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フェイント  作者: 坂本健太
9/13

第4幕 騒動

 中等部から続くエスカレーターに乗ったまま、地元の平峰大学に進学したぼくには、パパから1つのミッションが与えられていた。


 暖かい春の日、学食前の広場に長机を出し、パイプ椅子に亜紀ちゃんと並んで座っている。手書きのポスターには「フットサルサークル新規立ち上げ、未経験者大歓迎」


 ほとんどの学生はあまり興味を示さず、足早に通りすぎていく。


「てっちゃん、第二外国語、どうするかもう決めた?」


「いや、ポルトガル語があれば即決なんだけど。ドイツ語にするか、フランス語にするか、まだ迷ってる」


「英語を勉強した人には、ドイツ語の方がわかりやすいけど、フランス語とポルトガル語は似ているところが多いんだって」


 亜紀ちゃんと他愛もない話をしていると、急に周りが暗くなったような気がした。目の前に巨人が立ち止まって、看板を凝視している。パパよりでかい。手のひらをみると、皮が厚くてごつごつしている。


「毎日、素振りしてたから」

 中学時代は野球をやっていて、6番ファーストだったらしい。


「高校の時は大学受験のために部活をしなかったから、ちょっと太っちゃって。ダイエットのためになにかスポーツしたいんだけど……」

「でかいね。何センチあるの?」

「185cm、145kgくらい」


 立っているだけで、フットサルのゴールをほとんど覆ってしまいそうだ。


「まだ入会希望者、誰もいないから、断る理由はないけど。活動はもう少しメンバーが増えてからになる。それまではここで座って勧誘活動。それでも大丈夫?」


「うん、わかった。ぼくも勧誘頑張るよ」


「ぼくは坂本哲也、こっちは杉田亜紀ちゃん。マネージャーじゃなくて選手だよ。君、名前は?」


「大塚慶次。ちょっと食べる物買ってきていいかな?」


 慶次君は近くのスーパーで、おにぎりを5つと、2リットル入りのスポーツドリンクを買ってきた。

「ダイエットは?」という突っ込みは入れないことにした。パパも同じようなもんだから。


「高校は?今、どこに住んでるの?」

「県外から来てるんだ。大学の近くにアパート借りて一人暮らししてる」

「いいなあ、一人暮らし。自炊?」


 亜紀ちゃんもぼくも、今のところ実家暮らしだ。

「できるだけ自分で作ってる。外食とか弁当ばかりだと太るし、お金かかるから。こう見えて料理は割と得意だよ」


 ぼくが血眼になってメンバー候補を探している隣で、亜紀ちゃんが周辺情報を聞き込んでいる。


「サッカーとかフットサルやったことあるの?」

「全然。小学校のころは和太鼓とか、ソフトボール。中学校に入ってからはずっと野球」


「野球とかソフトボールやらなくていいの?」

「彼女と一緒にサッカーの世界大会観てたら、サッカーやってみたくなったんだ」

「へえ~、彼女いるんだ。いいねえ」


 その日は午後3時から2時間粘ったが、結局入会希望はたったの1人だけ。明日も授業の合間を縫って、交代で勧誘することにして、解散した。


「あれ、哲也君?」

「あ、松山さん。お久しぶりです。あれ、なんで?」

 フェスティバルで初対戦し、その後も何度か練習試合の相手をしてくれた大学生チームのメンバーだった。

「大学院に残って、研究を続けてるんだ。今年からドクターだよ」

「金髪、やめちゃったんですね」


 髪を染めていたときとはガラリと変わり、落ち着いた雰囲気になっている。口調にもどこか知的な大人っぽさを感じる。


「さすがに、院生になるとね。高校の先生役もしないといけなかったし。哲也君はフットサル、まだやってるんだ?」


「はい、パパもまだ現役です。松山さん達は?」

「みんな卒業して、チームは解散しちゃったよ。ぼくはときどき、1人で個サルに行ってるけどね」


「松山さん、お願いです。力を貸してもらえませんか?」

