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14話


 トルソンに腕を引かれ、部屋の外に出たフィファナはそのまま邸の玄関に連れられて行く。

 邸の使用人達は戸惑いつつ、フィファナとトルソンに頭を下げ、見送る姿勢を見せていた。

 フィファナは使用人達に申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、彼らの横を通る。


「フィファナ。取りあえず家に戻りなさい。これからのことは家に戻ってから話し合おう」

「おっ、お父様……!」


 ぐいぐいと腕を引かれ、馬車の近くまでやって来たフィファナ達だったが、馬車の前に佇むアレクの姿を見つけた。

 どうやらフィファナとトルソンを待っていたようで。


「──王弟殿下」


 アレクに気付いたトルソンは姿勢を正し、アレクに向かって声をかけた。

 するとアレクもトルソンに向き直り、言葉を返す。


「リドティー伯爵、話をしたい。私もそちらの家に伺ってもいいだろうか」

「ええ、勿論です」

「ありがとう。先程の話していた前伯爵と伯爵夫人の様子を詳しく教えてくれ」

「かしこまりました。それでは馬車の移動中に……フィファナにも説明をせねば。混乱したままですから」

「ああ、そうだな、夫人にも……。すまない、夫人。貴女を巻き込んでしまった」


 アレクと父親トルソン二人から話しかけられ、フィファナは混乱したまま曖昧に頷いたのだった。



 三人が馬車に乗り込み、暫し。

 誰も言葉を発しない中、フィファナは先程の会話を思い出し、頭の中を必死に整理する。


(始めは、旦那様は愛人を囲っているのだと思っていた……。けれど、それにしてはあの邸の雰囲気がおかしくって……。だからこそ私はお父様や友人達に手紙を送り、情報を得ようとした……)


 だが、父親から返って来た手紙にはリナリーの男爵家は罪を犯し、取り潰されたとあった。

 そして、リナリーは当時幼かったために処刑を免れ、交流のあったヨードのタナストン伯爵家に引き取られた。


(けれど……殿下が仰っていた贖罪、と言う言葉の意味……。タナストン伯爵家はラティルド男爵家に後ろめたい過去がある……? だから、リナリーさんを引き取り……生活を保障していた? それが、贖罪?)


 そして、ヨードがフィファナに発した言葉。

 道連れに共に処刑されてやる、と言っていた。

 そしてアレクは無関係な人間を巻き込むな、と怒りを募らせていた。


(──ちょっと待って……、待って……。はっきりとした言葉は聞いていないけれど……これは、もう……)


 ──冤罪、だ。


 フィファナの頭の中にその一言が思い浮かぶ。


(タナストン伯爵家は、何かの罪を犯していたのね……? そしてその罪をラティルド男爵家に負わせた。その罪で男爵と夫人は処刑されたのよ。伯爵家はその後ろめたい気持ちがあったから、リナリーさんを引き取った……。そして大人になってその事実を旦那様は何らかの方法で、知った……? だからあれほどリナリーさんのことを気にして、邸に住まわせ、リナリーさんの望むまま何でもいうことを聞いていた……? 自分達のせいで家族も、地位も全てを失ったから……。だから、殿下は贖罪のつもりか、と……?)


 待って、待ってとフィファナは自分の口元をてのひらで覆う。

 まるでパズルのピースがぱちぱちと当てはまり、今まで不明瞭だった物が全て鮮明になって行く様に慌てて頭を振った。


(だからこそ、旦那様は私と離婚などしない、と言っていたのね。事件に関係無い人物を無理矢理輪の中に入れて、苦し紛れの時間稼ぎを……! 冗談じゃないわ……! タナストン伯爵家が働いた悪事の責任を取らされるなんて真っ平御免よ……!)


 口元を覆っていた手を外し、拳を握り締め震えるフィファナ。

 向かいに座っていたアレクがその様子に気付いたのだろう。気遣うようにフィファナに向かって声をかけた。


「──タナストン、夫人……。すまないな、突然の出来事に驚いたことだろうし、混乱しているだろう。貴女を、……あなた方、リドティー伯爵家を巻き込みたくはなかったのだが……私の不手際だ、申し訳ない」

「殿下が謝られることではございません。そもそも……歴史ある家と婚姻を結べる、ということに目がくらみ大した調査もせず、娘を嫁がせてしまった私が悪いのですから……。すまなかった、フィファナ。どうにかして今回の婚姻は取り消す。方法を探すから待っていなさい……」

