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4話


「朝から沢山食べてしまったわ……。ご馳走様、部屋に戻るわね」

「かしこまりました。お部屋までの道順は覚えいらっしゃいますか? ご案内致しますか?」

「しっかり覚えているわ、ありがとう。貴女も仕事に戻って」

「かしこまりました、失礼致します」


 先程、この食堂が綺麗に保たれている事に感心し、それを言葉にしたからだろうか。

 侍女の雰囲気が初対面の頃より大分柔らかくなっていた。


 邸で働く使用人として、掃除や洗濯、部屋を清潔に美しく保つ事は当たり前の事である。その当たり前の事に感謝を忘れて生活してはいけない、とフィファナは両親からしっかり教えられて来た。

 様々な物を享受する立場である自分達貴族は、それを当たり前、と傲慢になってはいけない。

 その「当たり前」を当然のように保ってくれる人々が居る事を忘れてはならない、といつも教えられて来た。

 だからこそ、フィファナとしては当たり前の事を口にしただけなのだが──。


「……あの様子からして、邸で働く使用人達は旦那様やリナリー嬢からお礼を言われた事が少ないのかしらね」


 タナストン伯爵家は貴族らしい生活、考え方を持った、良く言えば古き良き考えを持った、昔ながらの貴族、なのだろう。


「まぁ、建国から続くお家だものね……。その考え方を持っていても頷けるわ」


 けど、フィファナのリドティー伯爵家は元は子爵家。

 タナストン伯爵家程の歴史は無く、浅い方だ。

 様々な事業を行っていたからか、色んな人間との交流があり、考え方は新しい。


 当たり前の事に胡座をかけばいつかそれは当たり前では無くなってしまうのだ。


「──あ、お父様にもお手紙を書いておかないと……」


 家の事を思い出した時に、ふと父親に連絡しなくては、と考えていた事を思い出す。


 フィファナは自室に入り、扉を閉じた所でぽつりと呟いた。


「結婚してまだ一日だけど……。怒られてしまうかしら……。けれど、ヨード・タナストンとこの先和解出来る気がしないわ。それにあれだけの事を言われて、あの人とこの先やって行く事なんて私には出来ない」


 愛し愛されて結婚する、などと少女のような夢物語に憧れていた訳では無い。

 けれど、家族になるのだから良いパートナーとしてお互い尊重し合い、互いに成長し合いながら暮らしていければと思っていた。だが、フィファナからの歩み寄りを全て拒絶されたのだ。


「……そう、あれははっきりとした拒絶よ。ならば、こんな結婚辞めてしまえばいいのよ」


 この結婚は両家の益となるため、婚約が結ばれ、そしてその後婚姻が成立した。

 フィファナのリドティー伯爵家は、古くから続く由緒ある家門との繋がりと、それを後ろ盾にして仕事に活かしたかったのだろう。

 ヨードのタナストン伯爵家は純粋に潤沢な資金を得たいがため。

 また、以前私財を投げ打って陞爵されたフィファナの家だ。陛下の覚えもめでたい家門のため、繋がっておくのに損は無い。


 この婚約、婚姻はヨードが家督を継ぐ前に結ばれたものだったため、恐らくヨード本人にはどうする事も出来なかったのだろう。


「……ヨード・タナストンが望むのであれば、貴方の願いを私が叶えてあげるわよ、見てなさい……!」


 ヨードの願いはきっとフィファナと同じだ。


「それには色々と情報を得なくちゃよね。情報は大事だわ」


 フィファナは机に向かってペンを走らせ続けたのだった。




 どれくらい時間が経っただろうか。

 手紙の作成が一段落ついて、フィファナはペンを机に起き、ぐっと背筋を伸ばす。


「……そろそろ昼食の時間かしらね」


 ぽつり、と呟いた所で隣りにあるヨードの部屋から物音が聞こえた。


 戻っていたのか、と考えつつ何の気なしにそちらの方を見ていると、互いの部屋を繋ぐ扉が「がちゃん!」と音がして。

 次いで驚いたようなヨードの声が聞こえた。


「──なっ、」


 昨夜、ヨードが部屋から退出した後しっかり続き扉の施錠をしたのだ。

 邸の主人であるヨードが使用人に命令をして鍵を開けろと言えば開けられてしまうが──。


(そんな恥ずかしい事言えないわよね……)


