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38話


 トルソンと共に、フィファナはタナストン邸を後にする。

 邸の玄関を出て、なんとなしに振り返った。


 邸は明かりが灯され、使用人達が動き回っている気配がする。

 フィファナはつい最近この邸に嫁いで来たばかりと言うのに、こんなにも早く邸を出ることになるとは、と胸中でごちる。


「フィファナ。何を立ち止まっている? 戻るぞ」

「──かしこまりました、お父様」


 足を止めて邸を見つめるフィファナに、トルソンは不思議そうにしながら声をかけると、フィファナは慌てて振り返り、トルソンが乗り込んだ馬車に続けて同乗した。



◇◆◇


 そうして、一日一日、と日が経ち気付けば七日程の時間が経過していた。


 フィファナとトルソンがリドティー伯爵邸に戻ってから。

 トルソンは忙しく何処かに出かけたりしていたが、フィファナはあれきり何も連絡が来ないことに不安になってしまう。

 今までであれば、アレクから手紙で報せがやって来ていたのだが今回ばかりは手紙を出す余裕が無いのか、アレクからの報せは一向にやって来ない。


 フィファナは自室でアレクからの報せを今か今かと待ち侘びていたのだが、アレクから報せが入るより早くトルソンがフィファナの部屋にやって来た。


「──フィファナ。少しいいか?」

「……! もちろんですわ、お入り下さい」


 今日も朝早くから何処かに出かけていたトルソンが、邸に戻るなりフィファナの下にやって来た。


 トルソンはフィファナの部屋にやって来ると、ソファに腰を下ろす。

 フィファナもトルソンの向かいに腰を下ろした所でトルソンが口を開いた。


「あの日からもう七日か……? 状況が把握出来ずに不安だっただろう」

「いえ。それだけ大変なことがあったのですよね……? 私に構っている時間が無いのは承知しておりますわ」

「殿下方もすまない、と仰っていた。その内王弟殿下が参られるだろう。詳細は王弟殿下が説明して下さると思うが、そうだな……一先ずは概ね解決した。それと同時期に、フィファナ。お前の婚姻の事実が完全に取り消しになったぞ。教会から証明書が今朝方届いた、確認しなさい」

「──! ありがとうございます……っ」


 トルソンから差し出された封書を受け取り、フィファナは逸る気持ちを抑えながら封書を開封する。

 中身を取り出して広げ、内容に目を通した。


 教会の司祭の名前が署名されたそれは、間違い無く婚姻の取り消し通知で。


 フィファナは自分の家名が「フィファナ・タナストン」から「フィファナ・リドティー」に戻っていることを確認し、表情を綻ばせた。


「──これで……っ、連座処刑は完全に回避が……! 陛下にも婚姻取り消しの件が露呈しなかった、と言うことですね……!?」


 自分の婚姻が今回の事件解決の邪魔にならずに良かった、とフィファナは安堵の表情を浮かべる。

 だがフィファナの晴れやかな表情とは打って変わって、トルソンは何とも言えない笑みを浮かべている。


 本当の所、婚姻取り消しについては国王の妨害が入りそうになった。

 タナストン家と縁を切りたいリドティー家。

 カートライト公爵家はリドティー家が今回の件に関わり、タナストン伯爵諸共フィファナを巻き添えにして煙に巻こうとしていた気配がある。

 フィファナが嫁いだのもリドティー伯爵家とタナストン伯爵家が何か共謀していた証拠だ、とでも宣い、ありもしない罪をでっち上げ、カートライト公爵家はタナストン伯爵家とリドティー伯爵家を連座処刑し、全てを無かったことにするつもりだった。

 だからこそ、婚姻の取り消しにこれだけの時間がかかってしまったのだろう、とトルソンは考えている。


(──まあ、最終的に王太子殿下と王弟殿下が手助けをしてくれねば、もっと時間がかかっていただろうな……)


「──それで、お父様。概ね解決した、と仰っておりましたが……無事、全てが解決したのですよね?」


 不安そうなフィファナの声に、トルソンは物思いに耽ってしまっていたが、はっとしてフィファナに視線を戻す。


「ああ、悪い……! まず、何から説明したものか……。そうだな……前タナストン伯爵夫妻はやはり黒だった。カートライト公爵家にラティルド男爵家を始末したことを知られ、弱味を握られた。カートライト公爵家は家格が下の者達を脅迫、時には自分達で処刑していたようだ」

「──っそんなことを……」

「ああ。国で定めた法を犯したのであれば、国の法に則り処罰が決められるのだが、報告義務を怠り、私刑を行っていた。カートライト公爵家の命令で動いていたようだが……前伯爵夫妻はもうこの世にはいない。処罰は出来んな。次に、ヨード・タナストンだが……。奴は黒とは言い切れん……だが白でも無い。侍従のリレルに好きにさせていたようで、リレルが奴の侍従になってからカートライト公爵家は大分動きやすくなったようだ」

「……ヨード・タナストンにも罪はございますね」

「ああ。知らなかった、ではすまされんからな」

「それで……その、肝心のカートライト公爵家……カートライト大公は、どうなりましたか……?」


 フィファナの言葉にトルソンは長い長いため息を吐き出してから口を開いた。


「……やはり、独立国家として独立戦争を企てていた。……領内から山程戦争に必要な銃火器や兵糧用の食物が出てきた。領民を扇動し、戦闘訓練まで行っていたことが発覚し、王太子殿下と王弟殿下が秘密裏に起こした軍によって制圧。抵抗をしたカートライト大公は制圧時に首を刎ねられた」


