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23話


 ──何を言っているのだろうか、この男は。


 最早、厚顔無恥とも取れるヨードの言葉に、フィファナは呆れきってしまう。


「……もし、旦那様が私の立場でしたらやり直すことを選びますか?」

「──っ」


 フィファナの言葉に、ヨードは羞恥で顔を赤く染めつつ、膝の上に置いた拳を握り締めた。


「旦那様も私の答えなど既に分かっているとは思いますが、敢えてはっきりとお答え致しますわ。離縁を考え直すなど、到底無理なお話です。離縁して下さいませ」

「……だがっ、私はリナリーに騙されて……っ」


 フィファナにはっきりと拒絶されたと言うのに、それでもヨードは諦め切れないようで尚も声を上げ続ける。


 なぜ、そんなにも離縁を渋るのか。

 タナストン伯爵家にとって、それ程リドティー伯爵家は逃がしたくない家なのだろうか。


(いいえ……。実家をこう言ってしまうのは何だけれど……。我が家には資金は潤沢にあれど、横の繋がりはそれほど強くない。リドティー伯爵家の資産に執着しているの……? けれど、潤沢とは言え、昔から続く侯爵家や公爵家に比べれば全然下よ……? 旦那様の様子から、資金に執着しているような雰囲気はないし……)


 何か企んでいるのだろうか、とフィファナはちらりとヨードを窺う。

 けれど、裏がある人間特有の落ち着きのなさは見受けられず、離縁をしたくない、と言い出したヨードの目的が分からずフィファナは首を傾げつつヨードに向かって否定の言葉を返す。


「騙された、としてもです旦那様。婚約期間中も、そして婚姻後も私の話を聞いて下さらず、距離を取り、避け続けたのは旦那様です」

「──っ、それほど、俺と夫婦を続けるのは嫌か……っ」


 未だ、しつこく言い募るヨードにフィファナはしっかりヨードを見つめ返し、はっきりと言葉を放った。


「旦那様が首を縦に振って下さらなければ、私は自死を選びます。……我が国で自死は最も重い罪。ですが、それを選ぶ程だということを、どうか理解して下さい」

「──っ、」


 フィファナの口から「自死」と言う言葉を聞き、ヨードはひゅっと息を飲み込む。


 この国では、この世界を創った神が国になる前のこの土地に降り立ち、人間が住みやすいよう手助けをしてくれた、と言う建国神話がある。

 その神は創造主であり、全ての命の源と考えられているからこそ、この国では命は尊いものであり、自ら命を絶つことなどあってはならない、と教えられている。


(……建国神話を信じず、命を軽んじる人間もいるけれど……)


 表面上は皆建国神話を信じている。


「そんな……それ程……」

「……むしろ、どうして私が旦那様の提案に乗る可能性がある、とお考えになったのか……疑問ですわ。……話が終わったのであれば、もうよろしいでしょうか? 私もそろそろ邸を出なければならない時間ですので」


 フィファナがナナを呼ぶベルに手を伸ばし、掴んでもヨードは俯いたまま返事をしない。


 ここまで頭から拒絶されるとは思わなかったのだろう。

 ヨードは未だショックから立ち直れていない様子だが、フィファナはヨードに構わずベルを鳴らした。

 すると、部屋の直ぐ外に控えてくれていたのだろうか。

 ベルの音が鳴り終わる前に扉から直ぐにナナが姿を現した。


「お呼びでしょうか、奥様!」

「──ええ。旦那様とのお話は終わったわ。このまま玄関に向かうから手を貸してくれる?」

「勿論でございます! どうぞお掴まり下さい!」

「ありがとう、ナナ」


 にこやかに侍女と言葉を交わすフィファナを、ヨードは唖然としたまま見つめる。

 式を終えて、フィファナが邸で過ごすようになってから笑顔を向けられたことのなかったヨードは悔しそうに唇を噛み締め、再度俯いた。


 あんなことを言われてしまえば、これ以上離縁に応じない、と言い続けることは不可能だ。

 そして、フィファナにその発言をさせてしまった原因は自分にある。

 原因は自分なのだ、ということに漸くヨードは夫婦の仲はどう足掻いても修復不可能であることを認めた。


(……修復も何も、初めから俺とフィファナの間には何も始まっていない……)


 ヨードは乾いた笑いをか細く上げる。


 フィファナはヨードの声にぴくりと反応したが、特に触れることなく、ナナの肩に手を当てた状態でヨードに半身だけ振り返った。


「それでは旦那様……私はここで失礼します。さようなら」


 フィファナはにっこり可憐な笑顔を浮かべてヨードにそう告げると、晴れやかな気持ちで部屋を出て行った。


 室内には、一人ぽつりと残されたヨードが暫くソファに座ったまま、項垂れ続けた。




 部屋から出たフィファナは、ナナと共に玄関まで向かい、馬車に乗り込む。


「奥様、お戻りになられる際はご連絡下さいね」

「ええ、分かったわナナ」


 二人が会話をしている間に、他の使用人がフィファナの荷物を馬車に積んでくれる。

 そうして全ての荷物を積め終わった後、ナナに挨拶を終えて馬車は走り出した。

 フィファナは背後で小さくなって行くタナストン伯爵邸を見ながら、今後のことを考える。


(リナリーは、殿下に連れられて騎士団の詰所に移送されたし……恐らくもう、彼女はこの邸に戻ることは出来ないわ。後は……)


