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11話


◇◆◇


「お、奥様……!」

「何かしら?」


 時は少しだけ遡り、フィファナの下に使用人が慌ててやって来た頃。

 フィファナは顔色を悪くさせ、焦ってこちらに駆けて来る使用人に向き直った。


「何が起きたの……? 落ち着いてちょうだい」

「もっ、申し訳ございません……それが……っ!」


 慌てふためく使用人に落ち着いて、と声をかけつつフィファナは使用人がやって来た方向に顔を向ける。

 そちらにはこの邸の正門があり、その正門前にはなにやら誰かが立っているようだ。


「お客様かしら? 今日は特に誰も訪問の予定はなかったと思うのだけど……」


 おかしいわね、とフィファナが口にすると同時に、使用人が泣きそうな声で言葉を発した。


「おっ、王弟殿下の使いだ、と……っ!」

「──何ですって!?」


 使用人の言葉を聞き、フィファナはギョッと目を見開く。

 一体全体どんな理由で邸にやって来たのかは分からないが、王弟の使いの人間をあんな所で待たせておく訳にはいかない。


「いっ、急ぎ旦那様に連絡を──!」


 この邸の主人を呼ばなければ、とフィファナが口にした所で使用人はぶんぶんと首を横に振った。


「そっ、それが奥様に御用がある、と……! 殿下から預かった物がある、と仰せで……!」

「私に!?」


 ぎょっとしてフィファナは聞き返すが、ここでのんびりと話している場合ではない。

 フィファナは正門の前で待っている使いの者の下に急ぎ向かった。




 正門に近付いて行くと、見えて来る。

 使いの者が乗って来たであろう馬車にはしっかり王家の紋章が飾られており、美しく豪奢なその見た目から使いの人間が本当に王弟から遣わされた人間だ、ということが分かる。

 使いの人間も出で立ちが優雅で隙がない。

 一目見ただけで本当に王弟からの使者だ、と納得してしまう。


「た、大変お待たせしてしまい申し訳ございません」

「──突然の訪問申し訳ございません。私、王弟殿下であらせられるアレク様の侍従を務めさせて頂いております、アーキソン・ディルバークと申します」

「フィファナ・タナストンですわ。どうぞお入り下さい」


 アーキソンは中に招き入れるフィファナに礼儀正しく挨拶をし、足を進めて庭園に差しかかった所でぴたり、と足を止めた。

 邸の中に招き入れようとしていたフィファナは足を止めたアーキソンにきょとん、としてしまう。


「ディルバーク卿……?」

「本日は我が主より夫人にお渡しするように、と仰せつかった物をお持ちしただけですので……」

「えっ」


 フィファナが戸惑っている間にアーキソンは懐から仰々しく何かを取り出し、それをフィファナに差し出す。

 ついつい反射的に受け取ってしまったフィファナは、自分の手のひらの上に置かれたそれに視線を落とした。


「先日、夫人がお怪我をされたことに主は胸を痛めておいででした。怪我に良く効く軟膏でございます。こちらは、主からの手紙でございます」

「あ、ありがとうございます……」


 手際よく手渡されるそれらに、フィファナはそれを受け取ることしか出来ず、ぽかんとしてしまっていたが、ハッとする。


「殿下に気にかけて頂けるなんて……大変光栄でございます……! 何とお礼をお伝えすれば……」

「礼には及ばない、と主からの言付けでございます。早く治してくれ、と……」

「──っ、ふふっ、殿下にはお見通しでしたのね……。ディルバーク卿、有難く拝受致します」

「ええ。その方が主も喜ばれるかと。それでは、私は失礼致します」

「あっ、このような場所で大変申し訳ございません、ありがとうございました、ディルバーク卿」


 フィファナに笑顔で会釈した後、アーキソンはそのまま正門に戻って行く。


「……殿下より私が先に邸にお邪魔してしまったら確実に拗ねるからなぁ……」


 アーキソンはやれやれ、といった様子で呟き、そのまま乗ってきた馬車に乗り込もうと扉を開けた。

 ──所で。





「フィファナ・リドティー……!」


 馬車の扉を閉める寸前、邸の玄関から声を荒らげ足取り荒くやって来る男の姿が見えた。


「あれは……」


 アーキソンは胸ポケットからカサリ、と一枚の紙を取り出し、その紙に描かれている男の顔と、外に出てきた男の顔を見比べる。


「ああ、あれが今の当主であるヨード・タナストンか。……フィファナ・リドティー……? 夫人の前の家名をなぜ……」


 アーキソンが乗り込んだことで、馬車は走り出してしまった。

 声はもう聞こえないが、走り出した馬車の窓からまだ外の様子を伺うことは出来る。

 アーキソンは、やって来たヨードがフィファナの着ているドレスの腕の部分の生地が酷く歪んでしまうほど、強く掴んでいる様子を見て目を見開いた。


「──なるほど。夫人の怪我はあの男が原因か」


 納得したように何度か頷いたアーキソンは、「ふむ」と自分の顎に手を添えて場所の窓から視線を外した。

 もう、遠く離れてしまったためフィファナとヨードの姿は見えなくなっていた。



◇◆◇


 ヨードから強く腕を掴まれたフィファナは、ぎりっと腕に食い込む痛みに顔を顰める。

 興奮しているせいだろうか。ヨードはフィファナが痛みに顔を顰めたことに気付いていない。


「──いっ、旦那様……っ離して下さい……っ」

「だ、旦那様! 奥様から手を離して下さい……! 奥様が痛がっております……!」


 フィファナを呼びに来た男性使用人がヨードの手首を掴み、無理矢理フィファナからヨードの腕を離す。

 ヨードは、まさか自分の家の使用人がフィファナを庇うとは思っていなかったため、男性使用人を唖然と見つめる。


「お、お前……使用人の分際で私に楯突いたのか……? こんな売女を庇ったのか……?」

「お、奥様をそのように酷い呼び方をしてはいけませんっ、旦那様……。奥様はとても礼儀正しく、我々使用人の名前を一人一人覚えて下さっていて……、とてもそのような、口にすることもはばかれるようなお方ではございません……」


