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31話


「何だ……? 日記帳?」


 アレクは足元に気を付けて進みながら、床に落ちた日記帳を拾い上げた。

 それにも汚れが付いており、護衛からすっ、と差し出された布を受け取り、日記にあてて中を開く。


 拙い文字で書かれた文章。

 他愛もないその日の出来事を綴った、子供の日記。

 何の変哲もない、可愛らしい子供の日記だが、その日記に書かれている単語を見て、アレクは呟いた。


「リナリーの日記か……幼少の頃はこの部屋を与えられていて、ここで過ごしていたみたいだな……」


 ぱらぱらと日記を捲り、中身を確認する。

 日記には両親にもう二度と会えないという悲しさや寂しさが中心として書かれていたが、ある時期を境にヨードについて綴られることが多くなった。


「──……リナリーは、死んだ両親からヨード・タナストンと将来結婚する、と伝えられていたのか……?」


 そうであったのなら、あれほどにヨードに執着するのも頷ける。

 子供の頃から仲が良く、頻繁に顔を合わせていたのであればそのような関係が築かれるのも納得出来るが。


「……だが、ヨード・タナストン本人も、タナストン伯爵家にもそんなつもりはなかった、と言う訳か……」


 リナリーの日記帳を読み進めて行くと、ある程度事情が分かってくる。

 リナリーの両親であるラティルド男爵家は、リナリーの出自を盾にタナストン伯爵家に婚約の打診をしていたのだろう。

 だが、ラティルド男爵家の言うリナリーの出自が本当かどうか、タナストン伯爵家は疑っていたのだろう。タナストン伯爵家はリナリーとヨードの婚約を良しとしなかった。

 もしリナリーの出自が本当であったとしても、公爵家の娘としては認められておらず、身分は男爵家。


「……もし本当だったとしても、カートライト公爵家がリナリーを自分の娘だと認める筈が無い」


 あの時期はリナリーのような子供は複数いる。

 あちらこちらに子供がいるようで、アレク自身も把握しきれていない。


 それに、夜会でリナリーと抱き合うヨードを見た時は恋人か、夫婦か、と勘違いしてしまったが抱き合う姿だけでは想い合っているとは言い切れない。

 お茶会の日に見たヨードとリナリーの様子から、ヨードにはリナリーを異性として想うような気配は微塵も感じなかった。


 あれは、危なっかしい妹を心配する兄のような──。家族愛だ。


「結局は……リナリーは両親の言葉に踊らされ、ヨード・タナストンの過保護な態度に勘違いを続け、助長し、過ちを犯した、ということか……」


 証拠品として使えるだろう。

 日記には当時、リナリーが両親にどんな言葉をかけられ、そしてタナストン前伯爵夫妻にどんな言葉を告げられたのか。

 そして、ヨードとの関係性などが時系列で事細かに記載されている。

 アレクはリナリーの日記帳を護衛に渡し、更に部屋の中を確認する。


「あとは……この惨状を引き起こした当人の手掛かりが残っていれば良いのだが……。フィファナ嬢の侍女の手掛かりも無し、か……?」


 もう暫くしたらヨードもこの部屋にやって来るだろう。

 そうしたらこの邸で起きた事件を調べるために人が派遣される。

 その前にある程度情報を得ていられれば良いのだが、と考えながらアレクは机の引き出しを開けた。


「エドワードにも報告をしておかねばならんしな……。――っ!」


 呟きながら引き出しを開けたアレクは、引き出しの中に入っていたある物を見て、目を見開いた。


「何でこれがここにある……?」

「殿下? どうなさいました?」


 机の前で立ち止まり、動かないアレクを不思議に思ったのだろうか。

 護衛がアレクの背後から近付き、アレクの手元を見た。


「これは……」

「フィファナ嬢に確認してくれ……。これはこの邸で働いている使用人が身に付けているタイだな……?」

「──直ぐに確認して参ります!」


 この邸に何度か出入りしているアレクは、使用人が先程のタイを身に付けている姿を記憶していた。

 そして、フィファナの専属侍女ナナ、と言う女性の顔を見たことがあるアレクは、ナナもタイを身に付けていた姿を見ていた。


 ──まるで隠すように入れられていたタイ。


 部屋の中は荒れ果て、物には血痕が付着している物が多いと言うのに先程見付けたタイは真新しく、綺麗な物だった。

 タイの状態を見るに、まるで荒れ果てた後にやって来た人物が何か自分の証を残すようにして置いていったように思えてしまう。


「隠すように……? 引き出しの中の物も先程のタイ以外は外にぶちまけられている……。何か、隠れなくてはいけない状況になって……自分の痕跡を残したのか……? 何のために……。誰かに見付けて欲しくて……? 誰か、とは……フィファナ嬢か……?」


