第222話 トラウマの強襲
空太から情報提供を受けてから一週間後。
季節は12月に入り、ここ最近は一気に冷える見込みらしい。
しかも、数日後のどっかでは雪が降るのではないとかなんとか。
そんな現在に至るまで、俺が得た成果は一つもなかった。
内容的には、主に柊さんに関して張り込み......とはいかないものの、言動を要観察してた。
それこそ、勇姫先生からじろじろ見すぎと注意されるぐらいには。
しかし、怪しい点はほどんどなかった。
ほんどというのは、俺が観察できなかった範囲があったからだ。
女子トイレなんてそれこそ良い例だろう。
仮に、あそこで何かを行われていたとしても、俺には何もできないし。
なら、女子友達を使えばいいと思われるだろうが、そこは俺の心情的に控えた。
きっと彼女達のことだ、「手伝って」と言えば二つ返事で了承するだろう。
しかし、それは彼女達の弱みに付け込んでいるのはないかと思ったのだ。
つまり、なんとなく向けられてる好意らしきものに気付きつつ、それに未だにうんともすんとも答えを出さないまま、こっちの都合だけは付き合ってもらう。
そんなのもはや人としてどうかしているだろう。
いくら俺がクズで最低な人間とはいえ、そこまで落ちるつもりはない。
加えて、俺が標的にされている以上、これは俺が解決すべき問題だ。
だから、なんとか一人で頑張っていたものの.....いやはや無茶だったのか。
少しでも情報が得られれば推測も立ちそうなものだが、その”少しも”がない。
「ハァ......さすがに手詰まりってのもなぁ......」
俺はそう独り言ちりながら、帰り道を一人歩いていた。
腕を組み、ぼんやりと前を見つつ、引き続き思考に没頭する。
「.......い!」
やっぱここまで手詰まりだと、協力者を作った方がいいような。
うーん、そう考えると男子に限られ、隼人はグレーだし、大地は今大事な時期だし、そうなるとやっぱ空太しかいない――
「おい! 聞いてんのかデブ!」
瞬間、誰かが俺の肩をガッと掴み、その手は無理やり俺の体を振り返らせる。
俺はその誰かと目が合った。直後、体がビシッと硬直した。
言うなれば、メデューサに石化されたように。
「な、なんでここに.......」
俺の目の前にいるのは、金髪で前髪を上げた不良――飯田。
一回目の高校生活で、俺に地獄を見せ続けたいじめっ子グループの主犯兼リーダー。
前はロン毛だったはずだが......って、そんなことはどうだっていい。
視線だけ動かせば、茶髪にドレッドヘアーの益岡と、角刈りに剃りこみを入れた加々見の姿もある。
そんな如何にも不良漫画に出てきそうな見た目をしているコイツらが、どうしてここに......!?
コイツらって確か隼人によってどこかへそれぞれ別々に飛ばされたはずじゃ。
全身の強張りは、過去のトラウマを如実に表していた。
どうやら俺が記憶の外に飛ばしても、体はあの時の恐怖を忘れちゃいなかったらしい。
もはやこんな奴らの顔なんて二度と見たくなかったのに!
「あぁ? デブ、テメェ......俺のこと知ってのか?」
その言葉に、俺はビクッとしてしまった。
不味い、驚いた拍子に余計なことを口走った! どうか思い出さないでくれ!
