28話
それまで黙って話を聞いていたトルソンは、複数の書類を確認しながらアレクとエドワードに向かって口を開いた。
「──確たる証拠が無い物もあれば、しっかりとカートライト公爵家が関わっていることが分かる物もございます……。叩けば証拠は出てくる筈……国王陛下に奏上しては……?」
トルソンの言葉は尤もで、フィファナもその言葉に頷いた。
フィファナがアレクとエドワードに視線を向けが、アレクが否定するようにゆるり、と首を横に振った。
「……今の国王陛下は……」
「……叔父上。私から話そうか」
アレクの言葉を遮り、エドワードが口を開く。
一層緊張感の高まった空間で、エドワードがゆっくりと口を開いた。
「カートライト大公家の行いを、父上……国王陛下は気付いてはいる……。けれど、度重なる贈賄により今の国王は欲に目が眩み、罪を見逃している。……カートライト大公家がその先に何を欲しているのか、既に考えが及ばないほどだ」
「そんなこと……っ、あってはならないことではございませんか!?」
エドワードの言葉に、トルソンが真っ青になって声を荒らげる。
国を率いる立場の人物が私欲に塗れ、国を、国民を危険に陥らせているなど、あってはならない。
「国王の補佐は……、宰相方などは何をしていらっしゃるのか……!?」
堪らず、と言ったようにハリーもトルソンの後に続く。
だが、エドワードは再び首を横に振ると、苦笑して答えた。
「父上は側近達の言葉を聞かなくなってきている。このままでは悪しき独裁者となり、近い内に大公が独立を目的として内戦を起こしてしまう。……国が国としての機能を失えば大公家に食われる」
「だからこそ、王太子であるエドワードに私が話を持ちかけたんだ」
溜息を吐き出し、アレクが背もたれに深く体を押し付けた。
「……前々からタナストン伯爵家は不自然な行動を起こしていたから調べねば、と思っていたのだが……。その度に国内で騒ぎが起きて、その対応に追われていた……。今回、フィファナ嬢と知り合い、こうしてタナストン伯爵家を調べる切っ掛けを得ていなければ恐ろしいことになっていた」
「リドティー嬢には辛い出来事ではあっただろう……。だが、この一件で本腰を入れて叔父上が調べることが出来て、そしてカートライト大公家の目論見に気付くことが出来た……。お礼を言うのは違うとは思うが……でも、リドティー嬢が決心してくれなければ国が大変なことになっていたかもしれない。──ありがとう」
アレクとエドワードから穏やかな表情で礼を告げられ、フィファナは慌てて首を横に振る。
「と、とんでもございません……! 切っ掛け、となったかもしれませんが、カートライト大公家の目論見に気付かれたのはキーティング卿と、王太子殿下ですわ……! 私は何も、お力になれておりませんから」
「貴女はきっとそう言うだろう、とは分かっている。だが、私達もフィファナ嬢のお陰で助かった。落ち着いたら是非お礼をさせてくれ」
「そうだな、私も礼はしたい。伯爵も、それにご友人方も交えて今後王城に招待しよう。私の婚約者も交えて茶会でもしようか」
アレクとエドワードの雰囲気が穏やかなものに変わり、フィファナもほっと安堵する。
少し前までは、この空間が息苦しく感じるほど、緊張感で空気がピリついていた。
少しだけ落ち着いて、フィファナが目の前の果実水を口に運び、一口飲み込んだ所でエドワードがとんでもない事を口にした。
「──ああ、そうだ。父上、国王陛下を廃する予定だ。暫く国内が荒れると思うが……どうか協力を頼む」
エドワードの発言を聞き、飲み込んだ果実水が変な所に入ってしまったフィファナは大きく咳き込んだ。
「大丈夫か、フィファナ嬢!? エドワード、そんな重大なことを天気を語るような口調で話すな……!」
「──けほっ! だ、大丈夫ですわ……っ、申し訳ございません……!」
隣に座っていたトルソンに背をさすられ、フィファナは涙目になりながら何とか言葉を発す。
アレクに咎められたエドワードは「すまない」とけろっと言葉を返した後に残っていたグラスの中身を飲み干して、その場に立ち上がった。
