第281話 考えてみれば、ここから辛くね?
「いっただきまーす」
「......いただきます」
現在、午後六時半。
俺と琴波さんは迎え合うように席に座り、夕食の時間を迎えた。
テーブルの上にはハンバーグをメインとして、いくつかの料理が並ぶ。
その大半で冷凍食品を使用したが、一応フライパンも使用したので料理したと言えるだろう。
実際、俺は食材を切るのを手伝っただけだ。
その一方で、琴波さんの料理スキルには目を見張るものがあった。
手慣れてるのがわかるそつのない動きは、動画で調理光景を眺めるソレと同じ。
ついつい魅入ってしまう。そんな魅力に溢れていた。
だからではないが、鼻孔をくすぐるニオイも相まって、食べる前から美味いとわかる。
というか、不味いはずがない。どこにもそんなフラグは無かった。
「.......うまっ」
と、逆にフラグを立てたわけだが、無事に折られた。
もちろん、「いやここで味付けがミスっててなんじゃこりゃー!?」ってお約束も期待しないではなかったが、やっぱりご飯は美味しく食べたいよね。
んで、食べてみればあまりの美味さに言葉が漏れた次第で。
なんというか、こう......人ん家で食べる夕食って違った美味しさあるよね。
.......食レポ下手か。
「拓海君に気に入ってもらえたなら何よりだよ。
ただまぁ、メインディッシュのハンバーグが冷凍食品ってのが不満。
どうせなら手作りを食べて欲しかった。材料無かったから仕方ないけど」
俺の反応に喜び半分、しかし手作りじゃないことに不満半分と言った感じで、眉根を寄せる琴波さん。
とか何とか言いつつも、一口サイズに切り分けたハンバーグを頬張れば口に運べば、その美味しさで頬を緩ませている。
その表情の変化には、なんとなく「くっ殺騎士」を彷彿とさせた。
もっとも、脳内の映像は飯テロを受けている騎士様であるが。
「ハンバーグをイチから作ったことあるの?」
「あるよ。生地作って形整えて焼くだけだからね。大した手間じゃないよ。
それに手作りだったら、生地の中に何入れても良いしね。
豆腐を使ったヘルシーハンバーグだって作れちゃうんだから」
「.......じゅる」
声高に話す琴波さんの言葉に、俺の食指が刺激される。
おかしい、現在進行形で夕食の真っ最中だってのに、想像しただけで涎が止まらん。
ハンバーグというそれだけで美味いS級料理に、さらに別の美味しい食材を閉じ込める。
基本料理はレシピ通りに作れと言われるが、琴波さんの料理スキルはこの目で確かめた。
つまり、S級料理がSS級料理に至るのは、もはや当然の理。
食いたい。正直、頼みこんでそのご馳走を味合わせて欲しい。
しかし、俺はただでさえ琴波さんに迷惑かけている身として、俺から頼むことは――
「拓海君、もしかして食べてみたい?」
「え?」
左手でお椀を持ち、箸でご飯を摘まんで今にも食べようとしていた琴波さんが、その手を止めて俺の顔を伺った。
その問いかけに、俺は口を半端に開けながら、少し目を泳がせる。
「.......そんなにわかりやすかった?」
「まぁ、割とかな。拓海君、顔に出やすいし」
そう言って、琴波さんはご飯をパクリ。
ただご飯を食べてるだけなのに、頬が落ちそうなほど美味しそうに食べるもんだから、なんだか自然と俺が食べてるご飯もより美味しく感じる。
「で、食べてみたい?」
「おっと、追及するんだね」
「そりゃもちろん、だって――」
琴波さんがお椀を置き、その上に箸を置いた。接触音でカチッと鳴る。
そんな行動をした彼女はただ俺へと視線を注ぎ、それから両膝を机に置くと、重ねた両手に頬を乗せ――
「食べたいんでしょ?」
「――っ」
妖しく、それでいて艶ぽい問いかけ。視線も表情も然り。
胃袋だけではなく、心臓の方にもそっと手を掴みに来ているのがわかる。
だって、心臓が高鳴っているもの。
これを血糖値スパイクと言うには無理がある。
それに、俺は彼女の好意を知っているからこそ、その言葉の意味も正確に理解している。
彼女は暗に伝えているのだ――また家に来れるね、と。
これが素なのか、はたまた計算された仕草なのか。
琴波さんの性格からすれば後者は考えずらいが、安易に削り切れないのも確か。
これも安達さんの入れ知恵なのか? それとも――、
「どっち?」
「......ぁ、た、食べたい......です」
出だしの掠れた声。
