第312話 となると二人きりかぁ
土曜日、本来休日であるこの日は美玻璃ちゃんの社畜こと早川拓海の出勤日である。
もちろん、内容は玲子さんのデートのエスコート相手。
報酬はその時間だけ玲子さんと対面で会話できるということだ。
そう、言うなれば、実質無報酬と言っても過言ではない。
そんな社畜の朝は早い。
男友達と遊びに行く程度なら多少見た目が雑でもいいのだが、相手は玲子さんだ。
となれば、彼女の印象のために俺の身だしなみはしっかりとしないといけない。
そんな服選びの最中、俺は一つのズボンを見つける。
それは俺が好きなちょっと大きめなジーパンだ。
そんでもって太っていた時に履いていたので、ウエスト周りがデカい。
だからこそ、思いっきり履いてみると、お腹を凹ませてないのに隙間が出来た。
それもデカい。とてもベルトで補えるものじゃないだろう。
つまり、今まで履いていたこのジーパンとお別れの時が来たようだ。
長かったような、短かったような。
しかし、ついに俺はこのステージまで来たらしい。
そう、スカスカのウエストを見せつけるような自撮り写真を撮る時が!
さながら、ダイエットのビフォーアフターをわかりやすくするように!
とはいえ、このままではアフターの写真しか取れないのでは? と思いかもしれないが、安心して欲しい。
この俺、ちゃんとビフォーの写真をとってあります!
というわけで、この少し横側の位置から自撮りした体勢に合わせて――
―――パシャ
「おっほ」
おっと、思わず興奮しすぎておほ声が漏れてしまった。
しかし、こう写真を整理してビフォーアフターを見比べてみると、頑張りが可視化されていいな。
ちゃんと自分の努力の証が劇的にわかるというか。
一年がかりで途中軽いリバウンドもあったけど、それでも俺はやり遂げた。
そんな自分を写真に収めたい気持ちはわかる。
となると、筋肉の方もついたのだろうか。いや、男目線からするとそこか。
今さっきのは女性が撮りそうなウエスト周りの写真だったからな。
今度は正面の写真も撮ってみるか。
てか、ビフォーでも正面写真あるとか俺マジか。
スマホを操作してタイマー機能をセットすると、俺はビフォーの立ち姿意識して立つ。
それから、数秒後にパシャッと音が聞こえ、それで取れた写真を確認してみれば、
「ほぉ~~~」
思わず関心の声が漏れた。
というのも、痩せている間というのは、それこそ実感がわきずらいものだ。
毎日鏡を見ていたとしても、変化が少しずつであるため気付きにくい。
なるほど、だからこそ写真を撮るというのだな。
さっきのウエスト周りそうだが、こうして筋肉がついた自分を自慢したいのは少しわかる。
どうりでSNSとかに自分のダイエットビフォーアフターを投稿したくなるわけだな。
俺もこの写真を見れば、この努力を誰かに褒められたいって承認欲求湧くもの。
というわけで、そこから少しポージングを取りながら写真を数枚ほど撮っていく。
もはやその間は「今、俺恥ずかしいことしてるな」と思うこともなく、夢中で取り続けること数分。
「やっべ、それどころじゃね!」
俺、ようやく本来の目的を思い出す。
集合場所の駅前広場には、まだ間に合う時間だ。
だが、このままのんびりしていれば、あっという間に時間を奪われてしまう。
だから、少し急がないと――、
「やっべぇ......」
そうして服を探し続けるが、嬉しくも悲しいかな。履けるズボンがない。
上の方は最悪少しデカくても問題ない。裾が少し長いぐらいだ。
しかしズボンに限っては、俺はウエストでサイズを選んでいたために少し困る。
ゴムパンツ辺りならサイズ関係なく履けるし、てかそれしか履けるものがない。
だけど、さすがにベルトのないズボンというのはカッコつかないような。
いやまぁ、単なる偏見だってのは理解してるけど。
「さすがに買いに行ってる時間はないしな」
今度、ズボンを買いに行こうと心に決めつつも、目下問題は差し迫っている。
玲子さんの前で、それも俺を好きでいてくれる相手の前で失礼な服装ではいられない。