 松山さんに事情を話すと、喜んで協力すると言ってくれた。


「この前まで敵だった哲也君と一緒のチームでプレイすることになるなんて。これもフットサルの醍醐味だね」


「おい、兄ちゃん、ピーナッツは飲み物じゃあないぞ」


 昼休みも終わりに近づいたころだった。慶次君がデザートのピーナッツを、袋から直接口に流し込んでいるところに、いきなり声をかけられた。


 丸坊主で、どちらかというと髪よりもヒゲの方が長い。身長は178cmの僕より少し低いくらいだが、ぜい肉はほとんどついていない、引き締まった体つきをしている。


「一応、ちゃんと噛んでから飲み込んでるよ。こうやって食べたほうが、手が汚れなくていいんだ」


「そうか。ここのチームって、今何人くらい集まってんの?」

「まだ4人だよ」


 慶次君は2袋目のピーナッツを開けようとしていたから、ぼくがかわりに答えた。


「全員1年生?」

「昔から知っている院生にも1人入ってもらうけど、あとは全員1年生だよ」


「そっか。おれ、先輩とか後輩とか、あんまり得意じゃないから」

「大丈夫。松山さんはすごく優しいから、全然いばったりしないよ」

 亜紀ちゃんも会話に加わった。


「おれ、去年の夏の大会でアキレス腱やっちゃって。先月から少しずつ走り始めたところなんだ」


「もう痛みはないの?」

「全然。医者からもボール蹴って大丈夫って言われてる」


「サッカーよりフットサルの方が、足に負担がかかると思うけど、大丈夫?」


「それはわかってるけど、グラウンドと違って体育館にはトラップはねえだろ。無理はしねえからよ。おれ、修二。修って呼んでくれよ」


 小学1年生からサッカーをずっと続けているという修の加入はありがたかった。中学生の頃からミッドフィールダーをやっていて、攻撃・守備ともに自信があるらしい。


 1週間が経過し、ようやく入会希望者が3人集まった。ただ、問題が1つある。平峰大学には「同種目のサークルは4つまでしか認めない」という規則がある。


「乱立による個々のサークルの弱体化防止と、運動施設の計画的な運用が目的」だそうだ。確かに無料で使える大学の体育館は限られている。練習場の取り合いで傷害事件が起こったこともあるらしい。


 このため毎年1度、サークルの登録権を争って、学内の全フットサルサークルによるワンデイリーグが開催される。


 日曜の午後、パパがみんなを自宅に招いて、作戦会議を開くことになった。

 パパと慶次君が庭で肉を焼いてくれる。大半は未成年だから、まだアルコールは無しだ。


 開催要項をみんなに配り、大学のサークル事情に詳しい松山さんが説明してくれる。

「前からあるのが4チームで、今年の新設予定はうちだけだから、計5チームで1回総当たりのリーグ戦を行う。10分ハーフで、勝利が3点、引き分けは1点。ルールはごく一般的なフットサルルールだね。ただし、各チームから2名、審判を出さないといけない」


「審判、誰かできんのか?」

「ぼくは一応、3級審判の資格を持っている。あとは……」


 松山さんが周りを見渡す。

 ぼくも亜紀ちゃんもまだ審判の資格はとっていない。慶次君も修もフットサル未経験者だ。


 するとパパが

「おれに1人心当たりがある。審判はなんとかするから、話を進めろ」


「大会は、第一体育館で5月5日、9時キックオフ。選手登録は14人以内。このうち学外者は2名までで……」


 夕方、パパの運転で中学校の体育館に移動し、練習とポジション決めを行った。その結果、


 ゴレイロは慶次君、アラは亜紀ちゃんと松山さん、ピヴォは修、ぼくはフィクソをすることになった。パパと南コーチは、フロアの隅っこで何かこそこそと話をしている。


 翌週からはONESと合同練習を行った。


 思っていた通り、慶次君がゴール前に立っているだけで、上手にコースを狙わないと、ゴールを決めることができない。野球経験が長いため、左手を使う守備は完璧だ。ハイボールもショートバウンドも危なげなく処理している。


