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25話


 フィファナはボロボロ零れ落ちる涙をハンカチで拭い、アレクに向かって何とか言葉を絞り出す。


「マリーが……、マリーは無関係、ということは無いでしょうか……っ」


 懇願にも似た悲痛な響きに、アレクは眉を下げながら「難しいだろうな」と言葉を返す。


「リンドット伯爵単独の犯行であっても、連座で責任を問われかねない。……マリー・リンドット夫人は学園に通っていた時から婚約者の領地で特殊製法で作られたこの布の存在を知っていたのだろう? ……他者にもその布を見せていた過去があるのであれば、知らなかったと主張してもそれが通るとは思えない」

「──そんな……っ」


 お茶会に来てくれたマリーを思い出し、フィファナは悔しさに唇を噛み締める。

 学園に通っている時から、マリーとその婚約者の仲は良かった。

 二人で楽しげに過ごし、笑い合っていた光景を思い出し、フィファナはやるせない気持ちでいっぱいになってしまう。


 先日、久しぶりにマリーと会って。

 邸に泊まった時に色々と話したことを思い出す。

 旦那が一緒に来られず、寂しそうにしていた。

 それでも、久々に学園時代の友人達と会えて交流出来たことを喜んでいた。


 屈託無く笑うマリーの笑顔を思い出して、フィファナはやるせない気持ちになってしまう。


「マリーも、マリーの婚約者であった現伯爵もそんなことをするような人ではございません……」

「人柄……そうだ、夫人。友人の夫である現リンドット伯爵も学園時代の学友だろう? どんな人間だった? 今後、調査する際に事前に情報を得ていた方がやりやすい」

「マリーと、婚約者のサムイットさん、ですね……」


 アレクの問いにフィファナはこくりと頷いた後、二人の性格などを質問されるまま答えた。




 アレクからの質問と、フィファナの回答が一段落着いた頃。

 アレクは考え込むように自分の顎に手を当てたまま、フィファナの父親トルソンに視線を向けた。


「リドティー伯爵……。どう思う?」

「……実際、リンドット夫妻に会っていないので何とも言えませんが……。一度対面して話を聞く機会を設けた方が良いかもしれません」

「そうだな……。このような家が国内に複数あるかもしれん」

「それ程の、複数の貴族家を自分の手足として使えるような爵位を持つ家は……」


 侯爵位どころでは無い。

 トルソンの言いたいことが分かったのだろう。

 アレクは嫌そうな表情を浮かべ、頷いた。


「──ああ。この国の公爵家……、いや、大公であられるカートライト公爵家……。カートライト大公の遠縁にあたる子爵家が数年前にリンドット伯爵領の事業の支援を申し出ている。また、遠縁の他の子爵家がタナストン前伯爵の事業に協賛していたことも調査の結果判明した。偶然にしては一致し過ぎだろう?」

「何と……」


 確かにアレクの言う通り、偶然にしては一致し過ぎている。

 だが、これだけの情報ではただの偶然とも言い切られてしまう。

 だが、アレクはカートライト大公家が確実に絡んでいる、と確信しているような様子だ。


「物的証拠は揃っていないが、証拠を完全に消し去ることなど出来やしないだろう。……きっと何処かに確たる証拠はある筈だ」

「そ、それでしたら……! 国王陛下にもご助力頂くのはどうでしょうか? 大公家ともなれば、伯爵家の我々ではご協力出来る範囲も限られておらます。国王陛下にお話してみては……」


 万が一大公家が一枚噛んでいるのであれば、リドティー伯爵家では力不足だ。

 そのことを懸念したフィファナがアレクにそう告げたが、当のアレクは眉を下げて笑うだけだった。


 ──王家には触れてくれるな。


 実際、言葉にしてそう言われた筈では無いのに、アレクの瞳はそれを雄弁に語っているように見えて。

 フィファナとトルソンはひゅっ、と息を飲み込んだ。

 二人の反応にアレクは困ったように頬をかきながら、言葉を探すように宙に視線を彷徨わせる。

 だが、何を思ったのか。

 アレクは「あー……」と言葉を濁しながら口を開いた。


「詳しくは語れない……。だが、そうだな……。二人には数日後にとある場所に来て貰いたい。……何、そんなにかしこまるような場所では無いから、気軽に来てくれ。……それまでにこちらも不明瞭な部分を調査しておく」

