第299話 お返しのホワイトデー#3
引き続き、登校中。
何の因果かゲンキングが待ち構えていた道中であったが、今のとこ順調だ。
ゲンキングも普通に話を合わせてくれてるし、尋ねてくれる様子もない。
そのおかげで俺も心の平穏を維持できるようになったし、ありがたい。
とはいえ、それはあくまで先送りの状況でしかなく、事態は何も進展していないことには変わりない。
つまり、どこかのタイミングでゲンキングに渡さないと。
そうは考えてタイミングを計っているが、イマイチ踏ん切りがつかない。
それに、考えれば考えるほど心臓がバクバクしてうるさいし、手汗が半端ない。
妙に呼吸のペースが速くなってる気がするし、喉も乾く感覚がある。
緊張してるのは自覚してるし、どうにかしたいのは山々だけど、どうしたらいいか。
少なくとも、今の状況をどうにかせねば落ち着こうにも落ち着けない。
「ねぇ、拓ちゃん、このぐらいの位置だとあと数分で学校着いちゃうね」
自分の行動に逡巡している間、隣から聞こえてくる甘い声に体がビクッと反応する。
視線を隣に向ければ、覗き込むように前かがみで様子を見てくるゲンキングの姿が。
その見つめる双眸は、心配しているようであり、されど期待しているようでもあり。
しかし、それ以上に三日月型に変化した目が、俺の浅はかな思考を見抜いているようでもありで、それがかえって俺を動けなくさせた。
「でさ、拓ちゃんはいつくれるつもりなの?」
「――っ」
想像以上に直球で聞いてきたことに、俺は思わず息を詰めた。
これまでのタカが外れたゲンキングの行動を考えれば、この行動は想像できた。
とはいえ、もう少し遠回しになると思っていた上のこれだ。
前提として俺が用意してないのがありえないという信頼が透けて見え、むず痒い気持ちになるとともに、押し寄せる緊張の波が高潮レベルになってきた。
頬に感じていた微熱は、次第に顔全体に広がっていき、もはや目線を向けることも難しい。
とはいえ、ゲンキングの方からそう言わせてしまったことに申し訳なさが立つ。
こういう意気地の無い所が、未だ彼女達に負担を強いている原因だというのに。
そんな自分自身に腹が立つし、だけど必要以上に自分自身を悪く言うことを彼女達は許さない。
となれば、もういい加減覚悟を決めるべきだ。
どっちにしろ渡さないといけないなら、ここで覚悟を決めろ。
せっかく俺のために、ゲンキングが動きやすい舗装道路を作ってくれたのだ。
たとえそれに甘えることになっても、答えるのが今の俺の務め。
「そ、そうだな......少し公園寄っていいか」
「もちろん♪」
若干、言葉に詰まりながら、指先を近くの公園に向ける。
その行動に、ゲンキングは満足そうに頬を緩めながら、鷹揚に返事をした。
それからすぐに、俺はゲンキングを連れて、視界に入った公園に入る。
その公園は、当然ながら朝っぱらであるためか誰もいる気配はない。
もう少し早ければ、鉄棒で懸垂しているじいちゃんを見かけるのだけど。
もちろん、それが今の俺にとっては都合がいいわけで。
「朝の公園なんて記憶の限りじゃ初めてかも。
なんだか誰もいない公園って世界でたった一人になった気がするよね」
駆け足で先に公園に入ると、ゲンキングが両手を大きく広げて一回転。
スカートをひらりと揺らし、その軌道をポニーテールが追っていく。
そして、振り返るような姿勢でもって、
「いや、今は二人っきりか」
そんな俺の意識を優しく撫でるような言葉をかけてくるのだ。
心臓がゲンキングの掌にあるかのように、俺の視線が釘付けになる。
最近のゲンキングのギャルゲーのヒロイン化が止まらない。
単純に俺が意識し始めたからなのか、それともゲンキングの策略なのか。
その迷う心すら、なんとなく見透かされてるようで。
しかし、俺とていつまでも振り回されている人間ではない。
これでも多少なりとも男としてのプライドがあるのだ。
それこそ、この一年で散々鍛えられた。
だから――、
「そうだね。今は都合がいいよ」
「っ!」