 スローイングも問題ない。ただし、右手を使ってボールをキャッチすることには慣れていないし、キックの技術は全くない。


「慶次君、お前はここと決めたらできるだけそこを動くな。立っているだけで大丈夫だ。逆サイドは、てつがサポートしろ」


 パパがアドバイスし、右手のパンチングや、右足を伸ばしてボールを弾く方法を教えた。


「無理してキャッチせず、できるだけ遠くに弾いてしまえばいいんだ。トンネルとバンザイだけ気をつけろ」


 修のテクニックはさすがだ。ボールを受けると同時にターンし、ゴールの4隅を狙って鋭いシュートを撃ち込む。フィクソを背負ったままのリターンパスも、アラが蹴りやすい場所に、丁寧に落としてくれる。


 南コーチと、セカンドポストの入り方や、フィクソとの駆け引きの練習を続けた。


「フィクソが後ろからプレッシャーをかけてきたときは、無理に押し返さずに左右に体を入れ替えるのも手ですよ」


 修は、時折左足を気にしているようだったが、最後まで練習を続けていた。少し息があがっている。


「あれ、南コーチ、応援に来てくれたんですか?」

 亜紀ちゃんが甲高い声をあげる。


「え、でもその服は?」

 南コーチは、黒のシャツとパンツを身に着け、黒いストッキングをはいている。


「聞いてませんか?お父さんから審判やってくれって頼まれたんですけど……」

「ああ、なるほど」


 心当たりがあるって言ってたのは、南コーチのことだったのか。

「優勝したら、賞品のボールをONESに寄付してもらうっていう条件で引き受けました」

「そういうことですか。じゃあ、頑張って優勝しちゃいますね」

 亜紀ちゃんはぼくと違って、いつでもポジティブだ。


            *


 初戦の相手は、農学部の4年生を中心としたチーム「F.C. ブルズ」だ。


「ぼくが入学する前からずっとやってるチームだけど、3月に主力がほとんど卒業しちゃって、今はあまり強くないと思うよ」


「よし、最初は肩慣らしかな。」

 おれがジャージを脱いで、ビブスを身に着けていると、慶次君と修が不思議そうにこちらを見つめている。


「まさか、お父さんも出るの?」

「マジっすか?」


「学外者2名までO.K.だって書いてたよな?さすがに交代なしで4試合はきついだろ。ゴレイロ以外の4人は、5分交代で1人ずつアウト。おれがまともにできるのはフィクソだけだから、修が抜けたときは、松山君がピヴォに入って、てつがアラだ」


 相手ボールでキックオフ。おれは相手の分析をするためにベンチスタート。

 早速、相手のピヴォにボールが入ったが、息子がうまく相手をコントロールしている。


 リターンされたボールを右アラがダイレクトでシュート。ボールは慶次君の腹にあたり、ぽとりとコートに転がった。


「よし、それでいいぞ。てつはもっとセカンドポストにくっついて」


 慶次君には、毎日少しずつでも腹筋をするよう指示していた。脂肪と筋肉の二重の壁があれば、フットサルのシュートなんかまったく痛くない。おれ自身の経験でわかっていた。


「まずは落ち着いていこう」

 慶次君は1度拾ったボールを、フィクソの息子の前に転がした。


 おれの指示通り、後ろの3人でローテーションして、相手のスキをうかがった。


            *


 松山さんにボールを渡したとき、左アラがボールを奪いにいくのが見えた。すかさず、右に寄ると見せかけ、向きを変えて前に走る。松山さんからふわりとした縦パスが送られる。


