前説
体育館中央に設営されたフットサルコートのセンターサークル内。
中学校の制服を着た男女各1名がワイヤレスマイクを持って立っている。
男子は大きいリュックサックを背負っている。
アイコンタクトを交わした後、観客席に向かって一礼。
亜紀 「本日は、パパゴレを閲覧いただきまして、誠に
ありがとうございます。
わたくし、前説を担当させていただきます、杉
田亜紀と申します」
哲也 「ぼくは、坂本哲也といいます。まもなくキック
オフとなりますので、皆様あらかじめ携帯電話
の電源をオフにするか……」
亜紀 「ちょっと待って、てっちゃん。お客様のほとん
どが、携帯電話で閲覧してるんだから。電源切っ
たらそこで話が終わっちゃうじゃない」
哲也 「あ、そうか。じゃあ、電源はそのままでいいの
で、せめてマナーモードにしておいてください」
亜紀 「いまどきは、みんなイヤホンとか使ってるか
ら、マナーモードもあんまり関係ないけど、ま
あいいわ。それで?」
哲也 「え~と、試合をご覧いただくにあたり、座長か
ら3点、説明とお願いがございます」
哲也、リュックサックからボールを取り出し、各ポジ
ションに移動しながら説明
哲也 「亜紀ちゃん、ゴレイロ(ゴールキーパー)役を
お願い。
ぼくが右アラ(サイドハーフのようなポジショ
ン)に入っていて、ゴール右隅を狙ってシュート
をしたとします」
哲也、ボールを軽くキックする。
亜紀、左足を出してトラップする。
哲也 「ね。ぼくがゴールの『右隅』にシュートをした
とき、亜紀ちゃんはどうした?」
亜紀 「わたしは、ゴールの『左隅』にシュートが来た
から『左足』を出してボールを止めたよ」
哲也 「テレビやマンガでサッカーの試合を観るときは、
いちいち右とか左とか言わなくても、見てればわ
かるけど、文章にするときは、右サイドとか左サ
イドとか書かないといけないことがあります。
だから『サイドを表現するときは、つねに語り
手が所属するチームを基準にする』と、統一させ
てください。
今のプレイを文章にすると『ぼくがゴール右隅
に撃ったシュートを、相手のゴレイロが左足で止
めた』ってなります。でも、もし、ぼくがゴレイ
ロをやっているときだったら『相手の右アラがゴ
ール左隅に撃ったシュートを、ぼくが左足で止め
た』って書くことになります」
亜紀 「なるほど。キッカーとか、ゴレイロとか、役割
によって目線が変わるんじゃないのね」
哲也 「でも、右足や左手は、キッカーとかゴレイロが
持っているものだから、動作をする人が基準にな
ります。
ポジションもチームごとに決まっているから、
右と左は各チームの目線になります」
亜紀 「私が左アラに入った時、私の対面(向かい側)
にいるのは、敵の右アラってことね。
あれ、PK戦のときはどうするんだろう?
てっちゃんがシュートを蹴るときは、てっちゃ
ん目線でいいとして……てっちゃんのチームがシ
ュートを止める番のときは、てっちゃん目線?
それともゴレイロ目線にかわるの?」
哲也 「え~と、わかんない。パパに聞いてみる」
哲也、携帯電話を取り出して、電話をかける。
「お客様がおかけになった電話は、電源が入ってい
ないか……」
亜紀 「ほら、てっちゃんが『携帯の電源切れ』って言
ったから、お父さんも電源切っちゃったんだよ」
哲也 「ちょっと探してくる」
哲也 アウト
亜紀 「えーっと、てっちゃんいなくなっちゃったから、
わたし1人で場をもたせないといけないのね。
じゃあ、わたしとてっちゃんのなれそめからご
紹介いたします。わたし達がまだ小学生だったこ
ろ、よくてっちゃんと下校してたんですけ
ど……」
哲也 イン
哲也 「ちょっと亜紀ちゃん、恥ずかしいからやめてよ。
パパに聞いてきたよ。『PK戦の時も語り手の
チーム目線だけど、攻撃の時はキッカー目線で、
守備の時はゴレイロ目線に変わる』って。あと、
もう1つパパから伝言『右か左かわからなくなっ
ても、大勢に影響はないから気にするな』って」
亜紀 「空気を読めってことね。1つ目はわかった。次
は?」
哲也 「フットサルって、交代してコートの外に出た選
手が、あとでまた試合に出てもいいんです。
ぼくはキックオフの時は、フィクソ(センター
バックのようなポジション)に入ることが多い。
5分くらいたったら、1回外に出て休憩する。
で、休憩が終わったらまたコートに戻るけど、そ
のときにアラになったり、ピヴォ(ポストプレイ
ヤー。センターフォワードのようなもの)になっ
たりすることがあります」
亜紀 「人数が多いチームは、各ポジションごとに交代
の選手がいるけど、うちみたいに人数が少ないチ
ームは、そのときに空いてるポジションをやらな
いといけないってことね」
哲也 「そう。それをいちいち説明してたら文章のスピ
ード感がなくなるから、省略していることもある。
最初はフィクソだったぼくが、いつの間にかアラ
に変わっていたとしても、必ずしも間違っている
わけではありません」
亜紀 「わかった。これも空気を読むね。次が最後のお
願いね」
哲也 「フットサルやサッカーの場面では、できるだけ
実現可能なプレイだけを採用してるんだけど、1
つだけ、普通の人には絶対できないプレイが出て
きます。
危ないから亜紀ちゃんも真似したらダメだよ。
皆様も決してマネしないように、お願いします」
亜紀 「そんなに危険なプレイやってたっけ?」
哲也 「パパみたいなDBにとっては簡単だけど、DB
以外の人がやると、命にかかわるかもしれないっ
て」
亜紀 「DBってなに?まさか、この物語ってSF要素
あるの?」
哲也 「SF要素はほとんどない。フットサルのポジシ
ョンでもないよ。
でも、DBの意味は、舞台を観ていればすぐに
わかるよ」
亜紀 「へえ~。なんかかっこいい響きだね。わたしも
DBになれるの?」
哲也 「DBになるのはそんなに難しくない。でも1度
DBになると、もとに戻るためには、相当の代償
を払わないといけないって。
この物語にもDBが3人出てくるけど、みんな
『なかなかもとに戻れない』って嘆いているよ」
亜紀 「そっか、なんだか怖いね。あ、てっちゃん、そ
ろそろキックオフの時間になるよ」
哲也 「了解。それでは皆様、ご清聴ありがとうござい
ました。間もなく試合がはじまりますので、ぜひ
最後までお楽しみください」
一礼して亜紀、哲也、下手から退場。暗転