第231話 この気持ちにケリを
俺は文化祭が終わってから様々な出来事を経験した。
勇姫先生との関わりから始まり、彼女の友達である柊さんと椎名さんと知り合い、多くの関わりのない女子と話し、挙句には合コンへと行って。
彼女とか作る考えも無かった俺が、こうも女子と関われば存外負担は大きいもので。
そして、知らず知らず溜まっていた気持ちが爆発したのが、玲子さんとの会話で。
つまりは、そこまで精神的に追い詰めたということを、今俺の目の前で柊さんは白状したのだ。
それに関しては、さすがに怒りを覚えざるを得ない。
自分で自分の器の小ささは理解している。
だからこそ、俺は漫画の主人公のように、あっさり許すことは出来ない。
とはいえ、あくまで理性的に。感情的に動くな。
「......その言葉は本当か?」
俺が目つきを細め、柊さんを睨んだ。
瞬間、柊さんはビクッと反応し、そっと目線を逸らしていく。
これまで見たことない柊さんの弱々しい姿だ。
そして、柊さんは数秒後に目線を俺に戻すと、コクリと頷いた。
「それも勇姫先生のため......という認識でいいんだよね?」
「うん。私はゆうちゃんが金城君のことを好きで、そして金城君の指示で拓海君に動いてることを知ってた。
具体的にどういう指示を受けていたかは知らないけど、大体察しはついたから、そのために必要な行動を取った」
「ちなみに、勇姫先生はこのことには?」
そう質問すると、勇姫先生は申し訳なさそうな顔で首を横に振った。
「悪いけど、この子が自白するまで何も知らなかったわ。
だから、この子の暴走を止められなかった責任の一端はアタシにもある。
それに、あんたがそこまで追い詰められてたってことも含めてね」
「いいや、それに関しては勇姫先生が謝ることじゃないよ。
元を辿れば、俺も面倒な状況を作っていたのも悪いし。
それで? もう少し詳しく聞かせてくれるんだよな?」
視線を柊さんに向ければ、少し圧をかけるように言った。
すると、柊さんは勇姫先生の方を向き、「言っていい?」と何かの許可を取り、勇姫先生からのゴーサインが出るとしゃべり始めた。
「まず初めに聞いておきたいんだけど、ゆうちゃんが拓海君に近づいた理由って気づいてる?」
勇姫先生が俺に近づいてきた理由か。
そりゃもちろん、隼人との関係性を良好にするためだろう。
隼人は家の環境のせいか知らんが、損得勘定思考がデフォルトの人間だ。
つまり、隼人と付き合いたい勇姫先生は、隼人にとっての”得”のある人間でなければならない。
それを測るために、隼人は勇姫先生に対し何らかの試練を提示した。
結果、勇姫先生は隼人とコンタクトを取れたにもかかわらず、依然として俺と関わっている。
「隼人の試練をクリアするためだろ?」
「うん、その認識で合ってる。
じゃなきゃ、ゆうちゃんは拓海君のダイエットになんか協力してないだろうし」
「そこまで薄情な人間じゃないわよ......って、まぁ今ならそう言えるけど、たぶん二週間前ぐらいのアタシならそうだったかもね。
だって、隼人君以外興味ないし」
まぁ、それが勇姫先生という人間だよな。
けど結局、人情が勝ってる気もしなくもないけど。
やっぱこの人カッケーわ。なんというか、基本ブレない姿勢が。
それにブレても人情って理由がまた良い意味で憎いよね。
「それじゃ、ゆうちゃんがどういう目的で拓海君に近づいたかは?
金城君に近づくためって理由のほかに、別の目的があるの」
その質問に、俺はそっと腕を組んだ。
隼人に関すること以外の目的か......確かに、いざ考えてみるとわからないな。
いや、でも全く心当たりがないことはないよな。
だって、初期の方はやたら恋愛指導をしようとしてきたし。
だけど、アレも別にそう長かったわけじゃないしな。むしろ、短かった。
それよりもやっぱ、ダイエットに関して熱心に協力してくれたしな。
でも、別に俺が太っていようと痩せていようと、勇姫先生にとって関係ないよな?
「う~む.....そう考えると意味が分からない」
そんなことを呟くと、勇姫先生が俺を見ながら腕を組み、答えを言った。
「一言で言うと、あんたの恋愛思想を変えるためよ」
「恋愛思想.....?」
「そ、今のあんたは恋愛に消極的。いや、むしろしてはいけないとすら思ってる。
だけど、そんなことないってのを伝えるのがアタシの仕事だった」
恋愛に関して消極的なのはまぁそうなんだが、それを勇姫先生が?
いや、勇姫先生はどっちかっていうと雇われの身。
となると、この指示を隼人が出したってことになるよな。
何で隼人がそんなことを気にするんだ? アイツには関係ないだろ。
......そう思いながらも、思い返せばこれまでの隼人の行動って一貫してそうだった気がする。
文化祭なんかは特に顕著だったよな。
「正直、隼人君があんたに対してどう思ってるかはアタシにはわからない。
けど、別にあんたに対して悪い感情を持っているわけじゃないのはわかる。
だから、隼人君を悪く思わないであげて」
なんか急に彼氏の肩を持つ彼女みたいなムーブしてきたな、勇姫先生......。
いや、アイツからは「価値を示せ」と言われてるわけだし、そこまで気にしてないけど。
それに、いざとなれば普通に呼び出して文句言えるしな。
「にしても、俺が恋愛の興味を持つようになることでアイツに何の得があるんだ?」
「たぶんだけど、拓海君が潰れないように......じゃないかな」
俺が隼人の考えに首を傾げていると、柊さんがそんなことを言ってきた。
潰れないようにって言うと、精神的な部分な話になってくるよな。
今回は意図的に潰されかけたわけだけど、何も無かったら潰れてたか?