「てつ、フリー」


 ドリブルでペナルティーエリアに侵入する。ゴレイロはシュートを警戒して、姿勢を低く保っている。修は?きっちりとセカンドポストに入っている。


「てつ、セカンド」


 グラウンダーで早いボールを修へ。これを修が落ち着いて右足でゴールに流し込む。

「よし」幸先よく1点を先制した。


 5分が経過し、松山さんアウト、パパがフィクソに入った。ぼくは右アラへポジションをかえる。


 パパはゴレイロが本職なだけあって、フィクソでも安定した守備を見せるが、スタミナに難があるため、何度もローテーションを繰り返すようなプレイはできない。


 ゴレイロから受けたボールを左の亜紀ちゃんへ。亜紀ちゃんは左足のプルプッシュを使って、あっという間に右アラを置き去りにした。縦に抜けた亜紀ちゃんはフリーだが、シュートを撃つ角度はない。


 そこへゆっくりとパパがサポートに入る。亜紀ちゃんはピサーダを使ってボールをパパへ戻す。

パパから修、修からぼくへとダイレクトでボールがつながる。


 ゴレイロは左サイドを警戒していたため、ぼくの前には無人のゴール。浮かさないように気をつけて、まっすぐに蹴り込んだ。これで2対0。


 ブルズの攻撃も、パパが落ち着いてさばいた。両手もうまく使って、なかなかピヴォにターンをさせない。ターンできたとしても、振り向いたところにパパが待ち構えていて、大きくボールを蹴り出してしまう。


 ピヴォがリターンパスを出したときは、パパと慶次君で守備を分担。慶次君の逆サイドに行ったボールは、ことごとくパパが弾き出した。


「おれはもともとディフェンダーだったから、これくらいならなんとか……」

 ハーフタイムにそう言っていたが、完全に息があがってしまっている。


 後半はペースダウンし、体力を温存。結局2対0のまま試合を終えた。3つ準備している秘密兵器を1つも見せることなく完勝した。


            *


「次の相手は……」珍しく松山君の表情が固かった。


「体育会のサッカー部を首になったやつとか、ろくに授業に出ないでクラブに入り浸っているやつとか、そんなのが遊び半分でチームを作っている。とにかく荒っぽいから気をつけて」


 ゴレイロは丸坊主でガタイがいいが、他のメンバーは一様にやせていて、色とりどりの髪をしている。ピヴォは紫の長髪、フィクソは赤、両アラは金髪だった。


 相手ボールのキックオフで試合開始。フィクソがボールを受けて、いったんキープ。左アラとピヴォがクロスしたことで、一瞬マークがずれた。


 フィクソからのボールをピヴォが右サイドで受け、そのまま慶次君の顔面を狙って力任せにシュートを撃ってきた。


 「ボン」と鈍い音が響く。慶次君の右目の下あたりに当たったボールは、辛うじてゴールの枠を外れてラインを割った。「コーナーキック」


「痛ってえ!」

 コーナーキックからパスを受けて放ったロングシュートは枠を大きく外れたが、ゴール前での競り合いの最中、修は腿のあたりに膝蹴りを入れられたようだ。


 ゴレイロは仏頂面をしているが、左アラとピヴォは常にヘラヘラと笑いながら、時折わけのわからない奇声をあげている。亜紀ちゃんの対面の右アラは、亜紀ちゃんを舐めるように見ながら、薄笑いを浮かべている。


「なんか気分悪いな」修がぶつぶつ言っている。

 てつもピヴォと競り合った際に、何度か足を踏まれたらしい。


 慶次君が3度目に顔面でボールを受けた際、コートに鼻血が落ちるのが見えた。思わずしゃがみ込む慶次君。一瞬のスキを狙われた。こぼれ球に反応した右アラが左足のシュートをゴール右隅に流し込んだ。