俺の返答に対し、ゲンキングが虚を突かれたように瞠目する。
直後、頬が瞬く間に紅潮し、袖で口元を隠す可憐な乙女が現れた。
ゲンキングの鎧が壊れ、本性が表になった証拠だ。
「拓ちゃん、だんだん悪い男になってくよね」
「もうこの際何言われても仕方ないと思うよ。
というか実際、そっちからすれば悪い男に変わりないと思うよ」
実質、公認四股状態だし。
付き合ってないというのは、もはや詭弁にしかすぎない。
それが俺自身好意に気付いているなら余計に。
「でも、悪い男なりに誠実でありたいから出来る限りの行動をするだけだよ」
「それは一昔前の不良が子猫を拾うギャップ萌え現象と同じだよ。
まぁ、それに引っかかってしまうわたしのチョロさだけどね。
知りたくなかったなぁ、ここまでチョロいなんて」
そう言いながらも、満更でもないような表情を浮かべるゲンキング。
そして彼女は、その後は一言もしゃべることなく待ちの姿勢に入った。
もうお膳立ては十分にしてやったといわんばかりに――次はお前の番だと言わんばかりに。
胸に手を当て、俺は大きく深呼吸をした。
喉から入り込んだ冷たい空気が肺の中の熱を冷やし、それを排気熱として吐き出す。
耳を澄ませなくても聞こえる鼓動がエンジン音とばかりに、俺の足は動き始めた。
たった数メートルの距離がやたら遠く感じ、近づくたびに踏み出す一歩が重たく感じる。
なるほど、これが1か月前の彼女達の気持ちというわけだ。
バレンタインデーが女子にとって戦いである所以なわけだ。
「......」
まるで揺れることなく、ゲンキングの視線が俺を捉える。
その視界の中には、さながら俺しか世界に映っていないかのように。
これが今を含めて四連戦というのは、なんとも......なんともだ。
やがて、俺の両足はゲンキングの前に立つ。
それから、肩にかけていたスクールバッグから一つの小さな箱を取り出した。
それはお菓子が入っているには小さく、そして平べったい。
「これ、お返し」
「ありがとう。開けて見ていい?」
「うん、いいよ」
俺から了承を得たゲンキングが箱の包装を開ける。
それから、薄い紙の蓋を開けると、
「髪留め? しかも、クジラの形をした......これって――」
「正直、物にするのは悩んだだけどね。ほら、色々と重いし。
だけど、それは珍しくゲンキングが物欲しそうに眺めてたものだしね」
以前、ゲンキングがとあるぬいぐるみが欲しいと言うので、ショッピングモールのゲーセンエリアに向かった時のことだ。
たまたま通りすがりのお店でゲンキングが目に留めたのがそれだった。
普段、ゲーム欲しかないゲンキングが、唯一物欲を垣間見せた瞬間。
その時は、子供のようにじっと見つめながらも、泣く泣く諦めたゲンキングであったが、バレンタインデーのお返しとしてなら受け取りお安いんじゃなかろうか。
とはいえ、物で渡してきた相手に物でお返しするなら未だしも。
お菓子でくれた相手に物で返すのはなんか変じゃなかろうか。
そんなことを思っていると、ゲンキングが不意に髪留めを口に咥えた。
それから、ポニーテールをまとめていたシュシュを外すと、代わりにあげた髪留めで髪をまとめる。
外したシュシュは、そのままワンポイントアクセサリーのように手首につけた。
その姿はまさしく陽キャギャルのようで、
「拓ちゃん、これありがとう。
まさかこんな形で欲しかったものが手に入るとは思わなかったよ。
どうかな、これ.....似合ってる?」
サッと背中を向け、その状態で少しだけゲンキングは振り返った。
長く伸びるぴにーテールと後頭部のうなじ、その合間に煌めくクジラの髪留め。
それらが見事に調和していて、俺は言葉よりも先にサムズアップで返事をした。
「そっか。良かった」
そんな俺の返事、もはやどんな表情をしていたかもわからない俺に対し、ゲンキングは体を正面に向けると――ニカッと思わず瞼を閉じたくなるほど眩い笑顔を浮かべた。
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