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19話


 思ってもいなかったマリーからの質問に、フィファナは狼狽えてしまう。


「──えっ、殿下……!? な、なぜ……!?」

「だって、夜会でお会いしてからまだそんなに時間が経っていないじゃない……? それなのに今回のお茶会に参加なさるのって」


 何のため? と若干そわそわするマリーに、フィファナは慌てて首を横に振って言葉を返す。


「殿下は今回の件とは別件で、色々と調べることがあるらしくって、その為に今日お越しになったのよ」

「ええ……じゃあ恋の予感とかはないの?」

「とんでもないわ! 恐れ多いし、それに……」


 フィファナはその後の言葉に詰まってしまう。

 ぐっと言い淀むフィファナにマリーは眉を下げて紅茶のカップに手を伸ばした。


「そっか……、フィファナはまだそういう気持ちが分かっていないのね」


 カップに口を付けて紅茶を飲み込むマリーにフィファナはこくり、と頷く。


 恋や、愛、がどんな物か。どんな感情を抱くか、ということは知識として知っている。

 けれど婚約時代、そういった感情を抱くことはなかったし、結婚後も勿論そんな感情を抱ける筈がなかった。


「こう……、人を恋愛感情で好きになるっていうのが、良く分からないわ……。今の旦那様とも、こうなってしまったでしょう?」

「ええ、そうね。まさかタナストン伯爵が愛人を囲っていたなんて……。それにその愛人があの平民の子だったなんて最悪よ。早く離縁した方がいいわね」


 恋や愛などの話から話が元に戻って来たことでフィファナは話を纏めにかかる。


「そうね、この伯爵家から早く縁を切りたいわ。マリー、さっき言っていた証言のことで今度ご実家に連絡を取ってもいいかしら?」

「ええ。勿論よ。実家には連絡しておくから。沢山証拠が手に入ればいいわね」

「ええ、ありがとうマリー」


 フィファナがソファから立ち上がり、マリーの部屋を出ようとした所で。

 マリーはアレクのことを再び話に出した。


「そう言えば、殿下は大丈夫だったの? お怪我の程度は……?」

「ええ、大丈夫みたいだわ。けれど、あまり動き回らないで頂きたいのだけど……今もリナリーと夫の所に行かれているみたいで……お体を休めて頂きたいわ」

「まあ、そうなのね。それは確かに早くお体を休めて欲しいわね」

「……じゃあ、マリー。色々と教えてくれてありがとう。慌ただしいお茶会になってしまってごめんね、今日はゆっくり休んでいって」

「ええ。フィファナもしっかり休んでね」


 軽く手を振った後、部屋から退出するフィファナを見送ったマリーはふうむ、と自分の顎に手を当ててフィファナとアレクのことを考える。


「……フィファナがリナリーに殴られそうになった時、血相を変えて殿下がフィファナを助けに行ったわね……」


 フィファナから少し離れた場所にいたマリーは、アレクが自分の横を通り過ぎた時のことを覚えている。

 あの時のアレクの表情はまるで。


「殿下はフィファナに好意を寄せているのかしら?」


 そう考えてしまうほど、必死な表情で。

 フィファナが怪我をしないように身を呈して庇っていた。


「そんなこと、好きな女性じゃないとしないわよね……。あらあら……何だか大変なことになって来ていないかしら。フィファナ、大丈夫かしら」


 フィファナの様子を思い出して、マリーはフィファナを案じる。


 夢見ていた婚約や結婚がこのようなことになってしまったフィファナは、きっと今後恋だとか、愛だとかそういった物に一切夢を見なくなってしまうだろう。


「……殿下には是非頑張って頂きたいわね」


 マリーはぽつりと呟き、フィファナが出て行った扉を見つめたのだった。



◇◆◇


 場所は変わってリナリーが捕らえられている室内。


 そこには邸の使用人が複数、リナリーを見張るように控えており、アレクの指示で遣わされた護衛騎士も同席していた。


「なんなのよなんなのよ、なんなのよ……っ」


 爪を噛みながらリナリーは吐き捨てるように声を荒らげる。


「何でこんなことになっちゃったの……っ、私は何も悪いことなんてしてないのにっ。殿下が急に横入りしてきたからいけないんじゃないっ、あの女なんかを庇うからいけないのよっ私がやったんじゃないわ、あの女が殿下に怪我をさせたのよ、そうよ! そうよね!?」


 リナリーは室内にいる使用人達に向かって怒鳴る。

 だが、リナリーの言葉には誰一人言葉を返す者はいない。

 まるで自分を無視するような態度の使用人達に、リナリーは益々怒りを募らせた。


「なによっ! 使用人の分際で私を無視するんじゃないわよ!」


 リナリーは近くにあった本棚から本を抜き出して使用人目掛けて力一杯投げ付けた。


「きゃあっ」

「辞めろ!」


 使用人の声と、護衛の怒声が響いたその瞬間、ガチャリと部屋の扉を開けてアレクが姿を現した。


「──これは。……何をやっている、お前たち。手足でも縛って拘束しておけ」

「──っ、殿下! 殿下、違うんですっ! 私は殿下を怪我させてしまうつもりはなくって! 全部あの女の! フィファナの策略なんです! 殿下も騙されていらっしゃるんです!」


