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20話


 フィファナと別れたアレクはヨードがいる部屋にやって来た。

 アレク自身に怪我をさせたのはリナリーではあるが、元々事の発端はヨード自身にある。


(……色々と話を聞ければいいが)


 それに、とアレクは考える。


(夫人の父親、リドティー伯爵がタナストン前伯爵と伯爵夫人に再び話を聞きに行っている。あちらでも情報を得られれば離縁の件は解決。後はゆっくり確実に証拠を集め、タナストン伯爵を罰することが出来れば良い……)


 扉の前にやって来たアレクは、護衛が扉を開けるのを待ち、入室する。

 室内にいるヨードはがっくりと項垂れており、きっちりと整えられていた髪の毛もぼさぼさに乱されていた。

 錯乱し、自暴自棄にでもなったか。と、アレクが考えていると部屋に入って来たアレクの気配に反応したヨードが勢い良く顔を上げた。


「──殿下……っ!」

「……?」


 その顔色は真っ青で、瞳は不安や恐怖に揺れている。


「申し訳ございません……っ、殿下にお怪我を負わせるつもりは無かったのです……! どうか、どうかお許し下さい……!」

「──? なぜ、伯爵が謝罪する。私に危害を加えたのは伯爵ではなく、リナリーだ。伯爵が謝罪する必要はない」

「ですが……っ、俺は……っ、私はっ」


 そんなつもりはなかった、殿下に怪我を負わせてしまうつもりはなかった、と呟き続けるヨードにアレクは違和感を覚える。


 ──何に怯えているのか。何がそんなに不安なのだろうか。


 危害を加えたのはリナリーであることは明白で、目撃者は大勢いる。

 強いて言えばヨードがリナリーを止めることが出来ていれば、アレクが怪我をすることはなかったのだが、今回の一件でヨード自身咎められるような罪は犯していない。


「この一件で伯爵を処刑、などということにはならない。それよりもリナリーが学園で犯した罪について話し合いたいと思ったのだが……落ち着いて話せるか?」

「……リナリーが、学園で……?」


 突然そのような話を振られ、ヨードはキョトンと瞳を瞬かせる。


 てっきり先程の件で自分が咎められると思っていたのに、予想外の話題が出てヨードは戸惑っているようだが、アレクはその態度に違和感を覚えた。


「伯爵はリナリーが学園でどんな風に過ごしていたか知らないのか?」

「……フィファナに嫌がらせを受けて学園を辞めた、と聞き及んでおります。……優秀なリナリーを貶め、学園に通うことが出来なくなるまで傷付けるあの女を、許せる筈がありません……っ」


 アレクはヨードの話す言葉が一瞬理解出来ず、ぽかんとしてしまう。


「──何を言っている、伯爵……? 伯爵夫人はリナリーの存在すら知らなかったのだぞ。そんな人間がリナリーを貶めることなど出来ないと、伯爵はもう分かっているだろう? いつまで嘘に踊らされるつもりだ?」

「……っ、ですがっ、そうでなければリナリーが学園を辞めることなど……っ」

「矛盾が生じるだろう? 伯爵自身も先程気付いていながら認められない、と口にしていただろう。自分でもおかしいと思わないのか?」


 待て待て、とアレクは疲れたように頭を押さえながらヨードに告げる。

 今になって切った傷口がずきりずきりと痛むような気がして、アレクは溜息を吐き出したくなってしまった。

 話が堂々巡りをして進まなくなってしまう。

 そう判断したアレクは先程フィファナから聞いた話をヨードに切り出した。


「リナリーは平民の身でありながら、周囲の貴族に嘘を流しタナストン夫人の誹謗中傷を扇動していたんだぞ? 夫人の友人達にもその被害は及んでいて、友人達の家から正式に抗議されている。その当時はまだ当主ではなかったにしても、何一つ知らない、と言うのは……」


 些か無理がある。

 アレクがそう思い、ヨードに視線を向けるがヨードは事態が飲み込めていないようで。


「……まさか、本当に知らなかったのか? リナリーが学力不足で退学になったことも?」


 嘘だろう? と言うようなアレクの視線を受けても、ヨードは初めて知ったような反応を見せており、暫し二人は黙ったまま目を合わせ続ける。


 今度はヨードではなく、アレクが戸惑ってしまう。

 ヨードが知らないとすれば、対処したのは当時の当主だ。


(本当に……この男はどれだけあの平民の女性の言葉を鵜呑みにしていたんだ……!)


