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最終話


◇◆◇


 アレクの衝撃発言から数日。

 あの日、アレクが宣言した通り、リドティー伯爵家には当主であるトルソンを通し、アレクはフィファナを街歩きへの誘いのため、正式に申し入れた。

 トルソンはアレクからの書状を手に、書斎で目の前に居るフィファナを見てふむ、と表情を緩める。


(婚姻の取り消しが成立したとはいえ……暫くは悪い噂で苦労するかと思っていたのだが、やはり殿下はフィファナに好意を抱いていたか……。伯爵家としては申し分無い相手だが……親としては……王族だからな……。遠くない未来に継承権を返上される予定ではあるが……あの王弟殿下が相手だ……。フィファナも少なからず苦労することは目に見えている)


 トルソンはどこか落ち着きの無い様子のフィファナに向かって口を開いた。


「──どうする? フィファナ自身が嫌なのであれば、断ってもいい」

「……っえ!?」


 伯爵家としては、王族との縁が結べるいい機会である。申し出を断るメリットは一つも無い。

 それでも、トルソンはフィファナの自由にしたら良い、と言ってくれた。

 優しい瞳で自分を見つめるトルソンに、フィファナも自分の両手をぎゅっと握り、しっかりトルソンを見つめ返す。


「……嫌、ではございません……。キーティング卿のような素敵な方からお誘い頂き、とても嬉しく思っています。……ですが、その……。キーティング卿が伝えて下さる言葉が擽ったくて……、私もこんな感情を抱くのが初めてで、どうしたら良いか……」


 いつもは勝気で、物事をキッパリ言うフィファナが年頃の女性のようにもじもじと恥じらう姿を見て、トルソンは目を丸くする。

 一度、嫁いだとは言えあの家では夫婦らしい生活など皆無だったのだろう。

 トルソンは目尻に皺を寄せてくしゃり、と笑みを浮かべ、フィファナの言葉に答えた。


「……自分が思うように行動しなさい。殿下と出かけるのが嫌でなければ、お誘いを受ければ良い。嫌では無いのだろう?」

「──はい。お願いいたします」

「分かった。それでは殿下にそのように返答しておく」

「よろしくお願いいたします」

「ああ。殿下から日取りの調整が来たら、フィファナに知らせるから、後は二人で決めなさい」


 トルソンの言葉にフィファナは頷いた後、一礼して書斎から退出する。

 フィファナの後ろ姿を見送りながら、トルソンはどこか寂し気に呟いた。


「帰ってきたと思えば……再び送り出す日もそう遠く無い、か……」


 トルソンは八つ当たりをするかのように荒々しくアレクへの返事を書いたのだった。





 それから。

 日時を決めたのは良いものの、やはり事後処理にアレクは忙しく。

 食事に行く日は大分日にちが後になった。


 以前、フィファナに会いに来たのも実際は相当無理をしたのだろう。

 あれからアレクは邸に姿を現すことは無く、フィファナ自身も忙しく動いてはいたのだが、ふとした時にアレクに告げられた言葉を思い出してはぶわり、と顔を赤く染める日々を送っていた。


