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30/41

30話

※暴力表現があります


 アレクとヨードと離れたフィファナは、近くで仕事をしている使用人に声をかけた。


「仕事中ごめんなさい。聞きたいことがあるのだけど……少し良いかしら?」

「奥様……! はい、何でしょうか?」


 フィファナに話しかけられた使用人はぱっと振り向き、姿勢を正してフィファナに言葉を返した。


「侍女のナナの姿が見えないのだけれど……。今日はお休みなのかしら?」

「ナナ、ですか? そう言えば……確かにここ数日、姿を見掛けておりません」

「──どういうこと……? 見ていないの?」


 使用人の言葉を聞き、フィファナの胸に嫌な予感が広がる。

 そしてフィファナの後ろにいたトルソンの雰囲気も何処かぴりっとした物に変わる。


「──フィファナ。侍女長を探そうか……」

「お父様。……そうですわね。そう致しましょう。ありがとう、私たちは侍女長を探すわ」

「は、はい……! 申し訳ございません……!」


 フィファナは侍女長を探すため、くるりと踵を返して侍女長の姿を探す。

 邸玄関付近には姿が見えず、フィファナは何とも言えない嫌な予感に焦る。


「フィファナ、侍女長は普段何処にいるの? 手分けして探した方が良いかしら?」


 エラがフィファナの横に来てひそり、と話しかける。

 手分けをして探す、と言うエラの提案に首を横に振ってからフィファナは口を開いた。


「いえ……やめておいた方が良いわ。私がこの邸を離れる前に、リナリーの部屋を探している時に変な気配を感じたの……。もしかしたらタナストン伯爵家に他の家の人間が入り込んでいる可能性があるから、ばらばらに動くのは避けた方が良いわ」

「何ですって……? タナストン伯爵はちゃんと状況を把握しているのかしら?」

「他家の者が入りこんでいることに気付いていない場合も、把握していた場合もどちらも不味いことには変わりないだろう。殿下と合流しよう」


 トルソンの言葉にフィファナ達は頷き、先に行っていたアレクの下に急いだ。




 フィファナ達より少しだけ前方を歩くアレクとヨードの姿を直ぐに視界に捉えたフィファナは、不自然にならない程度に足を速め、アレクを呼び止めた。


「──キーティング卿」

「フィファナ嬢? 侍女は見つかったか?」


 フィファナの声に反応してアレクがその場に立ち止まってくれる。

 その間にフィファナ達はアレクに追いつき、先程使用人から聞いたことを伝えた。


「数日、姿を見ていない……?」

「ええ、そうなのです。なので、侍女長を探している最中なのですが……」

「……だそうだが、タナストン伯爵。侍女長は何処にいる?」


 所在なさげに立ちすくんでいるヨードに視線を向け、アレクが問う。

 するとヨードは狼狽えるように周囲に視線を向けて侍女長の姿を探しているようで。


「──侍女長、は確か……先程寝具の確認をしていたように思いますが……こちらです」

「分かった、ありがとう。フィファナ嬢、タナストン伯爵が案内してくれるようだからこのまま行こうか」


 ヨードの案内に従い、フィファナ達が邸内を進むと程なくして探していた侍女長の姿を見つける。

 フィファナはほっと表情を綻ばせ、アレクとヨードに礼を告げると侍女長の下に向かった。


 フィファナ達が侍女長の所に向かい、話をしているのを少し離れた場所から見ていたアレクは、これなら問題無く見つかりそうか、と思い自分の顔をヨードに向け直そうとした所で、フィファナに話しかけられた侍女長の声が聞こえて来た。


「──ナナ、ですか? それが……、二日前から姿が見えなくて、私も困っていたのです奥様……。ナナは真面目な子ですので、無断欠勤など一度も無かったのですが……」

「何ですって……?」


 侍女長の言葉を聞くなり、フィファナの顔色がさっと変わる。


「──タナストン伯爵。今すぐリナリーが使用していた部屋に案内してくれ。……本館では無い方だ」


 低いアレクの声に、ヨードはびくりと体を跳ねさせた。


「リ、リナリーの部屋ですか……? フィファナの侍女の姿が見えないことと、何の関係が……」

「──いいから早くしてくれ」


 わけがわからない、といった様子のヨードに、アレクは舌打ちをしたくなりながら何とかそれを飲み込み、言葉少なにヨードに告げる。

 告げると同時に半歩程前にいたヨードを追い越し、廊下の奥へ奥へと足を進めた。

 慌ててついて来るヨードの気配を感じつつ、アレクは今回の件とヨードは無関係なのか? と考える。


(カートライト公爵家はタナストン伯爵家の犯した罪を知り脅していたはず……。現当主であるヨード・タナストンはカートライト公爵家とはまだ面識がない……? 前伯爵夫妻が脅されていて、消された、とでも言うのか……?)