 夫婦の部屋を自由に行き来出来る扉を施錠されている、なんてあのヨード・タナストンが口にする筈が無い。

 扉から視線を外し、そろそろ昼食だと侍女が呼びに来る筈だから準備をしよう、と椅子から腰を上げた所で再びヨードの声が聞こえた。


「──部屋に居るんだろう、フィファナ・リドティー……! 夜会の招待状が届いてしまった、説明するから開けろ……!」

「──夜会、?」


 夜会ですって、とフィファナは眉を顰める。

 小さな呟きだったため、フィファナの声はヨードの耳には届いていないようで、扉のドアノブがガチャガチャと鳴り続けている。


 室内の扉を開けてヨードを迎え入れる事をしたくは無い、と考えたフィファナは扉の向こうに居るヨードに向かって少しだけ声を張り上げた。


「旦那様。もう直ぐ昼食の時間です。そのお話は食堂でお聞き致しますわ」

「……っ、昼食はリナリーと……っ」

「それでしたら、昼食後でもよろしいでしょうか? お腹が減りましたので先に食事をしたいのです」


 何故食事の時間をずらしてまでヨードの話に付き合わなければならないのだ、とフィファナはツンと答える。

 扉の奥でヨードが怒りに震える声を上げているが、フィファナに折れる気持ちは無い。


「くっ、この……っ、我儘な女め……っ、聞いていた通りだ忌々しい……っ」


 一体誰にどんな事を吹き込まれたのか、と少しばかり気にはなるが、そんな噂や人の言葉を信じ、自身の事を見てくれない人は学園に通っている間も沢山いた。

 フィファナは大して興味を持たず、そのまま自室の扉を開けて廊下に出る。


 すると、昼食の時間のため、呼びに来ていたのだろう。

 侍女のナナが声を掛ける前に出てきたフィファナに驚いたような表情を浮かべている。


「──あっ、奥様……! ただいまお声を掛けさせて頂く所でした」

「タイミングが良かったみたいね。食堂に向かうわ」

「かしこまりました、ごゆっくり……」


 ぺこりと頭を下げるナナの横を通り、フィファナが食堂に向かうため歩き出すと、ヨードが部屋から慌てて出て来る。


「おっ、おい……! まだ話は終わってない……っ」

「──痛っ」


 焦ったからだろうか。

 ヨードは前に進んで行くフィファナの腕を強い力で掴み、その場に引き留めようとする。

 焦りのせいで力加減を間違えたのだろう。

 フィファナの細い腕にぎちり、とヨードの指がくい込み、その痛みに思わずフィファナが顔を顰めると、ヨードは慌てて手を離した。


「っ、待てと言っているのにお前が聞かないからだ……。昼食を取る場で良い、こんな面倒な事は早く済ませるぞ」

「分かりました……」


 フィファナは強く掴まれた自分の腕を反対の手で摩り、ちらりと腕を見やる。

 相当強い力で掴まれたのだろう。フィファナの腕にはくっきりとヨードの指の後が残っていた。




 ヨードが食堂に姿を現すと、配膳の者達が驚いたような表情を浮かべた。

 それだけ長い期間、この場所で食事を取っていなかったのだろう。

 心做しか配膳の人間や、使用人達はヨードが現れた事に嬉しそうな雰囲気だ。


 だがヨードは邸の使用人達の態度には目もくれず、ずんずん席に向かって歩き、乱暴にどかりと腰を下ろした。

 フィファナを見る事無く、自分の懐に手を突っ込み少し離れた場所に取り出した手紙をぞんざいに放った。


「王宮で夜会が開かれる。王族が主催しているから断る事は出来ん。私達は形式上は夫婦だ、出席してもらうぞ」

「──開催日時は……、五日後ですか……」

「夜会のドレスを新調するための時間は無い。金に物を言わせ、急いで作らせるなどさせないからな。お前には毎月決まった額を提示している筈だ。それ以内で納めろ」

「ご心配無く。こちらに来る際に夜会用のドレスを持参しております。新しく作るつもりはございません」


 フィファナの言葉にヨードはぴくり、と眉を上げる。


(金に物を言わせ、無理矢理新しいドレスを作るかと思っていたが……この女も現実的では無い、と理解しているか……。少しは考える頭があるようだな。我儘三昧ですぐに癇癪を起こすと聞いていたが……)


 また、一つ。

 聞いていた話と違う部分だ、とヨードは視線を俯かせるが深く考える事は辞めた。


(リナリーが学園であんな目に合ったのだ……。この態度もただの演技だ。私に少しでも気に入られたいと言うこの女の浅ましい策略。私は絶対に騙されん)


 配膳の者が食事を運んで来た事で、二人の会話はそこで終了し、ただただ黙々と手と口を動かし続ける。

 ナイフとフォークの音が静かな食堂に響くだけで、ヨードはリナリーとの楽しい食事の時間を思い出し、何度も舌打ちしたくなったが何とかそれを飲み込む。


 ゆっくり食事を進めるフィファナを横目に、ヨードはさっさと食事を終わらせるとがたり、と席を立つ。


 フィファナに声を掛ける事も無く、そしてフィファナがヨードを見る事無く二人は、二人揃っての初めての食事を終え、ヨードは足早に食堂を出て行ってしまう。


 ぽつりと残されたフィファナは食事を楽しみながら先程寄越された夜会の招待状をちらり、と見やった。


 王家主催の王宮での夜会。

 久しぶりに友人達と会う事が出来そうね、と少しだけ楽しみになって来た。

 多くの貴族が招待されているだろう。そうすればフィファナの両親も夜会に招待されているはず。

 上手く行けば、両親と話す事が出来るかもしれないと考えたフィファナは嬉しそうに笑みを浮かべ、食事を終えた。


「──ご馳走様。美味しかったわ」


 フィファナの言葉に、使用人達は恭しく頭を下げ、食堂から出て行くフィファナを何処か嬉しそうに見送った。



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