「ゴール!」とうとう先制されてしまった。直後に前半終了のホイッスルが鳴る。

「みんな、ごめん」


「謝る必要はない。慶次君は顔面で3本もシュートを止めた。顔面で止めるってことは、ボールを全く怖がってないってことだ。いや、本当は怖いのかもしれない。でもチームのためにその恐怖を抑え込んで、必死にシュートに立ち向かったんだ。慶次君はもうただのDBじゃない。勇敢なDBだ」


「DBってなんですか?」

「おっさんはな、Dをデー、Bはブーって読むんだ」

「いや、ブーはないでしょ」亜紀ちゃんがつっこんでくれた。


「やっぱりラフプレイが多いな」松山君が苦々しげに言う。

「わたし、お尻さわられたかも?」


「くっそ~、ヘラヘラしやがって」 

「お前ら、ちょっと落ち着け。イライラすると相手の思うツボだ」


「こういう時こそ冷静になりましょう。後半は私がいきます」

 南コーチが審判のユニフォームの上からビブスを着ながら言った。


「はあ?マジで言ってんの?」

 修と慶次君は、南コーチがプレイしているところをまだ見たことがなかった。


 膝に爆弾を抱えている南コーチはめったにプレイをしないが、国内トップリーグから声をかけられたこともあるという。おれもこれまで南コーチのシュートを止めた経験はほとんどない。「秘密兵器その1」をここで使うことにした。


 慶次君の鼻血が止まらないので、おれがゴレイロに入る。南コーチはピヴォ、てつがフィクソに入り、両アラは亜紀ちゃんと松山君という布陣で後半に臨んだ。調子に乗っている若い奴らにおっさんのおそろしさを見せてやろう。


 1点リードした相手は、調子づいて前半以上に激しく攻めてくる。しかし相変わらず遠くから思い切りシュートを撃ってくるので、ほとんどは枠の外に行ってしまう。


 4本目のシュートが顔面に向かってきた。


「待ってました。」両手でがっちりキャッチ。相手は前がかりになっていたため、敵陣中央付近で南コーチがフリーになっている。スローイングで早いボールを南コーチに送る。


 南コーチはお腹でトラップし、素早くターン。ゴレイロと1対1だ。ドリブルでペナルティーエリアに侵入すると、ゴレイロが両足を開いてすべり込んできた。フェンスだ。両手もきちんと開いている。ゴレイロだけはまじめにフットサルに取り組んでいるようだ。


 南コーチは落ち着いてゴレイロの動きを観察していた。相手がすべり込んでくるのを見て、ボールをふわりと浮かせた。「スプーンキック」だ。ボールは大きく広げたゴレイロの両手の上をすり抜けて、ゆっくりとゴールネットに到達する。


「ゴール」まずは同点だ。


 キックオフのボールを受けたフィクソに、南コーチがするすると詰め寄る。フィクソはボールを何度もまたいでフェイントをかけるが、南コーチは少し後ろにさがりながら一定の間合いをキープしている。


 南コーチの体が右側にずれたように見える。その瞬間フィクソが左側からしかけた。そこに南コーチの左足が伸び、つま先でボールを弾いた。


「わざとスキを見せたな」

 亜紀ちゃんがノートラップで右前方に軽く蹴り出すと、そこにフィクソをかわした南コーチが走り込む。


 まだペナルティーエリアの外だったが、ゴレイロが飛び出してきている。南コーチは左足でボールをコントロール。ゴレイロの左を抜けると見せかけ、くるりと反転、右足で無人のゴールにボールを転がした。


「お疲れさまです、南コーチ。」

「いえいえ、お安い御用です」

 ひょうひょうとしているが、あっという間の2得点で、おれ達は逆転に成功した。


「なんなんだ、あのOSDB?」

 慶次君と修が唖然としている。ほんとすごいよな、南コーチ。かえすがえすもケガが残念だ。



 3試合目の相手は、前線からマンツーマンディフェンスでプレッシャーをかけてきた。フェイントで揺さぶりをかけても、一定の間合いをとってしっかりとついてくる。スピードで1人かわしても、すぐにほかの選手がカバーに入り、なかなかフリーにさせてもらえない。


