第218話 月夜の語らい#3
自分を好きでいる......多くの人にとって難しいことだろう。
それこそ、自分自身の体だからこそ、常日頃自分の嫌なとこに目が行き、そればかりが印象に残り、結果自分という存在の低能さにうんざりして嫌いになる。
大抵の人に聞いても、自信を持って自分のことが好きだと言える人は少ないんじゃないか?
そして、俺もその一人であり、このクソみたいな自己肯定感の低さをどうにかしたいと思いつつも、中々どうしてうまくいかない。
まぁ、現状色んな人の気持ちをひっかき回している時点で、好きになれるはずもないんだけど。
そんな俺の質問に対し、玲子さんは涙を拭うと答えた。
「そうね.....難しい話ね。私だって自分のことが好きだと言い難いもの」
「玲子さんが? いつも堂々としてるイメージだったから、そう思わなかった」
「あんなのはただ演じているだけよ。言い換えれば、カッコつけてるだけ。
拓海君の前だもの。弱い女なんかで居たくないわ」
「っ......」
不意打ちにカッコいいことを言ってくるから困る。
なんとなく玲子さんの女子人気が高い理由がわかったよ。
「でも、演じて周り......俺だけど、そう思わせれてる時点で凄いよ」
「ありがと。だとしたら、女優をしていた賜物ね。
それで、あくまで私としての意識だけど、自分の小さな行動を褒めることかしら」
「小さな行動?」
「褒めると言えば、大きな成果や評価に目が行きがちだと思うの。
例えば、勉強が苦手な子がいたとして、学年順位で100位以内を目指すとする。
となると、多くの人は目標に到達できた時、ようやく自分の頑張りを褒めると思うの。
だけど、それは大きな行動であり、目標を達成するまでに長い苦痛を伴う」
確かに、そこで自己肯定感が低かったら、まず自分の日頃の行いを責めるだろう。
毎日勉強をしていればとか、ゲームばかりしていたからとか。
そのせいでこんな苦痛を味わっているのだと。
勉強に集中したいのに、それが上手く出来ず、結果的に勉強に対するモチベーションが下がっていく。
下がっていけば、当然勉強をやりたくなくなり、目標達成に大きく遠のく。
負の悪循環。そう呼べるものが、勉強する度に発生する。
となれば、自己肯定感が下がっていくのも納得だろう。
勉強を始めたら、自分を責め始めるのだから。
もちろん、極端な例だとは思うが、気持ちはなんとなくわかる。
「なら、どう褒めるつもり?」
「例えば、勉強をしようと意識を切り替えた時。
直前までスマホを触っていて、やろうとした時間にパッと行動できたら褒めるの。
それすら難しかったら、時間が過ぎても勉強をしようと机に向かった時。
そんな感じに、自分の行動を細々と褒めていくの」
「それが小さな行動?」
「えぇ、その通りよ。拓海君ならわかるでしょ?
年を取るほど、出来ることが当たり前になって褒められなくなること。
小さな子供が朝の挨拶をすれば周りの人から褒められるのに、中学生にでもなればそれが出来て当然と評価される」
「あぁ、それはわかるかも.....」
年齢を重ねるにつれ、様々な世界に対する知識が増え、同時に自由な行動ができるようになる。
中学生ではできなかった夜遊びを大学生でやったり、一人でどこか遠くへ行ってみたりと。
大半の人は経験することだろう。
そう、多くの人にとって夜遊びや旅行は当たり前に出来ることなのだ。
そして、当たり前はやがて”常識”になる。
故に、周りからは常識は出来て当然という評価が下され、それが出来なければ怒られたり、バカにされる。
褒められることが少なくなり、相対的に怒られたりバカにされたりが多くなるなら、そら自分に対して好きになれない人は多くなるわな。
なんとなく今の自分の現状に腑に落ちた気がする。
「成長するほど知識と経験が増えるのだから、出来るのは当たり前という認識は間違ってないのだけどね。
でも、出来て当然という事ばかりに注目していたら、それが出来ない自分はどうなの? って思ってしまうと思うの。
だから、褒める。本当は他者からの評価が一番いいんだけど、そういう事が出来る優しい人はほんの一握りだからね。自分で褒めるしかないの」
「自分を褒める、か.......」
考えてみれば、中々することのないことかもしれない。
例えば、朝起きて顔を洗うとして、それがいつも当たり前に出来ているなら、当然褒めるなんてことはしない。
”出来る”というのが、自分の中の前提である以上、そもそも褒める項目にすら入らないだろう。
しかし、布団で二度寝したいところを我慢して、目を覚ますために顔を洗っているという行動に注目すると、二度寝に抗っている点は褒められるかもしれない。
玲子さんの言っている小さな行動で褒めるというのは、こういうことかもしれない。
子供が朝に顔を洗えば、親に褒められる代わりを自分自身でやる。
これを続けていったならプラシーボ効果的な感じで、メンタルも向上するかもな。
「確かに、昔をふと思い返してみれば、夕食後に自分が使った食器の皿洗いとか、始めた頃ばっかの時は褒められたけど、少し習慣化したら言われなくなったな」
「評価基準が上がっていくからね。
仕方ないこととはいえ、本来はその継続過程も褒められるべきだと思うの。
”ありがとう”の五文字が言えれば、少しだけ日常が豊かになる。
その少しがこの世界には足りないと思うのよね。
とはいえ、自分もそれを続けられてるかと聞かれれば、何とも言えないのだけど」
「そんなもんだと思うよ。
でも、少なからず、俺は玲子さんの言葉で自分にもやれることが見えた気がする。
ありがとう玲子さん。助かった」
「そ、なら良かったわ」
玲子さんは目を瞑り、頬を赤く染めて笑った。
横から見ても上機嫌なのがわかる。
だって、背景が花が飛んでいるように明るく感じるもの。
「くちゅ」
「っ!」
すると突然、玲子さんが可愛らしいくしゃみをした。
なんというかレアな光景に出くわした。これが”助かる”という感情なのか。
玲子さんは俺をチラッと見るやすぐに、服の袖を指先で掴み、それで顔を隠した。
しかし、俺の明度と彩度と解像度の上がった視力は、玲子さんの耳が赤くなっていることを容易く見抜く。
「......さすがに帰ろっか。11月の寒さはさすがに堪えるしね」
俺は立ち上がり、玲子さんの方を向く。
その時、ハッと先程の玲子さんの言葉を思い出した。
「あ、こういう場合に、玲子さんに気遣えた自分を褒めるべきなのか?」
「ふふっ、そうね。でも、今は私がいるわ。
気を遣ってくれてありがとう、拓海君。帰りましょうか」
些細な「ありがとう」という言葉が、こんなにも胸を温かくするのはいつぶりだろうか。
逆に、それだけで沁みるほど俺の心はボロボロだったのだろうか。
わからない......けど、ここ最近のメンタルを鑑みると後者かも。
とにもかくにも、俺の心は少しだけ軽くなった気がする。
もちろん、解決しなければいけないことや、目を背けていることも多いけど、束の間の休息というか心が落ち着いた。
「送っていくよ」
「なら、お言葉に甘えようかしら」
そして、俺と玲子さんは二人で歩き出し、公園を出て玲子さんの家の方角へ向かっていく。
熱くなった顔に、夜風の冷たさが丁度良かった。
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