 使用人はこの邸の主人に対して、ふるふると震えながら、だがそれでもしっかりヨードの目を見て言葉を紡ぐ。

 フィファナはヨードから自分を庇ってくれた使用人の行動に感動していた。


 まさか、こんなに他の使用人の目がある場所で庇ってくれるとは。

 自分を雇う主人に対して、歯向かうようなことをしてしまえば職を失う恐れすらある。

 最悪の場合、主人に逆らったとして処刑されてしまう可能性だってあるのだ。

 それなのに、今、目の前にいる使用人はフィファナとヨードの間に壁になるように立ち、恐怖に震えながらもヨードを諌めている。


「──貴様……っ」

「ひぃ……っ」


 使用人に歯向かわれたことに逆上したヨードが怒りに顔を真っ赤にする。

 フィファナは「このままだと不味いわ」と考え、目の前にいる使用人の肩を掴み、下がるように声をかけた。

 フィファナが使用人の肩を掴んで後ろに下がらせたのと、ヨードが逆上して腕を動かしたのは同時で。


「──使用人のくせに……!」


 ヨードが怒声を上げながら握った拳を勢い良く横に薙ぎ払った。


「あっ」


 お粗末なヨードの拳がぶん、とフィファナの顔の近くに迫り来る。

 使用人を下がらせるために一歩だけ前に出てしまったのが仇となったのだ。

 ヨードは自分の握った拳がフィファナに当たってしまう、ということに気付いたのだろう。

 瞬時に焦ったような表情を浮かべたが、フィファナは至極落ち着いて対処をした。


 大振りに横に振られたヨードの腕を、とんっ、と軽く後ろに飛ぶようにして避ける。

 フィファナの体はヨードの拳を避けることに成功したが、フィファナの髪の毛はふわりと靡いたせいで通り過ぎたヨードの腕、手首のカフスボタンに運悪く絡まってしまった。


 フィファナが「あっ」と思う暇なく。


 ──ぶちっ

 と嫌な音を立てて髪の毛の数本がカフスボタンに絡まり、引き抜けた。


「──痛っ!?」

「わっ、悪い……!」


 咄嗟にフィファナが自分の顔の近くを手のひらで覆ったため、ヨードは自分の拳がフィファナに当たってしまったと思ったのだろう。

 つんのめりながらも何とかバランスを取ったヨードが真っ青になりながらフィファナの両肩を掴んだ。


「わ、悪い……、お前を殴るつもりはなくて……っ、そのっ」

「──大丈夫です、髪の毛が数本抜けただけですので」


 必死に弁明してくるヨードに、フィファナは下から睨め付けるようにキッと睨み付け、自分の肩を掴むヨードの手から逃げる。


「……いくら怒りで頭に血が上っても、暴力を振るうなんて……あってはならないことだと思います。旦那様はもう少し冷静になる方法を探した方がよろしいかと」


 フィファナはヨードに向かって冷たい声でそう言い放ち、あたふたとしているヨードをその場に残して使用人に声をかけた。


「王弟殿下にお礼の手紙を今から書くわ。直ぐに出してもらいたいから、一緒に来てくれるかしら」

「はっ、はいかしこまりました奥様……!」


 邸の玄関に向かい歩いて行くフィファナを追うように、使用人もその場を離れる。

 ただ一人、その場に残されたヨードはフィファナが口にした「王弟殿下」の言葉に声にならない声を上げたのだった。





 そして、庭園での一部始終をヨードの執務室から見ていたリナリーは怒りにぶるぶると震えながら、傍にいた侍従に向かって叫んだ。


「ヨードと! あの女が今キスしてたわ! どういうことよ……っ!」


 近くにあった硝子の器を侍従に投げ付け、リナリーは執務机にある仕事の書類を床にばらまいた。

 リナリーの暴れ様に、侍従はひいっと声を上げながら「見間違いでは!?」と叫び声を上げる。


「わ、私の所からは旦那様が奥様の肩を掴んだだけに見えましたっ、リナリーお嬢様の勘違いかと……っ」

「キスをしていなくても、何でヨードがあの娼婦みたいな女の肩に触れるのよ! ヨードを呼んでっ、呼んで来てよ!」


 リナリーの怒声に、侍従は慌てて部屋を出て行く。

 執務室に一人残されたリナリーは、ぜいぜいと肩で息をしながらフィファナの名前を何度も何度も呟いた。


「絶対許さないっ、フィファナ・リドティー……! ヨードに色目を使って、いやらしい女っ! 何がなんでも追い出して、私がヨードのお嫁さんになるんだから……‼」



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