 相手ボールになったときは、後ろでゆっくりとボールを回し、すぐには攻めあがろうとしない。たまに飛んでくる力のないシュートは、慶次君がなんなく処理をした。


 両チーム無得点のまま、前半終了。


「この相手、なんかやりにくい」

 タオルで汗をふきながら、亜紀ちゃんが言った。


「やけにディフェンスがしつこいぞ」

 修も少し苛ついている。


「そうか」松山君が声をあげる。

「聞いたことがある。このチームは総合型スポーツサークルだ」


「なんだ、それ?」

「夏はサーフィンとかダイビング、冬はスキーやスノーボード。種目を限定せずに、好きなスポーツをするサークルだ。とにかく人数が多くて、去年は学内の3on3大会で優勝したって」


「3on3・・・・・・バスケか?」

「そう。あいつら、最下位にならなければサークルを存続させられるから。メンバーの中から、ディフェンスが上手なやつだけ集めて・・・・・・」

「引き分け狙いってことね」

 

「よし、この試合はスルーだ」

 おれが宣言すると、みんなが怪訝な顔をしてこちらを見る。


「は?」

「リーグ戦ってのは、全ての試合で勝つ必要はない。無理して勝ちにいって消耗するよりは、体力を温存して次の試合に賭けよう。いいな、てつ」


「わかった」しぶしぶといった表情でうなずいた。

 後半は、おれと南コーチ、てつと松山君がフル出場し、安全にボールを回して時間の経過を待った。相手もこちらの引き分け狙いの意図を察して、無理してボールを取りにこない。そのままタイムアップを迎えた。


            *


 チーム全員で昼食をとりながらミーティングをした。


「慶次君、鼻血は?」

「大丈夫です」


「よし、おにぎりは3個までにしとけよ。修、足は痛くないか?」

「おう、まだ大丈夫だよ」


「あと1勝すれば優勝だが、次も強敵だぞ」


 ぼく達はここまで2勝1引き分けで勝ち点7、最後の相手は、3連勝して勝ち点9を取り、暫定1位となっている。この試合に勝たなければ、優勝することはできない。


「次の相手は簡単に言えば、体育会サッカー部の3軍だ」

 事情通の松山さんのレクチャーが始まる。


「3軍なら、大したことないんじゃない?」

 亜紀ちゃんが聞くと、

「1軍は全国学生選手権を目標にして九州リーグに出場中。2軍も4月から県の社会人1部リーグに参加している。だから入学したばかりの1年生は、この時期は全員3軍に所属しているんだ。2軍のコーチも新入生の実力を見るために観戦しているから、みんな必死にやっているよ。新入生の中には、インターハイ出場経験のある即戦力もいるみたいだし」


「よし、総力戦だ。先発は、てつ、松山君、修、亜紀ちゃん。5分後に修と南コーチ、おれと松山君がチェンジ」


            *


 サッカー部のキックオフで試合開始。後ろでのローテーションはせずに、フィクソがそのままドリブルで持ち込んでくる。


「なるほど、サッカー式だね」

 ピヴォの修が距離を詰めていく。サッカーなら修も負けていないはずだ。

 修を1人でかわすのは困難だと判断し、フィクソから右アラにボールをまわす。ダブルタッチで亜紀ちゃんの外側を抜いてくる。


「亜紀ちゃん、外側なら行かせてもいいよ。コーナーに追い込んで」


 さすがに現役のサッカー部員だ。スピードに乗ったドリブルでコーナーまで攻め込んだが、コートの狭いフットサルでは、そこからの選択肢が限られている。苦し紛れにクロスボールを放り込んできたが、慶次君が両手を伸ばして、がっちりキャッチした。