こうなったら......ワンチャンかけるか。
「母さーん!」
―――数分後
「ふぅー、セーフ......」
待ち合わせ十時の十分前、目と鼻の先にある駅前広場にやってきた。
そして、今の俺のズボンはしっかりとベルトにジーパンである。
というのも、俺は母さんに父さんが着ていた服がないか聞いてみたのだ。
すると、ありがたいことに服を持っていたようなのでそれを拝借した。
母さん的に「いつか息子が着てるとこ見てみたい」ということで取っておいたらしい。
まぁ、その後しばらく母さんの撮影大会が始まって少し焦ったが。
なんだったら、全身生前の父さん仕様だが。
紺色のジャケットに白い半袖、それから水色のジーパンとシンプルな格好。
しかし、俺の父さんが売れないとはいえ元俳優とすれば、絶対似合っていた服装だろう。
逆に言えば、太っていたら絶対似合わない格好とも言える。
そんな装備で行き交う人込みを避けながら、待ち合わせ場所の目印である大きな木に向かう。
その木陰には幹を囲うように椅子が設置されており、そこに一際目立つ少女の姿があった。
「なんか輝いて見える.....」
そう思うのは俺だけなのか、はたまた他の人もそうなのか。
どちらにせよ、そこには一人だけ放つオーラが一人だけ違う少女がいるのみ。
周りにいる誰もが一度は玲子さんの姿を見て、あの如何にもナンパ師的な男二人組も明らか日寄っている。
そんな場所に今から向かうのが俺という。
なんか妙な緊張感を感じるが、これ以上待たせるのも申し訳ないので行くか。
あいにくこういった空気感は場数を踏んでいるんだ。今更しり込みしない。
「玲子さん、待たせてごめん」
「いえ、待ち合わせ時間には間に合ってるから問題ないわ。
私が楽しみで少し早く来すぎただけだもの」
「その.....大丈夫だった? 一人で?」
「えぇ、心配されるようなことは何もなかったわよ。
女優時代なら声をかけられてたかもだけど、案外マナーは守るようね」
いえ、それは単に玲子さんのオーラが半端なくて誰も近寄れなかっただけです。
それもそのはず、今の玲子さんの服装は白を基調としたザ・清楚系だ。
一言で言うなら、「ひまわり畑に似合いそうな格好」をしている。
ま、さすがに麦わら帽子はないけど、透明感がヤバイというか。
なんというか、実に犯しがたい絶対領域を作り出している。
それこそ、そのエデンに侵入すれば、漏れなく周囲の信者から八つ裂きにされるような感じで。
だからかな、さっきから周囲の視線が痛いほど刺さるんだけど。
もはや物理的に刺されてる気分なんだけど。
にしても――、
「てっきり美玻璃ちゃんがいるものだと思ってたけど。
もしくは、どっかからずっと監視してるとか......も無いみたいだね。
別の視線が多くてわかりずらいけど」
「あの子なら巻いてきたわ」
「え?」
「男女のデート......それも私のデートに妹同伴なんて無粋じゃない。
だから、適当な待ち合わせ場所をしていしてそっちに向かわせたわ。
もっとも、バレるのも時間の問題だけど、それまでは二人っきりのデートを楽しみましょ」
どうやら玲子さん的にもここ最近の美玻璃ちゃんのベッタリ具合には思う所があったらしい。
とはいえ、それは俺としても好都合と言えるか。
玲子さんの口から美玻璃ちゃんのことに関して聞けるわけだし。
「それじゃ、行くとしようか。
あ、その服装、普段見ない感じですが素敵です」
「見惚れるぐらい?」
「.......」
「ふふっ、言わなくてもわかるものね。拓海君ってば顔に出やすいもの」
「あの見ないでもろて」
そして、玲子さんがベンチから立ち上がるのを見届けると、二人で歩き出した。
モーゼの海割りのように人が割れていく光景は少し見物で面白かった。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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