29話
大公家が犯した罪を国民にも知ってもらい、大公家が逃げられないようにする。
アレクは至極あっさりと、簡単そうに告げるがそれがどれだけ難しいことか。
そもそも大公家は今でさえ証拠を掴ませていない。
その状況で本当に大公家をどうにかすることも、国王を廃することも出来るのだろうか、とフィファナは若干不安になってしまう。
だが、アレクは何処か自信を得ているようで。
今まで大公家が悪事を働いていたという証拠は得られなかった。
それなのに何故、とフィファナが思案しているとアレクがその答えを口にした。
「──大公家にしては、今回焦っていたのだろうな……。対応が杜撰だった……。リンドット伯爵家の仕業と見せかけて伯爵領で造られたキリキの実を取り入れた布がその証拠だな……。リンドット伯爵家を調べた所、当主の交代でキリキの実を取り入れた布の精製方法が切り替わったタイミングだったんだ」
「ですが、それでもリンドット伯爵家が関わっていた、という証拠には変わりないのではないでしょうか?」
フィファナの言葉にアレクはゆるりと頷いた。
「そうだな、布だけだったら。先日、リンドット伯爵本人に会って確認した所……以前まで販売していた布は切り替えの準備の為に回収していたそうだ。自分の父親が当主を務めていた時から、な。少なくとも二年以上前から布は以前よりも限られた場所でしか販売していない。そして、何か不具合があった時のために販売時の記録はしっかりと取っていた。そして、現当主に変わってから販売した布は数少ない」
「……それならば……布の種類によって……」
「ああ。発見された布は新しい精製方法によって作られた布だった。その布は試作段階を踏みながら試験的に販売されていた物だ。布の状態を確認すればどの時期に販売され、購入者が誰だか容易に判明する。疑いをかけられたリンドット伯爵は自身の潔白の証明のために全面的に協力を申し出てくれて、今現在調べてくれているよ」
アレクの言葉にフィファナも、エラとハリーもほっと安堵したように表情を綻ばせた。
購入時期と、購入した者が判明すれば大公家に辿り着くことも可能かもしれない。
大公家に辿り着けば、その時点でタナストン伯爵家の前当主夫妻の失踪に絡んでいるということが判明し、敢えてリンドット伯爵家の領地で造られた布を落とした意図を問うことが出来る。
「……マリーも、マリーの旦那もきっと無関係ですわ……。きっと巻き込まれたに違いありません……っ」
「そうだな……。私もそう思っているよ」
フィファナの言葉にアレクもこくり、と頷き優しく微笑む。
二人の会話が途切れた所を見計らい、フィファナの隣に座っていたトルソンがアレクに向かって声をかけた。
「殿下、よろしいですか」
「何だ?」
「フィファナ──娘の婚姻取り消しの件ですが……」
「ああ。教会に送ったそうだな。連絡を入れてくれてありがとう。これでフィファナ嬢はタナストン伯爵家と無関係になる……。今後は行方を探している前伯爵夫妻と、前伯爵夫妻のしたことについて、現伯爵から洗いざらい聞こうと思っているよ」
婚姻関係が結ばれている内にあまり派手に動くと、国王に知られる可能性があるからな、とアレクが口にしたことでフィファナはふとリナリーの部屋について思い出す。
そう言えば、タナストン邸を後にする際に侍女のナナがリナリーの部屋に行ってみる、と口にしていた。
無茶をしてはいないだろうか。
「……キーティング卿、そう言えば……以前私の専属侍女としてついてくれたナナが、タナストン邸のリナリーが使用していた部屋を確認出来そうだったらしてみる、と言っていたのです」
「なに……?」
「リナリーの使用していた部屋は本館に一室、本館から離れた別棟に一室あるのです……。その場所を調べる前に……」
「──! ああ。あの時のか……侍女の女性が無茶をしていなければ良いが……」
フィファナとアレクが考え込むようにして黙り込んだのを見て、その様子を見ていたエラがぽつりと呟いた。
「……それならば、今日この後皆でその部屋を訪ねてみれば良いのでは……?」
「――え?」
エラの言葉に、フィファナは驚いたような声を上げる。