 そうして、忙しく日々を過ごしているうちにあっという間にアレクとの約束の日を迎えた──。



◇◆◇


「それでは、行って参ります」

「ああ。気を付けて」


 フィファナは書斎で仕事をしているトルソンの下に出かける前の挨拶を言いに来てから邸の玄関に向かった。


 今日は邸までアレクが迎えに来てくれる。

 約束の時間まではまだ余裕はあるが、アレクを待たせるのは良くない、と考えたフィファナは少し早めに玄関に向かったのだが。


「──……! キーティング卿……っ!?」

「ああ。フィファナ嬢、何だか久しぶりだな」


 フィファナが玄関を出ると、馬車止めには既にアレクが乗って来ていた馬車が止まっていて。

 その馬車の前でアレクが待っていた。

 慌ててフィファナはアレクの下に向かい、待たせてしまっていたことを謝罪する。


「お待たせしてしまい、申し訳ございません……!」

「いやいや。約束の時間はまだ先だろう? 私が早く着き過ぎてしまったんだ、気にしないでくれ」

「で、ですが……使用人に声をかけて下されば……」

「予定よりも早く来てしまったのに仕事を増やすことはしたくない。伯爵邸の庭を眺めて楽しんでいたから大丈夫だ」


 笑顔でそう言われてしまえば、これ以上謝ることが出来ず、フィファナは眉を下げて「ありがとうございます」とアレクに告げる。


 馬車に乗り込むために手を差し出してくれるアレクにもう一度お礼を告げ、アレクの手を借りながら馬車に乗り込んだフィファナに続いて、アレクも馬車に乗り込む。

 二人が馬車に乗った後、ゆっくり走り出して今回食事をする場所──王都にある評判の店に向かう。


「随分長い間顔を見ていなかったように思えるな。フィファナ嬢は変わり無かったか?」

「はい。タナストン邸で働いていた使用人達の件も、殆ど手続きが終わりました」

「そうか。それは良かった。……ということは侍女のナナも?」

「──はい! 実は数日前からナナが伯爵邸で働き始めたのです。久しぶりにナナと顔を合わせることが出来て嬉しくて……!」


 本当に嬉しそうに笑顔を浮かべるフィファナに、アレクは眩しそうに目を細めた。


「そんなに嬉しそうにしているフィファナ嬢はあまり見たことが無いな。相手が女性の侍女とは言え、妬けるものがある」

「――……!?」


 まるで息をするようにするりとアレクの口から零れ出た言葉に、フィファナはぶわりと顔を赤くしてしまう。


「遅くなってしまったが、フィファナ嬢が着ているドレスもとても似合っている。もともと美しいが、フィファナ嬢の美しさを更に際立たせているな」

「──っ、あ、ありがとうございます……っ」


 今まではそんな余裕が無かったからだろうか。

 今のアレクには元来の大人の余裕、というようなものが見て取れて。


 男性からの社交辞令など、今まで山ほどかけられ、慣れているというのにフィファナはアレクの言葉一つ一つに大袈裟に反応してしまう。

 気恥しい気持ちを何とか隠しながらフィファナもアレクに向かって口を開く。


「キ、キーティング卿も、いつもお召しになっている隊服姿も素敵ですが、本日のお召し物もとてもお似合いです……!」

「ありがとう。フィファナ嬢に釣り合うよう気合いを入れて来たのだが、そう言ってもらえて嬉しいよ」


 何とか動揺せずにアレクに言えた! と少しだけ満足気でいたフィファナだったが、再びあっさりアレクから言葉を返されてしまい、フィファナはぐぅっと黙り込んでしまった。


 あれから。

 道中馬車の中でフィファナは何度も言葉を失いながらも、何とか目的の場所に到着し、二人は馬車から降りて店に入った。

 個室を取っていたらしく、フィファナ達が店内に入ると店の者がやって来てスムーズに部屋に案内される。


 料理を楽しみ、世間話をしたり楽しい時間を過ごしていたフィファナとアレクだったが、食後のお茶が運ばれて来て、暫く店の者がやって来ない頃合を見計らったかのようにアレクがすっ、と真剣な表情を浮かべた。


「キーティング卿……?」

「……楽しい席で、雰囲気を壊してしまう話をしたくはなかったのだが……。最終的にどうなったか、をな……」


 アレクの言わんとしていることを察して、フィファナも表情を引き締めると背筋を伸ばす。

 今回の事件の顛末だろう。


 カートライト公爵家、そして大公の犯した罪は全て国民に周知されている。

 そして、その結果大公が首を刎ねられた、という事実も国民に向けて発しているのはフィファナも知っている。

 初めこそ国内は混乱に包まれていたが、それも直ぐに収束して今は何処かぎこちないながらも今までのような日常が送られている。

 今までのような変わらぬ日常を送れているのも、きっと見えない所で王太子であるエドワードや王弟であるアレクが事態の収拾に努めてくれたのだろう、とトルソンが口にしていた。


「カートライト公爵家は国内の様々な家の使用人に自分達の息のかかった者を潜ませている。全ての確認が済むのはまだ少し時間がかかるだろう。今回の件の首謀者である大公は既にこの世にはいなく、実行犯として動いていたトーマスとリレルは反逆罪の適用で処刑、タナストン伯爵──いや、前伯爵、だな……ヨード・タナストンは伯爵位から降爵、男爵位となった」

「男爵位……!? 結局、そうなってしまったのですね……」


 以前、子爵位への降爵に加え一部の領地の返還となるだろう、と説明を受けたが実際はもっと重い罪となったようだ。

 フィファナが驚いているとアレクは「そうだった」とその後のことを説明する。


「ヨード・タナストンのリナリー助命嘆願をエドワードが聞き入れた。本来であればリナリーは処刑される人間だ。それを助けるには男爵位への降爵及び全領地の返還、そしてかつての伯爵領は王家預かりとなったが、預かる、というだけ……。あの土地は水害が多いだろう? 水害被害に対する対策費はタナストン男爵家が用意する事となった」

「──それ、は……収入が無くなってしまった今、大変でしょうね……」

「ああ。だから金策のためにエドワードが助言したよ」

「助言……?」

「収入を得るためには、そのやり方を良く知っている家に助言を乞うしかない。だが、伯爵家以上の家はタナストン家と関わることを避ける。子爵家か、同じ男爵家と縁続きになるか……教えを乞うか……。教えを乞うにはタナストン家もそれ相応の見返りが必要だが……あの家が出来るのは今は縁組くらいしか無い」