「殿下も、お父様もありがとうございます。私は大丈夫ですわ。旦那様のお家で起きたことを考え、予測がついてしまい、驚いてしまっただけです」


 しっかりアレク、トルソンに視線を合わせて笑うフィファナに二人もほっと安心する。

 ショックを受けてはいるだろうが、それを微塵も出さず、笑顔を浮かべることが出来ている。

 それだけの余裕はある、ということが分かりアレクもトルソンも安堵すると同時にどうにかあの家と関係を切る方法を必死に考えることにした。



 フィファナの実家、リドティー伯爵家に馬車が到着し、三人は邸の中に入って行く。

 王弟のアレクは報せを送っていたのだろう、彼の補佐官が既に到着しており、沢山の資料を持参し、応接間で待っていた。


 扉を開け、入って来た三人を見るなり補佐官はソファから立ち上がり、頭を下げた。

 アレクは礼を告げ、補佐官から資料を受け取ると下がらせる。

 フィファナとトルソン、アレクは三人同時にソファに腰を下ろした。


「──さて、先ずは……。そうだな、ラティルド男爵家がなぜ取り潰されたのかを話そうか。今から十数年前の出来事だ、夫人は知らないだろう」

「そう、ですね……。男爵家の家名も聞いたことがありませんでしたし……」

「それはそうだろう。私も当時はまだ成人前でな……だが、重犯罪を犯した家のことは耳にしていた。……王家がどんな処罰を行ったかも、資料に残っていた」


 アレクは手元の資料をぱらぱらと捲り、「ああこの部分だ」と手を止めてそのページをテーブルに置く。


「──国で禁止されている違法薬物の売買と、人身売買……所謂奴隷を密かに密売していたようだ。後は……密輸、だな……」


 アレクの言葉に、フィファナは言葉を失ってしまう。

 それほどの罪を犯しながら、その罪を男爵家に押し付けたと言うのであればタナストン伯爵家の罪は重い。

 アレクが指差す場所を見て、アレクの言葉を聞いて、フィファナは自分の口元を覆ってしまう。


「タナストン伯爵家が男爵家を陥れたことは事実だろう。だからこそ、ラティルド男爵家を貶めていた決定的な証拠が必要だ……。リドティー伯爵。先程、タナストン前伯爵と伯爵夫人に会った、と言っていたが詳細を聞いてもいいか?」

「はい、勿論です殿下。フィファナからの手紙でタナストン邸にもう一人女性がいると聞き、その詳細を確認するために夫妻を訪ねました」


 トルソンはヨードの両親と会うため行動を起こしたのだが、始めは夫妻がどこにいるのか分からなかったそうだ。

 人も、金も使い二人の居場所を突き止めた時には心底驚いた。罪人が送られるような極寒の地で暮らし、実の両親がこんな生活をしていることをヨードは知っているのか、と色々心配になったらしい。


 だが夫妻に会い、時間をかけて話を聞き出した所、夫妻を追いやったのは他ならぬヨード本人で。

 ヨードはフィファナとの婚姻が決まり、伯爵位を継いだ後一番始めに指示をしたのが両親をその場所へ送ることだったらしい。


 その話を聞き、アレクは何とも言えないような表情を浮かべて呟いた。


「──妹のように可愛がっていたリナリーの家を貶めたことが許せなかったのか。殺すことは出来なかったが、自らの手で両親に罰を与えた、ということだな……。だが、罰を与えたということはヨード・タナストンは自分の両親がどんな罪を犯したか、全貌を知っている。それを国に報告せぬことがどれだけの罪になるか……」

「だからこそ、タナストン伯爵は開き直りフィファナと離縁しない、と言い出したのでしょうな」

「私、ですか……」

「ああ、そうだ。離縁してしまえば、自分一人だけが処刑されてしまう。だから何の罪も無い人間を最早人質、だな……。人質にして、無関係の人間を巻き込み、処刑したいのならばしてみろ、と開き直ったあの男は我々にそう言ったのだ」


 フィファナの呟きに答えたトルソンの言葉に、フィファナはついつい表情を歪めてしまう。


「──それ、は……控え目に言っても、最低な行いですね」


 冷たく言い放つフィファナに、先程からアレクは何かを気にしているようで。

 何かを聞きたそうにしているアレクに気付いたフィファナは、顔を向けて「何かございますか?」とアレクに問いかけた。


「……いや、その……。タナストン夫人は、夫であるヨード・タナストン伯爵を……少なからず想っているのでは、と……。夜会で夫人とお会いした時に伯爵を探し回っていただろう?」

「──あっ」


 アレクの気遣うような視線を受け、そこでフィファナははっとする。

 そう言えば、あの邸にいる時からアレクからは気遣う視線を度々向けられていた。

 夜会では夫を心配し、探す妻の様子をアレクに見せていたのだからそう思われても仕方ない。


 それに、もしかしたら先日使いの人間を邸に向かわせてくれた時にヨードと自分の姿を見た彼が何か勘違いしてアレクに報告をしたのかもしれない。

 アレクはそれだけではなく、夜会の日にヨードとリナリーが庭園でこっそりと会っていた姿を見てしまっているのだ。

 詳しくは語らなかったが、もしかしたらフィファナが悲しむ、と心配してくれているのかもしれない。


 そのことを思い出したフィファナはアレクに向かって至極あっさりと、平時の様子で口を開いた。


「ご心配には及びません、殿下。お気遣い頂きありがとうございます。元より、夫とは婚約期間も殆ど交流もなく、婚姻後も殆ど接していないため、そのような感情は一切抱いておりませんわ」


 けろり、とあっさり答えたフィファナに、今度はアレクがキョトンとしてしまう。


「い、一切……?」

「ええ、はい。一切ございません。私達の婚約と結婚は政略的な物ですので。義務的に婚姻関係に至っただけです」

「そ、そうか……」


 フィファナの言葉を聞き、アレクはこんな話の最中だと言うのにも関わらず、緩んでしまいそうな頬を必死で隠し、咳払いをして誤魔化す。


「んっ、んん……っ。ならば、良かった……。タナストン伯爵を想っていたら、貴女が傷付くと思っていたからな……」

「ありがとうございます、殿下。現状、私もお父様──失礼致しました、リドティー伯爵と同じ気持ちで、一刻も早く夫と離縁したいと考えておりますわ」



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