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17話


 ──嘘。

 そうだ、嘘だ。


 リナリーの言葉をそのまま信じることが出来ないのは重々承知している。

 なぜこうなってしまったのか。


 ヨードはまさに四面楚歌、という状態に陥った。



◇◆◇


 二十四年前、夏の日差しが眩しい時期。

 ヨード・タナストンはこの世に生を受けた。


 古くから続くタナストン伯爵家。

 その家の嫡男として誕生したヨードは、大きな病気になることもなく、すくすく育った。


 ヨードが八歳の時、仕事の関係で一時期頻繁に伯爵家にやって来る人間がいた。

 その人間こそ、ラティルド男爵家当主であり、リナリーの父親だ。


 二歳になったばかりのリナリーを連れて、よく邸にやって来ていた。

 ヨードは二歳のリナリーに興味を抱き、男爵が邸にやって来る度にリナリーを構うようになった。

 ラティルド男爵がそうなること、ヨードがリナリーに興味を持つことを望んでいたのを知らずに、ヨードはリナリーの面倒を良く見るようになった。

 ヨードの両親は男爵の魂胆に薄々気付いていたのだろう。ヨードがリナリーと関わることにあまり良い顔をしなかった。

 だが、大人達の思惑など知りもしないヨードはリナリーと遊ぶことを止めず、そうして月日が過ぎ、ヨードが十歳、リナリーが四歳になった頃。それは起きた。


 夜中、突然邸の玄関が大きく叩かれて、眠っていたヨードは飛び起きた。

 使用人達の叫び声が聞こえて来て、ヨードはドクドクと早鐘を打つ心臓をぎゅう、と服の上から握った事を覚えている。


 ここ数年は国内で内紛など起きていないが、まさかそんなことが再び起きたのだろうか。

 ヨードが怯えていると、侍女が部屋にやって来て何でもないから寝るように、と言われた。

 外から聞こえる人の騒ぐ声に動揺し怯え、震えながらそれでもヨードが眠りについた、翌日。



 ラティルド男爵家が罪を犯し、処刑された、らしい。


「ヨードおにいさま!!」

「リ、リナリー……」


 両親が処刑されてしまった、とすればリナリーは一人ぼっちになったということだ。

 両親が処刑された、という難しいことはリナリーは分からないようだが、両親ともう二度と会えないということはしっかり理解しているようで。

 リナリーはヨードにひしっ、と抱き着き、わんわん泣いていたのをしっかり覚えている。


 ヨードの両親は、あの頃様子がおかしかった。

 それまでリナリーをあんなに疎ましがっていたというのに、急に優しくなった。

 両親を亡くしたから哀れに思ったのだろう、と当時はそう考えていたのだが、そうではなかったのだ。


 ――後ろめたかったのだ。


 自分達が貶め、幼い子供の両親を殺した。

 ヨードの両親は冷徹になり切れない、甘さの残る両親だった。

 だから後ろめたさと、罪滅ぼしのためにリナリーを引き取ってしまった。

 リナリーを引き取らず、孤児院に預けていれば。

 ヨードが真相を知ることもなかった。

 幼い頃に交流した女の子がいるな、という程度で済んだのだ。

 リナリーと過ごした日々は思い出となり、そして迎えた妻と共に穏やかな日々を送っていただろう。

 子が出来れば、子に爵位を譲り、老後は夫婦で田舎の領地に移動し、余生を穏やかに過ごしていた筈だった。


 けれど、ヨードが真相を知ってしまった瞬間、思い描いていた穏やかな人生など崩れ去ったのだ。


 両親の身勝手な行動でリナリーの両親は殺されてしまった。

 そのことを知ってしまった以上、リナリーを知らないふりなど出来ない。

 結局は両親のせいで不幸になったのだ。次期伯爵家当主として面倒を見るのは当然。

 手を差し出すのは当然の行いだ。


 例え、リナリーが嘘ばかりを並べ立てていても、そうしてしまったのはタナストン伯爵家がいけないのだ。



◇◆◇


 フィファナから目を逸らすな、と言われたヨードは様々なことを思い出し、色々な記憶が頭の中を巡った。

 けれど、と唇を噛む。


「──逸らしているのは百も承知だ……! こうしないとっ、こうしなければ……っ! 不幸になっていたんだぞ……!」

「……貴族社会とは恐ろしい場所ですわ、旦那様。自分の身を守ることが出来なかった、それは男爵家の失態でもあるのです……」

「それっは……、分かっているっ、分かっているが……!」

「分かってなどいません! 旦那様がなさっている事は辛い現実から目を背けて逃げているだけです! リナリーになぜ、真実を告げていないのですか!? なぜ、彼女をここまで傲慢な人間にしてしまったのですか!? 始めはリナリーに罪は無かったのは確かですが、彼女は今現在に至るまで罪を重ね続けております、彼女をこうしてしまったのは旦那様です!」

「──っ」


 フィファナの至極真っ当な言葉に、ヨードは何一つ言い返すことが出来ない。


 この騒ぎを聞き付けて、だろうか。

 邸の中にいたアレクも既に庭園に戻って来ており、フィファナとヨードの下に歩いて来ている。

 ヨードは俯き、唇を噛み締めたまま、唸るように言葉を発した。


「──ああ、分かっている。分かっているさ。取り返しの付かないことを仕出かした、ということを……。だから俺はお前とは絶対に離縁などしない。俺が罰を受けると言うのであればお前も一緒だっ。伯爵家のことを調べず、結婚した己を恨め、フィファナっ」

