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32話


 フィファナを先頭にしてアレク達が彼女の後を追うようにして邸を移動する。

 そうして暫く歩き、邸の外──。あまり使用されていないような内階段の付いた扉の前にやって来た。


「ナナにこの邸の案内をしてもらった時にこっそり教えて貰ったのです……。本当はしてはいけないけど、辛い時や逃げ出したい時は人が来ない場所で休むんだ、って……。以前はここの使用人が頻繁に利用していたそうです」

「──以前はこの邸の管理体制が酷かったみたいだな……」

「はい。前伯爵夫妻がこちらにいらっしゃる時は大変だったそうです」


 アレクの言葉に返しながら、フィファナは扉の取手に手を伸ばすが、伸ばした自分の手を横から優しく握られ、離される。


「キーティング卿……?」


 フィファナの手を握り、取手から外したのはアレクで。

 アレクの行動にフィファナが不思議そうに目を瞬くと、アレクが口を開いた。


「人の気配は無いが……。フィファナ嬢は下がっていた方が良い。……この扉の外はもう屋外か?」

「はい、そうです。タナストン邸の裏庭、業者が使用する裏門の近くに出る扉です」

「分かった」


 フィファナを後ろに下がらせたまま、アレクは取手に手を掛けてそっと扉を押し開ける。

 エラはハリーに、フィファナはトルソンの背中に隠すように背後で動くような気配がして、アレクは安心して最後まで扉を開ききった。


「……何の気配も無いな……。不自然な程静か過ぎる」

「仰る通りです、殿下……」


 アレクの隣で護衛が言葉を返す。

 二人は直ぐ対応出来るように腰に下げていた長剣を抜き放っていたが、周囲に人の気配が無いことを確認しアレクは一旦鞘に剣を収めた。

 護衛はそうはせず、アレクの指示を受けて部下に周囲を探らせるように指示を出しており、どこか緊張感を孕んだその様子をフィファナはトルソンの背中越しに見つめる。


 アレクが外階段を降りた先は、以前ナナが案内してくれた裏庭の景色と変わらないように見える。

 その時は日も高く、裏庭とは言え太陽の光が降り注ぐ裏庭は何処も恐ろしい雰囲気など無かったというのに、今は真逆の印象となってしまっている。

 日が落ちた今は周囲は薄暗く、邸から漏れ出る明かりで薄っすらと裏庭の様子が浮かびあがり、ぼんやりと浮かぶその光景がどこか恐ろしい。

 今はアレクや、護衛騎士、そしてトルソンやエラ、ハリーが一緒にいるというのにそれでも薄ら寒さを感じてしまう裏庭に、もしナナが一人でいたら、と思うとフィファナは胸が軋む。


 何か大変な事があって、一時的に身を隠していてくれれば良い。


 けれど、先程アレクは周囲に人の気配は感じない、と言っていた。

 と、なるとナナも近くにはいないのだろうか。

 フィファナがそう考えていると、裏庭を少し進んでいたアレクがくるり、と振り返ってフィファナに向かって声をかけて来た。


「フィファナ嬢。小さな建物があるが、あれは?」

「──あっ。あれは、使用人が庭掃除に使用する道具を保管している場所だと聞きました……!」

「ありがとう。確認してくるから、フィファナ嬢達は近付かないように」


 アレクはそれだけを言い終えると、二名の護衛と共に小屋に向かって歩いて行く。

 道具を保管している小屋だけあって、小さく粗末な物だ。

 だが、人一人程度であれば潜むのに最適でもある。


(ナナ、という使用人が数日前から行方をくらませていたのであれば……このような場所を使用していた可能性もあるな)


 そして、何かがあり動いたのか。

 そして、人から逃れるために再び潜伏している可能性もある。


(ナナ本人が見つかればまだ良いが……)


 いない、とあれば状況は厳しくなるだろう。


(フィファナ嬢には辛いかもしれないが……。犠牲になっている可能性もある……)