 ──首を刎ねた。

 トルソンから聞かされた内容に、フィファナは思わず言葉を失ってしまう。


 この七日間の間に本当にとんでもない事柄が起きていたのだ。


「──それ、は……っ、とても大変なこと、ですよね……? 戦争を企てていた大公がもし私兵を領内に大量に隠していたら……殿下方の御身も危険だったのでは……」


 王太子エドワードと、王弟アレクが命を落としていた可能性だってあったのだ。

 そうなってしまえば、カートライト大公は今が好機と見て本格的に動き出していただろう。


「それはしっかりと調査して、お二人は向かわれたからな……。十分に警戒されていた。王弟殿下が付いておられるので万一のことはまぁ、ないだろう……」

「キーティング卿はそれほどまでに……その、軍の率い方が素晴らしいのですね……」

「知らなかったか? あの方は国内で起きた内乱を武力でもって治めた功績者の内の一人だ。成人してから軍を率いて内乱を治めて回り、国に多大な貢献をしたこともあって数年前に騎士団の団長に就任したのだが……。そうか……フィファナがまだ子供の頃に最後の内乱が起きた以降、国内は荒れていないか……」


 トルソンの言葉に、フィファナは驚きでぽかんと口を開けてしまう。


「そうか、我々の世代では当たり前……。フィファナ達より少し年上の者達は覚えがあるだろうが……そうか……殿下の性格もあるのだろうな……」

「が、学園で内乱のことは学びましたが……キーティング卿が功績者の一人、とは……」

「……なるほど。今はまだ他国に情報を与えないようにとの意味合いもあるのかもしれないな。あの方の剣の腕は国内でも随一と言われているから、手の内をまだ晒さないようにしているのやもしれんな」

「……納得致しましたわ……」


 意図があって隠されていたのだろう。

 国内で大規模な内乱が起きてから、まだ十数年しか経っていない。

 他国の動きを警戒している現在、情報を与える訳にはいかないのは当然の結果だ。


「けれど……今回カートライト大公の企てを阻止することは出来ましたけど、本当にことが起きてしまったら国内がもっと大変なことになっていたかもしれませんね」

「──ああ。国内が荒れている時を狙って他国が腰を上げていたかもしれんしな……。今後、第二、第三のカートライト公爵家を出してしまわないよう、エドワード王太子がしっかり国内の貴族を統率するだろう」

「……! そうでしたわ、そう言えば陛下は……!」

「陛下は大公家の差し金によって欲に狂ってしまったようでな……。大公を処刑した時のようにこの国の王を処刑する訳にもいかん。王太子が頭を悩ませていたが……病気、ということにして徐々に表舞台から遠ざけるおつもりではいるらしいが」


 肩を竦め、説明したトルソンはまだまだ忙しい日が続きそうだ、とぼやいた。

 フィファナへの説明が終わりトルソンは一度深呼吸をしてから部屋を退出した。


 トルソンを見送ったフィファナは、座っていたソファに再び腰かけ、細く息を吐き出す。


「この件が片付いても、まだまだ殿下やキーティング卿はお忙しそうね……直接お話を聞くことは難しそうだわ……」


 ならば、とフィファナは婚約の取り消しが成立したのだから、と本格的にタナストン邸で働く使用人達の受け入れを行うための準備を始めることにした。


 最優先は侍女のナナだ。

 そして、その後に自分と関わりの多かった使用人達。そして勤め先を変えたい、と言っていた使用人達への推薦状の作成。

 フィファナもこれから忙しくなりそうだ、と考え自分に喝を入れるために頬をぺちりと打った。



 そうして、フィファナがタナストン邸の使用人達の今後について推薦状を認め始めて二日後。

 思っていたより早く、アレクがリドティー伯爵邸にやって来た。



◇◆◇


 前日に先触れを受け、出迎えの準備をして待っていたフィファナは、最後に会ったアレクの姿より幾分やつれている姿を見てぎょっとした。


「キ、キーティング卿……! お休みはとられていますか!? 具合が悪そうですわ……!」

「──ああ、大丈夫だ心配無い。気遣わせてしまってすまないな。一晩ぐっすり眠れば回復するから気にしないでくれ」


 気にするな、と言っても……。とフィファナはアレクの顔色を見てついついその身を案じてしまう。

 だが、アレクが大丈夫だと言うのであれば、これ以上は無駄な押し問答の繰り返しとなってしまう。

 フィファナは万が一アレクの体調が悪化した際に備え、使用人に休める部屋を用意するようひっそり指示を出した。


「キーティング卿、申し訳ございません。本来であれば伯爵家当主夫妻が迎えねばならぬ所、当主とその妻は本日、仕事で邸を開けてしまっておりまして……」

「ああ、それも問題無い。トルソン・リドティー卿とは王城で何度か顔を合わせ、話はしてある。今日はフィファナ嬢に今回の件……、主にヨード・タナストンやリナリーの処遇、そして心配していたご友人のマリー・リンドット。リンドット伯爵家のことを説明しに来たんだ」


 ゆるり、と笑顔を浮かべたアレクに、フィファナは案内の足を止めてしまい、目を見開いた。



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