そんな俺の思いも空しく、飯田はニヤリと醜悪な笑みを浮かべた。
「あぁ......思い出した。テメェ、あの時のデブじゃねぇか」
俺は後ろ足を一歩下げ、直後振り返って逃げようとする。
しかし、その行動よりも先に、飯田が俺の胸倉を掴んだ。
そして、首を絞めるような勢いで持ち上げる。
「おいおい、つれねぇな。逃げようとすんじゃねぇよ」
「どうした?」
「誰だ、そいつ」
飯田の行動に、後ろからやってきた益岡と加々見が声をかける。
すると、飯田は俺を逃がさないように掴んだまま、肩越しに振り返って二人に言った。
「デブだよ、デブ。前に三人で遊んでやったサンドバッグ」
「あー......名前なんて言ったっけか? そもそも名前あるか?」
その言葉に、益岡が腕を組み、首を傾げながら呟く。
その隣では、加々見が顎に手を当てながら思い返すような素振りをしていた。
「んーっと、確か......あ、そうだ! 成川だ! 成川ブタ男だっけ?」
まるで思い出したように、右拳で左手のひらを叩くが、「川」しか掠っていない。
つーか、もはや後半の名前なんて適当も良いとこだ。
まぁ、ある意味こいつらはどこまでいってもクズであることに安心したけどな。
にしても、こいつらがどうしてこんなところにと思うが、それ以上にこの状況は不味い。
俺がこれまで頑張って来たのはダイエットだ。格闘技じゃない。
一応、勇姫先生の親父さんのおかげで、合気道を習い始め、多少自衛能力が増えた。
とはいえ、それは実践レベルかどうかは怪しい所だし、掴まれた時点で完全に後手だ。
俺は掴まれた際の対処法なんて知らない。つまり、本当にヤバイ!
「おい、デブ......”金城隼人”ってクソ野郎のこと覚えてるよな?」
隼人!? どうして隼人のことを......いや、こいつらにとっては当然の相手か。
なぜなら、こいつらは隼人によって学校を散り散りにされたもんな。
加えて、転校先でかなりのレッテルを貼られている......というのを、隼人から聞いたことがある。
つまり、ここにいるのは完全に逆恨みってことか。で、絶賛復習相手を探している、と。
そう考えると、ここ最近学校で噂になってたカツアゲってこいつらのことか。
かつていた高校なわけだし、ここに来るのも当然といえば当然。
しくじった。別のことに囚われすぎて、そっちの危機意識が抜けてた。
いや、もっと言えばどこか他人事に思っていたかもしれない。
それこそ、ニュース番組で殺人事件の話を聞いているような感じで。
「なぁ、コイツが隼人のこと知ってるとは思えねぇけど?」
いいぞ、益岡! そのまま話題を別に――
「バーカ、あの男がどうして俺達を切ったか考えてみろ。
それが起きたのは、直前にコイツが歯向かってきたからだろ?
あの男は自分のためにしか動かねぇ自己中心的な奴だ。
つまり、利がなきゃ簡単に人を切り捨てる薄情な人間ってことだ」
チッ、クズのくせに隼人のことしっかりわかってるじゃねぇか。
だが、それは前までの話だ。アップデートした今のアイツは違う。
とはいえ、それを言ったら関係がバレかねない。
「お、俺は......その男のことなんて知らないっ!」
俺は飯田の手を掴み、胸倉から離そうとしながら言った。
しかし、その言葉に加々見が反論してくれる。
「おいおい、それは嘘が過ぎるだろ。アイツはテメェと同じクラスのはずだ」
「だからって、話すとは限らないだろ! アイツはお前達と一緒にいた奴だぞ!」
瞬間、その言葉に、飯田の眉がピクッと反応した。
そして、鋭い目つきで頬を引きつらせながら、声を荒げた。
「ちょっとばかし見ねぇ間に随分イキるようになったじゃねぇか!」
「がっ!」
ひ、膝が......腹に! こ、コイツ、思いっきり膝蹴りしやがった!
その衝撃で胸倉を掴む手からは解放されたが、結局痛みで逃げれそうにない。
俺は数歩下がると、その場に膝をついてお腹を押さえた。
体がまた一層強張るのを感じる。脂汗も出てきた。
く、クソ、体が小刻みに震えやがる......ど、どうすれば?
逃げても俺の足じゃ追いつかれる。
かといって、ここで隼人の情報を出すまで殴られるのか?
ダメだ、痛みで思考がまとまんねぇ......!
「よし、金城の情報を吐かせるぞ」
「ついでにストレス解消だな」
「久々に暴れられるのか。いいね」
飯田、益岡、加々見の三人が、俺に近づき、逃がさないように包囲する。
瞬間、過去の記憶がこれでもかというほどにフラッシュバックした。
もはや走馬灯を見ている気分だ。
「――おい、お前達そこまでだ」
その時、声が聞こえた気がした。
一縷の望みを胸に、顔を上げて、声をかけた人物を見る。
一言で言えば、ゴリラみたいな熊みたいな大男が立っていた。え.......誰?
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