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24話


 フィファナが実家のリドティー伯爵邸に戻って、二日。

 この二日間は、トルソンがタナストン前伯爵夫妻が軟禁されていた邸の様子、そしてその光景を見たトルソンの考えを共有した。

 フィファナがタナストン伯爵邸で体験したこと、そしてリナリーがアレクに連れて行かれたこと。リナリーの部屋に向かう途中に廊下で感じた気配。

 それぞれ離れていた間に経験したことを共有した後、トルソンは細く息を吐き出しフィファナが無事で良かった、と胸を撫で下ろした。

 ぽつりと呟いた言葉に安堵の感情が強く篭っており、フィファナは自分に迫っていた危機に改めてぞっとした。




 そして、二日目の今日。

 リドティー伯爵家にアレクがやって来た。


 アレクを出迎えたトルソンは直ぐにフィファナを呼び、応接間にアレクを案内した所で呼ばれてやって来たフィファナも合流した。


「──殿下! わざわざ起こし下さり申し訳ございません」

「いや、私もこちらに出向いた方が良い。王城に呼び出す訳にも、私の邸に二人を呼び出す訳にもいかないからな」


 ゆったりとした口調で柔らかく微笑んではいるが、疲労が隠せていない。

 以前会った時より顔色が悪くなっているアレクに、フィファナは心配になってしまう。


 室内で顔を合わせた三人はソファに座り談笑しつつ、使用人が用意してくれたお茶を時折口に運ぶ。

 お茶の準備が終わった使用人を、トルソンは手を上げて退出させると、アレクもそれに倣い自分の護衛を下がらせる。

 ここからが本題だろうか、とフィファナが背中を伸ばした所でアレクが切り出した。


「……一先ず、平民のリナリーだが護衛騎士の詰所ではなく、警備騎士隊の詰所に移動させた。平民が犯罪を犯した際に投獄される場所だ。そのため、護衛騎士団(うち)よりも環境は悪い。そこで自分が犯した罪を見つめ直し、反省してくれればいいんだが……」

「それ、は……貴族女性として過ごしていたリナリーには辛いでしょうね……」


 平民が投獄されるような場所だ。

 衛生面や、生活環境の悪さは簡単に想像できる。


 ――その場所で自分が犯してしまった罪に向き合ってくれれば良いのだが。


「そうだな……。だが、そうなってしまったのは自分の行いのせいだ。改善する余地があれば……、と思っていたのだが……まあ、移送中もその兆しが見えなかったからな……仕方ない。可哀想ではあるが、特例は作れない」

「そう、ですわね……」

「当然です、殿下。フィファナから聞きましたが、王族である殿下に危害を加えたのですから、即刻処刑にならなかっただけ、彼女は恵まれている」


 トルソンの言葉にアレクも眉を下げ、「そうだな」と同意する。


「リナリーの件はそれとして……。──これを」


 アレクは懐から手紙を取り出し、フィファナとトルソンの目の前に置く。


「これは……?」


 トルソンが不思議そうに手紙を見つめ、手に取る。

 すると、アレクは中の確認をしてくれ、とトルソンを促した。


「……タナストン伯爵からの手紙だ。……夫人、邸を出る前に伯爵と話を?」

「え? ええ……はい。話を致しましたが、それが何か?」


 中身を確認する為に手紙を取り出し、文章に目を通していたトルソンが驚きに目を見開いた。

 アレクはフィファナの疑問に答えるように言葉を続ける。


「──ああ。離縁状に署名をしてくれれば良い、と思っていたのだが……。気持ちの変化でもあったのか、婚姻事実の取り消しを申し出た。……それは、私ではどうすることも出来ないからな。両家で手続きを進めてくれ」