「松山さん」

 慶次君のパスを受けた息子が、右サイドの松山君にボールを預け、斜めに駆け上がる。相手の左アラが息子の動きについていく。松山君がフリーだ。


 松山君が亜紀ちゃんの動きをみながら、ボールをキープして、ゆっくりと上がっていく。亜紀ちゃんには右アラがついている。


 亜紀ちゃんが相手ピヴォの左横まで下がってきた。ピヴォは、亜紀ちゃんへのパスコースをふさぐ。


「ふうん、そうくるんだ」

 松山君がスピードを上げて縦に攻めあがると、フィクソが松山君との距離を詰めてきた。フリーになった修がセカンドポストに入る。


 松山君はフィクソにマークされたまま、修に鋭いパスを出したが、ゴレイロがボールに飛びついておさえた。


「さすがにサッカーのゴールキーパーは守備範囲が広いな」


 ゴレイロの放ったボレーキックは、低い弾道でピヴォに向かう。まずい、息子が上がっていたため、ピヴォのマークがいない。ピヴォはボールをトラップして、素早く右足でシュートを放ったが、ゴール前には大きな壁が立ちはだかっていた。壁にぶち当たったボールは大きく跳ね返る。素早く戻ってきた亜紀ちゃんがボールをおさえた。


「いいぞ、慶次君。亜紀ちゃん、少し落ち着いていこう」

 うなずいた亜紀ちゃんは、逆サイドの松山君にパスを送った。


「南コーチ、相手はひょっとして?」

「ゾーンディフェンスですね。体に染みついちゃってるのか、サッカーのやり方をフットサルに持ち込んでいるのか?いずれにしても、つけいるスキがありそうです」


 5分経過したところで南コーチがピヴォに、おれがフィクソに入った。ゴールクリアランスのボールを受け取る。


 息子をサイドライン際に走らせ、左アラを引きつけさせた。南コーチが左ゴールポスト付近で少し手前におりてくる。ちょうど右アラとフィクソの中間地点だ。2人が挟み込むように南コーチを囲んだ。


「今だ!」

 亜紀ちゃんが右前方にできたスペースに駆け上がっていく。


「フリーだ」

 鋭いパスを亜紀ちゃんに送る。亜紀ちゃんは足裏でボールを転がし、前を向くのと同時に、自分の右足の前にボールをコントロールした。そのまま強烈なシュート。これもゴレイロが横っ飛びでキャッチ。


「惜しい」

 確かに普段サッカーをやっているゴールキーパーにとっては、フットサルのゴールは、小さくて守りやすいのだろう。


 その後も、ゾーンの隙間を狙うようなパスを通し、優勢に試合を進めたが、ゴレイロのファインセーブに阻まれ、0対0のまま前半が終了した。


            *


「よし、いい感じだ」修が叫ぶ。


「サッカーは上手だけど、フットサルには慣れていないようですね」

 松山さんが言うと


「ただし、ここまで1点も取れていないのも事実です。油断せずにいきましょう」

 南コーチが雰囲気を引き締めた。

「よし、後半はおれがゴレイロ、てつ、松山君、南コーチ、修でいこう。ピヴォは南コーチお願いします」


 ぼく達のキックオフで後半開始。相手はゴレイロ以外のメンバーを全員入れ替えてきた。さすが体育会サッカー部。人材が豊富だ。


 キックオフのボールを受けたぼくを目がけて、猛スピードで突っ込んでくる。

「松山さん」


 パスを受けた松山さんにも素早く左アラがマークにつく。外側にかわして駆け上がろうとした松山さんに、激しいショルダーチャージ。


「まずいな」

 昔はフットサルでは、ボディコンタクトは全て「ファウル」だったらしい。このため、ボディコンタクトが解禁された現在でも「マナー」として、あまり激しい当たりは行われない。細身な松山さんはバランスを崩し、ボールを奪われてしまった。


