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34話


(薄暗くて……寒くて、冷たい床……。あっ、目が慣れて来た……。床、は……石の床ね……? 奥には棒のような物がある……?)


 そこまで考えて、ナナは自分は牢のような場所に入れられているのかもしれない、と考え付く。

 けれど、ナナが知る限り伯爵邸に牢屋は無い。

 それならば、どこか別の場所に移動したのだろうか、と考えるがそれは些か無理がある。


(リレルさんのこの怪我で、意識を失った私を連れて長い距離を移動するのは無理だわ……それなら、伯爵邸なの?)


 自分が知らないだけで、タナストン邸にはこんな場所もあったのだろうか、という考えに至りゾッとする。

 領地があるのであれば、罪を犯した領民を収監しておくこのような場所があるのは納得出来るのだが、そんな場所があることを知らず毎日過ごしていたのか、と考えると薄ら寒さを感じてしまう。


「──くそっ、くそ……っ、どうすりゃいい……っ。あいつ……っ、自分だけ逃げようとしやがって……っ。持ち逃げなんかさせるか……」

「……」


 リレルはぶつぶつと呟きながらナナの近くをうろうろとしている。

 話の内容から、リレルとトーマスは仲間割れをしたことは間違いない。

 そして、トーマスは全ての罪をリレルに被せて自分だけ助かろうとしているようだ。


(持ち逃げ……? 何か、この邸から奪った物があるのね……)


 十中八九、金だろうとナナはあたりをつけるとそろり、とリレルを見上げる。

 怪我をしているナナに、そこまで注意を払っていないのだろう。

 リレルは自分のことばかりを考えているようで、暗闇に慣れて来たナナの目は、奥にある牢屋の扉に鍵がかかっていないことを確認した。


(リレルさんを地面に倒して、私が走って牢屋の扉に向かえば……。足を怪我しているリレルさんは追いかけられない……?)


 ナナは自分の胸元をきゅうっ、と握り、覚悟を決めるように一度瞼を閉じる。

 今なら、油断しているリレルを出し抜けるかもしれない。

 外に出てしまえさえすれば、ここが邸の近くなのであれば、他の使用人が駆け付けてくれるかもしれない。


「ああっ、くそっ、大公に何て言い訳すりゃいいんだよ……っ」

(──今だっ!)


 リレルが「大公」と口にして、ナナから視線を逸らした瞬間、ナナは床に倒れ込んでいた状態からがばり、と起き上がった。

 瞬間、体中に痛みが走ったが奥歯を噛み締めて何とか耐え、力を込めて一歩を踏み出す。


 突然動き出したナナに、一瞬遅れて気付いたリレルが目を見開き、腰元に手をやるのが見えた。

 刃物か何かを持っているのだろうか。


「──うわあああっ!」

「……っ、この(アマ)……っ!」


 気迫を込めて、ナナが叫びながらリレルに突進する。

 リレルは慌てて叫びながら、腰元から取り出した物をナナに向かって突き出した。


 ──ドンっ!


