第250話 年始の出来事#2
「年末何してた?」
「特に何も。あ、でも、強いて言うなら空太と一緒に年越しまでゲームしてたかも。
新しいゲームを買って年越すまでにクリアするって感じで」
「そうだな。まぁ、結果から言えば、ギリギリ間に合わなかったわけだが」
「あれはエンディングだったじゃんか。エンドロールムービーは別だって」
と言った具合に、大地と空太は年末まで一緒に過ごしていたらしい。
さすが幼馴染といったところだろう。友達と過ごす、か。
今年、っていうか去年か。
その時は母さんと過ごすと決めてたけど、今年の年末はそういうのありかもな。
大地と空太、それから隼人も呼んで。
まぁ、隼人は来るか知らんけど。
「隼人は何してたんだ?」
「俺は姉貴に連れ回されて非常に苦痛な時間を過ごしてたよ。
それから、クソ親父ともあって最低な気分の年末だ。ま、毎度ながらな」
まぁ、隼人は一応金城財閥の御曹司だからな。
上流階級の人間としての繋がりっつーのがあったりするんだろうな。
そう思うと、心なしか隼人の顔が少しやつれてるように見える。
同時に、隼人を連れ回した成美さんは肌ツヤツヤなんだろうな。
「あ、そうそう。そういや、姉貴からお前らにこれ渡せって言われてたんだ」
そう言うと、隼人は小さなショルダーポーチから三つの小さな封筒を取り出した。
そして、それを俺、大地、空太の三人に渡していく。
その封筒を触った感じ、ちょっとずっしりしていた。
金持ちから渡されるお年玉ほど怖いものは無い。
いや、別に後ろめたいことは何もないんだが.......その、ね?
にしても、この感じ......なんだろう、少し嫌な予感がする。
俺は封筒の口をゆっくり開け、中身をそっと取り出した。
すると、入っていたのは大量の諭吉もとい栄一。
加えて、パッと見でもわかる。これ数万程度じゃない。
俺はサッとお金を隠しつつ、思わず左右を見ては人々の視線を確認した。
そんな全く同じ反応をしているのが大地と空太だ。
なんだろう、この危ないものを持っている感じの恐怖感。
「な、なぁ、隼人......これいくら入ってるんだ?」
その時、背中を丸めた大地が、封筒を両手で大事そうに抱えながら、隼人にそんな質問をした。
隼人は少し思い出すような素振りをすると、サラッと答えた。
「確か......一人20万」
「「「ダッハ」」」
俺達は漏れなく透明な吐血をした。
もし、色を付けたのなら、その辺一体血の池ができているだろう。
それぐらいの衝撃を俺達は受けたのだ。
にしても、そう認識した途端、この封筒凄い重たいんだが。
いや、もはや全身が重い。
俺のいる場所だけ重力が倍になってる気分だ。
加えて、手のひらはどことなく乾いて冷たくなり、身震いすら感じる始末。
「一応、あの姉貴も色々悩んでたみたいだぞ。
なんせ俺の友達にあげるものだったからな。
本当は100万ぐらいやっても良かったそうだけど、さすがに心象悪いってことで、軽めにしておいたらしい」
軽いでこれ!?
お、重い......! あまりにも重すぎる!
確かに、ワンチャンお年玉がもらえるかもと思ってた。
とはいえ、あまりにもあんまりだ!
ジャブで脳震盪レベルぞ!?
100万なんて貰った日には精神が破壊されるっ!!
