第275話 どうしたゲンキング、話聞こか?
季節はもうすぐ二月末。
つまり、もうすぐ高校一年が終わろうとしている。
待ち受けているのは春休みであり、誰もが心躍らせる念願の長期休みだ。
ただまぁ、もうしばらく先だけど。
ちなみに、春休みは好きだ。
思ったよりも課題は多くなく、それでいて気温も丁度いい。
まるで縁側で日向ぼっこする猫のようになってしまう。
だがしかし、そんな極上の季節の前には、倒すべき敵がいる。
その名も「学年末テスト」というラスボスだ。
この一年で学んだことを試されるという、事実上のボスラッシュ。
「やりたくねぇ......」
おっと、思わず本音が漏れてしまった。
とはいえ、その気持ちに嘘はつけない。
特に、俺に限って言えば、隼人への信用試験も兼ねてるしな。
「つまり、いつも通り妥協は許されねぇってことだよな」
まぁ、勉強が習慣化したおかげで、テスト勉強は嫌だけど苦ではない。
それに日頃の努力のおかげか、慌ただしく全てをやる必要はない。
授業で先生が過去問を配ってくれたけど、見た感じ直近の授業が問題として出される傾向が高いみたいだしな。
とはいえ、テスト勉強をやらない理由にはならないので、どうにか時間を作らねば。
......と思いながら、帰る準備をする放課後。
俺の机の前に、二人の女子がやってきた。
そして二人揃って、同時に俺に話しかける。
「拓ちゃん、一緒に勉強しない?」
「拓海君、一緒に勉強とかどうかな?」
「......」
「「.......ん?」」
俺の目の前で、ゲンキングと琴波さんが同時に顔を見合わせた。
まるで二人とも今隣の存在に気付いたみたいな顔をして。
え、その言葉示し合わせずに言ったの?
「えーっと、二人ともテスト勉強がしたいってことでいい?」
「「うん、そう!」」
「圧が強いな.....」
二人揃って前のめりで顔をズイッとしてくる。
向けてくる瞳からして、単純な熱量で言ってるわけじゃないとわかる。
そこまでやる気なら二人でやれば.....と思ったが、そうじゃないのだろう。
たぶん、二人からすれば、俺とやることに意味がある。
だからこそ、こんな打ってつけのイベントを利用しないはずがない。
......自分で言っててなんだが、テスト勉強ってそんなイベント事か?
「俺は別にいいけど、その場合三人って解釈でいい?」
「「......」」
たぶん、先ほどの反応からして、二人とも一緒にやる予定はなかったのだろう。
しかし、運が悪いことに全く同じタイミングで行動してしまった。
それが今の状況......え、まさかここから俺に選べって言わなよね?
なんか二人とも神妙な顔で見つめ合ってるし。
だけど、その間で会話が一切反応していないというね。
アイコンタクトってそこまで会話できるものなのだろうか。
せめて、野球のバッテリーのように首振りでもあるべきじゃなかろうか。
それから最終的に、二人は何かを決めたように頷くと、一斉に顔を向けた。
「「それで大丈夫!」」
「あ、いいんだ......」
とりあえず、妥協してくれたみたいで何よりだ。
俺も少しホッとしたよ。最近、決断疲れの回復が遅くって。
とにかく、決まったとなれば、早速出発するとしよう。
「それでどこでやる予定? 図書室? どこかの喫茶店?それとも中央図書館とか?」
そう聞いた瞬間、琴波さんの手がシュピーンと伸びた。
「うちの家で!」
「「......え??」」
俺とゲンキングが唖然となったのは、言うまでも無かった。
―――十数分後
流されるままに、俺は琴波さんの家にやってきていた。
赤い屋根のどこにでもある一軒家。
他の家よりかは若干外装が綺麗に見える。
って、そうではなく! 本当に来て良かったのか?
一応、ゲンキングもいるから大丈夫とは踏んでるんだけど。
「あの.......今更だけど、本当に大丈夫なの? その、特に男を家に招くとか」
「大丈夫。今日はお父さんもお母さんも帰るの遅くなるらしいから」
「いや、それ絶対早く帰ってくるフラグのやつ」
違う、ゲンキング! ツッコみのセリフ、それじゃない!
