ぼけっとしちゃって。とっても残念な方ね、伯爵は……っ!」

「まあまあ、あまり大きな声で話すと周囲に聞かれてしまうだろう、エラ。フィファナ嬢に迷惑がかかったら大変だ」

「やだっ、ごめんなさいフィファナ……! 私、貴女から貰った手紙を見てから本当に悔しくって……!」


 ぷりぷりと怒っていたエラがくるりと振り返り、フィファナの手をがしりと握る。

 突然両手を握られたフィファナは驚きにぱちくりと目を瞬かせ、次いでふふふ、と声をだして笑った。


「ふふっ、ごめんなさい……っ。二人が私より怒っているのが何だかおかしくって……」

「全く……君は学園にいる時から変わらないな……。私もエラから手紙を見せて貰って驚いたよ……嫁ぎ先でそんなに不可思議な事が起きているなんて……」


 ひそり、と声を潜めて話すハリーにフィファナも真剣な表情を浮かべる。

 フィファナの視線を受けて、ハリーは小さく溜息を吐き出した後、「こちらへ」と二人をテラスに誘導する。


「──あら? お部屋には行かないの?」

「ああ。あれはあの場を抜けるため、咄嗟についた嘘だからね。けれどフィファナ嬢と話したがっている友人がいるのは本当だから、後ほど改めて部屋を取ろう」


 頷くフィファナとエラと共に、テラスに出たハリーは周囲に聞こえないように気をつけながら先程の続きを話し始める。


「さっきの話の続きだが……。フィファナ嬢が手紙に書いていたラティルド男爵家。その男爵家は確かに存在していたよ」

「……存在していた?」

「ああ。今は存在していないらしいね。何年前までその男爵家が存在していたのか……そして、なぜ男爵家がなくなってしまったのか。すまないがその理由までは調べられなかった。もう少し時間があれば……」