「……ということは、タナストン家はどこかの家と……」


 アレクの説明に、フィファナはその先のことを察して呟く。

 フィファナの言葉にアレクは肩を竦めた後、頷いた。


「──ああ。複数の商人や商団と繋がりのあるワリドナ男爵家の女性を妻として迎えたようだ」

「ワリドナ男爵家……その……確か私が記憶している限りでは、ヨード・タナストンと釣り合いのとれる年齢の女性はいなかった筈、ですが……」

「……離婚して実家に戻って来たアンジェリカという女性がいる」

「──アンジェリカ、という女性は確か……」

「ああ……。確か今年三十四になるな……」


 アンジェリカ・ワリドナは離縁した後、三人の子供の内、女の子を二人引き取ってワリドナ男爵家に戻っている。

 確か上の子が十二歳で、下の子が九歳程だった、と記憶している。


 リナリーの命を助け、同じ邸に住むとしてもこれは、とフィファナが考えていると、その考えはアレクも同じようで。


「……ヨード・タナストンも酷なことをするもんだ……」

「ええ、本当に……」


 フィファナはこの時初めてちょっぴりリナリーに同情したのだった。



 そして、二人は食事が終わり店を出た。

 馬車までの道中は事件には一切触れず、世間話をして歩く。


 フィファナはアレクから先日のようなことを言われるのでは無いだろうか、とどこか緊張していたのだがすっかりその緊張も解けて穏やかな笑みを浮かべ、アレクと談笑していた。

 馬車に辿り着き、行きと同じくアレクの手を借りて馬車に乗り込み、続いてアレクが馬車に乗って走り出す。


 リドティー伯爵家への道中、ゆったりとした時間を楽しんでいた頃。

 緊張も解けてリラックスしていたフィファナに、向かいに座っていたアレクがにこやかに話しかけた。


「今日はありがとう、フィファナ嬢。また誘っても良いか?」

「こちらこそありがとうございます、キーティング卿! とても楽しかったですわ。またご一緒して下さい」

「良かった、それでは遠慮無く今後も誘わせて貰う。次は劇場で観劇などどうだ? 確か今、ご令嬢方に人気の演目があっただろう?」

「──是非よろしくお願いいたします……! 今人気の演目ということは、……星の生まれ変わり、でしょうか? 確か……身分差のある男女の切ない恋物語だったような……」

「うん、それだな。確かそんな題だった……。それよりフィファナ嬢」

「──はい?」


 アレクは足を組んだ膝の上に自分の腕を置き、頬杖をつきながら目を細めて微笑みを浮かべている。

 突然、どこか甘ったるい空気が流れているように感じて、フィファナは目を見張った。


「劇場に……私と二人きりで観劇しても良い、ということは……良い意味で捉えていいのかな……?」

「──っ!?」


 今までそんな雰囲気が一切無かったと言うのに、馬車内の雰囲気が甘くなりフィファナはあわあわと狼狽える。

 どこか熱の篭った瞳でアレクに見つめられ、フィファナは頬を真っ赤に染め上げてしまった。

 そんなフィファナの表情を見て嬉しそうに目を細めたアレクが言葉を続ける。


「意識してもらえているようで安心した。お友達、としてフィファナ嬢を誘っているのではないからな……。今後、こうして二人で過ごすことが当たり前の関係になりたい、と思っている。それを踏まえた上で、本当に私と一緒に観劇に行ってくれるか……?」


 アレクも些か緊張しているのだろうか。

 真剣な表情でアレクに問いかけられ、フィファナは小さく頷いて口を開いた。


「私でよろしければ……。是非ご一緒させて下さい……。その……、恥ずかしいことですが……こういったことに不慣れで……キーティング卿からのお言葉は嬉しいのですが、とても恥ずかしく、照れてしまいますのでお手柔らかにお願い致します……」

「……私は、フィファナ嬢がいいんだ。んー……その件については……なるべく努力する。フィファナ嬢を見ていると、一緒にいると自然と口にしてしまうからな。慣れてくれ」


 二人はどこか気恥しそうにはにかみながら、邸までの道のりを穏やかに過ごした。



◇◆◇


 そして、この国では劇場や湖などで仲睦まじい様子で寄り添う二人の姿が度々見られることとなる。


 一時期国内が危うい状況に陥ったが新しく即位した国王が早急に国を立て直し、賢王として国民に人気で、貴族からも良き王として慕われ、国王とその妻、王妃との間には数人の子が生まれた。


 国王夫妻の間に子が出来た頃には、先王の弟だった王弟も継承権を返還し、公爵位を得た王弟アレク・ラディス・キーティングは美しい、と評判のリドティー伯爵家の娘と結婚し、いつまでも仲睦まじく暮らした。




 そして、事業に失敗してしまったどこかの男爵家は年中夫婦喧嘩が絶えず、夫婦仲は最悪で、お互い外に愛人を作り、夫婦仲は冷えきってしまっているらしい。

 その邸で新米侍女として雇われた平民の女性は殆ど邸に寄り付かなくなってしまった男爵を健気に待ち続けたと言うらしいがそれもどこかの夜会で面白おかしく噂されているので真偽は不明だ。




─終─

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