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40話


 アレクの放った言葉は、勘違いしようにもないほど真っ直ぐな言葉。

 その場に学園時代の友人がいたら、フィファナの周囲できゃあきゃあと黄色い悲鳴を上げていただろう。


「お、お父様を通して、正式に……」


 フィファナはぱくぱくと口を動かし、徐々に自分の頬に熱が集まるのを感じて両手で頬を押さえた。


 アレクが告げた言葉の意味――。

 今回の慰労も兼ねて食事に行こう、という意味合いではない。

 友人として観劇に行こう、という誘いでもない。


 その家の当主を通し、異性相手に外出の誘いを正式に申し込む行為は、特別な意味が込められていることをフィファナも知っている。

 そしてそれをわざわざフィファナに対して口にした、と言う所にアレクの「本気」を感じてしまい、フィファナは顔を真っ赤にしたまま狼狽えたのだった。



 応接室から出て、少し歩いた所でアレクはよろよろと廊下の壁に凭れかかってしまう。


「──なぜ、俺は今……。――何を言った……?」


 後から自分の発言を思い返し、恥ずかしさにぶわり、と顔が真っ赤になってしまう。


「こんなつもりじゃあ……もっと、ちゃんとした場所で、ちゃんと色々用意してから伝えようと思っていた、のに……」


 感情が溢れ出てしまい、抑えることが出来ず、するりと口から出てしまった。

 廊下の壁に背を預け、アレクは恥ずかしさに唸りながらずるずるとその場にしゃがみ込んでしまう。


 その様子を、アレクを見送りにやって来ていた使用人はおろおろとしながら見ていて。

 結局アレクがいつもの調子を取り戻し、リドティー邸を後にするのはもう少し経ってからになってしまったのだった。



◇◆◇


 場所は変わって、近衛騎士団の兵舎地下牢。


 街の憲兵隊の地下牢に捕らえられていた罪人を数日前に移送していた。

 その罪人の名はリナリー。

 平民の少女で、この国の王族──王弟であるアレクに危害を加えた罪により、処刑が決定されていたのだが、ある理由によりリナリーは身柄を近衛騎士団に移され、地下牢で過ごしていた。


 憲兵隊の地下牢では、「死罪になる」と言われたリナリーはなぜ自分がこの場所に移動させられたのか理解出来ず、恐怖によってガタガタと体を震えさせていた。


「──ヨード……っ、ヨード……早く助けてよ……っ、私が死罪になるなんて嘘よね? だって、殿下だって大きな怪我はしていないわ……ちょっとだけ、ちょっとだけ体が当たってしまっただけじゃない……っ、それなのに……それなのに何で私がこんな目に合うの……っ」


 散々、憲兵隊の地下牢で泣いて、とうに涙は枯れ果ててしまった。


 以前は艶々だった髪の毛も今では見る影もないほどにパサつき、唇も割れてカサカサ、爪も割れてしまっている。

 みすぼらしい服を纏ったリナリーは以前は貴族令嬢のような暮らしをしていたとはとても思えないほど、ぼろぼろになってしまっていて近衛騎士団の団員も眉を顰めてしまうほどの姿だ。


「ヨード、助けてヨード……っ」


 ヨードの名前を狂ったように呟き続けるリナリーの耳に、バタバタと忙しない足音が聞こえて来る。


 その足音はどうやらリナリーのいる牢屋に近付いて来ているようで。

 バタバタと慌てて走るその足音が、どこかヨードに似ていて。

 リナリーは真っ白な顔でその音が聞こえる方向にゆらり、と振り向いた。


「──リナリー……っ!」

「──ぁ」


 聞き慣れた、愛しい愛しい男の声が自分の名前を呼ぶ。

 その声を聞いた瞬間、リナリーは枯れ果ててしまったと思っていた涙が堰を切ったかのようにぶわり、と溢れ出した。


「ヨード! ヨードおおお!」

「すまない、リナリー。迎えに来た……っ! もう心配ない。一緒に帰ろう……!」


 鍵を受け取っていたのだろうか。

 ヨードはガチャガチャと震える指先でリナリーがいる牢の施錠を外し、縺れる足でまるで倒れ込むようにしてリナリーの元に駆け寄る。

 涙を流したまま、リナリーもヨードに腕を伸ばしヨードがしっかりとリナリーの手を握った。


「ヨードっ、信じてた……っ! きっとヨードは私を助けてくれるって、信じてずっと待ってたの……っ」

「ああ……すまない。本当にすまないリナリー。もう辛いことはないから、早くここを出よう……」


 ぐすぐすと泣きじゃくるリナリーを抱き抱え、ヨードは牢から出る。

 近衛騎士団の面々の前を通りながら、ヨードは自分が乗って来た質素な馬車にリナリーと共に乗り込んだ。

 ヨードにひしっと抱きついていたリナリーは、ガタガタと大きく揺れる馬車に違和感を覚えてふ、と顔を上げた。


「……ヨード? いつもの馬車じゃないのね……? よく見ると内装も……なんだか」

「──ああ……」


 リナリーの言いたいことを察したヨードは気まずそうにしつつ、彼女に説明するためにリナリーを自分の隣の座席に下ろした。


「すまない、リナリー。タナストン伯爵家は、伯爵家じゃなくなってしまったんだ……。あの邸に戻ることは出来ないし、今のタナストン家は男爵家だ」

「え!? だ、男爵? 伯爵じゃなくなっちゃったの!?」

「ああ。領地もなくなってしまったから、収入を得る方法も考えなくては……。だから、以前のような豪華な暮らしをさせてあげられる訳ではないんだ……」


 申し訳なさそうに眉を下げるヨードに、それでもリナリーは笑顔を浮かべる。


「ううん! 大丈夫よ、ヨード! ヨードが迎えに来てくれただけで嬉しいわ! お家を一緒に盛り立てて行きましょう……! やっとヨードのお嫁さんになれるのだから、それくらい気にしないわ!」

「──え?」


 リナリーの言葉に、ヨードはきょとん、と目を瞬かせる。

 そして苦笑いを浮かべた後、ヨードは至極当然、といった様子で説明した。


「リナリーと結婚は出来ない。リナリーを妹のように思っているんだ、異性としては見れない。それよりも、タナストン男爵家を再興するために新しい妻を迎え入れた。リナリーは妻の侍女として、働いてくれ。そうすれば一緒に暮らせるだろう?」


 にこにこ、と嬉しそうに笑いかけるヨードは「リナリーも嬉しいだろう?」とあっさり口にする。

 顔面蒼白、となってしまっているリナリーには気付かず、ヨードはすらすら説明を続けている。

 リナリーが小さく呟いた「え」という声にも、ヨードは気付かない。


「再婚は王太子殿下からの命でもあるんだ……。伯爵家の領地で暮らしている領民達に苦労をさせてしまっては不味い……だから、商団との繋がりを多く持っている男爵家の貴族女性を迎え入れた。多くを学び、収入を得なければ……」


 色々とヨードが説明を続けていたのだが、リナリーの耳には何一つ入ってはこない。


 大好きなヨードが再び知らない貴族女性と結婚する。

 そして、あろうことかリナリーはその貴族女性――ヨードの妻の専属侍女として働いてくれ、と言われた。

 リナリーはそれだけがかろうじて理解できた。理解できたのだが。

 リナリーはこれから始まる生き地獄のような毎日を想像して、馬車の中で意識を手放した。



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