第291話 ある意味、負け癖がついてるかもしれない
ガヤガヤと賑わいと大き目なBGMで少しうるさいボーリング会場。
そこでは早速、レーンの前に立った永久先輩が自分にあったボーリング球を持って構えていた。
穴に指を突っ込み、胸の前で抱える姿勢は、さながら熟練者のようで。
軸をブラさず真っ直ぐ歩き出せば、伸ばした腕からアンダースローで投球。
レーンに投げ出された球は、カーブのかかった回転をすることで僅かな湾曲を見せ、そのまま吸い込まれるように先頭のピンを捉え――爆散。
ガシャコーンという気持ちいい響きとともに、俺が座っているソファの近くのタッチパネルからストライクを称賛する小気味の良いSEが流れる。
「おぉ~」
乱れだツインテールの一房を手で跳ねのけ、颯爽と帰ってくる先輩。
その姿を見て、事実結果を出したと事に対して、俺は惜しみない拍手を送った。
これで先輩が出したストライクのは始まってから連続三回。
いわゆる、ターキーストライクというやつだ。初めて見た。
優雅な立ち振る舞いで向かいのソファではなく俺の隣に座る先輩は、短くスラッとした足を組み、実に誇らしげな顔を俺に向ける。
「ふふっ、これぐらいはどうってことないわ。
とはいえ、その驚いた顔を見るのは、中々悪く無い気分ね」
「いや、実際驚いてますよ。先輩にこんな特技があったなんて。
でも、意外と言えば意外です。先輩はボーリングとかやったことなさそうだと思ったのに」
「実際、やった数は少ないわよ。たぶん今を含めれば二回ぐらいじゃないかしら?
前やった時は......そうね、兄がまだいた頃だからまだ二回目だわ」
それって、バリバリの初心者じゃないですか。
だって、先輩のお兄さんが亡くなってから少なからず数年は経過している。
仮に、最初の一回目でコツを掴んだとしても、それを忘れてもおかしくない。
にもかかわらず、それを思い出して実際にストライクを三回連続出す程度には再現性を見せてる。
さすがに三回連続を偶然と片付けるには無理があり過ぎるし、これが先輩の実力と見てもいいだろう。
「対して、俺のは.....」
隣にあるタッチパネルに表示されるスコア表。
そこに輝かしい成果を見せる先輩の横に映る俺のパッとしない成果だ。
1回目2投合わせて7ピン、2回目ガーターと5ピン、3回目7ピンとガーター。
う~ん、実に一般的。いや、平均を知らないから一般的とも呼べるかどうか。
ここまでガーターを出してる時点で普通に下手かもしれない。
こういうボーリングって、やはり対戦相手がいて初めて楽しめる感じじゃなかろうか。
だとすれば、明らかに俺のレベルは先輩からすれば合っていない。
そのことにそこはかとない申し訳なさを感じていると、腕を組んだ先輩から横から口を出し、
「別に気にする必要はないわよ。
ワタシは既にこうしてあなたと一緒に遊べてるだけで楽しいし。
それよりも、今のように悲しい顔をされる方が嫌だわ」
「すみません、そう思わせるつもりはなかったんですが。
中途半端に負けず嫌いを発揮してしまってるみたいで......」
そこまで自分の心の内を言葉にしおきながら、俺の口は勝手に閉じ始める。
わかってる、たぶん情けない姿を見せるのが恥ずかしく感じているのだろう。
つまり、それは先輩に弱みを見せず、カッコつけたいという男心であって。
本当に今更な感情が羞恥心として沸き上がっている事実に、なんと気持ちの折り合いをつければいいか。
いや、それすらも本当はわかってるはずだ。
男として少しでもカッコつけたい気持ちがあって、それでも現状の実力じゃ無理。
だとすれば、今は情けなくても、そこから少しずつ変わり最終的にカッコつければいい。
そんな俺の身勝手な葛藤を前に、先輩はただ俺からの言葉を黙って待っていた。
いや、むしろ、俺が言うべき言葉を期待して待っているようにさえ感じられて――、
「先輩、俺に投げ方を教えて下さい!」
頑として待ちの姿勢の先輩に、俺は素直に頭を下げた。