その時、俺達は揃って目を合わせた。
もはや言わんとしてることは同じらしい。そりゃそうだよな。
そして、俺達は同時に封筒を隼人へと戻した。
「ん? どうした? いらねぇのか?」
「こんな大金受け取れるか、バカ。
本音を言えば、めっちゃ欲しいが......だからといってこの額はない。
それに、俺達はこんなんを貰うためにお前の一緒にいるんじゃねぇ.......めっちゃ欲しいが」
「拓海の言う通りだ。正直、めっちゃ欲しいさ。
けど、これを受け取っちまったら、俺達の関係性が変わるような気がしてならねぇ。
だから、これはある種のケジメってやつだ.......めっちゃ欲しいが」
「俺もめっちゃ欲しい.......ごほん、二人と同じ意見だ。
こんな金で俺がなびくと思うな......めっちゃ欲しいが」
「三人とも欲望が隠しきれてねぇぞ」
隼人は封筒を受け取るが、それをチラッと見ては、見せびらかしてくる。
「いいんだな? 本当にいらないんだな?」
「「「あ、あぁ......あぁあっ」」」
さがなら、頭の上にニンジンをぶら下げられている馬の如く。
隼人が手首を振ってゆらゆらと揺らす封筒に、俺達は伸びそうになる腕を必死に抑え抗った。
もっとも、その時の姿は馬というよりゾンビに近い感じだったが。
「ハァ、お前らがそこまで言うんだったら仕方ねぇ、諦めるか」
「「「あぁーーーーー!!!」」」
隼人が封筒をポーチに入れれば、俺達はその光景に嘆き声を上げた。
そして、揃って顔を下に向け落ち込んでいく。
瞬間、隼人はポーチからチラッと封筒を覗かせれば、金のニオイに俺達三人の顔が上がる。
「めっちゃがめついじゃねぇか」
そんなことを数回繰り返されつつ、挙句お金はしっかり隼人のもとへ。
まぁ、隼人がお金を返すことは絶対ないとわかってたけどね。
だって、コイツはサディストだし。
チャンスなんて一回しかやらんだろ。
とはいえ、やっぱ惜しいことをしたかなぁ.......。
そんなことを思いつつ、階段を上り切る。
そこには左右に並ぶ数多の露店が視界いっぱいに広がった。
ついでに美味しそうなニオイも辺りに充満している。
そして、その狭い通りを往来する大量の人々。
まるで満員電車みたいだ。
まぁ、満員電車乗ったことないけど。
「さすがにすごい数だな」
「まぁ、初詣だしな。こんなもんだろ」
大地と空太が目の前の光景を見て、そんな短い会話をした。
俺もその往来する人々を見ていると、やはりというべきかカップルが多い。
もちろん、家族連れも同等かそれ以上ぐらいいる。
が、それでもカップルは必ず視界内には入る。それぐらい多い。
そこに着目してしまうのは、思春期特有のものなのか。
「そういや、今更だけどお前は愛名波さんと来なくてよかったのか?」
隼人は勇姫先生と付き合い始めた。
となれば、隼人ラブ勢の勇姫先生がこのイベントを逃すはずがないんだが。
そう思っていると、隼人は「あー」と渋い顔をしながら答えた。
「面倒だったから断った」
「めんど......お前、俺が言うのもなんだけどそりゃねぇって。
愛名波さんのことだから絶対に楽しみにしてただろ」
してたどころか、命賭けてたろ。
「みたいだな。断ったら、うっすら電話越しに涙声が聞こえた」
「てんめコノヤロー! いくら隼人でも勇姫先生を泣かす奴は許さねぇぞ!
おい、連絡取れ!今すぐだ! おら、とっとと早くしろバカ!」
「お前、何しやがる! 人のポーチ漁ろうとすんじゃねぇ!
だったら、テメェも同じだろうが! 交換条件だアホ!」
「俺はお前らと全然関係性違くて......あぁクソ!
勇姫先生のためだ! 背に腹は代えられねぇ!」
そして、俺は例の四人を呼び出すことを条件に、無事隼人に勇姫先生へ連絡を入れさせた。
そのレイソのやり取りの一部始終を見ていれば、隼人が文章を打った直後にすぐに既読がついた辺り、勇姫先生の切実な願いが感じ取れた。
「ふぅー、これでよし。勇姫先生も無事報われたことだろう」
そういや、つい勢いで勇姫先生って言ってるや。まぁいっか。
「俺は別に何の問題も無いが、お前は新年一発目から修羅場突入だな」
「うっ、それは.......しかし、これは仕方ないことだ。
それにどっちにしろ今日はどっかのタイミングで会いそうな気はしてたしな」
そう思いつつも、クリスマス以降会っていないので気が重い。
だって、あの時のセリフ、よくよく考えればスゲー気持ち悪いじゃん。
だから、それを思い出すと自己嫌悪でなんだかな~って感じで。
「おい、二人とも! 早く行くぞ!」
「あと、参拝前にから揚げ食っていいか?」
そんな俺の気持ちを知らない二人は能天気に声をかける。
その姿に、俺は一つ息を吐くと、隼人とともに歩き出した。
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