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16話


 お茶会の日は、リナリーを連れて外に行くと言っていたヨードが邸内にいる。

 恐らく、王弟であるアレクが参加していることを知り、様子を確認するために出かける予定を変更して邸に残ったのだろう。


(二階からじっくり見られていて……何だか嫌な気分だわ……)


 ヨードの姿があるのは執務室ではない。

 あの場所はどこだっただろうか、とフィファナが頭の中で考えている間にアレクの近くに到着した。


「殿下、お呼びですか?」

「ああ。二、三人ほど挙動不審な使用人がいた。彼らの名前を知りたい」

「そ、そんなにですか……?」


 アレクの言葉に驚き、僅かに上ずった声を上げてしまう。

 周囲に聞かれていないか、とフィファナはちらりと周りに使用人達がいないことを確認してほっと息をついた。


「ああ。微細な視線の揺らぎや、足取り、体のバランスで対象が焦りや不安を感じていることが分かる。よくよく観察していれば、茶器や茶菓子を用意している最中も微かに指先が震える場面もあった」

「さ、流石ですわ……殿下。友人達と談笑しながらそれらをご確認されたのですか……」


 呆気に取られるフィファナにアレクはにっこりと笑顔を浮かべた。

 誤魔化すように「それで」と話を続ける。


「その人物達の特徴を伝える、名前を教えてくれ」


 アレクはグラスを口元に近付け、周囲から自分の口元が見えないよう隠しながらフィファナにその特徴を伝えていく。

 周囲からはゆったりと談笑しているようにしか見えないだろう。

 アレクから特徴を聞いたフィファナはテーブルにある茶菓子を一つつまみ、それを口に入れて茶菓子の味を楽しんだ後、ハンカチで口元を拭う仕草をしながらアレクから伝えられた人物の名前を彼に伝えた。