 この部屋を探ってみる、と侍女のナナは言っていたらしい。

 それならば、ナナの姿が無ければその違和感に一番初めに気付くのはフィファナだ。

 そして、恐らくフィファナなら自分を探してくれる、とナナは思っていたに違い無い。

 だからこそ、ナナは自分の痕跡を残したのだろうか。


「だが、血痕の状態から見て……日にちは経っていない……。けれどナナが姿を消したのは数日前から……? 時間が合わないな……」


 どういうことだろうか。

 アレクがそう考えていると、廊下からフィファナの焦ったような声が聞こえて来て、アレクははっとして部屋の外の様子を確認する事にした。




「──これは……っ、ナナの物ですわ……! 私も部屋の中に入れて下さい……っ」

「リドティー嬢、それは出来かねます……っ」


 アレクが部屋の外を確認するために外に出てみれば、案の定フィファナが取り乱した様子で護衛に声をかけている。


「フィファナ嬢」


 このままでは部屋の中を見られてしまう。

 あの凄惨な部屋の状態を女性に見せることは憚られる。

 そう考えたアレクは部屋を出て扉を閉め、フィファナに近付いて行く。


 部屋から出てきたアレクに気付いたフィファナははっとして振り向く。

 フィファナの手にはタイが握りしめられており、フィファナの剣幕にトルソンも、フィファナの友人二人も、そしてヨードすら戸惑っている様子で。


「キーティング卿……っ。これはっ、これはナナの物です……っ。私の専属となってくれたナナに、私が持っていたブローチを贈ったのです……」

「──なるほど。それが、ここに付いているのか」


 差し出されたタイの裏側には、フィファナが示す通り、小粒の宝石をあしらったブローチが付けられている。

 フィファナ本人がナナに贈った、と言うのであればやはりこのタイの持ち主はナナで間違いないのだろう。


「だが、フィファナ嬢。それが行方の知れない侍女の物だとしても、女性にあの惨状を見せる訳にはいかないんだ……。すまないが分かってくれ」


 アレクの言う「惨状」という言葉に、フィファナも、傍に居たエラもぴくり、と怯むように肩を震わせた。


「惨、状……? そのような……」

「やはり、先程感じた匂いは……」


 トルソンとハリーが顔を見合わせ、言葉を交わし合う。

 アレクはフィファナ達の前で手短に説明する。


「あの部屋で、誰かが襲われたことは確かだ。……恐らく、あの状況からして襲われた人物は命を落としている可能性がある。そんな状態の部屋の中で、真新しいタイが見つかった。フィファナ嬢、ナナと言う侍女は数日前から姿が見えない、と言っていたな?」

「──え、ええ……はい、そうです……」

「ならば、もしかしたらナナは無事な可能性がある。数日前から姿が見えないのであれば、何らかの事件に巻き込まれ、姿を消したかもしれない。あの部屋の中でタイだけが綺麗ということは、誰かが襲われた後にナナがこの部屋にやって来たんだ」

「邸で……こんなことが……」


 アレクの説明を聞き、ヨードが顔色を悪くし茫然と呟く。

 参ったように頭を抱える様子や表情からして、この一件には無関係なのだろう、とアレクは判断した。


「タナストン伯爵。直ぐに街の騎士隊に連絡を。正式な調査は彼らの管轄だ」

「──かっ、かしこまりました、殿下……!」


 アレクにそう言われ、ヨードは慌てて踵を返し引き返して行く。

 足を引きずるヨードに気付いたアレクは、近くにいた護衛に「手伝ってやれ」と声をかけた。

 そして、その後にアレクはフィファナに向き直って口を開く。


「フィファナ嬢。この邸で、仕事を怠けるのに都合が良い場所……。そうだな、人気が無い区画などはあるか?」

「──ありますわ!」

「分かった、案内してくれ」


 こくり、と頷いたアレクは廊下を引き返すようにして歩き出したフィファナの隣に並び立った。


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