本来、こういう教えを乞うのはデートとして間違ってるとは思う。
だって、そういうのは二人の共有する時間を「楽しい」で埋めるのが本来の使い方だと思うから。
それに、「楽しい」という基準も人によって違う。
誰かとガチンコ対戦して「楽しい」と思う人もいれば、パーティーゲームでワイワイするのが「楽しい」と思う人もいる。
つまり、先輩が勝負に拘ってるか否かという話だが、俺の推測では後者だ。
先輩は成績優秀者として有名だが、それは本人からすれば結果的に取れたものだ。
ましてや、兄というしがらみを失い、体を軽くした今では特に。
そういう勝負事の本質が現れるのは、何も勉学に限った話じゃない。
勝負事に関わることならなんでもそうだ。
それに対して、先輩は勝敗に興味がない。
だから、今の俺の提案が先輩からすれば筋違いと分かってる。
でも、先輩は望んでいる――俺からの素直な言葉を。
そんな俺の言葉を聞き、先輩は嬉しそうにニコッと笑みを浮かべると、
「感覚でやってるから無理」
「――ぇ?」
笑顔で否定された。お、え、あ、え?
うん? あれ、今、すっごい矛盾を感じているような?
え、今、断られた? いや、それ自体はいいんだけど、なんで笑顔?
「ふふっ、随分と目を白黒させる表情するのね。
そこまで綺麗に表現されるといっそ清々しくて、少しだけ断ったことが申し訳なくなるわ」
「.......その、先輩?」
「言ったでしょ? ワタシは二回目だって。
今だって昔の動きをトレースしてるだけに過ぎない。
そして、それはワタシだけにしか使えない方程式も同じなのよ。
仮に、それを拓海君に教えようとも、決して上手くいかないと思うの」
「は、はぁ.....」
「だから、拓海君は独力で頑張って。その姿を応援しているわ」
......なるほど。
「であれば、先ほどの意味深な態度は何だったんですか?
その、こう......まるで俺がこういうセリフを吐くようにしむけるような、わかってますよ感」
「あぁ、あれね。こういう態度をを取ったなら、たぶん言ってくるだろうなと期待してたのよ。
言うなれば、検証と言うべきかしら。そして、それは先程の行動を持って証明された」
「証明されたらどうなるんですか?」
「ワタシの拓海君に対する愉悦が増える」
「クソ!」
俺の全力の悪態に対し、先輩は微塵も気にすることなくケラケラと笑う。
要は先輩が言わんとしていることは、俺のこれからの全幅の信頼は先輩の愉悦のために消化される可能性が大いに増えるということだ。
字面だけ見るなら、先輩は今この瞬間にも自他ともに認める悪女となっただろう。
しかし、こんなことを面と言われても、俺の先輩に対する信用は身じろぎもしていない事実。
振り回されることで若干気分が良くなってしまっている。
そのことに言い表せぬ変態性を露出させ、滲み出てしまう気持ち悪さ。
それを先輩は気持ち悪いと罵るわけでもなく――、
「ふふっ、可愛い」
と、評価してしまうのだから、余計に俺の心は居たたまれない。
つまり、先輩は自分の掌でコロコロと転がる相手をご所望なのだ。
そういう意味では、俺と言う人物は実にお気に入りなのだろう。
言葉にしなくても、態度にしなくても、関係値からそう感じてしまう。
そして、それを証明するかのような先輩の態度も相まって。
あぁ、これから先輩に何回負けることになるのだろうか。
「ほら、もうとっくにあなたの番よ。早くしなさい」
「くっ、こんにゃろ! いつまでも負けてられっか!」
「そうよ、早くワタシの前で無様に踊りなさい」
「今にも吠え面書かせてやるからな!」
負けん気爆発、俺は勢いよく立ち上がると自分のボーリング球を手にする。
背後から聞こえる「頑張りなさい」という声に背中を押され、俺はレーンに向かって歩き出した。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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