 フィファナは邸から視線を馬車内に戻し、ぐっと拳を握る。

 アレクと話している時に、とあることに思い至ってしまったのだ。


(もし……高位貴族が本当に絡んでいたのであれば……どうしようもないわ)


 自分でどうにか出来る範疇を超えている。

 離縁についても自分では手に負えず、結局はアレクの手助けを得てしまっている。


「……邸に戻ったら、お父様と話してみないと」


 だが、フィファナが邸に戻った時。

 フィファナの父親であるトルソンの姿は邸にはなく、その日の深夜。

 疲れ果てた様子でトルソンが帰宅した。



◇◆◇


「お父様が戻ったの!?」


 フィファナが邸に到着してから数時間。

 夕方に帰宅する予定だったトルソンが帰って来ず、人々が寝静まる時間帯になってやっとトルソンが帰宅したとの報せを受けた。


 慌てて玄関までやって来たフィファナと母親はへとへとになっているトルソンの姿を見て、無事な姿に一先ず安堵する。


「お父様、ご無事で良かったです……! お怪我は?」


 フィファナが慌ててトルソンに駆け寄り、声をかけるとトルソンがその場に立ち上がり、フィファナに顔を向けた。


「ああ……、そうか、そうだったな、今日戻って来る予定だった……」


 トルソンはぽつりと呟いた後、ちらりとフィファナの隣で心配そうに見つめる自分の妻に視線を向けて、口を開いた。


「大丈夫だ、少し調べることが多かったので意外と時間がかかってしまった。食事を取らせてもらおうか、フィファナは一緒に食堂に。お前はもう寝なさい」

「──お母様、私に任せて下さい。戻って寝てて下さい」

「そ、そう……? それなら……お願いしようかしら……。明日、何があったかしっかり説明してちょうだいね?」


 フィファナとトルソンにそう言われた母親は訝しがりながらも、二人とその他の使用人に後を任せ、寝室に戻って行く。

 その後ろ姿を見送った二人は食堂に向かった。




 食堂に着き、軽く食事を取ったトルソンは一息ついた所でフィファナに向かって口を開いた。


「──少し慌ただしくてな、詳細はまだ確認出来ていないのだが、タナストン家とは無事離縁の話は纏まったか?」

「はい、恐らく……。タナストン伯爵は離縁に同意して下さると思います」

「そうか……ならば離縁さえ済んでしまえば我が家は巻き込まれることはないな……。今後は別件の事件解決について、王弟殿下に協力するような形になるだろう」

「別件……事件……。ということは、やはりラティルド男爵家の件はタナストン伯爵家が冤罪を……? その証拠のような物を得たのですか?」


 フィファナの言葉に、トルソンは曖昧に頷いた。


「証拠、という物は出ていないが……。今日、前伯爵夫妻が姿を消したのだ。邸が荒らされていた。だが、物取りでないことは明確だ……。このような手口を使う相手は、我々貴族しかいない」

「──……っ」

「拉致をしたのか……、それとも口を割らぬように始末したのか……どちらかはまだ分からんが、今日のあの様子を見る限り、確実に高位貴族が関わっているのは明らかだ」

「高位、貴族……。侯爵家や、公爵家ですよね……? そのような大きな家が……?」


 トルソンの言葉を聞いて、フィファナの頭の中には「やっぱり」という言葉が浮かぶ。

 不自然にアレクから話を逸らされたが、こうしてトルソンは高位貴族の関わりを確信してしまった。


「王家に報告……いや、王弟殿下に報告はしている……。明日にでも殿下が報告を確認し、動いて下さるとは思うが……離縁を急いだ方が良いな。国王陛下がどう処理なさるか予測がつかない。高位貴族が動けば、最悪、我が家も連座処刑される可能性もある」

「……事情を深く知ってしまった家が邪魔だから……。陛下に進言する可能性がある、とお父様はお考えで……?」

「ああ。……もし私が相手だったらそう動くだろう。邪魔な家があれば排除してしまった方が楽だ。……相手の家が何の目的があってこんなことをしているのかが分からんな。そこが不明瞭である限り、どう動くのが正解か判断がつかない」

「分かりました。……お母様には……?」


 母親にはどう話すべきだろうか、とフィファナがトルソンに問う。

 すると、トルソンは「離縁が済んだら説明する」と答えたのだった。



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