「数日、後ですか……それはまた唐突ですな、殿下……。何か重要なお話があるように思えてその日に伺うのが恐ろしいです」

「何、百戦錬磨のリドティー伯爵であれば恐れることなど何もないだろう。国家が滅亡する恐れに比べれば他の事柄など児戯にも等しい」

「──はは……滅亡など……、恐ろしいことを仰る……」


 トルソンはあからさまに戸惑い、不安を顕にしている。

 フィファナもアレクの言葉に言いようの無い不安を覚えたのだが、アレクからその後特に言葉は続かず話が戻ってしまった。




 アレクが始めに話した内容、フィファナの婚姻取り消しについて話は戻り、両家の手続きが終わり次第速やかに知らせて欲しい、と言い残したアレクは慌ただしくリドティー伯爵邸を後にする為にソファから立ち上がった。


「落ち着いて話をすることも出来ずにすまないな。もし何かあれば、近衛騎士団の詰所に連絡をくれ」

「かしこまりました、殿下」

「──ああ、タナストン夫人。私の見送りは結構だ。まだ足の怪我が完治していないのだろう? 歩き回るのは駄目だ、と医者にも言われているのだから部屋に戻った方が良い」


 アレクが退出するのに合わせ、トルソンが見送りのために立ち上がり、フィファナもそれに合わせて立ち上がろうとした所でアレクに断られる。

 だが、わざわざ邸に足を運んでくれたアレクを見送りもせず、部屋にいるまま見送ることは失礼過ぎる。


「いえ、殿下。せめて廊下まではご一緒致します」

「……ならば、私の手に。これ以上痛めないよう、ゆっくり歩いてくれ」

「ありがとうございます、殿下」


 差し出されたアレクの手に、有り難くフィファナは自分の手を乗せる。

 体重を掛けやすいよう、アレクの配慮を感じてフィファナは心の中で感謝しつつ抵抗することなくアレクに支えてもらいながらゆっくりと足を動かした。

 トルソンは玄関まで案内するために二人の前方を歩いており、フィファナとアレクは幾分か打ち解けたような、気軽な雰囲気で会話をする。


「タナストン夫人──……、いや、もうすぐタナストン夫人、ではなくなるのか。今まで夫人、と呼んでいたからどうしようか? ミズ・リドティー? いや、でもなぁ。……フィファナ嬢、は馴れ馴れし過ぎるか……」

「ふふっ、殿下のお好きなようにお呼び下さい。殿下の呼びやすさが一番大事ですわ」

「そうか? それならば今後はフィファナ嬢とお呼びしても?」


 ぱあっと顔を輝かせ、嬉しそうに告げるアレクにつられてフィファナもついつい笑顔になってしまう。

 くすくす笑い声を零しながら「はい」とアレクの言葉に返事をした。


「ならば、フィファナ嬢も私のことは気軽に名前で呼んでくれ。殿下、と呼ばれるのは何だかな……共通の目的を持った、同士のようなものだろう? それに私は甥が式を上げたら継承権を返上する予定だから王族ではなくなる」

「で、ですが……流石にお名前でお呼びするのは恐れ多いですわ……。キーティング卿、とお呼びさせて頂いても……?」


 フィファナの言葉にアレクは些か不服そうな表情を浮かべるが、しぶしぶ、といった体で頷いた。


「分かった……。今はそれで我慢しよう」

「今後も我慢して下さいませ」

「それはどうだろうか、我慢出来そうであればいいのだが」


 軽口を叩き合いながら廊下を進み、階段に差し掛かった所でアレクは足を止めた。


「フィファナ嬢。見送りありがとう。この先は階段だ、足に負担がかかるから部屋に戻りなさい」

「分かりましたわ。……キーティング卿」

「ん?」

「本日はありがとうございました。どうかお気を付けてお帰り下さいませ」


 足に負担をかけぬよう、ゆっくりと頭を下げるフィファナにアレクは笑顔を浮かべ、言葉を返す。


「ああ。フィファナ嬢も早く怪我が治ると良いな。……また、数日後に会おう」

「はい、お気を付けて……!」


 アレクはフィファナに向かって軽く手を上げ、階段を降りて行く。

 玄関で待っていたトルソンと短く言葉を交わした後、最後にフィファナを振り返ってからリドティー邸を後にした。


 アレクの見送りを終えたトルソンは、階段を登りフィファナと合流し口を開いた。


「タナストン伯爵宛に早速婚姻取り消しの書状を作成する。近々フィファナに署名をしてもらうから、それまでは怪我の治療に専念していなさい」

「ありがとうございます、お父様。書類が返送されましたらお知らせ下さい」

「ああ、分かった。使用人に部屋まで送らせよう。待っていなさい」


 トルソンはそう言い終えるなり、人手を呼びに再び階段を降りて行った。




 そうして、トルソンがヨードに婚姻取り消しの書状を送った翌日。

 ヨードは直ぐに自分の署名を済ませ、リドティー伯爵邸に送り返して来た。


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