15話
フィファナのしっかりとした言葉に、トルソンとアレクは胸を撫で下ろし、今後の動き方の打ち合わせを始めた。
「ならば、今後リドティー伯爵は夫人とタナストン伯爵の離縁を進めていくように。離縁に至る理由はタナストン伯爵家が犯した罪としよう。証拠の収集を行おう」
「かしこまりました、殿下。全てを暴くことは必要となりますでしょうか?」
「──いや。疑わしい、という証拠があればそれだけでも良い筈だ。黒い噂を持つ家だと知らなかったのは真実だろう? このことを全面に出し教会に申請を。私も此度の事件についてタナストン伯爵家が関わった証拠を集める。その際に得た情報は共有しよう」
「何から何まで……感謝致します、殿下」
「礼には及ばない。無実の男爵家に罪を着せたのであれば、タナストン伯爵家にはしっかりと罪を償って貰わねばならんからな」
トルソンとアレクの話が一段落つき、二人は用意された紅茶に口を付ける。
二人の話を聞いていたフィファナは自分の顎に手を当て、思案した。
自分があの邸から出てしまっては、伯爵家を調べることが難しくなるのではないか。
このまま自分があの邸にいたままの方が色々と都合が良かったのではないか、と考える。
(けれど……今更あの邸に戻ることをお父様はきっと許して下さらない……。それに殿下にも危険だと止められそうだわ)
フィファナの考えを読んでいたのだろうか。
カップから口を離したトルソンが「そうそう」と言葉を紡ぎ、フィファナに視線を向けた。
「フィファナ。タナストン邸に戻ることは許さんぞ……。我々に罪を知られたタナストン伯爵は邸にフィファナが戻った瞬間、閉じ込めて離縁出来ないよう、画策するかもしれんからな」
「──うっ。……分かりましたわ、お父様。一瞬だけ戻るのも手では、と思いましたが……あちらには戻りません」
トルソンの言葉にフィファナは溜息混じりに答えるが、そこで「あっ」と声を出してしまう。
フィファナは慌てたように自分の口元を抑えており、その様子にトルソンも、アレクも不思議そうな表情を浮かべている。
先程までの混乱ですっかり忘れてしまっていたが、フィファナは数日後にあの邸に戻らねばいけない理由があるのだった。
「申し訳ございません……。私……学友達をお茶会に招待しておりました……。タナストン伯爵家で、数日後にお茶会を開催する予定なのです……」
フィファナの言葉に、トルソンとアレクはぎょっとしてフィファナに視線を向けた。
◇◆◇
そうして迎えた、お茶会の当日──。
フィファナはタナストン伯爵家に戻っていた。
「──フィファナ! 夜会ぶりね、今日はお招きありがとう!」
「エラ! こちらこそ、今日は来てくれてありがとう」
フィファナは友人のエラにがばりと抱きしめられ、自らもエラを抱きしめ返す。
エラの後ろには彼女の夫であるハリー・アサートンもいて、フィファナに手を振りながら近付いて来た。
ハリーはどこか緊張した面持ちでフィファナの目の前までやって来て、口を開いた。
「お招きありがとう、フィファナ嬢。エラも今日のこの日を楽しみにしていたんだ」
「ふふ、それは良かったわ。楽しんで行って下さいね、アサートン侯爵」
「なんだかフィファナ嬢に侯爵、なんて呼ばれると違和感が凄いな」
「あら、でも公の場では敬意を払わないとでしょう?」
くすくすと笑うフィファナにハリーも笑みを返しながら、ちらり、と背後を気にしつつ自分の頬をかいた。
今日のお茶会に招かれた人達は皆、学園時代の友人達だ。
フィファナと交流があり、とりわけその中でも仲が良かった者達だけが招かれている。
招かれた者達は殆どが夫婦揃って参加しているのだが、その皆が緊張した様子で引き攣った笑みを浮かべている。
そして、その皆の視線の先には一人の男性の姿。
ハリーはその男性を一瞬だけ視界に入れた後、勢い良くフィファナに顔の向きを戻した。
「何故っ、この国の王族──……っ、王弟殿下がいらっしゃるんだ……!」
ハリーの切羽詰まったような声音に、フィファナは困ったように眉を下げ曖昧に笑って誤魔化す。
どうして王弟アレクがこの茶会に参加しているのか──。
アレクが茶会に参加すると決まったのは、つい先日。フィファナがトルソンやアレクと話し合いを行ったあの日に遡る。
◇◆◇
数日前。
──フィファナが学園時代の友人達を招き、お茶会を主催することを知ったアレクとトルソンは、考える素振りを見せた後、フィファナに提案した。
「ならば、この機会に伯爵邸の様子を見てみようか、タナストン夫人」
「様子を、ですか?」
