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37話


 鈍い音が周囲に響いた次の瞬間には、グラスが床に落ちて割れた音が響く。

 フィファナが投げたグラスは見事にバルトアの額に命中し、バルトアがよろめいた。


「──っ、リドティー嬢無茶をなさるな!」

「も、申し訳ございません……」


 厨房の方向から戻って来ていた護衛は、呆気に取られていたがすぐに気を取り直して痛みに呻くバルトアを後ろから羽交い締めにした。

 フィファナの行動にひやりとしたのだろう。

 護衛二人は顔色を悪くさせながらも手早くバルトアを捕らえ、頑丈な縄のような物で後ろ手に縛り上げる。

 食堂内にいた使用人達は突然のことに狼狽え、バルトアが捕らえられていることに驚き、フィファナと仲の良い使用人達がわらわらと周囲に集まって来る。


「お、奥様……一体これは……!」

「バルトアさんがどうして捕まって……」

「まさか旦那様が被害に遭った件に関係しているのですか……!」


 口々にそう尋ねられ、フィファナは「えっと……」と言葉を濁しながらどう説明をしたものか……、と悩む。

 全てを説明してしまっていいものか。

 アレクやエドワードにまだ確認をしていない。

 フィファナが答えあぐねていると、バルトアを捕縛し終えた護衛が使用人達に回答してくれた。


「──まだ詳しくは説明出来んが……。殿下方が追っている事件に関与している。全てが済めばタナストン伯爵が説明するだろう。……リドティー嬢、殿下の下に参りましょう」

「かしこまりました」


 フィファナは使用人達に「ごめんね」と言葉を返した後、バルトアを連行していく護衛達の後を追った。




 食堂を出て、応接室に戻る。

 戻る道中、廊下を歩く最中もバルトアは何とか逃れようと暴れるが、屈強な護衛二人にしっかり拘束されているため、勿論逃げられる筈がなく、応接室に近付くにつれバルトアは項垂れていった。

 ぶつぶつと「もう終わりだ」とか「殺される」などと呟いている内容から、バルトアが前伯爵夫妻を手に掛けた可能性が高いことが窺える。

 これから厳しく追求されるだろうが、それよりもバルトアは死を恐れているようで。


(カートライト大公は、やはり自分の手足となる者の弱味を握って動かしていたのかしらね……)


