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35話


 捕まえたリレルを伴い、地上に戻ると既にフィファナとトルソンがそこには揃っていた。

 アレクが戻って来たことに気が付いたフィファナがナナの隣で膝を付き、手当をしていたが素早く立ち上がってお礼を口にした。


「キーティング卿……! ナナを見付けて下さってありがとうございます……っ」

「いや、ナナを見付けることが出来て良かった。……そう言えば、アサートン侯爵夫妻は? 邸内か?」

「いえ。エラとハリーには帰宅して頂きましたわ。今日は長いこと、手伝って頂いたので……」

「そうか。ならば後日彼らには何か礼をしなければな」


 階段から登りきり、貯蔵庫の入口を閉めたアレクは月の光で照らされるナナの顔色の悪さに眉を寄せた。


「フィファナ嬢……ナナの怪我の程度は?」

「それが……。先程、リレルから逃げる際に脇腹を刺されてしまったようで……」


 フィファナの刺された、と言う言葉にアレクはぎょっとして目を見開く。


「ちょ、ちょっと待て……! 大丈夫なのか!?」

「先程、お医者様に診て頂きました。幸い傷は浅く、内蔵にも損傷はないから危険は無い、と」


 フィファナはアレクからの伝言を受け、こちらに来る時に万が一のことを考えてトーマスを診てくれた医者と共に裏庭にやって来たらしい。

 そしてナナを担ぐ護衛が階段から姿を現した際にすぐ医者がナナを診て、危険な状態では無いと判断してくれた、とフィファナは説明した。


「そうか……。ならば本当に良かった……。先程、ナナを保護する時に、リレルがトーマスと仲違いした、ということを教えてくれた。リレルとトーマスは大公家の指示で動いていたらしい」


 タナストン伯爵にも伝えねば、とアレクは付近を探したがヨードの姿はどこにも見えない。

 アレクが「彼は?」とフィファナに尋ねると、フィファナが答える。


「トーマスの様子を見ておく、と言って残っておりますわ。護衛の方も残っておりますので、トーマスをしっかり見張っていて下さる筈です」

「そうか……。だが、彼一人だと不安も残る。部屋に戻ろう。カートライト大公家と繋がっていたことはもう間違いないだろうから、トーマスを捕縛して王太子殿下に差し出すか」