不思議そうに言葉を返すフィファナに、アレクはこくりと頷く。
「招待客は皆、タナストン夫人の友人だろう? ならば、夫人に敵意を持った人間は招待客の中にはいない。だったら外への警戒は要らず、警戒が必要なのは邸の内部、勤めている使用人のみだ」
「──ああ、なるほど……。殿下はタナストン伯爵の協力者を炙り出すか、揺さぶりをかけたいのですな」
アレクの言葉を聞いて、フィファナの父トルソンが納得したように何度も頷く。
「確かに、伯爵になったばかりのヨード・タナストンが一人で全てを画策し、実行するのは難しいですな……。彼の手足となり、動く人間がいる筈。そもそもヨード・タナストンがどうやって伯爵家の罪を知ったのか……その部分も不明点が残ります。誰か……、当時から伯爵家に仕えている人間がいる筈、です」
「ああ、そう考えるのが妥当だろう……。使用人に無理矢理協力させているのか、それとも自発的に使用人が協力しているのかは現状では分からんが、茶会の日に邸の使用人の様子を観察すれば少しは分かるかもしれない」
「ならば……自発的に使用人が協力していた場合……、どんな目的があって協力しているか、ですわね」
三人は緊張した面持ちで顔を合わせ、お茶会のその日。
王弟であるアレクが参加し、使用人達の様子を確認、不審な行動を取る者がいればトルソンが密かに買収しているタナストン伯爵家の使用人を使い、邸内部を探らせることに決めた。
◇◆◇
数日前の会話を思い出していたフィファナは、ついつい遠い目をしてしまう。
(まさか……お父様がこの邸の使用人を既に複数人買収しているとは思わなかったわ……)
買収した複数の使用人を通じ、邸にやって来る行商にもリドティー伯爵家の人間を潜ませているらしい。
(私がお父様に手紙をお送りした時点で調査し、タナストン伯爵家に落ち度があれば離縁させるつもりだったのね)
だが、それもそうだろう。
タナストン伯爵は自分の妻ではない女性を邸に住まわせ続け、何の悪びれもなくフィファナを妻として迎え入れたのだ。
蓋を開けてみれば、邸には他にも妙齢の女性がいて、あろうことか同じ邸に住まわせている。
いくらヨードがリナリーのことを「妹のように」接していても、このようなことが外に漏れてしまえば社交界でいい笑いの種となってしまう。
(リドティー伯爵家にも迷惑がかかってしまうものね……。醜聞以外の何物でもないわ)
長い溜息をつき、額を押さえる。
フィファナの友人達は王弟であるアレクに挨拶に行っており、アレクはフィファナの友人達に朗らかな笑顔を返しているのが離れた場所からでもよくわかる。
エラとハリーもアレクに挨拶をした後にフィファナの所にやって来たのだが、「緊張して変な汗をかいたぞ」と苦情を漏らされて、フィファナはついつい苦笑いをした。
友人のエラが興味津々、といった様子でフィファナに話しかける。
「フィファナは、王弟殿下と親しかったの……? 少人数しか参加しないお茶会に参加されている、ということは親しいのよね?」
「──え、あ、そうね。夜会の時に殿下に助けて頂いたの……。それから私の怪我を心配して下さって、わざわざお見舞いを送って下さったのよ。そのお礼も兼ねてご招待させて頂いたの。そうしたら快く参加して頂いて……」
私もびっくりしているのよ、とフィファナは事前にアレクと打ち合わせしていた理由をエラに話して聞かせる。
全てが嘘ではない。お礼をしたかったのも本当だし、出会いの切っ掛けも嘘ではない。
あっさりそう告げるフィファナの声と態度に不自然さはない。そのことから友人のエラと夫のハリーは納得してくれたようだった。
「王族の方なのに……とても気さくな方なんだな……」
ハリーが感心したように呟く姿をフィファナは笑顔を浮かべたまま肯定する。
肝心のアレクはフィファナの友人達と挨拶が終わったのか、ふ、とフィファナに顔を向けた。
アレクがちらり、と一瞬だけ邸の方へ視線を向けた後、再びフィファナに視線を戻す。
「──! ごめんなさい、エラにハリー。少しだけ外すわね」
「ああ、構わないよ。私達も友人達と話しているから」
「また後でゆっくり話しましょう、フィファナ!」
手を振ってくれる二人にフィファナも手を振り返し、急いでいることを悟られぬようアレクの下に向かう。
先程アレクが一瞬だけ邸の方に視線を向けた。
気になる使用人がいたのだろう。
急いでその使用人の情報を確認して、名前をアレクに伝えねばならない。
(──ああ、そうだわ。先程から旦那様がこの庭園をじっと見つめていることもお伝えしなくては……)