 なんて汚いやり口だろうか、とフィファナが考えている内に応接室に到着し、護衛が控え目に扉をノックした。


「──何の用だ」

「お取り込み中の所申し訳ございません、殿下。潜り込んでいた一味の最後の一人を捕縛致しました」

「……何!?」


 扉を開けて顔を出したのはアレクだ。

 アレクは護衛と、その護衛が連れているバルトア、そして最後にフィファナを視界に入れた後フィファナが扉の奥を見てしまわないよう体の向きを調整しつつ、問うた。


 そして護衛からの返答にぎょっと目を見開くと、急いで扉の隙間からするりと抜け出し、扉を閉めた。


「でかした……! この男が?」

「はっ。リドティー嬢が仰るには、料理長だそうです。バルトア、と言う名でリドティー嬢の顔を見るなり不自然な動きをとり、違和感を覚えた彼女が教えて下さいました」

「──待て。彼女も同席していたのか?」


 護衛の説明に、アレクは眉を顰め責めるような低い声音で問い質す。

 アレクの言葉に、護衛は顔色を悪くさせて肯定する。


「……はい。捕縛にも、リドティー嬢の助力がありました……」

「──っ彼女を危険な目に遭わせぬよう、と伝えていただろう……!? その場に居合わせただけで危ない目に遭っていると言うのに、捕縛に協力してもらっただと……!?」


 フィファナには聞こえないよう声を潜めて会話をするアレクと護衛に、フィファナは疑問符を浮かべる。

 内密なやり取りだろうか、と思いフィファナは会話が聞こえないようにそっと二人から距離を取るが、フィファナのその行動に気付いたアレクが慌ててフィファナに顔を向けた。


「フィファナ嬢……! 離れないでくれ。もう潜んでいる人間はいないとは思うが、用心しておくに越したことはない。こちらに」

「か、かしこまりました」


 アレクに腕を掴まれ、引き寄せられるがままアレクの傍にやって来たフィファナに向かってアレクは頭を下げた。


「フィファナ嬢、捕縛に協力してもらったと聞いた……。貴女も危ない目に遭う可能性もあったのに、申し訳ない」

「そ、そんな……! とんでもございません……! 幼い頃より父から誘拐などに備えて刃物の投擲を学んでいたお陰ですわ。気になさらないで下さいませ」

「……刃物……そ、そうか……」


 フィファナのことをか弱い令嬢だとは思っていなかったアレクだったが、まさか幼少期からそのような訓練めいたことをしていたなんて、と唖然とする。

 幼少期からそのような訓練を行っていたのであればなるほど、と妙に納得してしまう。


「常日頃から危険な目に遭うかもしれない、と訓練をしていたんだな。……だからこそフィファナ嬢は肝が据わっているし予想外の出来事にも慌てふためくこともない」


 流石だな、と感心したように表情を緩めるアレクにフィファナは擽ったい気持ちになりはにかんだ。


「有難いお言葉ですわ……恐れ入ります」

「いや、尊敬に値するよ。フィファナ嬢はもっと誇っていいさ……。──さて、フィファナ嬢のお陰で捕らえたこの男……、あちらの部屋に連れて行こうか。ある程度吐かせたが、これで確実となる。すぐに大公家に向かうことになるだろうから、準備をしておくように」


 アレクはフィファナに向けていた穏やかな表情をすっと消し去り、バルトアを冷たい眼差しで見つめた後、護衛に指示を送った。

 そしてバルトアを連れ、応接室に戻って行った。



 アレクがバルトアを連れて応接室に戻ってから、一体どれだけの時間が経っただろうか。

 同席しないように、と念を押されたフィファナはどれだけ時間が掛かるか分からない為、侍女のナナが休んでいる部屋に戻った。

 フィファナに付いていた護衛は一人はそのままフィファナに、そしてもう一人は応接室の一同と合流している。

 ナナが眠る部屋に戻ったフィファナは、医者が手洗いで席を外している現在、申し訳なさそうにナナの手をそっと優しく握る。


(無茶をしないように、ともっとナナに強く言っておけば良かったわ……。そうすればこんな大怪我を負わなかったのに……)


 体中には至る場所に擦り傷や切り傷があり、リレルが持っていた刃物で脇腹を刺された傷は浅いとは言え、苦痛を伴う。

 裂傷により熱を出しているナナの表情は歪んでおり、フィファナは痛々しいナナの姿に眉を下げた。


「──っ、」


 握っていたナナの手のひらに、僅かに力が篭もる。

 変化にすぐ気付いたフィファナは、ナナの負担にならないよう気を付けながらナナの様子を窺う。


「……っ、おくさま……」

「──ナナ、気付いたのね。良かったわ。直ぐに先生が戻って来るから……」


 先程医者が部屋を出て行ってから時間が経っている。

 そろそろ医者が戻ってくる頃だろう、と判断してフィファナは安心させるように微笑みナナに声をかけた。

 フィファナの顔を視界に映したナナは、ほっと安心するように表情を緩めた後、再び瞼を閉じてしまう。

 程なくしてすぐに寝息が聞こえて来て、フィファナは立ち上がりかけていた椅子に再び深く腰かけ直した。


(良かったわ……。一度目覚めたし、もう少ししたら会話も出来そう……)


 完治するまではまだまだ時間を要するかもしれないが、ナナの意識も問題無く戻りそうでフィファナは一息つくことが出来る。


(お父様に相談して……移動を希望している使用人達を早く受け入れてあげなくては……)


 まだまだやることは山積みである。

 フィファナが今後について考えていると、部屋の扉がノックされた。


「──どなたでしょう?」

「フィファナ、私だ」

「お父様? どうぞ、お入り下さい」


 扉をノックしたのはトルソンだったようで。

 応接室での聞き取りは終わったのだろうか、と疑問に思いながらフィファナが返事をすると、扉を開けてトルソンが顔を出した。

 トルソンは疲れ切ったような表情で、フィファナの顔を見るなりほっと安心したような顔を見せる。


「あちらでの確認? は終わったのですか?」

「──ああ。三人から話を聞き終わり、カートライト大公の指示で動いていた、と証言をした。どうやら料理長のバルトアは物的証拠も所持していたようでな。王弟殿下と王太子殿下はこれからその証拠を入手し、大公家に向かうそうだ」

「物的証拠が……!? それは良かったです……! もう言い逃れは出来ませんね」

「ああ。王太子殿下は大公と共に陛下も引きずり落とすつもりだ。これは国内が荒れるぞ……」


 トルソンは一旦言葉を区切った後、フィファナとしっかり視線を合わせ言葉を続けた。


「国内で暴動が起きないとも言い切れん。我々は邸に戻り、有事の際の準備をしておけ、と。……この場では私達に出来ることはもう無い。一旦邸に戻るぞ、フィファナ」

「──分かりました」


 王太子であるエドワードからそのように指示をされたのだろう。

 フィファナは後ろ髪を引かれるような心地でナナの傍を離れ、トルソンが扉に向かって歩いて行く後ろ姿を追った。


 ヨードとの婚姻取り消しを目的としていたのに、今ではとても大きな事件の渦中に招かれてしまっている。


(……でも、ようやく本当に全部が解決しそう)


 フィファナはトルソンの背を小走りで追いかけた。



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