 と、鈍い音を立ててナナの体がリレルに当たり、リレルはバランスを崩してその場に倒れ込んだ。

 リレルが突き出した何かが、ナナの脇腹に刺さった気がするが、緊張や興奮にばくばくと早鐘を打つ心臓の音しか今は聞こえない。


「──っ、はぁ……っ! うぐっ」


 ナナはよろめきながら、それでも牢屋の扉に駆け寄り、震える手で細い棒を握り、押し開ける。

 あっさりと扉が開き、ナナはするりと外に出てそのまま足を動かし続ける。

 背後からはリレルの痛みに呻く声と、藻掻く音が聞こえて来る。


「大公……っ、リレルさんが大公って確かに言った……! トーマスさんを捕まえれば、何かが解決しそうです、奥様……っ」


 今更痛みや恐怖によって涙がぼろぼろと零れ落ちて来る。

 ナナはぜいぜいと呼吸を荒くしながら、足を動かし続けた。

 背後からは立ち上がる音が聞こえて、リレルの怒号が聞こえて来ている。


 今捕まってしまったら、今度こそ殺されてしまうかもしれない──。


「ひ……っ、ぅっ、」


 ナナはしゃくりあげながら恐怖に止まりそうになる足を何とか動かしていたが、脇腹に感じる痛みが激しくなり、霞む視界に益々涙を溢れさせる。


「奥様……っ」


 もう駄目かもしれない。

 ナナの頭に諦めの文字が浮かんだ時に、自分の耳に駆けて来る足音が聞こえた。



◇◆◇


 アレクは明かりのない裏庭を数人の護衛を伴い、やって来ていた。


「……トーマスがいた小屋はあそこだな」

「はい。もう一度確認されますか?」

「いや、いい。あの場所からはもう何も出ないだろう。それよりも、トーマスはなぜ無抵抗の状態で薬を嗅がされた、かだな……。そもそもリレルに殴られたことは本当なのか……。それで、意識が戻らないように更に薬を嗅がされた? 誰が、何の為に……」

「リレルと共にもう一人いた、と言っておりましたね。その人物がもしや? トーマスを眠らせ、後ほど始末するつもりだったのではございませんか?」

「……ああ、なるほど……。仲間割れと見せかけ、リレルとトーマス両方が死んでしまえば真相は闇の中だもんな……」


 ならば、正体不明の人間がもう一人いるのか、とアレクは呟き周囲の警戒を強める。

 だが、そこで別の場所を確認させていた護衛の一人が駆け寄って来た。


「──殿下!」

「何か見付けたか⁉」


 アレクの問いに、護衛はこくりと頷きこちらへ、と案内する。


「貯蔵庫と思われる、地下へ続く階段を見付けました。ですが、その貯蔵庫は変な造りをしていて……内部が広いです」

「そこかもしれんな。急ぐぞ──」


 護衛の言葉に、アレクは駆け出した。


 護衛に案内され、アレクが向かった先には何の変哲もない貯蔵庫がある。

 邸の目立たぬ場所にひっそり貯蔵庫が作られているのは、それ程可笑しくない。

 まして、タナストン伯爵領は雨季で河川が氾濫するため、領民のために食料を貯蔵していると報告が上がっているのだ。


「だが……確かにおかしいな」

「はい……頻繁に人が出入りしている形跡がございます……」


 地面を見て、入口の階段の苔の落ち具合を見て、アレクはぽつりと呟く。

 護衛が後から言葉を返し、その言葉にアレクも同意する。


「今年は氾濫が起きていない……。にも関わらず、人が出入りしているのは些か疑問だな……。それに、地下に続く階段が長い。それに伴い空間も広いかもしれん」


 通路が狭いことを考え、アレクは腰の長剣ではなく、ダガーを右手に構え、いつ戦闘が起きても対処出来るよう慎重に地下に続く階段に足をかけた。

 後ろからは灯りをつけた護衛が二人、アレクの後に続く。


(鉄臭い……(カビ)の匂いではないな……。ここでも誰かが死んでいる可能性がある……)


 アレクは眉を顰め、足音を立てないよう注意しながら進む。

 すると、階段を半ば降りた付近で人の気配を察知し、アレクはダガーを構えた。


「──殿下……!」


 背後にいる護衛の緊張した声が聞こえ、アレク達に緊迫した空気が流れる。

 だが、アレクは階段の奥──降りきった先にある通路の先から男の怒声を聞いた瞬間、その場から駆け出した。


 背後の護衛達もアレクに続き、足音が暗い空間に響く。

 そして、アレク達が向かう方向からまるで逃げるように、こちら側に向かってくる気配が一つ。

 その逃げるような気配を追いかけるようにして、もう一つの気配。


(この先に人の気配は二つ──……! ならば、もしかしたら……!)