 兎にも角にも、フィファナが探している侍女が無事であれば良いが、とアレクは考えた。



 急ぎ足で歩いていた速度が、だんだんと小走りになり、最後には駆け出す。

 アレクは自分の背後をついて来る護衛達に周囲を警戒させつつ、先を急ぐ。


 本館から別館に進む内に、ヨードにリナリーの部屋の案内などされなくとも自然とその部屋の場所は分かった。

 遙か後方に置いて来てしまっているヨードやフィファナ達が若干気にかかるが、それでもアレクは急かされるようにして足を進めた。


(──匂いが……っ、濃くなって来ている……っ)


 アレクは眉を顰め、駆けながら護衛の内一人に指示を飛ばした。


「フィファナ嬢を部屋に入れるな! 守れ……!」

「──はっ!」


 アレクの鋭い声音に、護衛は直ぐさま駆けて来た廊下を引き返すようにして戻って行く。


 背後からは自分の後を追うようにフィファナ達がこちらにやって来ている気配がある。

 だが、アレクが向かう先からは人の気配など、どこにも無い。

 待ち伏せなどの警戒をしていたが、この先に()()()()()()。そう、生きている人間などいないのだ。

 嫌な汗を背中に伝わせながらアレクはただ走った。


(──この血臭っ、一人の人間の物だったらとうに死んでるぞ!?)



◇◆◇


 前方を歩いていたアレクの歩く速度が上がり、フィファナ達は戸惑いつつアレクについて行っていたが、本館からリナリーの部屋がある方向に向かうにつれ、アレクの歩く速度が最早早歩きから半ば駆け出す形になった所でフィファナは小さく「えっ!?」と声を上げた。


 それは案内役としてアレクの近くにいたヨードも同じようで。

 アレクが駆け出したことに、驚いたようにぎょっと目を見開き、慌ててアレクについて行こうとしていたが、王族とは言えアレクは騎士だ。

 しかも近衛騎士団の団長を務めるアレクの走る速度について行くことなど、普段運動をしていないヨードには到底無理なことだったらしく。

 フィファナ達の視線の先、廊下の奥で足が縺れて転倒してしまったのが見えた。


「えっ、え? 殿下、どうなさったのかしら……!?」

「わ、分からないけれど私たちも急ぎましょう?」


 戸惑うエラの言葉に、フィファナもしどろもどろになりながら答える。


 足の怪我が完治していないフィファナは踵の高い靴で走ることは出来ず、なるべく急ぎ足で廊下を進む。

 エラもそれは同じようで、隣にいるハリーの肩を借りながら急ぎ足で向かっている。

 だが、駆けて行ってしまったアレクはあっという間にフィファナ達の視界から姿を消してしまい、トルソンがぽつり、と言葉を零した。


「──殿下のあの行動……。この先にあるリナリーの部屋で何かとんでもないことが起きている、と悟られたのだろうか……?」

「お、恐らくそうだとは思いますが……こればっかりはキーティング卿に聞いてみないと分かりませんね……」

「慌てていたような雰囲気だった……。恐ろしいことが起きていなければ良いのだが……」

「お父様……嫌なことを言わないで下さいませ……」


 廊下に転倒してしまったヨードを追い越し、フィファナ達は先を進む。

 どうやらヨードは転んだ時に足首を挫いてしまったらしく、よたよたと覚束無い足取りで慌ててフィファナ達の少し後をついて来ているようだ。


 廊下の曲がり角を曲がった所で、アレクと共に進んでいた筈の護衛の一人が姿を現し、フィファナはほっと息を吐き出した。

 護衛の姿がある先、薄暗い廊下の先に扉が開いた部屋が一つある。

 あそこがリナリーの私室だろうか、とフィファナが思ったと同時。


 ふわり、と一行の鼻腔に鉄臭い香りが一瞬届いた。


「──え、?」

「リドティー嬢。一旦ここから離れて下さい……殿下からそう命を受けております」


 そっと護衛が自分の腕を前方に差し出し、止まるように、と言う仕草でフィファナにそう告げる。

 一瞬香ったその匂いに、フィファナの傍にいたトルソンも、ハリーも護衛の言葉を聞き、そして部屋の扉が開いている方向に視線を向けた後、表情を歪めた。


「まさか……」


 トルソンがぽつり、と零した言葉に護衛が眉を寄せる。


「──ここから先は我々騎士の仕事です……。調査も入りますので、現状を維持しなければなりません……。申し訳ございませんが、部屋への入室は出来ません」





 フィファナ達が護衛にそう告げられている頃。


 部屋に入ったアレクは扉を開け、視界に飛び込んで来た光景に眉を顰めた。


「──派手にやった、な……」

「そのようで……。室内や廊下付近に人の気配はございませんね」

「ああ。だが……この血痕の乾き具合から見て、時間は経っていないだろう……当日……いや、昨日、か……?」


 部屋の中を確認しつつ、アレクは室内に足を踏み入れる。

 何かを探していたのだろうか。それともそう見せかけるためだろうか。

 室内は酷く荒れていて、ぐちゃぐちゃになっている。


「……一人分では無い、な……二人、多くても三人か……? 誰だ……?」


 アレクは懐からハンカチを取り出し、自分の口から鼻にかけてを覆い、きょろ、と周囲を見回す。

 誰かがこの部屋で襲われ、もしかしたら命を奪われている可能性がある。

 だが、それにしては手口が荒々しく、証拠が残り過ぎている。


「何かを探していたようだな……」


 部屋の棚と言う棚が荒らされ、中に入っていた物が全て床にぶちまけられており、アレクはそれらを踏んでしまわないように注意しながら奥に進んで行く。


 そうして奥に進んで、アレクは床に落ちていた子供用のダイアリーのような物にふと気付いた。


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