それでいて誠意を示すように絞り出した声も、背けた顔と一緒に消え入る。
顔が熱いなんてものじゃない。もう、今すぐ水風呂にダイブしたい。
ゲンキングとはまた違った心の揺さぶられ方に、動揺が隠しきれない。
まぁ、あの時の彼女は場違いだったから、俺の理性も強めに働いたけど。
今は断じてそういう時じゃない。無防備な本能をフルボッコだ。
体の奥から込み上がる何かで、緊張とは違った意味で食べ物が喉を通らない。
もはや今の俺は漂うニオイも感じぬままに見惚れていた。
「よし、言質取った! それじゃ、また準備できたら呼ぶから絶対に来てよね!」
破顔、それはさながら蕾が花を咲かせたようにやんわりと。
人を魅了するというより、安心させるやほっこりさせるといった類の笑顔だ。
とはいえ、たとえ笑顔に含まれた感情に差異があったとしても、笑顔には変わ成りないわけで、
「......なんというか、したたかになったよね。言質取るって」
「そうかな? でもまぁ、強いて言うなら動かないで立ち止まるのは嫌だっからかな。
それに、今となっちゃもう走ってないと落ち着かないというか」
「そんなマグロみたいな言い方せんでも」
「ご賞味あれ......なんちゃって」
そう聞くと、いかがわしく捉えてしまうのはきっと思春期だからなのろう。
出来る限り額面通りに受け取りつつ、止まっていた食事を再開した。
ともあれ、琴波さんの言葉は思春期以外でも俺の心根に刺さった。
彼女が突っ走るキッカケになったのは、俺に対する憧れだ。
ゲンキングが玲子さんに感じる憧憬と似たような理由で、彼女も自分を変えようと努力を始めた。
もちろん、その時の俺は琴波さんのことなんて知る由もない。
だって、当時はまだ隼人と関係を築き始めて、信頼を得ようと必死こいてた時だ。
どこかに目を向ける余裕なんてほとんどなくて。
休み時間、クラスの中でもただ浮きまくりながら勉強をしていたのは、今となれば良い思い出だが。
そんな俺が知らぬ間に影響を与えていた相手が琴波さんだった。
そして今、影響を受け変わった彼女が目の前にいる。
ジジ臭いかもしれないが、少しばかり感慨深く感じてしまう。
「なんか笑ってるけど、どうしたの?」
「え、笑ってた? そんなつもりは......いや、うん、少し思う所があってね」
「?」
琴波さんが怪訝そうな目を向けるので、改めて「大丈夫だから」と念押しして、残り少ない一口サイズに切り分けたハンバーグを口に運んだ。
口の中に広がるデミグラスソースと一緒に、思い出も飲み込んでいく。
今はただ、深いことを考えず、美味しい食事を楽しもう。
それから十数分後、俺達は食事を終えた。
食器をシンクまで持って行くと、突然そこで琴波さんがエリアを形成する。
「私が洗い物しちゃうから、拓海君は先にお風呂入ってて......って、そういればお風呂忘れてた!?」
「まぁ、もともと急な泊まりだったしね。
俺は別にこのまま.......ってのはさすがに悪いな。
シャワーと、それから衣服も借りていい?」
「拓海君がシャワー......」
俺が提案した内容を聞いた途端、琴波さんがどこか遠くを見始める。
それから数秒後に、ハッと顔をすると、慌てて手と首を左右に揺らした。
「ち、ちち違うよ!? 想像してたとかじゃ......う、うん、パジャマね! 用意しておくよ!」
「何も言ってないけど......とりあえず、俺で想像するのはやめときな」
腹筋6LDKの男だったら色っぽいシャワーシーンになっただろうけど、俺はなぁ。
最近痩せ始めて、なんとか70キロは切って来たけど、身長も相まって未だに豚感が抜けない。
そんな俺がシャワーシーンに飛び出してみろ。誰得だ。
それどころかソープに来たおっさんじゃねぇか。
......うっ、今ですら同族嫌悪で吐きそうになった。
もうこの話を考えるのは止めよう。
「ぜ、全っ然考えてとかないから! それじゃ、取り行ってくるね!」
そう言って、漫画的に言えば足をグルグルさせてバビューンと走り出した。
その姿が消えるまで見送った後、そっと顔を上げ、
「とりあえず、もっと痩せなきゃな......」
俺は悲しみを抱えつつ、静かに決意した。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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