第210話 着々とフラグを立てる男
思考が止まった。何秒だろうか。数秒か、はたまた数十秒か。
少なくとも、レイソの画面を見ながらボーッとしたのは確かだ。
え、連絡した? 嘘、ワンチャンに賭ける童貞の行動力パネェ......。
「拓ちゃん、どうしたの?」
「え? あ、その......」
言えない。せっかく合コンを断るメールをしようとしたら、すでに合コンに行くこと決定していたなんて。そんなこと絶対に言えない。
ど、どうしようかこの状況......どうすればこの場を上手く収められる?
「ねぇ、なんか顔色悪いよ? やたら汗かいてるし。さっきそんなんじゃなかったじゃん」
「え、そ、そう? 多分前からこんなもんだったよ。
それにゲンキングは知らないと思うけど、太ってる人は基本汗っかきなんだよ。
だから、冬でも割に関係なく汗かいてることは多いよ、うん」
「なんか急に早口......ねぇ、何か隠してない? スマホに何かあった?」
ゲンキングからの指摘に、俺はすぐさま右手に持つスマホを背後に隠した。
しかし、その行動が余計に彼女の不信感を高めさせたのか視線が鋭くなる。
じーっと、それはもじーっと、無言の圧で白状させようとしてくる。
「ご、ごめん!」
「え、あ、拓ちゃん!?」
俺は逃げ出した。なぜかはわからない。気が付けば走り出していた。
こんな情けないことはないだろう。なんでどうして!?
前までは問い詰められれば白状してたのに!
何かが何かが変わってきている。俺の心の中で何かが!
「ハァハァ......」
俺の足が止まった頃には教室に戻ってきていた。
いつの間にこんなところまで.......嬉しさと罪悪感で胸焼けする。
「あ、早川君!」
「と、東大寺さん......」
胸焼けが加速した気がした。もはや胃痛がする。
なぜだろう今日の玲子さん、そしてさっきのゲンキングの反応が脳裏にチラついて離れない。
そこに来ての東大寺さんが教室にたった一人いる。
まるで包囲網を作っているかのように。
「どうしてここに?」
「その、早川君が困ってるみたいって聞いたから、教室に来てみればまだ帰ってないようだったから、すれ違いにならないように待ってたんだ」
「そ、そうなんだ......」
誰!? ホント誰が俺が困ってるって言ってるの!?
こんなことをするのはやっぱ隼人か!?
いや、それは違うって話で......なら誰!?
「なんかだいぶ息切れしてるみたいだけど大丈夫?」
「え、あ、あぁ......少し急いで教室に戻ってきたからね。
ちょっと用事を頼まれて今から帰ろうかと。
それと困ってることだけど特にないよ、うん!」
「......ほんとに?」
東大寺さんが目を細めた。俺はその反応に苦笑い。
どうしてこうもあなた達は勘が鋭いんだ!
すると、東大寺さんは何かを思い出したかのように手を叩く。
「あ、そうだ! 早川君、前にうちがデート券を得たの覚えてる?
ほら、ここ最近家の方が忙しくて土日にデートできないってメールしてたと思うんだけど」
そういや、そんなことあったな。
確か、勇姫先生と関わり始めたばっかの時だったはず。
それ以降俺の方でも色々あり過ぎて申し訳ないけど忘れてた。
一応、レイソの通知の方は確認してたと思うんだけど。
「うん、覚えてるよ。でも、別に土日に拘らなくても良かったのでは?
ほら、放課後デートとかあるわけだし」
ホントさっきのさっきで俺は何を言ってるんだか。
なんで俺は今ギャルゲーの主人公みたいなムーブしてんだ?
っていうか、その主人公ですらもっと大人しいはずだろ。
クソ、世の男子なら羨ましいと感じる状況なのに、なんか自己嫌悪が増していく。
「それも充分魅力的なのは知ってる。
唯華ちゃんと一緒に遊びに行ってるのめっちゃ羨ましいと思ってたし」
「あれ、ただゲーセンの格ゲーでサンドバッグになってるだけだから」
まぁ、男女が二人で遊びに行くことをデートと定義するなら、きっとそうなのだろうけど。
「でも、やっぱやるなら土日がいいなって! ほら、時間がたっぷりあるし!