「……貴方と言う人はっ」


 腹を括ってしまっているのだろうか。

 ヨードはにたり、と嫌な笑みを浮かべてフィファナにそう宣う。


 話に夢中になっていたせいか。

 ヨードの腕の中にいたリナリーがフィファナを睨み付け、会話に夢中になり、二人の距離が近付いていたことを良いことに、リナリーがフィファナに向かって動いた。


 素早くヨードを突き飛ばしたリナリーは、テーブルに置いてあった硝子の水差しを手に取る。

 焦ったようにヨードがリナリーを止めようと腕を伸ばしたが、ヨードの指先はリナリーの髪の毛をかすっただけで、リナリーを掴むことは出来なかった。


 リナリーが重量のある硝子の水差しを振り被った。


「あんたさえ最初からいなければ! 私とヨードはずっと一緒だったのに!!」


 リナリーの叫び声の後。


 ──ゴッ

 と言う鈍い音がその場に響いた。


 フィファナは自分の体に走った衝撃に、声を詰まらせる。

 だが、その衝撃は頭を殴られた、というような痛みではなく、自分の体が突然横から現れた何かにどんっ、と押されたような感覚で。

 フィファナはその衝撃で足首をぐきり、と変な方向に捻じ曲げてしまい、悲鳴を上げる暇もなくその場に倒れ込んだ。

 地面に倒れ込んだ時の衝撃を覚悟していたフィファナだったが、その衝撃はなく、何か大きなものに体を包み込まれているように感じた。


 ──何が起きたのか。

 フィファナが状況を飲み込めていないでいる一瞬の間。


 エラの声だろうか。

 悲鳴のような声が上がった。


「でっ、殿下……! 大丈夫ですか!?」

「──……っ!?」


 エラの言葉に、フィファナががばり、と顔を起こす。

 殴られる、と思った瞬間に目を閉じてしまったがしっかり目を開け、慌てて自分を包むなにかを視界に入れた瞬間、驚愕に目を見開いた。


「──殿下!」


 驚くことに、王弟のアレクはリナリーが振り被った硝子の水差しからフィファナを庇うように自分の体でフィファナを包み込み、代わりに殴られたらしい。

 倒れ込んだフィファナにつられ、アレクも一緒に巻き込んでしまい、共に地面に倒れ込んでいた。


「──っ、大丈夫だ……っ、騒ぐ程じゃない……っ」

「で、ですが殿下! 頭から血が……っ」


 何ということが起きてしまったのか。

 王族であるアレクを、リナリーは鈍器で殴ってしまったのだ。

 フィファナは動揺し、おろおろとしてしまう。

 周囲にいるフィファナの友人達も同様で、固まっている間にフィファナがはっとして近くにいる使用人に指示を出す。


「殿下の手当を……っ! 直ぐに医者を呼んで!」

「かっ、かしこまりました……!」


 ぽたぽた、と地面に血を落とすアレクにフィファナは自分のハンカチを急いで当てる。


「申し訳ございません、殿下。私が避けられなかったばかりに殿下にお怪我を負わせてしまい……。どうお詫びをすれば良いか……あっ! 動かないで下さい殿下! 頭を打っているのですから……!」

「いや、大丈夫だ。直撃はしていない……。咄嗟に腕を入れた。腕に当たった水差しが割れて、かすっただけだろう……」


 フィファナの言葉に大丈夫だと告げたアレクはゆっくりとその場に立ち上がる。


