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26話


 フィファナが自室で休んでいたある日。

 ヨードから婚姻取り消しの書類が届き、トルソンが中を改めた結果署名も記載されており、トルソンもリドティー伯爵家の当主としてその書類に署名を終えた。

 そうしてその書類を今度は使用人がフィファナの所に持って来たのだ。


「お嬢様、書類に不備はございません。後はお嬢様が署名を終えて、教会に提出すれば審査の後、婚姻の取り消しが完了致します」

「──そう、ありがとう」


 銀トレーに書類を載せてやって来た使用人から説明を受け、フィファナはその書類を受け取った。

 署名が済み次第、使用人は再びトルソンの所に書類を運ぶらしく、フィファナの部屋の外で待機しているとのことだ。

 使用人に署名のための道具を目の前のテーブルに用意してもらったフィファナは、内容に目を通す。


(……旦那様は本当にどうなさったのかしら。全面的にタナストン家に責がある、と記載して下さっている。……賠償金もしっかりと記載されているわ)


 ヨードと最後に話した時のことを思い出す。

 フィファナが、やり直すくらいならば「自ら命を絶つ」と口にした時、ヨードはあからさまに動揺し、衝撃を受けていた。


(自死、という言葉を使ってしまったけれど……大袈裟ではないわ。私も、それだけの覚悟を持って旦那様と話をしたのだから)


 そうして、フィファナの決意が揺らがぬ強い意志であることをヨードも悟ったのだろう。

 フィファナが部屋を出る少し前にはもう既に憔悴しきっていたように思える。

 ヨードはそれ程フィファナに嫌悪されているなど、考え付かなかったのだろう。


(……それも、全部リナリーに言われていたのね、きっと……。けれど、リナリーの言葉を全部鵜呑みにして、私との関係を築こうとしなかった旦那様だって悪い……)


 あっさり罪を認め、タナストン伯爵家有責の婚姻の取り消し。

 書類に記載されているだけでも、タナストン伯爵家は相応の被害を被るだろう。


(何だか……やっと婚姻が解消されると言うのに心の底から喜べないわね。後味の悪さが残ってしまっているわ)


 フィファナは署名を記載する部分に視線を落とし、ペンを走らせる。


 たった数秒。

 ほんの数秒。

 自分の名前を記載しただけで、婚姻の取り消しに必要な手続きが済んでしまう。


 書類を教会に提出して、正式に受諾されるのは数日後、そして更に取り消しが認められるのはその数日後になる。

 だが、フィファナは一先ず大きな胸のつかえが取れたような気がして、息を吐き出すとソファの背もたれに深く背中を預けた。

 少ししたら部屋の外に控えている使用人を呼んで、書類を手渡そうと決めたフィファナは部屋の中で暫し無言で過ごしたのだった。



◇◆◇


 数日が経過し、アレクとの約束の日を迎えた。


 フィファナの足の怪我は大分良くなった。

 馬車にも自分で乗れるようになり、トルソンと共に数日前にアレクから届いた手紙に記載されていた店へ向かう。


「これから行く場所は貴族が好んで利用する、個室の食事処だ。会談で良く利用されている場所だな……」


 馬車に揺られながら、指定された場所の説明をトルソンがフィファナにしてくれる。


「そうなのですね。静かすぎる場所だと適していないから、人の話し声などが微かに聞こえるこのお店になさったのでしょうか?」

「そうかもしれんな……。室内の声は他の部屋に漏れ聞こえぬよう設計されている。……密談や、会談に適した場所だ」

「……お父様、顔色が悪いですわ……」


 胃の辺りを押さえ、疲れ果てたような表情を浮かべるトルソンにフィファナはついつい苦笑いを浮かべる。

 密談に最適な場所をアレクが指定して来た、ということは今回呼ばれている人間は複数居るのかもしれない。

 何だか緊張してしまう、とフィファナが考えている内に馬車は目的地に到着してしまった。





 馬車を降り、二人は店に入る。

 手紙に同封されていたカード型の予約証を見せると、店員が「お待ちしておりました」と丁寧な所作で二人を店内に案内する。


 店内は間接照明で微かに明るく、恐らく貴重な物だろう。品の良い調度品が明かりに照らされて美しく光っている。

 フィファナは視線だけで店内の様子を窺うと、感嘆の溜息を零した。


(とても素敵なお店だわ……。私たち、貴族階級が好む内装に、雰囲気ね)