「婚姻自体を……!?」


 離縁を渋っていたはずのヨードが、この婚姻を、結婚自体を白紙にすると申し出たようだ。

 一体どんな心境の変化があったのだろうか。

 トルソンは「信じられない」とばかりに目を見開き、食い入るように手紙を凝視する。


 夫婦として過ごした事実は無いにしても、一度結婚した、となれば次の嫁ぎ先には良い条件の相手を望めない。

 フィファナ自身、再婚は諦めがついていたのだが、婚姻自体を白紙に戻すということは結婚した事実そのものがなくなる。

 それはすなわち条件の良い家に再び嫁ぐことが出来るようになるのだ。


「──しかも……っ、婚姻取り消しの非はタナストン家にある、と認めている……っ。殿下はどんな魔法を使われたのですか!?」


 トルソンは嬉しさに表情を綻ばせ、アレクに感謝の言葉を何度も口にする。

 だが、アレクは困ったように笑い「よしてくれ」と緩く首を横に振った。


「私は何も。恐らく、邸を出る前に夫人が伯爵と話をした結果だろう。貴女は自分の名誉を守ったんだ」


 アレクに笑いかけられ、フィファナは胸がいっぱいになり言葉に詰まる。


 真っ先にフィファナ自身の功績だ、とはっきりと口にしてくれるアレクに、フィファナは自分の口元を押さえながら何度も頭を下げる。


 あの家で、タナストン伯爵家で。

 夫であるヨードに妻と認められず、悔しい思いをしてきたことも。

 蔑まれてきたことも。

 女性に対して軽視するような言葉を浴びせさせられたことも、アレクの一言で悲しかった、悔しいと感じていた気持ちがふっと軽くなる。


 初めからアレクは、派手な見た目のフィファナを軽視することなく、フィファナ自身を真っ直ぐ見てくれていた。

 そして、フィファナを思いやり、慮ってくれた。

 フィファナはあの夜会の日、あの薄暗い庭園で出会った人がアレクで良かったと心の底からそう思った。


 だが、アレクが今日、この場に訪れたのはこの喜ばしい報せのためだけではない。

 アレクは喜ぶフィファナとトルソンに、真剣な表情で言葉を続けた。


「……夫人の一件は早々に片がつきそうだが、もう一つの問題は些か面倒なことになりそうだ」


 もう一件──。


 フィファナとトルソンはそうだった、とハッとして表情を切り替える。

 トルソンはアレクから渡された手紙を丁寧に仕舞い直し、アレクに返す。


 フィファナは室内の空気がぴりっと緊張感に包まれたのを肌で感じ、ぎゅっ、と拳を握ってアレクに視線を戻す。

 フィファナとトルソン、二人を交互に見やったあと改めてアレクは口を開いた。


「──リナリーを移送中、彼女を狙った人物に襲撃された」

「……えっ!?」

「こちらは手練の騎士達がいたので全員無事だったのだが……、襲撃者は捕縛寸前に自死したよ。ごろつきではなく、訓練を受けた人間の犯行だ。……そして、その人間の所持品を調べている時にこれを見付けた」


 話しながらアレクは一枚の布切れをとん、とテーブルに置く。

 何だろうか、とフィファナとトルソンが前のめりになってその布切れを覗き込む。


「何の変哲もない、国内で流通している布のようですが……」


 トルソンは分からない、と言ったように自分の顎に手を当てて答える。


 確かにトルソンの言う通りその布は何処にでもある、国内であれば何処でも入手可能な布切れだ。

 一見して、それが分かる。

 だがフィファナはその布を手に取って、指先で軽く生地を擦ってみた。


 ざり、と指先に微かに引っ掛かる指触り。

 貴族階級の人間ではなく、裕福な商人や平民が好んで使用しそうなその生地。

 高位貴族が裏で動いているのであれば、とてもでは無いがこのような布を支給しているとは考えられないのだが、この場に出したアレクは何かを掴んだのだろう。


 そして、それはフィファナにも。


 フィファナはその独特な手触りの布に触れたことがあったのだ。

 学園時代、何度か手にしたことがある。

 嫁ぎ先の領地で売り出す予定だ、と嬉しそうに語っていた顔を思い出してフィファナは顔色を悪くさせた。


「──これ、は……」


 泣きそうな表情で呟くフィファナを、痛ましい目で見つめながら、アレクはこくりと頷き口を開いた。


「ああ……。夫人も気が付いたか……。一見、何処にでもある布のように感じるが……その精製方法は特殊だ……」

「そう、です……。領地の特産品を使用して、精製方法に取り入れた、と……嬉しそうに笑っていました……っ」

「そうだな……。これはリンドット伯爵家の領地で採れる特産品のキリキの実を繊維に織り込んだ、破れにくく、丈夫な布だ……。販売地域は特産品のため、限定されている……」


 たまたま、かもしれない。

 襲撃した者がたまたま所持していただけかもしれない。

 だが──。


「リドティー伯爵が訪ねた、タナストン前伯爵夫妻が姿を消したあの邸……あの部屋からも同じ布が見付かっている」

「──っ」


 その言葉を聞いて、フィファナは自分の顔を両手で覆い俯いた。


「あの場所で、これみよがしにこの布が残されていた……。少し調べればこれがどこで作られているのかが分かるのにも関わらず、だ……」

「で、殿下……! ちょっとお待ちを……っ、」


 話に付いていけていないのだろう、困惑した様子でトルソンが声を上げる。

 アレクは目の前で顔を覆い、俯くフィファナの前に移動して自らのハンカチを手渡し、トルソンに向き直り説明した。


「……高位貴族がタナストン伯爵家にしたことを、また……同じことをしたんだ。……恐らく、他家に汚れ役をやらせていて、そして切り捨てた。全ての罪を擦り付けたんだ」

「その……リンドット伯爵家とはまさか……」


 フィファナを気遣うようにトルソンはちらり、と視線を向け問う。

 フィファナの様子から答えはとうに出ているような物ではあるが、アレクは躊躇いなく頷いた。


「──ああ。フィファナ夫人、彼女が学園に在学していた時の友人だ……。先日の茶会にも招待されていた……。マリー・リンドット夫人の嫁ぎ先がリンドット伯爵だ」


 アレクの言葉を聞いた時、フィファナの瞳からはぽろり、と耐え切れなかった涙が一筋零れ落ちて、アレクのハンカチに染み込んだ。


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