「俺がそんな精神的に追い詰められることなんてないと思うけど。
それこそ、柊さんに追い詰められない限り」
「うぐっ」
「案外わからないものよ。別に今じゃなくても。
この先......それが高校卒業してからなのか、社会人になってからなのかは知らないけど、隼人君はそれくらいを見越して行動しているの。
逆に言えば、それだけあんたを評価してるってことよ! アタシへの関心よりもね!」
勇姫先生に急に怒りを向けられてびっくりなんだが。
そんな睨まないでくれよ。別に恋敵を奪ってるわけじゃないんだからさ。
にしても、隼人がそんなことを......ありえそうだから否定できないんだよな。
「まぁ、ともかく、柊さんがどうしてあんな行動を起こしたのかは理解したよ。
勇姫先生の行動の件も諸々含めてね。
なら、最後に聞かせてくれ――あのクソ野郎どもを扇動したのも柊さんか?」
俺が柊さんと話したかった理由。実の所、ここが一番大きい。
確かに、これまでの一連の仕業が柊さんであるかどうかもハッキリさせたかった。
が、それはあくまで言葉通りの確認作業に過ぎない。
本題はこれだ。
飯田、益岡、加々見の三人は俺にとって理不尽と不幸の象徴であり、トラウマの権化そのもの。
そんな相手を俺にぶつけたとなれば、それはもはや明確な敵意を見せてるも同じ。
なぜなら、あの三人をぶつけておいて、今更俺と三人の関係性を知らないはずがないから。
もっと言えば、同じクラスなんだから知らないはずがない。
「うん......そう」
瞬間、俺の怒りの沸点は急激に上がった。
もはや先程のまだ穏やかだった俺はどこにもいない。
それこそ、その怒りの熱は声となって表れた。
「お前、俺にとってアイツらがどんなに最悪な奴らかわかってたってことだよな?
それでいて俺にぶつけた理由が、勇姫先生のため?
人の人生なんだと思ってるんだ?」
「......」
柊さんは視線を下に向け、眉尻も下げ、口を固く閉ざした。
もはや親の叱責を黙って聞き入れる子供のような姿。
しかし、彼女が犯したことに対して、今更この怒りを止められるはずもない。
「それに何より、一番許せねぇのは俺を目的にしておいて隼人まで巻き込んだことだ!
柊さんが隼人に対してどんな気持ちを抱いているかは、前に言ってたからわかる。
けどな、それでもやっちゃいけねぇ一線はあるはずだ。それをお前は超えたんだ」
俺は強く握った拳を机をダンッと叩き、さらに圧をかけるように言葉を叩き込んだ。
その音は瞬く間に周囲に響き、近くにいた客を静かにさせるほど。
きっと周りの人達は、太った俺が女子に対して気持ち悪い怒りを見せてると思ってるだろう。
だけど、そんなどうでもいい人の世間体なんて俺は気にしない。
それ以上に、今はただこの気持ちにケリをつけたいから。
「正直、俺はお前をぶん殴りてぇ気分だよ。
初めてだよ、女子に対してここまでの気持ちを抱いたのは。
だけど、お前はそれだけのことをしたんだ。それは理解してるよな」
「.......はい」
「........ハァ~~~~」
思わずクソでかため息が漏れる。
いや、漏らしたという方が正しいか。
これは言わば、放熱行動だ。
さすがにこれ以上は感情的に動き過ぎて理性が働くなりそうだったから。
「......わかった。正直、俺はお前のことが嫌いになった。
だけど、話しかけてきたら答えてやるぐらいのことはしてやる。
勇姫先生の友達だしな。そこが譲歩ライン。
そこから、どうするのかは自分で決めろ」
「わかった」
「で、隼人に対しても謝ったんだよな?」
そう聞くと、柊さんはそっと目を逸らした。
その行動に、俺はギュッと目を瞑り、目頭を指でつまむ。
「......そうか。なら、謝れ。それだけは約束しろ。
その後のことは......まぁ、そこら辺は隼人に任せる。
それから、謝ったかどうかをいちいち確認しなくていい」
俺は目元から指を離すと、俺達の会話を黙って聞いていた勇姫先生に視線を向けた。
「ごめん、急に大きな声をだして。悪目立ちさせたし」
「いいわよ、別に。アタシの監督不行き届けでもあるし。
それに正当な怒りであることはこっちも理解してるから。
にしても、これぐらいで済ませるなんて......あんたは優しすぎると思うけど?」
「そんなことないよ。
俺は理想の自分のために行動してるけど、その自分だったらこんなこと言わない」
「それは一体どこの聖人君子かしらね」
「それに、曲がりなりにも柊さんに精神的負荷をかけられたことで気づけたこともあるから。
ま、それ以上に、勇姫先生への恩が測り知れないからね」
「.......そう。ありがとう。この子に本気で向き合ってくれて。
そして、このぐらいで許してくれて。
安心して、今後もあんたのダイエットや多少の相談には付き合ってあげるから」
「お世話になります」
そして、俺は席から立ち上がり、通路に出た。
すると、そんな俺に対し、勇姫先生と柊さんは二人して頭を深々と下げる。
その姿を尻目に、俺は店を後にした。
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