「私はそろそろお暇するとしよう。あまり長時間城をあけていると不審に思われる。リドティー伯爵に、アサートン侯爵。今後の連絡は叔父上を通して行う予定だ。よろしく頼むよ」
「──かしこまりました、殿下」
エドワードが立ち上がり、それに合わせて室内にいた一同も立ち上がり、見送りの体勢を取る。
部屋の外までエドワードを見送ることは避けた方が良い、と誰もが考えているためアレクが代表してエドワードを店の外まで見送ることにした。
叔父・甥の間柄であれば二人が一緒にいる姿を万が一誰かに見られたとしてもそこまで不審がられないだろう。
それよりも他の貴族が王太子であるエドワードと個人的に会っている、という姿を見られてしまう方が今後の動きに支障が出る。
エドワードは外套を羽織り、フードを目深に被った後、フィファナ達に「また」と声をかけて部屋から退出した。
その後をアレクが追って行くのを見送り、皆が席に座り直す。
「──とんでもないことになってきたな……」
アレクとエドワードが部屋を退出し、フィファナの隣に座っていたトルソンが目頭の辺りを抑えながらぽつり、と零す。
トルソンの向かい側に座っていたハリーもトルソンと同じような表情で疲れたように頷いた。
「……フィファナの話を聞いて、リナリーと言う女性のことを調べ始めたんですよ……。そうしたら不自然な点が出てくる出てくる……。フィファナにどう伝えようか、と妻のエラとも話していたんです。そうしたらある日突然王弟殿下から手紙を頂いて……」
「ハリーが深く調べてしまったから王弟殿下も見逃せなかったのね。……アサートン侯爵家が本当にこちら側なのか……しっかり見極めるような雰囲気で……終始息が詰まりそうだったわ」
ハリーとエラがどっと疲れ果てているような様子で言葉を零し、フィファナは申し訳ない気持ちになってしまう。
「エラにハリー。ごめんね、色々調べてくれてありがとう。殿下方も今はきっと慎重に動かれているのよね……」
「ああ。けれど我が家への不信感は早々に晴れたようで良かった。……それよりも、フィファナ」
「……? 何かしら?」
「タナストン伯爵家とはもう完全に関係が切れた、と思って大丈夫か? 以前会った時はまだ表情が曇っていたが……今はもうスッキリしている」
「そう! それよ、それ! タナストン伯爵とは離縁出来たのよね?」
エラとハリーがテーブルに乗り出して聞いて来る姿に、フィファナは笑顔で頷いた。
「ええ。先日婚姻の取り消しに関わる書類を教会に提出したわ。まだ正式に承諾はされていないけれど、近い内に承諾されると思うわ」
「取り消し……!? タナストン伯爵が応じたの!? それは良かったわ……。あのお茶会の日、タナストン伯爵の様子から、離縁すら応じなさそうだったから……」
フィファナの笑顔につられるようにして、エラも笑顔を浮かべ、安心したように何度も頷く。
その様子を見て、ハリーも「良かった」としみじみ呟いた後、話を戻した。
「それにしても……まさかカートライト大公家が関わってくるなんて……。それに王太子殿下の考え……確かに国内が大きく荒れそうだ……。リドティー伯爵もそうお考えですよね?」
「ええ……。王太子殿下の話の通り、そうなった場合、国内の貴族が二分されそうで……恐らくカートライト大公家に逆らえない家も複数あるでしょう。カートライト大公家の出方を見て静観されてしまえば面倒なことになりますな……」
トルソンの言葉の後、部屋の扉が開いてアレクが戻って来る。
そしてトルソンの声が聞こえたのだろうか。
アレクは一番近い椅子、フィファナの隣の椅子に腰掛けると、トルソンの言葉に答えるように口を開いた。
「ああ、それが懸念だ。だからこそこちらは迅速に、かつ大公家が気付かぬ内に事を進めなければ……。国民、民衆を味方に付けてしまえばいくら大公家と言えども……陛下と言えどもその立場を追われるだろう」
「……悪役になってもらう、ということですか?」
フィファナの発言に、アレクは口元を笑みの形に変えて頷いた。
「そうだな、言い逃れの出来ない悪事の証拠を掴み、それを民衆に知らせてやろう、と思っている」