 貴族が好んで利用する、と言うのも頷ける。

 フィファナがそう考えつつ歩いている内に、部屋に到着したのだろう。

 斜め前を歩いていたトルソンが立ち止まり、案内の店の者が部屋の扉を開けた。


「お連れ様がご到着です」

「──ああ、入ってくれ」


 店員が部屋に向かって声をかけると、中から聞きなれたアレクの声が返って来て、フィファナは気付かぬ内に緊張で固くなっていた体から力が抜けた。

 扉を開けた店の人間に室内に案内され、前方を歩いていたトルソンがびくり、と体を跳ねさせその場に立ち止まった。


「お父様? どうされ──……」


 立ち止まってしまったトルソンを不思議に思い、フィファナがひょこ、と顔を覗かせた所で。

 フィファナもトルソン同様、驚きひゅっと息を飲んでしまった。


 室内には数人の姿がある。

 アレクに、フィファナの友人であるエラ・アサートン、そしてその夫のハリー・アサートン。


 ――そして、その奥、部屋の一番奥にはこの国の王太子である青年がにこやかな笑顔を浮かべ、座っていた。


「王太子殿下……!?」


 フィファナとトルソンは慌てて頭を下げようとしたが、王太子であるエドワードは「いい、いい」と笑い声を上げ、二人に座るよう促した。

 恐縮しきってしまうフィファナ達を見て、友人のエラとハリーが苦笑している。

 その様子からフィファナは二人も似たような経験をしたのだろう、ということが分かった。


 穏やかな微笑みを浮かべたまま、エドワードはアレクに視線を向け、「説明してくれ」というように軽く首を傾げた。

 エドワードの行動にアレクは微笑みながら口を開く。


「気軽な食事会だと思ってくれ。気負わず、動揺せず。だが、今日ここで王太子殿下と会ったことは口外しないように。……そうだな、食事会には王太子は参加していない、ということにしようか」


 アレクの言葉に、室内に緊張感が漂う。

 エドワードは悪戯っぽく笑みを浮かべ、自分の口元に人差し指を当てつつ軽い調子でアレクの後に言葉を続けた。


「そうだな。そうしないと私の首が飛ぶ可能性が出てきてしまうな」


 からからと軽い調子でとんでもないことを話すエドワードに、一同はぎょっとしてしまう。


 王太子の首が飛ぶ、などこんな軽い調子で話す内容ではない。

 冗談にしてもそんな物騒なことを王太子であるエドワードが口にすることはありえない。

 そのことを正しく理解しているトルソンは、事態がとんでもない方向に向かって行ってしまっているのではないか、と不安になって来た。


「先ずは……、フィファナ・リドティー嬢。直接会話をするのは初めてか。叔父から話は聞いているよ。此度の件は災難だったな」

「あ、有難いお言葉痛み入ります。王弟殿下にはとても良くして頂きました」

「リドティー嬢の憂いが解消されたようで良かった。今後とも叔父をよろしく頼む」

「は、はい……!」


 フィファナはエドワードの言葉を恐れ多いとばかりに頭を深く下げながら受け取る。


 にこにこと笑顔を浮かべながら軽い調子で話をするエドワードだが、王族、次期国王とだけありここにいるだけで存在感や声がずっしりと重く、圧倒される。

 フィファナはエドワードが放つ言いようのない雰囲気に、緊張で口がからからに乾いてしまう。


 だが、先程エドワードが口にした「首が飛ぶ」と言う物騒なワード。

 これは一体どういうことなのだろうか。

 アレクが詳細を調査する、と言って数日。


 カートライト公爵家について、何か進展があったのだろうか、とフィファナとトルソンが考えている内に、予め頼んでいたのだろう。

 食事が運ばれて来て、一旦話が中断した。




 配膳が終わり、各々食べ物をゆっくり口に運ぶが、正直料理の味が全く分からない。

 フィファナは何とか食べ物を嚥下し、ちらりと友人のエラとハリーに視線を向ける。


(リナリーのことを相談してしまったから、エラとハリーはラティルド男爵家とタナストン伯爵家のことを調べてくれていた……。事件に関係する何かを掴んでしまったのかしら? それとも、両家を調べていることが知られ、キーティング卿にこの食事会に招待されたのかしら……?)


 室内に入室してから、話す余裕が無かった。

 だが、この場にアサートン侯爵夫妻が同席しているということは、そういうことだろう。


 フィファナの視線に気付いたのだろうか。

 エラがちらり、とフィファナに視線を返し、真剣な表情でこくりと頷く。


(──ああ、やっぱり何かを知ったのね……)


 リナリーのことを相談してしまったばかりに無関係な友人を巻き込んでしまった、とフィファナがしゅんとしていると、配膳された食事を食べ終え、果実酒を楽しんでいたエドワードがぽつりと言葉を零した。


「そうそう。カートライト公爵家……、カートライト大公が独立国家を築く為に独立戦争を企てていることが分かったんだ。様々な貴族家を裏で支配し、国内の貴族達を無力化しようと画策していたようだ」

「──っえ!?」


 あっさりと、まるで今日の天気を語るような呑気な声音で言葉を発したエドワードに、フィファナを始め、トルソンも、エラも、ハリーも衝撃的な言葉に思わず噎せた。


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