第215話 神様 仏様 玲子様
俺の初めての合コンはなんやかんやありつつ、それでも勇姫先生のフォローで楽しく終わるはずだった。
しかし、俺を取り巻く環境というやつは、そう簡単には終わらせてくれないらしい。
率直に言うと、俺の目の前にはテーブル席にて座る玲子さんと東大寺さんの姿があった。
二人とも片方のソファに横並びに座っており、彼女達の目の前には食事した形跡のある空いた皿がいくつか置いてある。
そして、二人は暗く淀んだ胡乱な目で俺を見た。
「座れ」
「はい......」
ゲンキングから冷たく短い言葉がかけられる。
今の俺に返事以外の行動の権利はない。
それこそ下手に抵抗してみろ、後がどうなるかわかったもんじゃない。
俺はチラッと席に目線を移し、たぶんこっちの空席の方だろうなと思い座る。
すると、さっきまで俺の横に立っていたゲンキングも、玲子さんのいる方へ座った。
そう、つまり、俺の目の前には暗黒オーラを纏った三人が面接官のようにいるわけだ。
どうしてここに三人が? とか、何をするつもり? とか聞いてみたいけど、そんな単純な質問すら許されないようなこの空気。
正直、逃げたい。色んな意味で。
この場にいない永久先輩も含めて、四人とはもう思いっきり拗らせてるんだから。
俺がじっとしていると、この状況に口火を切ったのは玲子さんだった。
「さて、どうしてこんな状況になっているか......拓海君なら一から言わなくてもわかるわよね?」
玲子さんは今まで見せたことのない圧を放っている。
玲子さんのハイライトを感じない瞳が、真っ直ぐ俺の瞳を射抜くように見ている。
ある意味釘付けになる視線だ。
言うなれば、母熊に出会った時のような感覚。
逸らした瞬間死待っているあの緊張感みたいな。
玲子さんが言わんとしていることは、まさにこの結果になった経緯のことだろう。
俺が合コンに参加し、そしてなぜか同じ店にいたゲンキングに捕まり、今説教を受けている。
その大事ななぜかが全然わからないんだけど。
「拓海君......私はね、拓海君が誰かと仲良くしてることは、自分のことのように嬉しく感じているの。
初めは辛いことが多かったかもしれない。それでも、あなたは自分の努力で運命を変えて見せた。
それは誇るべきことであり、称賛されるべきことでもあると思う」
玲子さんからどんな叱責が来るのだろうと身構えていれば、突然褒められて妙な気分だ。
しかし、その割にはまだ妙に雰囲気は暗い。
「けど、さすがにこれはどうかと思うわ。
いくら拓海君が男の子だろうと、節度は守って欲しい。
私は大抵のことには寛容のつもりだけど、それでも怒ることはあるわよ」
玲子さんが俺に怒りを向けるなんて、それこそ今回が初めてなんじゃないか?
いや、俺がカウントし忘れてるだけで案外あるかもしれない。
にしても、この場でそう言うってことは.......そう言う意味だよなぁ。
気づかないフリを続けてたけど、最近の出来事とか、過去の玲子さんの言動を思い出すと......うん、本当にどうしてこんな状況になったんだ?
俺の二度目の人生が始まって決意したのは、俺の生き方を変えて母さんを長生きさせること。
その行動のために、隼人に取り入って、流れで玲子さんと関わることになり、紆余曲折で現在。
紆余曲折の部分があまりにも分厚すぎではなかろうか。
しかし、これだけは言える――俺は断じてハーレムを築こうとしていたわけじゃない。
結果的に学園ハーレムみたいな感じになって、人生からした飽きない展開だろうけど、あまりにも修羅場が多すぎる! こちとらそんな覚悟で二週目してんじゃねぇのよ!