というわけで、今週の土曜日とかどうかな?」
なるほど、東大寺さんの目的はこれか。しかし、よりによって土曜日か。
日曜日に約束すればいいんじゃないかと思うが、合コン行った後にデートとかどうよ?
いくら付き合ってないとはいえさすがに限度があるだろ。
もし仮にそれが好意を知らない状態であれば、情状酌量の余地があったかもしれない。
だが、俺の状況はその余地が認められない立ち位置だからな。
となれば、デートする約束はしてしまったから守るものの、せめて今週は断るべきだよな。
「東大寺さん、悪いんだけど今週の土日は俺の方が都合が悪い。
だから、さらに待たせることになるけど、来週なら現状予定はないから......どう?」
なんか自分が気持ち悪くなってくる。
ゲンキングからの追求から逃げておいて、ここではデートの約束。
あまりにも面の皮が厚いクズすぎやしないか!?
くっ、それもこれも合コンに一度でも行くと言ってしまった俺の浅慮か!
「あ、全然大丈夫だよ! そもそも二週に渡って待たせたうちの方が悪いし。
だから、また都合が悪くなったら言ってね! 全力で都合作るから!」
「さすがにそこまで無理しなくても......」
「ふふっ、これで莉子ちゃんに都合のいい女って褒められちゃうね」
「それ誉め言葉じゃないよ」
とはいえ、断った本当の理由が”合コンに行くため”というのはなんとも申し訳ない。
もはやこうなった以上はバレないで無事に合コンを終えることを祈るのみ。
あぁ、いっそのことこの罪悪感で体調不良になってくれねぇかな。
****
―――久川玲子の自室
「お姉ちゃーん、プリン食べるぅー?」
「いいえ、今はいいわ」
玲子はヨガをしながら妹の返事に答えた。
これは日課のようなものであり、もっと言えば一度目の人生から続く日課だ。
そして、玲子が再び呼吸を整えていると、スマホから音が鳴る。
「唯華......?」
玲子はスマホの通知画面を見て首を傾げる。
というのも、現在時刻20時頃は普段の唯華なら趣味の時間を満喫しているはずだからだ。
故に、この時間帯にしてくるのは、唯華にとってそれなりに重要な内容であることが多い。
「どうしたの?」
『レイちゃんに聞きたいんだけど、ここ最近の拓ちゃんの反応なーんか怪しくない?』
「ふふっ、いよいよ好意を隠さなくなってきたわね」
玲子はゲンキングの文章を見てクスと笑った。
なぜなら、それは唯華が自分の気持ちを偽らなくなった証であるから。
やはり極めつけは文化祭の劇であろう。
良くも悪くもあの劇は唯華に影響を与えた。
それはそれとして、唯華の言い分には思うことがある。
「それは私も思うわ。
私達が拓海君の心を突き動かしてる影響なのか、もしくは全く別の影響なのか。
それはわからないけれど、何かを隠しているのは確かだと思う。確かめたいの?」
『本音を言えば.....うん。いや、なんていうかわたしの性根が陰寄りだから気になるっていうか』
「別にそこに陰も陽もないと思うわよ。
これが好きという気持ちの一つだと思うから」
『あ、今、琴ちゃんからもレイソで似たような連絡来た。
なるほど、これが惚れた弱みってやつか~。
ハァ、まさか自分が漫画のヒロインみたいに悶々とする日が来るとは』
「そういう意味では私はベテランね」
玲子はそう言いつつ、少しして途端に静かになった。
それは拓海が玲子にした質問の内容である。
それが一抹の不安を呼んでいる。
「......」
玲子は少し考え返答した。
「気になるならしてみれば? 無駄足になるかもだけど」
『そうだね......なら、うん。もうこれ以上モヤモヤしたままなの嫌だし。
せっかくだし琴ちゃんも呼んでみるよ』
そして、ここに乙女監視団が結成した。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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