「額の傷は出血が派手だからな……。切れただけだから問題ない」

「で、ですが──!」


 アレクに倣い、フィファナもその場に立ち上がろうとしてそこで足首に激痛が走り、一瞬だけ顔を歪める。


「──夫人?」

「な、なんでもございません!」


 フィファナは立ち上がり、目の前にいたヨードとリナリーに視線を向ける。


 すると、友人達の夫が素早く動いたのだろう。

 アレクに怪我をさせた張本人のリナリーを地面に押さえ付け、ヨードがその場から逃げ出さないように後ろに回り込み、手首を捻り上げていた。

 アレクはフィファナから差し出されたハンカチで傷口を押さえ、ゆっくり二人の顔を交互に見やる。


 流石のリナリーも、王族であるアレクに怪我をさせてしまった事実に顔を真っ青にしており、ヨードもそれは同じ考えのようで、二人が抵抗する素振りは見せない。


「──すまない、タナストン夫人。部屋を一室借りてもいいだろうか?」


 困ったように眉を下げて笑うアレクに、フィファナは無言で頷いた。




 タナストン伯爵家の邸内。

 あれから、お茶会は直ぐに終了させて場所を移した。

 フィファナの友人であるマリー・リンドットだけは元々邸に泊まる予定だった。

 その為、マリーを部屋に案内し終わったフィファナはアレクが手当を受けている部屋に向かった。


「殿下、よろしいでしょうか?」

「──ああ、夫人か。どうぞ、入ってくれ」


 失礼します、とフィファナが室内に入室すると丁度手当が終わったのだろうか、医者がアレクに向かって頭を下げ、部屋を出ていった。


 室内にはこの邸の使用人と、アレクの護衛が同席していて。

 入って来たフィファナに向かってアレクが手招いた。


「すまない、少しだけ夫人と話したい。外してくれないか?」

「──えっ!?」

「かしこまりました、殿下。外に控えておりますのでお話が終わりましたらお呼び下さい」


 フィファナが驚いている間にアレクの護衛と使用人はささっと部屋から出てしまい、フィファナはこんなにあっさり王族であるアレクと二人きりにさせてしまって大丈夫なのか、と不安になってしまう。


「殿下、このような場所で二人きりになってしまうのは御身が……」

「ああ、私と二人きりになるのは不安かもしれないが少しだけ話したい。いいだろうか?」

「えっ、いえ! 殿下のことをそんな風に思っておりません!」


 親しくもない男と二人きりなってしまうことを逆に気にしてくれているのだろう。

 アレクは申し訳ない、というように苦笑して謝罪してくれるが、フィファナは慌てて首を横に振る。


「バタバタとしてしまってすまない、座ってくれ」

「かしこまりました、失礼します」


 一体どんな話があるのだろうか、と考えつつフィファナはソファに座る。

 リナリーとヨードは一先ず別々の部屋で待機させている状態だが、平民が王族に対して行った蛮行は到底許される物ではない。

 恐らくすぐに処刑されてしまうだろう、とフィファナが何とも言えない感情を抱いていると、アレクが話し始めた。


「今回の件だが、リナリーをこのまま引き渡すことはしない」

「え……っ!?」


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