驚くフィファナをよそに、エラは自分の両手をぽん、と重ね合わせてにこやかに言い放った。
「──そうです、そうですわ殿下。今でしたら、王弟殿下もいらっしゃいます。平民のリナリーを拘束していらっしゃるのでしたら、リナリーの身辺の調査のためにタナストン伯爵邸を検めるのは不思議ではございませんし、フィファナも今であれば一時的に荷物を取りに来た、ということで邸に戻ることは可能です……!」
「だ、だがエラ……私たちはどうする? 表立って私たちが動くのはあまりにも不自然では……?」
エラの提案にハリーが思わず、と言ったように戸惑いながら言葉を零す。
「あら、ハリー。私たちはフィファナの友人よ? フィファナの実家でお茶をしていて、フィファナが困っているから友人の私たちが協力するのも、フィファナを心配して着いて行くのも何も不思議じゃないわ。……そうですよね? 殿下」
ぐいぐいと話を進めるエラに、アレクもハリーもたじろいでしまうがエラの話は確かに筋が通ってはいる。
「あ、ああ……。その理由は充分に有り得る、な……」
こくり、と頷くアレクにエラはぱっと表情を輝かせると「では参りましょう!」と善は急げとばかりに立ち上がった。
◇◆◇
エラの提案に乗り、フィファナ達一行はタナストン伯爵邸にやって来た。
アレクとは偶然会った、ということにして邸前の馬車止めで落ち合った。
アレクはリナリーが過ごしていた邸の調査と言う名目で邸にやって来ていたので、数名の護衛に自分が団長を務める近衛騎士団の団服を着させている。
「──大分、無理矢理な感じが出てしまっているが本当に怪しまれないだろうか」
フィファナの隣を歩くアレクがぽつり、と零す。
アレクの言葉に苦笑しながら、フィファナは自分の少し前を歩くトルソンに視線を向けた。
「大丈夫、ではないでしょうか……? キーティング卿はリナリーのこと。私たちは忘れ物を取りに来たと言う理由で、行動理由が別々ですから……」
「そうだな……。フィファナ嬢、本館とは別にあるリナリーの私室の位置を教えてくれ。先日フィファナ嬢が嫌な気配を感じたあの場所……。もし今日も同じような気配があれば、タナストン伯爵邸にあまり良くない人間が潜んでいる、ということになるからな……」
声のトーンを落としたアレクにそう告げられ、フィファナも表情を引き締めてこくりと頷いた。
すぐ目の前に迫った邸の玄関に、フィファナもアレクも口を噤んだ。
すると、報せを受け慌ててやって来たのだろうか。
出迎えのために玄関の扉が開き、そこから焦った様子のヨードが姿を現した。
「──っ、王弟殿下に、リドティー伯爵……っ、それにフィファナも!?」
「突然の訪問すまないな、タナストン伯爵。私たちはフィファナの忘れ物を取りに来ただけだ。用事が済めば直ぐに帰宅するから気にしないでくれ」
こちらに近付いて来るヨードにトルソンは軽く告げ、手を上げてこちらには構わずと制す。
ヨードが呆気にとられている内にアレクは口早に告げた。
「リナリーの調査に必要で訪問させてもらった。部下達も失礼するよ、タナストン伯爵。彼女が使用していた部屋に向かわせてもらうが、良いか?」
「──はっ、はい……! どうぞお入り下さい……!」
ヨードはアレクに言葉を返しつつ、フィファナの後ろにいるエラとハリーの姿を見て戸惑いつつ二人も中に招く。
邸内に足を踏み入れたフィファナは、いつもであれば直ぐに姿を見せる侍女のナナの姿が無いことに違和感を覚えた。
「……?」
「どうしたフィファナ嬢?」
フィファナの表情が冴えないことに、隣を歩いていたアレクが気付き声を潜めて問う。
案内する為に前方を歩いていたヨードは、アレクが「フィファナ嬢」と呼んだ瞬間ぴくり、と反応して一瞬だけ二人を窺い見たが何も口にすること無く、無言で邸内を進む。
アレクに問われたフィファナは不安そうに眉を下げつつ、言葉を返した。
「それが……。いつも出迎えてくれる侍女の姿がなくて、不思議に思ったのです……。使用人に確認して参りますので、キーティング卿はお気にせず……!」
「分かった」
フィファナはそう言い残し、トルソンやエラ、ハリーと共にその場を離れて使用人の下に向かう。
その後ろ姿を見送ってからアレクは前を歩くヨードの後を追った。