 追いかけるような気配から逃げているのは、フィファナが探しているナナ、という侍女かもしれない。

 そう思い至ったアレクは、駆ける速度を上げた。

 走った先に、足を縺れさせながら階段に近付いて来る人影を見付けたアレクは、正面に向かって声をかけた。


「──ナナか!?」

「……っ、えっ!?」


 アレクの声に反応して、若い少女の戸惑ったような声が返って来る。

 話しかけながらも、アレクは人影の方に進んでおり、ぼんやりとした人影がはっきりした物に変わって来る。

 そしてアレクの視界に飛び込んで来たのは、怪我を負い、ぼろぼろになっている使用人の姿で。

 タナストン邸で働く使用人達が付けているタイを身に付けていない少女に、アレクは目の前のこの少女こそフィファナが探していたナナなのだろう、と当たりをつけた。

 まだナナの方からはアレクの姿が見えないのだろうか。

 戸惑い、緊張して体を硬直させているのが見えるが、それもすぐに解消される。


「──王弟殿下……っ!」


 何度も顔を合わせる機会があったアレクの姿を認めた瞬間、ナナの表情が緩み、ほっと安堵したように体から力が抜けた。

 アレクの後ろにいた護衛の内、一人が足を止めずにナナの下に向かい、大怪我を負っているナナの体を支える。


「何があったか、は……後で聞こう。一先ずここを出るぞ」

「おっ、王弟殿下……! お待ち下さい、この先にリレルさんがいて……っ」

「逃げた侍従か」

「はい……っ。トーマスさんと仲違い? をしたそうです……っ、大公に言い訳をしなきゃ、と言ってました……っ」

「──! でかした、ナナ。上で治療を受けるんだ。後は心配しなくていい」


 ナナを安心させるためにゆるりと笑顔を浮かべたアレクは、護衛に指示をしてナナを避難させ、アレクは奥にいるというリレルの下に向かう。

 奥に進むにつれ、暗い空間に慣れてきて段々と視界が開ける。

 手前は貯蔵庫だろうか。広い空間が広がっているが、それは貯蔵庫として殆ど機能していないように見える。

 アレクがついっ、と視線を奥に定めると、奥には堅牢な鉄格子が嵌め込まれた地下牢がいくつかあるようだ。


「──なるほど、な……っ」


 貯蔵庫はカモフラージュか、とアレクが納得した瞬間。

 アレクの呟きが聞こえたのだろう。地下牢がある奥の方向から足を引き摺る音と、男の声が聞こえて来た。


「誰だ……っ!?」

「……」


 リレルの声には答えずに、アレクは握っていたダガーをその場に投げ捨て、腰から長剣を引き抜く。

 狭い通路ではないため、長剣を振っても引っかかるようなことは無いと判断したアレクは、片手に剣を構えたまま、リレルと思われる人影に向かって姿勢を低くし駆け出した。


「王弟……っ!?」


 リレルの絶望に濡れた声が聞こえ、それと同時にリレルが手に握っていた短剣をアレクに向かって振るう。

 だがアレクは落ち着いて短剣の軌道上に自分の剣を持ち上げ、そのままリレルの短剣を弾き飛ばした。


 ギンっ、と金属が弾かれる鈍い音が聞こえ、アレクの背後から迫っていた護衛がそのままリレルに体当たりをしてリレルを床に引き倒した。


「自害しないよう、口に布を詰めろ」

「かしこまりました」


 アレクは念の為、この場所に他に人がいないことを確認してから剣を鞘に戻す。

 護衛に捕らえりたリレルは口に布を詰め込まれ、くぐもった声を漏らしながら拘束から逃れようと暴れているが、護衛が逃がす筈もなくそのまま引き摺られていく。


「ナナの手当が終わったら話を聞こう。……それと、こいつと、トーマスからも話を聞かねばならんな……。フィファナ嬢は呼んでいるか?」

「──は。この貯蔵庫を発見した際にお呼びしております」

「分かった。上に戻るぞ」


 アレクはそう告げ、階段に向かうために進んで来た通路を引き返す。

 リレルと、トーマスから話を聞けばカートライト大公家との関わりがようやく分かるだろう。

 どんな理由で大公家の手先となり、大公家がどんな罪を犯しているのか。


 ようやく裁けるだけの証拠が揃うだろう、とアレクは息を吐き出した。


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