確かに、そういうセリフの場合、カップルがイチャイチャしてるとことに、両親が早く帰ってきて「え、もう帰ってきたの!?」みたいな定番の流れがあるけど、そうじゃないんだ!
琴波さんの返答が、決して男を家に招いていい理由じゃないことに気付いてくれ!
むしろ、両親がいないことの方が問題なんだ!
「大丈夫、テスト週間じゃなかったら考えたけど、今日は真面目に勉強する気できたし」
「琴波さん? 今日、色々本音駄々漏れやすぎませんか?」
「さ、入って入って」
「あ、ちょっと」
琴波さんが俺の背後に回ると、急かすように背中を押してくる。
いつにも増して圧が強い琴波さんを、俺は肩越しに見た。
瞬間、目に留まったのは琴波さん――ではなく、その後ろにいるゲンキングであった。
なぜなら、彼女はほんのり顔を赤くして、目を逸らしていたから。
今から勉強するというのに、一体なぜそんな顔をする必要があるのか。
一抹の不安が俺の心に生まれてしまったのは、きっと気のせいじゃないだろう。
「はい、到着! どうぞ、座って座って」
琴波さんの部屋に到着すると、何とも言えない空気に包まれた。
女子特有のいい香りがする、少しファンシーな部屋。
特にベッドの枕もとに、ぬいぐるみがたくさん置いてある。
部屋の中は片付いており、机の上には安達さんとのツーショットの写真が飾られていた。
「うち、飲み物取ってくるから」
そう言って、琴波さんは一人部屋を出ていく。
女子の部屋でゲンキングと二人きり。
慣れない。な、なんだこの緊張感は。
真面目に勉強しに来たが、この空気感で出来るか怪しい。
それに、ゲンキングもさっきから妙に静かだし。
「と、とりあえず、座ろうか」
「そ、そうだね......」
ゲンキングを促し、俺はすぐ近くにあるローテブルを囲むように座った。
荷物をそばに置き、とりあえず勉強道具を取り出す。
「「......」」
き、気まずい......! なんでこんなに気まずく感じるんだ!?
いや、原因はわかってる。
この慣れない環境と、しゃべらないゲンキングのせいだ。
環境は未だしも、ゲンキングが黙ってる原因は謎過ぎる!
なんでだ? なんでさっきからずっとモジモジしてるんだ?
失礼な発想だと、お手洗いかな? と思うけど、だったらすぐに琴波さんに申告してトイレを借りてるはずだ。
だからこそ、今のゲンキングの様子がわからない。
彼女は一体何を考えて、何を感じ取ってそんな状態になってるんだ?
「......さっきからずっと何か我慢してるようだけど、大丈夫?」
「え、あ、うん......大丈夫.....」
「いや、さすがに嘘だってわかるよ」
当然、見ただけでね。
「アハハハ、さすがにバレるかぁ......」
「むしろ、どのへんでバレない要素があったのか教えて欲しい。
それで一体どうしたのさ? 急に様子がおかしくなったけど」
そう聞くと、ゲンキングは目線を斜め下に向け、何か考え始めた。
それから三十秒ぐらいして、ようやく口を開く。
「その、さ? 例えばで聞いてほしんだけど、普通さ?
男女が一つ屋根の下で集まったとなれば、その......男女のイチャイチャってのが始まるわけじゃん?」
「始まるかどうかは当人次第だけど、とりあえず『男女の』って言葉をつけるのはやめようか。
途端に脳内の状況設定が生々しくなるから」
「それでさ、私だってその......ある種の憧れというものがありまして」
「ふむ.....む?」
なんか途端に雲行きが怪しくなったぞ?
この流れのこのタイミングで切り出す話として、ヤバイ展開になるのでは?
「ゲンキン――」
「あーもう! もうこの際、単刀直入に言うよ!
拓ちゃん、ちょっとイチャイチャしない......?」
眉間に少ししわを寄せ、顔を真っ赤にしながら、堂々と聞いてきたゲンキング。
それに対して、俺が言えることは――、
「いや、お前......頭おかしくなったか?」
これしかねぇだろ。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)