 ハリーの言葉が、フィファナの耳に嫌に残った。


◇◆◇


「……、ヨードっ、ヨード! 何で来てくれないのっ、ヨードヨードヨード!」


 時は少しだけ遡り、フィファナとヨードが夜会の会場に入って暫し。

 リナリー・ラティルドは「すぐ迎えに来る」と言っていたヨードが一向に姿を見せないことに苛立ち、馬車の中で喚いている。


「すぐに来るって言ってたのに……! 馬車の中に置き去りにするなんて酷いわ……」


 リナリーが乗った馬車は、会場の馬車止めに移動している。

 正面から会場に入ろうとしても、招待状を持たないリナリーは通して貰えないだろう、とヨードは言っていた。

 だから、馬車に残ったまま会場の馬車止めに移動し、そこから薄暗い庭園に回り込めば上手く紛れることが出来る。

 見つかってしまったら大変なことになる、とヨードに言われていたリナリーは暫く大人しく馬車の中で待っていたが、それも限界がやって来た。


 少し遠くの方でざわざわ沢山の人の気配がして、煌びやかな夜会会場で楽しいひと時を過ごしている人が多いのだろう。

 そんな素敵な空間に自分だけが参加出来ない。そのことに痺れを切らしたリナリーは、そっと窓に引かれたカーテンを指先で避け、周囲を確認した。

 周囲に人の姿がないことを確認したリナリーは、馬車の扉を開けてそうっと顔を出し、急いで馬車から降り立つ。


「……この格好なら、庭園で迷子になってしまった参加者だと思われるわよね……」


 もし誰かに見つかってしまったとしても、迷子だと言い張れば良い。

 そう考えたリナリーはにんまりと口元を歪めて笑い、とととっ、と軽い足取りで人の気配がする方へ向かった。


 リナリーが薄暗い庭園を進んでいると、どこからか複数の人の声が聞こえて来る。


「──っ!」


 男の人だ、とその声で瞬時に判断したリナリーは急いで庭園の植え込みの影に隠れる。


 こんな薄暗い場所で複数の男性に囲まれてしまったら何をされるか分からない。

 ドキドキと嫌な音を立てる心臓に「静まれ」と必死に念じながら、リナリーは声を出してしまわないよう、自分の口元を手のひらで押さえる。


「そう言えば、久しぶりにフィファナ・リドティーを見たぞ」

「ああ、旦那と一緒に来てたな」

「相変わらず綺麗なまんまだな。ちくしょう、学園のあの噂って本当だったのか?」

「噂?」

「ああ、一時期変な噂が流れてただろ?」


 男達が話す内容に、リナリーは含み笑いが漏れてしまいそうになるのを必死に抑える。


「あの噂、真っ赤な嘘だって聞いたぞ?」

「本当かよ? もし噂が本当だったら俺もお相手して欲しかったんだけど……そっか、噂か……」

「そりゃそうだろ。婚約者がいながら、そっち方面が奔放なんてなぁ……」

「だよなぁ。今日のあの感じだと夫婦仲も良さそうだったし……あんなに綺麗な妻を持てて、羨ましい限りだよな」

「そうだよな。俺の妻も見習って欲しいくらいだよ」


 談笑する声が次第に離れて行き、リナリーの近くから完全に人の気配が消える。

 だが、リナリーは蹲った体勢から動き出す事が出来ず、怒りにぶるぶると震えた。


「あの女……っ、全部全部あの女のせいよ……っ」


 リナリーは目の前に咲く、見慣れぬ花をぐしゃり、と握り潰した。


◇◆◇


 場所は戻り、フィファナ達が会話をしている会場のテラス。


「ラティルド男爵家が、ないですって……?」


 フィファナはハリーから言われた言葉が一瞬理解出来ず、ぽかんと口を開けてしまう。

 ハリーは申し訳なさそうに眉を下げて「ああ」と頷き、肯定してみせた。


「そうなんだ……取り潰しになったのか、それとも他に特別な理由があって爵位を返上したのか……それはもっと調べてみないと分からない」

「……でも、タナストン伯爵家の使用人達は男爵家の令嬢、と……最早存在しない男爵家の娘を、なぜ未だに……」

「さぁ……謎が深まるばかりだね」


 肩を竦めてみせるハリーにフィファナは向き直り、ハリーとエラの顔を交互に見た後、きっぱりと言い放つ。


「……何か大変なことが起きていたら嫌だわ。これ以上二人を巻き込みたくないから、私から聞いた話は忘れてちょうだい」

「っ!? ちょ、ちょっと待ってフィファナ! 貴女だって危ないかもしれないのよ……!? ハリーは一応侯爵家の当主なんだから、利用してよ!」

「エラ……一応って……」


 エラの言葉にハリーがしゅん、と落ち込むが、エラはそんなハリーに構っている余裕はない。

 目の前にいるフィファナの肩をがしりと掴み、がくがくと揺さぶっていた。


「エラ、貴女の気持ちは嬉しいけれど……。私はもう既にあの家の嫁になってしまったのよ。タナストン伯爵夫人になってしまったの。それなりの覚悟は出来ているわ」

「──そんなっ」


 これ以上関わるな、と強い意志の籠った瞳で見つめられ、エラはこうなってしまったフィファナが折れることはない。と、長年の付き合いで実感している。

 どうしたら大切な友人を救い出せるだろうか、とエラが悩んでいると背後から焦ったような声がテラスに飛び込んで来た。


「フィ、フィファナ……っ!」

「──旦那様」


 フィファナを探し回っていたのだろうか。

 きっちりと整えられた髪の毛は若干崩れており、額には薄ら汗が滲んでいる。


 テラスにいるのがフィファナだけではなく、先程挨拶をしたアサートン侯爵と侯爵夫人がいることから、いつものように「お前」や「フィファナ・リドティー」と呼べずに名を呼んだのだろう。