「聞いてるかしら、拓海君?」
「は、はい! 聞いております!」
と、今の状況で逆ギレしたところで意味はない。この結果が全てなのだから。
円満解決するために色々考えとかなければいけないけど、とりあえず今はこの状況を切り抜ける方法を探そう。うん、そうしよう。
「とりあえず、僕の意見も聞いてくださるとありがたいです」
「どうぞ?」
「この状況は僕も望んだものではありませんでした。というのも――」
俺はここで山田と田山の二人の間に出来事を洗いざらい話した。
曰く、俺は二人のヨイショのために呼ばれたわけであり、合コンへの参加は本意ではないと。
「なるほど......つまり、拓海君が話に対応していたのも、合コンという楽しい雰囲気を壊さないための配慮だったというわけね」
「そうでございます、はい! 他意はありません!」
わかってくれて嬉しい。さすが理解力のある玲子さんだ。
俺は山田と田山のヨイショ以外に本当に他意はない。
玲子さんは腕を組み、「そうね」と何かを考え始めた。
そして、外れた視線を再び俺に戻すと言った。
「拓海君、結果的にとはいえ、この状況に関しては私は非常に怒っているわ。
物事というのは大抵何かしらの前兆があり、それに気づけばリスクを回避できるの。
逆に、不運だと思うような現象は、気付けたはずのリスクに気づけなかった結果。
先程の拓海君の話を聞く限り、それは回避できたリスクだったわよね?」
「それは.......はい」
ぐうの音も出ない正論パンチはやめてください!
「そして、しでしかしたことにはしっかり謝罪の意を示す。
それが社会人.......コホン、人としての常識的なマナーよ」
「......そうだね。わかった。許してもらえるように努力するよ」
俺は背中を丸め、首を縮めた。
玲子さんがどうすれば許してくれるかはわからない。
いや、玲子さんに限らず、ゲンキングや東大寺さんにだってそうだ。
いくら俺が一歩引いた関係性を望んでいたとしても、示すべき誠意はある。
俺が一番避けるべきは縁の切れることだ。
友人を知ってしまった今、失うのは怖い。
「私に関しては簡単な方法があるわよ」
「え?」
突然の玲子さんの声に俯かせていた顔を上げた。
すると、玲子さんは光を取り戻した瞳で、微笑みながら言った。
「私と一日付き合ってくれればいいわ」
瞬間、玲子さんの両サイドにいるゲンキングと東大寺さんの顔がバッと動く。
顔からして「この人、突然何言い出してんの!?」みたいな反応だ。
そんな二人の暗い瞳から放たれる視線を気にすることなく、玲子さんは我が道を行く。
「そうね、今の時期を考えると案外水族館というのもありかもしれないわね。
早ければもうすでに、クリスマスシーズンとして動きだしてるところもあるかもしれないし。
いつ行こうかしら? やはり、行くとしたら土日がおススメ――」
「ちょちょちょ、レイちゃん。一旦落ち着こうか。
そして、突然流れ変えるのやめよっか。今そんな流れじゃなかったじゃん」
「そ、そうだよ! 謝罪にかこつけてデートの約束とか.......あり、かも?
いやいやいや、やっぱダメだよ! うん、さすがにダメ!」
ゲンキングと東大寺さんがあたふたした様子で、玲子さんの発言に言及する。
一方で、玲子さんは涼しい顔で言い返して見せた。
「何がダメなのかしら? 相手が謝罪を示す以上、その時点で上下関係が生まれた。
であれば、下の者は許してもらえるよう上の者のご機嫌取りをする。
上の者がたったこれでご機嫌になるといっているのだから、下の者はやらないはずがないわよね?」
玲子さんが同意を示すように俺に視線を飛ばす。
そこで俺に投げるのは卑怯じゃありませんか!?
言わんとしがたいことはわかるけど、なんとも返答し難い。
「ともかく、これが私の謝罪を受け入れる条件。
二人は嫌なのでしょう? なら、私と違う選択を取ればいいだけよ」
「い! 嫌とかは.......言ってないし.......」
「そ、そりゃこすかばい.......」
玲子さんの言葉に、二人がふて腐りながら呟く。
すると、二人の視線が離れている間に、玲子さんが俺にウインクを飛ばしてきた。
あ、あれは「この場は任せて」と言っている! なんとなくわかる!
神様、仏様、玲子様~~~! ありがとうございます!
そして、玲子さんがひっかき回して作った混沌の空気の隙に、俺は勇姫先生のいる場所に戻った。
正直、もっとしこたま怒られると思っていたので、この展開はありがたい。
......そう考えると、玲子さんが二人に発言させないように立ち回っていたのか。
なるほど、玲子さんには頭が上がらないなこれ。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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