 アレクは室内の護衛騎士に振り向き、急ぎ指示を出した。


「──前タナストン伯爵と伯爵夫人に確認する……! 急ぎリドティー伯爵に連絡を!」

「かしこまりました、殿下」


 胸に手を当てて頭を下げ、部屋を出て行く護衛を見送りながらアレクは嫌な予感を胸に抱きつつ、ヨードに向き直った。


「タナストン伯爵。もう一度聞くぞ? 本当に夫人とは離縁しないのだな?」

「勿論でございます。私だけが不幸な人生を送ることになるなど……到底許されることではない……っ」

「……全てリナリーの自作自演で、夫人には全く罪がなかったとしても? 何の罪もない人間を道連れにして不幸にしても良い、と伯爵は考えている。それでいいか?」

「──っ」


 アレクは先程までの強い口調ではなく、柔らかな口調でヨードに話しかける。

 諭すような柔らかい声と口調は、アレクにとって最後の確認のようなものだ。


 ヨードはびくり、と体を震わせてアレクに視線を向ける。

 柔らかく、語りかけるような口調になったアレクに恐る恐る視線を向けたヨードは言葉に詰まってしまう。


 リナリーの言葉は殆ど嘘であった可能性が高い。

 そうなってしまえば、ヨード自身は何の罪もない人間を、一方のいうことだけを信じ、悪人だと決め付け酷い扱いをして来た。

 ふと婚姻式の時のフィファナを思い出して、ヨードはアレクと視線を合わせていられず俯く。


「……今更です、殿下」


 二年近くの間、フィファナを憎しみ続けて来たのだ。

 今更そんな人間ではなかったと知って、手のひらを返すなど虫が良すぎる。


 ぽつり、と呟くヨードの言葉を聞いてアレクは「そうか」とだけ返事をした後、扉に向かって歩き出す。


「今は頭の中が混乱しているだろう。後日、改めて書類にして伯爵に届けさせる。その返事を以て最終回答としようか。……賢明な判断をすることを祈っている」


 これ以上はもう無理だろう、と判断したアレクはそのまま部屋を退出した。

 部屋を退出した後、アレクは近くにいた護衛にフィファナに邸内を探ることを中止するように、と伝えるよう指示を出す。


「……嫌な予感程良く当たる物だ。下手な物を発見して巻き込まれることは避けた方が良い」


 本当に無関係だった人間が、巻き込まれ当事者の仲間入り、となってしまうことは避けなければいけない。


「ああ、くそっ。男爵家と伯爵家だけの問題であってくれよ……」



◇◆◇


 フィファナの下にアレクから指示を受けた護衛がやって来たのは少し時間が経ってからだった。

 古くから続くタナストン伯爵邸は広い。


 フィファナは先ずリナリーが過ごしていた本館の部屋とは離れた場所に位置するもう一つのリナリーの私室に向かっていた。

 痛む足首の痛みは見て見ぬふりをして、若干足を引き摺りつつ廊下を進む。

 タナストン伯爵邸は何度か増築されているらしく、この家に嫁いで来たフィファナもまだ邸内全部を熟知している訳ではない。

 リナリーは普段本館で過ごすことが多かったようだが、幼少の頃に与えられた私室も時折利用していたようで、どちらでも快適に過ごせるよう毎日の掃除は欠かされていなかったようだ。


「なぜ、二部屋も……?」


 フィファナがゆっくり廊下を歩いていると、背後からガシャガシャと金属が擦れ合う音が聞こえて来て、その音に振り向いた。


「──タナストン夫人!」

「何かございましたか?」


 あれは確か、アレクの護衛騎士だった筈。

 フィファナは視界の奥にこちらに向かって駆けて来る護衛騎士を見て、驚きに目を見開いた。


 足を止め、待っていると近付いて来た護衛騎士がフィファナに向かって口を開いた。


「殿下からご伝言です……! 邸内の捜索は中止して、本館に戻られて下さい!」

「殿下が……? かしこまりました」


 護衛の言葉を聞き、フィファナは直ぐに向かおうとしていた廊下の先に背を向け、本館に戻るように足を踏み出した。

 一歩、二歩と足を進めているフィファナの背後。


 ──ちっ


 と、誰かが舌を打ったような音がフィファナの耳に届いた。


「──!?」


 その瞬間、フィファナはぞわり、と背筋に悪寒が走る。


 ばっ、と勢い良く背後を振り向いたフィファナだったが、目の前にはしんと静まり返った長い廊下が続くだけで、付いて来てくれていた使用人や、フィファナを呼び止めた護衛騎士は不思議そうな表情を浮かべている。


「タナストン夫人? どうなさいました、大丈夫ですか?」

「奥様、お顔が真っ青です……! 具合が悪いのでは!?」


 自分を心配してあわあわとしだす使用人と護衛騎士に何か言葉を返さねばならないのに、フィファナは先程の気配にゾワゾワとした寒気を感じ、普段通りに言葉を返そうとするが、上手く唇が動かない。


 フィファナの様子を見て、護衛騎士は廊下の先を睨み付けるように見つめる。

 護衛騎士はいつの間にか自分の腰にある長剣の柄に手を添えており、いつでも抜き放てるよう周囲の気配を探っている。


「……タナストン夫人、戻りましょう。……殿下にご報告を……」

「わ、分かりました……」


 震える唇で何とか言葉を紡いだフィファナは、ちらりと背後を振り返りながら本館の方向に足を進める。


 廊下の先は、光が入り込まず真っ暗だ。

 その様がまるで永遠に続く闇の入口のように見えて、フィファナはタナストン伯爵家の不気味さに再び肩を震わせた。



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