 今日はもう遅い。

 王太子であるエドワードに伝えても、行動を起こすのは明日以降だろう。

 ならば、こちらは今の内に騎士を派遣してトーマスとリレルを尋問するべきだな、と考えたアレクはフィファナとトルソンに邸に戻ろう、と口にした。




 リレルを護衛に任せ、フィファナとアレク、そしてトルソンはヨードとトーマスがいる部屋に戻って来ていた。

 ナナは医者に任せ、今はアレクの護衛を含めて六人で廊下を歩いている。

 トーマスがいる部屋に近付いた所で、フィファナの隣を歩いていたアレクが突然腰の剣を抜き放ち、フィファナを引っ張り自分の背に隠した。


「──……っ!?」


 アレクの突然の行動にフィファナが驚いた瞬間、アレクの剣が何かを弾く。

 ギンッ、と耳障りな音が廊下に響き、気付けばトルソンも護衛の背に庇われている。


 アレクの長剣が弾いた物が廊下に落ちて、フィファナが思わずそちらを見れば。

 短剣、ダガーよりも短く投擲に適している刃物が廊下の床に複数落ちていた。


「キーティング卿……っ」

「トーマスか、別の大公家の人間か……。怪我はないか、フィファナ嬢」

「わ、私はキーティング卿に庇って頂いたのでなんとも……」

「それは良かった。私から離れないように」


 アレクの固い声音に、フィファナはこくこくと頷く。


 フィファナ達をこれ以上近付けさせないつもりだろうか。

 二人が会話をする間も何本か刃物を放たれているが、アレクも護衛も難無くそれらをいなし、床に叩き落とす。


「──時間稼ぎか……?」


 ぽつり、と呟いたアレクは攻撃が止んだ瞬間、護衛一人にフィファナとトルソンを任せ、もう一人の護衛と共にトーマスがいた部屋に駆け込む。

 だが、駆け込んだ先に広がった光景を見て、アレクはついつい舌打ちをしてしまう。


「キーティング卿……!」


 合流した方が安全だろう、と判断したのだろうか。

 攻撃が止んだことでフィファナ達三人も部屋に入って来る。

 だが、フィファナもトルソンもアレクと同じく目の前に広がる光景に思わず口を噤んだ。


「……タナストン伯爵が人質に取られた可能性がある。……憲兵隊を呼んでくれ」


 室内には、護衛にと付けていた人物が意識を失い床に倒れ伏していて。

 室内は少しだけ争った形跡はあるものの、トーマスとヨードは忽然と姿を消していた。



◇◆◇


「愚かな真似を……」


 数時間後。


 アレクから知らせを受けたエドワードがタナストン伯爵邸にやって来ていた。

 その場でアレクから事の経緯を聞き、そして発した第一声がこれである。


「……邸内を隈無く探したが、トーマスも、タナストン伯爵の姿も見つからなかった……。我が身可愛さにトーマスが伯爵を人質として連れ去ったようだ……」


 アレクはヨードとトーマスを同じ部屋に残してしまったことを悔いるように「すまない」とエドワードに告げるが、エドワードはふるふると首を横に振る。


「叔父上が悪い訳が無い。悪いのは、カートライト大公だ。……我が国で随分勝手な真似をしてくれたものだ……」


 口端を持ち上げ、笑みを浮かべてはいるがその表情からは静かな怒りを感じて、アレクもその場に同席しているフィファナとトルソンも口を噤む。

 ぴりっとした緊迫した空気にフィファナとトルソンが口を噤む中、アレクはエドワードに言葉を返した。


「──陛下は?」


 アレクに問い掛けられたエドワードは一瞬だけ悲しそうな感情を瞳に乗せたが、すぐにその色は消え去り、凛とした表情でアレクに言葉を返した。


「……失脚も時間の問題だ。大公家が行った愚行を知っていながら静観していた。欲に濡れた王にはもう、国を任せてはおけないだろう」


 ハッキリとそう口にするエドワードに、その場に同席していたフィファナやトルソンはぎょっとしてしまう。

 この国の王に対して、エドワードが国王の子であり、いくら王太子という身分であったとしても今の発言が漏れてしまえば謀反を企てた、として処刑される可能性がある。


(そ、そもそも……っ、もし私たちが国王陛下に忠誠を誓う家門だったら……! 私たちから国王に話が行ってしまう、とお考えにならないのかしら……)


 エドワードとはまだほんの少しだけしか言葉を交わした程度。

 リドティー伯爵家がどんな家門か、フィファナやトルソンがどんな人間かエドワード自身、把握していない筈である。

 フィファナの表情を見たエドワードは、フィファナの考えが読めたのだろう。

 先程までの厳しい表情はなりを潜め、眉を下げて笑いかけて来た。


「──心配しないでくれリドティー伯爵に、リドティー嬢。叔父上から話は聞いている。叔父上が信頼している人物であれば、私も信頼するさ」

「あ、有難いお言葉、痛み入ります……」


 言葉に詰まりながらトルソンが胸に手を当て、エドワードに向かって腰を折る。

 フィファナはエドワードの言葉に有り難さは感じれど、それ以上にアレクが自分達を信頼し、王太子であるエドワードに自分達の事を話していてくれたことに胸がじん、と温かくなる。


(それに……、キーティング卿が私たちのことを、そう思って下さっていることが何より嬉しい……)


 フィファナは無意識の内にアレクに視線を向けていた。

 フィファナの視線を受けたアレクは不思議そうに首を傾げたが、フィファナは薄らと微笑みを浮かべてアレクと、エドワードに向かって頭を下げた。




 エドワードが合流し、アレクはトーマスとヨード二人の行方を追わせていたことをエドワードに説明する。

 自分が団長を務める近衛騎士団の人員をトーマスの行方を探させるために手配していたことを告げ、二人を発見出来るならばそろそろだろうと呟いた。


「見付けたらあちらの手に落ちる前に処理しておきたいな……」

「そうだな……。昨夜襲って来た人物も恐らく一緒に行動をしているはず……。リレルは拘束しているし、二人を大公の手に渡したくはないな」

「……タナストン伯爵の身の安全と引き換えに良からぬ取引を持ち出して来そうだしな……。だが、私が直接大公家に向かうには危険がある」

「それは勿論だ。エドワードが捕らえられてしまえばこちらは手も足も出せなくなってしまうだろう」


 無茶を言うのはよしてくれ、と言わんばかりにアレクが表情を歪める。

 アレクが近衛騎士団の面々に指示を出し、後を追わせた結果が到着するまでの間。

 嫌にゆっくり時間が経つように感じてしまう。


 誰もが早く知らせが来ないだろうか、と思っている中。

 思っていたよりも早く知らせが届いた。



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