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21話


 護衛騎士に呼ばれ、伯爵家の本館に戻って来たフィファナはアレクが待つ部屋に向かう前に自室に寄り、少ししてからアレクの下に向かった。

 フィファナがこの邸に嫁いでから専属侍女として付いてくれているナナが心配そうな顔を向けてくるが笑って誤魔化し、そのままアレクと合流する。


「殿下、お待たせしてしまい申し訳ございません」


 扉の向こうからノックし、許可を得て室内に入るなりフィファナは謝罪を口にした。

 すると、ソファに座っていたアレクが立ち上がりフィファナを出迎える。


「タナストン夫人、呼び戻してしまってすまない」

「いいえ、お気になさらず。何かあったのですよね?」


 邸内の捜索をせずに引き返せ、と言うアレクの言葉は先程感じた違和感も相まって、フィファナは一抹の不安を覚える。

 そのフィファナの不安を肯定するようにアレクは神妙な顔付きで頷いた後、ヨードと話した内容を説明してくれた。


「……タナストン伯爵はリナリーの退学の理由を知らなかったようだった……。あの表情を見る限り、嘘は付いていないと思う」

「そうなると……。彼女が学園に入学する時、当時伯爵家の当主であった前伯爵が関係している可能性があるということですか?」

「──ああ。恐らくは……。これが現当主のヨード・タナストンの独断であればまだ話は早かったのだが……」

「そう、ですね……。前伯爵がリナリーの学園退学の一件に関わっているとなると、伯爵家が大事にならないように手を回したことになりますわ……そうすると……」

「ああ。思ったよりも関わっている家が多い可能性が出てくるな。……だが、この件とは別に現伯爵には夫人との離縁について、後日回答を得ることになっている。……上手く行けば数日以内には片が付く可能性がある」

「──っ! 本当、ですか……!? お手数をおかけしてしまい、どうお礼をさせて頂ければいいのか……。本当にありがとうございます……!」


 あんなにも離縁に同意する気がなかったヨードを、一体どんな言葉で説得したのだろうか。

 フィファナがほっと安心したように表情を和らげると、アレクも同じく表情を緩める。


「一先ずは、何とかなりそうで良かった」

(後は、リドティー伯爵から連絡がくれば良いのだが……。いっそのこと、こちらから向かうか?)


 リナリーの処遇に、ヨードへの提案。自分の兄である国王への確認、そしてタナストン伯爵家とラティルド男爵家の関係性、タナストン伯爵家の罪などなど、調べることが多くあるがそれらのどれも同時進行していかねばならない。


 アレクは「ああ、そう言えば治療も受けねばならないか」と心の中で溜息をつく。

 離縁を急がねばならないのは勿論だが、それ以上に事が大きくなっているような気がして、不安感がずっと胸の中に巣食っているようで落ち着かない。

 だが、アレクがそんな不安を抱いているということをフィファナに悟られてはいけない。

 アレクは敢えて明るい表情を浮かべたまま、フィファナに向かって口を開いた。


「タナストン夫人、一先ず一旦区切り付きそうだが、何か他に不安要素などあるか? 私は今後リナリーの移送や、王城で陛下と謁見する関係で今ほど時間が取れそうにない。解決しなければならないような問題があれば今の内に話しておいてくれ」

「──あっ」


 他に何かあるだろうか? というアレクの言葉に、フィファナは先程リナリーの私室に向かう途中で感じた寒気を思い出す。

 違和感と、不安。

 タナストン伯爵家に漂う歪な雰囲気を思い出し、フィファナはアレクに向き直った。


「殿下……少しだけ違和感を覚えたことがございます」

「……何だ? この邸を出る前に確認して行こう」


 ゆったりと安心させるような柔らかい口調でそう言ってくれるアレクに、フィファナも固くなっていた体から力が抜けて、安心して先程感じた違和感をアレクに伝える。


 本館とは別に用意されているもう一つのリナリーの私室。

 その場所は頻繁に使用されないにも関わらず、掃除が行き届いていていること。

 そして、先程聞こえてきた舌打ち。


「あの舌打ちのような音は……、リナリーの部屋がある廊下の奥の方から聞こえて来ました……。音の低さ、から恐らく男性だと思います」

「それは本当か……? それが本当であれば、そのタイミングで聞こえたのは……、タナストン夫人が廊下の奥に行かなかったから、ということか……? 廊下の奥で夫人がやって来るのを待っていた?」


 フィファナの報告を聞き、「待ち伏せ」という言葉が瞬時に思い浮かび、アレクは自分の頭を抱えたくなってしまう。


「──くそっ、本当に男爵家と伯爵家だけの問題ではなくなって来た可能性が出てきたな……!」


 焦ったように言葉を零すアレクの声に、フィファナは事態の深刻さを察して顔色を悪くさせた。


「……っ、ラティルド男爵家と……タナストン伯爵家、両家だけの問題ではないということですか?」

「ああ……、もしかしたらそれ以上の──……」


 呟いたフィファナの声に答えるようにアレクがフィファナに顔を向けて、そこでハッと目を見開いた。


「タナストン夫人……!」


 フィファナの顔色が悪く、アレクは焦る。


「すまない、私の今の言葉は聞かなかったことにしてくれ……。恐ろしい思いをしたというのに配慮に欠けていた……すまない」

「とんでもございません、殿下……。両家だけの問題でないというのであれば、タナストン家と縁を繋いだ我が家にも被害が及ぶ可能性がございます……教えて下さり、ありがとうございます」