 ボールを1度フィクソに戻し、フィクソからフリーのピヴォへ縦パスが通る。1対1だ。「パパ、頼む」

 体重の乗った強烈なシュートがパパの真正面に飛んでいく。「ドン」と音がしてボールがみぞおちのあたりに激突した瞬間、パパがボールをガッチリ抱え込んだ。「秘密兵器その2 お腹キャッチだ」


 通常体形の人なら悶絶するようなみぞおち直撃でも、パパや慶次君のようなDB体形の人は、ほとんど痛みを感じないらしい。ただし、体脂肪率18%未満の人の場合は、かなりの危険を伴うので、使用は自己責任でお願いします。


「ナイスキャッチ」

「南コーチ!」


 パパはボールを右足の上に落とし、ボレーキックとパントキックの中間くらいのスイングで蹴り上げた。5mほどの高さに上がったボールが、ぼくとピヴォの頭を超え、敵ゴールに向かっていく。フィクソの頭を超え、ペナルティーエリアの中央付近で、自陣の方を向いた南コーチの足元に着地した。

こちらからは丸見えだが、ゴレイロは完全にボールを見失っている。


 南コーチはボールを上から踏みつけるようにトラップしてバウンドを抑え込み、そのまま右足裏でゴール左隅目がけて転がした。

ゴレイロが慌てて飛び込むが、ボールはその体の下をすり抜けるように転がっていく。


「ゴール」

 2つの秘密兵器を1度に投入して、ようやく先制した。


 南コーチは右足を振り上げたまま、頭を下げ、両手を広げてバランスを取った状態で固まっている。

「コーチ、どうしたんですか、早く自陣に戻らないと……」


 ぼくが促すと、南コーチは陶酔した表情で

「いや、ちょっと余韻に浸っていました。なんだかこのまま翼が生えて飛んで行ってしまいそうです。ああ、ハヤブサか荒鷲のように……

 そうだ、このシュートをハヤブサシュー……」


「コーチ、その名前はまずいですって」

 パパが慌ててつっこみを入れる。


「じゃあ、イーグルショ……」

「ダメです。大御所に怒られます」


「コーチ、かっけえ。ニワトリみたいだ」

 修が手を叩きながら、大声で叫ぶ。


「修、グッジョブ。コーチ、名前はニワトリシュートってことにしときましょう。

南コーチと亜紀ちゃん、チェンジ」


            *


 先制点を奪われたサッカー部の怒涛の反撃が始まった。フィールドプレイヤーは全員、後半からの出場で、スタミナには余裕があるし、体育会は普段からの鍛え方が尋常ではない。徐々に押し込まれてしまい、ついに残り時間2分を切ったところで、キックインからのクロスを、ボレーシュートできれいに決められてしまった。


「残り1分くらいか。パワープレイだ。おれがピヴォに入る」

 ピヴォはほとんどやったことがないが、緊急事態だ、そんなことも言っていられない。体格を生かして、少しならボールキープすることもできるだろう。


 修がトップ下に入り、残りの3人でボールを回しながらピヴォ当てのタイミングを探る。


 相手は引き分けでも優勝だから、無理してボールを取りにこない。ピヴォも下がって、フィールドプレイヤー4人が10mライン付近に壁を作っている。


 松山君が右サイドライン際をドリブルで駆け上がるが、左アラに行く手を阻まれる。カバーに入った息子にバックパス。松山君が作ってくれたスペースに走り込んだおれへ、息子からのパス。ダイレクトで修に落とした。


「セカンドポスト!」

 亜紀ちゃんが走り込んでいる。ゴレイロが両手両足を大きく広げて亜紀ちゃんの前に飛び込んだ。


 亜紀ちゃんは、鋭いパスの勢いを殺しながら、右アウトサイドでそっと息子にパスを送った。


「てっちゃん、任せたよ」

 亜紀ちゃんと修が頭を抱えてしゃがみこんだのを確認し、息子が右足を豪快に振りぬいた。

「ゴール」


「みんな、ありがとう。ナイスパス」

 息子の笑顔が弾けた。

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