「──流石だな。洗濯メイドの顔と名前まで覚えているのか」

「ありがとうございます。伯爵夫人として嫁いだからには使用人の顔と名前を把握しておくことは重要ですから」

「違いないな。──ああ、そこの君」


 アレクはフィファナとの会話を途中で切り上げ、近くを通りかかった使用人に声をかけた。

 アレクが声をかけた使用人は、トルソンが既に買収しているこの邸の使用人だ。使用人は「はい」と返事をしてアレクに近付いて来る。

 フィファナはアレクから離れる前に、ヨードの件を小声で報告した。


「殿下。タナストン伯爵が二階、右から三番目の部屋からお茶会の様子を窺っております。目的は分かりませんが、お気を付け下さい」

「──分かった。ありがとう、夫人」


 にこやかな笑顔を浮かべたまま、二人は離れ、フィファナは友人達の下に。

 アレクは何かを使用人に告げて、使用人と共に邸に入って行った。




「フィファナ、久しぶりね」

「マリー! 久しぶり、元気にしてたかしら?」


 アレクから離れ、フィファナが友人達の下に戻ろうとした時。

 友人の一人がフィファナに近付いて来た。


 マリー・リンドット。

 リンドット伯爵家に嫁いだ友人で、嫁ぎ先が王都から離れた領地のため、会うのは学園卒業以来だ。


「今日はごめんなさいね。せっかく招待してくれたのに、夫に急な仕事が入ってしまって……」

「そんな、気にしないで。マリーと久々に会えただけでも嬉しいわ。皆と会うのも久しぶりなんじゃない?」

「ええ、実はそうなの。ほら、私少しだけ田舎の領地に嫁いだじゃない? だから王都の雰囲気が久しぶりで。今日のお茶会を楽しみにしていたのよ」


 フィファナとマリーは顔を見合わせてふふっ、と笑い合う。

 マリーが嫁いだ領地は王都から馬車で二日ほど掛かる場所で、領地の中でも栄えた都市部に住んでいるとは聞いていたが、王都に比べればやはり違うだろう。

 フィファナとマリーが談笑していると、エラと二人の友人がやって来て、女性だけで話に花を咲かせて暫し楽しむ。

 彼女らの夫達は男性で集まり、何やら仕事の話をしているようで。


 フィファナ達が談笑していると、友人の一人が「あら?」と不思議そうな声を出した。


「なぜ、あの子がここにいるの? フィファナ、貴女招待したの?」

「──え?」


 招待客は彼女達だけだ。

 誰のことを言っているのだろうか、とフィファナが友人の視線の先を辿り、その姿を視界に捉えてぎょっと目を見開いた。


「あの子、リナリーだったかしら? 学園に通っていた平民の子よね? 確か、特例で入学を許されたけれど、学力不足で途中退学になっていなかった?」

「ああ、本当だわ。あの子平民のリナリーよ。私達の貴族クラスに何度も近付いて来ていたでしょ?」

「──っ、リナリーを知っているの?」


 友人達がリナリーを知っていたことに驚き、フィファナが話しかけると、友人は「ええ」とあっさり頷いた。


「フィファナやエラ達は知らないかもしれないけど……ほら、恥ずかしいけれど私達は噂話大好きだったから」

「あの子、支援者(パトロン)か何かに頼んで学園に入ったはいいものの、学力不足で退学になった、って一時期噂になったのよ」

「……そう言えばある時期からフィファナへの噂がぱったりと止んだわね」


 友人達の話を聞いたエラがリナリーを見つめたまま、静かにそう言葉を零す。

 エラの言葉を聞いて合点がいったフィファナは頭を抱えて「そういうことね」と呟いた。


 フィファナ達の間でそんなことを話されているとは知らないリナリーは、笑顔を浮かべながらフィファナ達に向かって近付いて来ていた。


「ご機嫌よう、皆様。皆様とお会いするのは久しぶりですね」


 リナリーが可愛らしい笑顔でフィファナの友人達に話しかける。

 だが、友人達は扇子を広げ顔の下半分を隠しリナリーを見つめるだけだ。

 リナリーの挨拶に誰一人言葉を返すことなく、訝しげな表情を浮かべたまま、フィファナに視線を向ける。


「フィファナ。どうして平民の子がここに……? 貴女の嫁ぎ先である伯爵家と何か関係があるの?」

「使用人にしてはドレスを着ているし……どういうことなの?」


 フィファナの友人達に言葉を返されず、リナリーはむっとする。

 友人達の問いにフィファナが答える前にリナリーが口を挟んだ。


「私がなぜここにいるか? 私はフィファナより前からこの邸に住んでいるのよ! それに私は平民じゃないわ……っ! れっきとしたラティルド男爵家の娘よ!」

「──ラティルド?」


 リナリーの言葉を聞いて、フィファナの隣にいたエラが眉を顰める。

 少し離れた場所にいたエラの夫、ハリーも驚いたようにこちらに顔を向けたのが見えた。


(ああ、エラとハリーには夜会の時にラティルド男爵家のことを話したものね……。あの後、色々調べて男爵家の詳細を知ったのかしら……)


 侯爵家ならば、時間さえあれば調べることも可能だろう。

 そして調べた結果、ラティルド男爵家がどのような家で、なぜ取り潰しになってしまったのかも知ったのかもしれない。

 その取り潰しにタナストン伯爵家が絡んでいる所までは知らないだろうが、取り潰しとなった男爵家の娘がどうしてタナストン伯爵家にいるのか。


(不味いわね……噂が広まってしまえば、陛下の耳にも遅からず入って……。あら、でも陛下はリナリーがタナストン伯爵家にいる、ということを知っているのかどうか……王弟殿下に聞いておけば良かったわ……)


 フィファナがちっとも自分のことを気にしていない様子に苛立ったリナリーが鼻息荒くフィファナに近付き、突き飛ばそうと両腕をフィファナに向けた。


「──! あらやだ」

「……きゃあっ!」


 フィファナは突然近付いて来たリナリーの両腕を避けるために後方に下がる。

 すると、勢い良く近付いて来たリナリーの腕はフィファナの体を空振りし、そのまま前方につんのめってしまった。

 べしゃり、とそのまま転がるように転倒してしまったリナリーに、フィファナが瞬きを繰り返していると、背後から慌ててフィファナ達に近付いて来る足音が聞こえてきた。


「──リナリー! 大丈夫か!?」

「っ! ヨードおおお!」


 リナリーを助け起こそうと、慌てて走り寄って来たヨードに、リナリーは顔をくしゃりと歪めてヨードに向かって手を伸ばす。


「──フィファナっ、リナリーが目の前で転倒してしまったというのに、どうして助け起こしてやらないんだ……っ」


 すんすん、と鼻を鳴らしながらヨードに抱き起こして貰うリナリーはそのままヨードにぎゅう、としがみつく。

 だが、先程から一部始終を見ていたフィファナの友人達はヨードの言葉に眉を顰め、責めるように口を開いた。


「──お言葉ですがタナストン伯爵。突然やって来て、フィファナを突き飛ばそうとしたのはそちらのリナリーという女性ですわ。フィファナは突き飛ばされるのを避けただけに過ぎません」

「エラの言う通りですわ、伯爵。フィファナが避けなければ、突き飛ばされたフィファナが怪我をしてしまった可能性がございます」


 侯爵夫人であるエラの強い口調に同調するように、友人達がフィファナを庇ってくれる。

 友人達に睨まれ、一瞬怯んだヨードだったが、それでも、と言葉を続けた。


「誰かが転び、倒れていたら手を差し伸ばすのが道理では? ……リナリーの言っていた通りだ。フィファナの取り巻き達に日々虐げられていたのは本当なんだな」

「──何ですって……!?」

「なっ、何を怒っている。怒りたいのは私の方だ……! こちらはリナリーからしっかりと聞いているんだぞ? お前が学園に通っているリナリーを取り巻き達で囲み、日々嫌がらせをしてリナリーを虐げていたと……!」

「私の友人を取り巻き、などと下品な言葉で侮辱しないで下さいませ……!」


 声を荒らげるフィファナの言葉の後に、男性の声が続く。


「──そうだ、タナストン伯爵。今の言葉は流石に聞き流すことは出来ないぞ。妻を侮辱されたのならばこちらとしても許すことは出来ない」

「……っ、ア、アサートン侯爵……っ! ちがっ、そのっ今のは言葉の綾で……っ」

「言葉の綾? 伯爵が二度も我々の妻を取り巻き、などと侮辱したのを聞いたぞ?」

「今の言葉、撤回してもらおう」


 エラの夫であるハリーを筆頭に、フィファナの友人の夫も怒りを滲ませこちらにやって来る。

 不味いことを口走ってしまった、とおろおろするヨードを冷めた目で見た後、フィファナは呆れたように口を開いた。


「……旦那様。いい加減リナリーのいうことはほぼ全て、嘘だと気付いて下さい。……嘘だと分かっていながら現実から目を逸らし続けていれば、今回のように取り返しのつかないことになりますわ」



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