「──貴女の父君であるリドティー伯爵にも報せを送っている。リドティー伯爵家が巻き込まれないよう、こちらも手を打つから安心して欲しい」


 アレクの言葉にフィファナは曖昧に頷く。


 ──本当に大丈夫、なのだろうか。

 アレクは巻き込まない、と言ってくれているが先程言っていた両家とは違う、「それ以上の」何かが絡んでいるとすれば。

 そして、フィファナはアレクの様子を見つめる。


 フィファナの視線を受けてアレクは不思議そうに首を傾げているが、先程一瞬だけ垣間見えた焦りの表情。

 この国の王弟であり、近衛騎士団長を務めている人物が焦るような素振りを見せた、ということはアレクの頭の中には高位貴族の関わりが、と浮かんだのだろうか。


(侯爵家……いえ、公爵家すらも殿下の中では疑いの範囲内にあるのかしら……)


 この国に侯爵家は五家、公爵家は二家のみ。

 その内の何れかの家が関わっている可能性がある、とアレクは疑っているのかもしれない。


(……待って、そうしたら……本当に大事になるじゃない……!? とてもじゃないけど、到底伯爵家だけでは解決出来ない……。それに、もし、万が一高位貴族が絡んでいるのであれば……)


 物事を慎重に進めなければ相手に気取られ、逃げられる可能性がある。

 「その可能性に思い至った」ということを相手に知られれば、自分たちが排除される危険性もある。


 フィファナは頭の中に駆け巡ったその考えにぞわり、と悪寒を覚えてそろり、とアレクに視線を向ける。

 アレクは暫し無言でじっとしていたフィファナを見ていたようで、フィファナの視線を受けて苦笑を浮かべた。


「……タナストン夫人。私に何も伝えないでくれ。貴女は今、タナストン伯爵と離縁することで頭の中がいっぱいで、他のことを考える余裕はないだろう?」

「そうですわね、殿下」


 言い聞かせるようなアレクの言葉に、フィファナも引き攣った笑みを浮かべて肯定する。

 アレクは何とも形容し難い表情を浮かべながら後頭部をかいた後、話題を変えた。


「あー……、そう言えば。夫人の学園時代の友人がこの邸に滞在しているとか……? だが、夫人は暫く母君の看病でリドティー伯爵家に戻ると聞いていたがどうするんだ?」

「そう、ですね……。友人には事情を話して、明日の朝一番に帰宅してもらうつもりです。私も友人をゆっくり持て成す時間も取れないですし……。また別の機会を設ける予定ですわ」

「うん、その方が良いだろうな。私も明日、リナリーを別の拘留場所に連れて行く。タナストン伯爵から返事が戻って来たら夫人にも知らせよう。それまでは母君とゆっくり過ごしていてくれ」

「……かしこまりました、殿下。本当に色々とありがとうございます」


 にこり、と笑顔を浮かべるフィファナだが、その顔色は未だに青白いままだ。


 そろそろリナリーの移送の準備に取りかかるか、とアレクは腰を上げかけたがソファに座ったままのフィファナを疑問に思う。

 今までのフィファナであれば、アレクが退席する雰囲気を察して素早くソファから立ち上がるのだが、今は何かに耐えるようにぐっ、と拳を握りしめたままソファに座ったままだ。


「タナストン夫人、どうした? やはり具合が……?」

「あ、いえ……! 大丈夫です……!」


 アレクの言葉に慌てて答えるフィファナだが、ソファから立ち上がる素振りは見せない。

 アレクがフィファナの様子に心配して更に話しかけようとした所で、同じ部屋に控えていたフィファナの侍女、ナナが咄嗟に口を開いた。


「勝手に発言をすることをお許し下さい、殿下……! 奥様は先程の一件で足首を痛めており、その痛みが増して来ているのです……っ!」

「──ナナっ!」

「何だと!?」


 侍女、ナナの言葉を聞いたアレクは顔色を変え素早くフィファナの座るソファの前に移動して跪いた。

 そうしてナナを呼び、フィファナの足首が隠れてしまっているドレスの裾を少しだけ上げさせ、確認する。


「──! タナストン夫人、すまない。私が倒れた時に巻き込んだせいで怪我をしたのだろう。……部屋まで送ろう」

「殿下のせいではございません! 痛みも酷くありませんので大丈夫ですわ」

「いや、駄目だ。添え木で固定しているじゃないか。固定しないと痛くて歩けないのだろう? ──ああ、だから夫人の歩く速度がゆっくりだったのか、気付かずすまない」


 アレクは動きやすいよう、上着をナナに預けて袖を捲り、「触れるぞ」と断ってからフィファナを抱き上げた。

 一気に高くなる目線に、フィファナは「ひっ」と情けない声を出してしまい、硬直する。


「夫人の部屋に送ろう。先程私の手当をしてくれた医者もまだ邸に残っているな? 呼んで来てくれ」

「かしこまりました」


 アレクは護衛騎士に素早く指示を出して、フィファナを抱えたまま部屋から退出した。



◇◆◇


 王都、タナストン伯爵邸から大分離れたタナストン伯爵領。

 前伯爵と、伯爵夫人が軟禁のような形で留め置かれている邸にやってきたトルソン・リドティーは目の前に広がる光景に呆然としていた。


 抵抗した後だろうか、室内は荒らされ、窓硝子なども無惨に割られている。

 そして、その部屋にいる筈の人物は姿を消していた。



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