 考えながら歩いている内に、小屋の近くまでやって来たアレクはぴたり、とその場に足を止めた。


「──殿下」

「ああ……」


 背後から緊張した声音で護衛に話しかけられ、アレクは返事を返しながら腰に下げている長剣の柄に手を添えた。

 いつでも抜き放つことが出来るように手をかけたまま、小屋に向かって進んで行く。


 ──進んで行く度に濃くなる人の気配。

 そして、暗い視界に映る地面に残る微かな足跡。


「消え入りそうなほどの気配だな……」


 ぽつり、と呟いたあとアレクは右足を不意に上げて目の前の扉を勢い良く蹴り開けた。

 アレクの横から素早く二名の護衛が中に突入し、一拍置いてアレクも室内に突入する。

 そして、アレクは狭い小屋の中で意識を失い床に倒れ込んでいる一人の男を見つけて目を見開いた。



◇◆◇


 裏庭にある小屋から見つかった男性は、タナストン伯爵邸の使用人であるトーマスと言う男で。

 伯爵家当主の補佐を行う侍従のそのまた補佐を行っていた人物らしい。

 歳は四十代で、トーマスは前伯爵夫妻がこの邸にいる頃から侍従補佐に就いていたらしく、この邸の使用人のことも、邸内部にも精通している。


 トーマスが小屋の中で見つかったと同時期。

 ヨードがいつも自分の補佐を行っている侍従を探したがその姿はどこにも無く──。

 もしかしたらその侍従はこの邸から逃げ出した可能性がある、というのがアレクやトルソンの見解だった。




 裏庭の小屋からトーマスを連れ出し、邸に再び戻って来たフィファナ達は意識を失っているトーマスを手近な部屋に運び、意識が戻るのを待っている最中である。


「……あの裏庭からはいくら調べてもナナの痕跡は見つからなかった……。後は、このトーマスという人間が何かを知っているかもしれんが……。目を覚ますのを待つしかないのはどうにも歯痒い状態だな……」

「医者の見立てでは、薬で眠らせられている、とのことですものね……。中和はして頂きましたが、いつ頃目を覚ますのかは分かりませんものね……」

「うーん……。私達も明日には侯爵邸に戻らねばならないし……。今日中に目を覚ましてくれればいいんだけど」

「そうよね、ハリー。トーマスの目が覚めて、早く事情を聞けるようになればいいのだけど……」


 今は待つ、ということしか出来ない状況に、室内にいる面々は焦れてしまっている。

 その中でもアレクは時折騎士に指示を出して邸内を探らせてはいるが、リナリーの部屋以上の何かが出てくる気配は無い。

 また、使用人の中にもこれ以上不審な者は見つからず、フィファナは先程からそわそわと指先を動かしている。


 ヨードも既に合流していて、姿を消した侍従のことや、小屋から見つかったトーマスのことを根掘り葉掘り騎士から聞かれていて、戸惑いながら質問に答えている。


(これ以上遅くなってしまったら、エラやハリーに申し訳ないわよね……)


 ここまで自分のために付き合ってくれたエラとハリーはそろそろ邸に帰宅した方が良いだろう。

 フィファナがそう判断し、二人に声をかけようとした所でずっと眠っていたトーマスが目を覚ました。


「──ぅ……っ、」

「目覚めたか?」


 痛みだろうか。トーマスの悲痛な呻き声が上がり、直ぐにアレクが反応して声をかける。

 ヨードやトルソンもトーマスの近くにやって来て、トーマスが起き上がるのを手伝ってやっている。


「王弟、殿下……? なぜ殿下がここに……? 俺は、……」


 状況が把握出来ないのだろう。

 自分の額に手を当て、額に巻かれた包帯の感触にトーマスがはっと目を見開き、そして思い出したのだろうか。

 ヨードを視線で探し、ヨードの姿を見つけたトーマスは慌てたように口を開いた。


「だっ、旦那様……っ! リレル、リレルが……っ!」

「リレル……? そう言えばリレルの姿も見えない、リレルもまさか襲われたのか?」

「違います旦那様! 私がリレルに襲われたのです……っ! リレルはっ、ずっとこの伯爵家の資産を狙っていたのです……! 変な男を手引きして……っ、」


 捲し立てるようにして喋っていたトーマスがそこで何かを思い出したかのように顔色を悪くして口元を自分の手で覆う。


「大旦那様もっ、大奥様も……っリレルと変な男が……っ」

「っ、待て、どういうことだトーマス……! 分かるように説明してくれ……っ」


 トーマスの肩を掴み、ヨードが声を上げる。

 傍にいたアレクは「リレルとは?」と問うような視線をフィファナに向けた。

 フィファナはアレクの隣に進み出て、アレクとトルソンに説明するように口を開いた。


「リレル、とは……ヨード・タナストンの侍従ですわ。伯爵位を継いだ際に、侍従も新しい人間に任命したそうです……。前伯爵の侍従はお年を召していたので……解雇したそうです……」

「なるほど。……トーマスの言っていることが本当なのであれば、リレルという人間が大公家……若しくはその配下の者と通じていた可能性がある。伯爵家内部に入り込んでいたか……。他家も同じようなことが起きているかもしれん」

「マリーの、リンドット伯爵家も……っ。知らせを送っておきますわ……」

「頼んだ。──トーマスのいうことを鵜呑みにすることは出来んが……そうだな、先ずはリレルを早急に見つけよう。……トーマスのいうことが本当なのであれば、前タナストン伯爵夫妻はリレルと、他の人物に殺されている可能性が高くなってきたな」


 アレクは言葉を紡いだ後、トーマスに話を聞くためにベッドに近付いて行った。



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