 ヨードの慌てように三人は一様にきょとん、としてしまう。

 だが、三人の様子に構っていられないとばかりにヨードは「失礼」と声をかけ、ずんずんフィファナに近付いて行く。


「──妻と挨拶に回りたいので、そろそろ失礼致します、アサートン侯爵」

「あっ、ああ……。フィファナ夫人を長くお借りしていてすまないね」


 ヨードはぺこり、と軽く頭を下げ、簡単に挨拶をし終えるとフィファナの腕を掴み、テラスから出て行ってしまう。

 強い力でヨードに手を引かれ、フィファナは眉を顰めながら周囲に聞かれない程度の声量で非難の声を上げた。


「っ、旦那様っ、腕が痛いです……っ離して下さい……っ」

「──うるさいっ、黙って着いて来い……っ」


 ヨードはフィファナの抗議など聞き入れることなく、そのまま足早に夜の庭園に引っ張って行く。

 学友との楽しい時間を邪魔され、乱暴にその場から連れ出され、ぞんざいな扱いを受けていることに我慢の限界が訪れたフィファナは、庭園に足を踏み入れた所で、ヨードの腕を無理矢理振り払った。


「……っ、お前っ」

「一体何なのですか……っ、あの場から連れ出した理由を教えて下さい!」

「……っ、」


 至極真っ当なフィファナの言葉にヨードはぐっ、と言葉を飲み込み、ちらりと周囲に人がいないことを確認した後、先程よりは幾分か落ち着いた様子で口を開いた。


「……リナリーがどこにもいない」

「……は?」


 額を押さえ、項垂れながら告げたヨードの言葉に、フィファナは気の抜けた言葉を発してしまう。

 だが、フィファナのそんな態度にカチンと来たのだろう。

 ヨードは額を押さえていた手のひらを下ろし、フィファナに詰め寄りながら鋭い視線で睨み付けた。


「お前のせいでっ、リナリーを迎えに行くのが遅れた……っ! お前がぺらぺら友人とやらと話すから私が外に抜け出す時間が遅くなったのだ……! リナリーに何かあったらどうするつもりだ!? 誘拐されていたら!? 何か怖い目に合っていたらどう責任を取るつもりだ……っ」

「どうして私が責任を取らねばならぬのですか」


 身勝手なことを口にして、喚き散らすヨードにフィファナも言い返す。


「なっ、お前っ」

「そもそも、リナリー嬢は夜会の招待状を持っていたのですか? 招待状があれば、誰かお知り合いの方にエスコートを頼めば良いことです。それなのに、旦那様が面倒な方法を取るからリナリー嬢を見失ったのではないのですか? はぐれた際に落ち合う待ち合わせ場所は? 時間に間に合わなかった際の代替案は? 予想外の事態が発生した時に第二、第三の手段を講じておくことは常識です。それを講じていなかったのですか?」

「貴様っ」


 至極真っ当なことを言われ、ヨードは屈辱に顔を真っ赤に染める。

 フィファナが言った言葉はどれも正しい。

 ヨードは何一つフィファナに言い返すことが出来ずに、言葉に詰まる。


「……夜会会場は、メイン会場をひとたび離れれば薄暗い場所も多く、年若いご令嬢には危ない場所だってあります。早く探された方がよろしいかと」

「──お前に言われずとも分かっている……っ」


 二人が話していると、庭園に誰か人がやって来たのだろう。

 その話し声は複数で。

 話し声から複数の男達だ、ということが分かる。


「──なるほど……、確かにこういった夜会で、令嬢一人だと声をかけられる危険性があるな……」

「分かったのでしたら、早くリナリー嬢を探しましょう」


 ぽつり、と呟いたヨードの言葉に、フィファナは近付いて来る男達の気配を気にしながら会場に戻ろうとそちらに振り返る。

 てっきりヨードも自分に続くと思っていたのだが、背後にいたヨードはフィファナと反対方向に体を向け、歩き出した。


「もし今、リナリーが庭園に迷い込んで来たら大変だ。お前だったら慣れているんだろう、適当に男達の相手をしてリナリーの手助けをしろ」

「──は、?」


 フィファナがぎょっとしてヨードに振り向くが、その時には既にヨードはリナリーを探すため、走り始めていて。


「……っ、最低っ」


 フィファナは段々男達の声が自分に近付いて来ていることに焦って、背後を振り向いた。



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