 アレクが話しているというのに、リナリーはアレクに駆け寄り、必死になって弁明する。

 だが、王族であるアレクの言葉を平民が遮ることなどあってはならない。

 直ぐに護衛騎士がリナリーを捕まえ、アレクの前に跪かせた。


「大変申し訳ございません、直ぐに拘束を致します」

「いっ、痛っ! なによっ私は男爵家の娘なのに……っ、私は貴族の娘よ! 私にこんなことをしてっ、ヨードはあんたを罰するわよ!」


 意味の分からないことを口走るリナリーに、その部屋に居るアレクと護衛騎士は眉を顰めた。


 なぜ、ヨードのようなただの伯爵が王族であるアレクの護衛騎士を罰する権利を持っていると思い込んでいるのだろうか。

 いくら学が無いとしても、これほどの勘違いは酷過ぎる。


「……まさか」

「殿下?」


 呟いたアレクが室内にいるこの邸の使用人達を見回す。

 すると、使用人達は皆気まずそうに顔を逸らしていて、誰一人としてアレクやリナリーの方向に顔を向けていない。


「──ああ、成程……」

「殿下? 何かお分かりに……?」


 護衛の言葉にアレクはこくりと頷き、跪いているリナリーの前に片膝を付いて顔を合わせた。


「……これだけこの少女が傲慢な態度を取っているのは、正す者がいなかったからだろう。タナストン伯爵は現実から目を逸らし、この少女の我儘を許し、少女を諌めようとする者達を罰したのか……」

「そのようなことを、あのタナストン伯爵が……?」

「ああ。それくらいしか考えられん。贖罪のつもりで唯一生き残った少女の要望を聞き入れ、少女に従わない、逆らおうとした者達を罰したか……処刑でも、したか……? 使用人達の怯え方を見れば想像は付く」

「でしたら、この平民からは大した情報は得られないかもしれませんね。話をするだけ無駄かもしれません」

「そうだな。収穫は得られそうにない。あの男の方に話を聞きに行こう」


 アレクはリナリーから興味を失ったようにその場に立ち上がり、さっさと部屋の扉へ向かって歩いて行ってしまう。


「えっ、え? ちょっ、ちょっと待って下さい! 私はいつになったら部屋の外に出られるんですか! ヨードに会わせて! ヨードに会わせてよ!」


 ぎゃあぎゃあ騒ぐリナリーに、アレクは端的に命令を告げてから扉から外に出た。


「……あそこまで行くと哀れだな……」


 ぽつりと呟いて、アレクはヨードのいる部屋に向かって歩いて行く。


「……夫人は邸内を探る、と言っていたが……大丈夫だろうか。やはり私も一緒に動いた方が……いや、だがあの男と対面させたくないしな……」


 自分の顎に手を当て、ぶつぶつ呟きながら廊下を歩くアレクの視界に、廊下の角から曲がって歩いてやって来るフィファナの姿を見てアレクは自然と笑みを浮かべた。

 フィファナはアレクの姿を見かけた瞬間、若干引き摺って歩いていた足をピタリと止め、不自然に見えないよう笑顔を浮かべ、取り繕う。


「──夫人」

「殿下! お会い出来て良かったです、お探ししておりました!」

「私を?」


 何かあったのだろうか、と首を傾げるアレクにフィファナは一旦室内で話を、と近場の客間にアレクを案内した。


 客間に入った二人は、ソファに腰を下ろす。

 そして、フィファナは先程マリーと話した内容をアレクに説明して聞かせる。

 リナリーが噂を流した張本人だ、と言う証拠が得られそうだと告げると、アレクはほっとしたように表情を緩ませる。


「──そうか。夫人とタナストン伯爵の離縁が成立すれば、焦らず、時間をかけて例の事件を調べることが出来る」

「はい。私の存在が事件解決の障害となっていたような物でしたから、解決出来そうで安心致しました」

「障害、などと言わないでくれ。貴女に非は無いのだからそのように感じなくていいんだ。──だが、そうか……。様々な家から抗議され、その記録にあの平民の少女の名前が記されている可能性があるのか……」


 十中八九、リナリーの名前は記載されているだろう、とアレクは考える。


 浅はかに誹謗中傷を広めた貴族だ。

 平民の名など、あっさりと吐いただろう。


「だが、そうなると……リナリーの身を預かっているこのタナストン伯爵家がなぜ貴族の家に知られていなかったか……疑問は残るな」

「……! 確かに、そうですわね……」

「……汚い手を使っていなければいいが……」


 だが、とアレクは目の前に座るフィファナに明るい表情で礼を告げた。


「ありがとう、夫人。これで彼とのやり取りが優位に進めれそうだ。……上手く行けば、離縁の書類に署名させることも可能かもしれない」

「本当ですか? お役に立てて良かったです」


 アレクはソファから立ち上がり、ヨードの下へ。

 フィファナは邸内を調べるために、話を終えた二人は部屋を出た。



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