第182話 答えはいずこ
結局、鮫山先生からアドバイス? らしきものは貰えたが、抽象的だった気がする。
とりあえず、受け取ったアドバイスとしてはもっと人を見ろってことだけど......そんなに俺って人を見てないのかな?
友達を俺の理想の友達として型枠にはめて見ていると言われたけど、当然ながらそんな風に見た覚えはない。
いやまぁ、俺自身がそう認識できてなければそう指摘されても否定はできないんだけど。
「ハァ......どうにも悩み事が尽きないなぁ」
廊下をトボトボとあるく放課後。
HRが終わってからすぐに呼び出され、話した時間も十数分そこらというのに外はすっかり茜色。
日を追うごとに陽が短くなっていくのを感じる。あぁ、もう半年過ぎたんだなぁ。
「アンニュイな顔をしてどうしたの?」
聞き覚えのある声に振り返れば、そこには玲子さんの姿があった。
窓から差し込むオレンジ色の光に照らされた彼女は芸術家が描いた絵から飛び出したような美しさを放っている。
それがなんだか妙に現実から離れているように感じられて、一周回って安心できる場所がそこにあるように思えてしまう。
アレだ、画面の二次元と会話してるような気分になってるんだ。
一週目の人生の俺にとって画面の住人だけが唯一の拠り所だったから。
「玲子さんってずっと綺麗だよね......」
「え!? あ、ありがとう......でも、急にどうしたの?」
「あ、なんかごめん。ポロッと言葉に出てたみたいだ。
特に深い意味はないんだけど、ほら俺って未来の今と変わらない姿を知ってるからさ。
それでその......ごめん、気持ち悪いこと言って」
「大丈夫よ、嬉しかったから。でも、言っておくけど、前の私もずっと綺麗なわけじゃなかったのよ?」
玲子さんは窓に向かって歩くと、そのまま窓枠に寄りかかって外を眺め始めた。
窓から吹く風が彼女の髪を柔らかく揺らし、それが余計に芸術的美を感じさせる。
姿が絵になるってきっとこういうことを言うんだろうなぁ。
「そうなの?」
「当然よ。美は一日にしてならず。女性が華でいられる時間って思ってるよりも短いの。
だから、運動して筋肉量を維持し、保湿して肌のケアを心掛け、化粧をして変わらない姿を騙し騙し魅せてるの。
その日々の習慣を維持するためのモチベーションは人それぞれだけど、私はあなたに見つけてもらうために頑張ってた」
「っ!?」
あまりにも自然な声色で放たれた言葉に一瞬スルーしてしまいそうになる。
いや、それでいいのか? 特に玲子さんの表情にも変わりないし。
まぁ、玲子さんは大人のメンタル持った人だから――
「.......」
いや、それがもしかして人を型にはめて見てるってことなのか?
とはいえ、今の際どい発言の真意を確かめるには勇気がいるなぁ。
少し遠回しに聞いてみよう、うん、そうしよう。
「......どうしてそこまで俺に味方してくれるんだ?」
「最初に話した通りよ。あなたが私のヒーローだったから」
「だけど、それってもう随分と過去の話だよね?」
「そうね。小学生の頃の話だし、私達の記憶で考えればもう数十年前の出来事。
だけどね、助けられた側にはどんな些細なことでも印象に強く残ってるの。
だからこそ、助けてくれた恩人が苦しんでいる時に何もできなかったことを後悔した。
だから、私はこのやり直しの人生では同じ道を歩まないように努力しているの」
「.......それはカッコいいな」
久川玲子という人はどんな時もブレない。自分に芯がある。
だからこそ、人を魅せつけて止まないオーラを放つことができる。
なんというか大女優として成功した瞬間を垣間見た気がする。
「......何かあった?」
「え?」
「さっきからずっと思ってる。何かなきゃ悩まないでしょ?」
「......」
「良かったら聞かせて」
玲子さんがこちらに体を向け、優しい口調で尋ねて来る。
その言葉につい身を委ねたくなる。それほどまでに甘美な誘い。
だからか不思議と俺の口は永久先輩から受けたあの質問を言葉にしていた。
「あのさ、“好かれる”と”愛される”ってどういう違いだと思う?」
その言葉に玲子さんは不思議そうな顔をし、一瞬目線を斜め下に向けると、腕を組んで考え始めた。
「そうね、まずパッと思ったのはその言葉の意味はほぼ同じってことだけど.......たぶん拓海君が聞きたいことってそういう事じゃないのよね?」
「そうだね......ごめん、もう少し考えてみて。強いて言うならって感じでいいから」
「二つの意味の違い......なら、私の考えとしてはこうかしら。
”好かれる”っていうのは対象が一人なのに対して、”愛される”ってのは対象が多数って違い」
一人と多数の違い? この意味を考えるとそんなにもハッキリした違いがあるのか?
「それはどういう風に考えたの?」
「そうね......好きって言葉があるでしょ?
アレはある種の執着って感じだと思うの。お気に入りみたいな。
対して、愛っていうのはこうフワフワした概念みたいなもので誰かを大切に思う気持ちだと思う」
「う~ん、確かに親愛とか家族愛とかそういう言葉があるからそういう解釈もわからなくないけど、だけど友達や家族に対しても”好き”っていうよな?」
「えぇ、言うわね。だから、あくまで私の思った答えがそれってだけ。
正直、人に説明できるほど明確な違いもわからないし、理由もないわ」
玲子さんが真面目に考えてそういうほどの難題。それを先輩は俺に課した。
やっぱこの答えって先生が言ってたように先輩でもハッキリしてないんじゃないか?
だけど、それをあえて俺に聞く辺り......何か別の意図があると思った方が良さそうだな。
そう、単純にこの意味の違いを聞きたいんじゃなく、それを考えさせる過程で何かに気付くことを期待している的な。
先輩は意味のないことをやる人じゃないと思うから。
.......いや待て、もしかしてこの思考も人を型にはめてたりするのか?
あぁ、クッソ、何を信じて何を疑ってとかもなんかもうわけわかんなくなってきた!
ハァ、自分で考えたとは言い難いけど、とりあえず玲子さんの意見を持って先輩の所に行ってみるか。
「気が乗らないなぁ......」
今の先輩は不発弾って感じがするし、変に答えるじゃないけど些細なことで怒りを爆発させかねない雰囲気はもってそうだし......うぅ、やっぱ怖いなぁ。
とはいえ、このまま縁が切れるってのは俺としても嫌だし、いい加減覚悟を決めるかぁ。
「何か別のことで悩んでそうね。察するに永久先輩かしら」
「っ!」
ビクッと体が震えてしまった。あぁ、これはもう言い逃れできないやつ。
「......なんでわかったの?」
「強いて言うなら消去法かしら。文化祭の一見以来、妙に晴れやかな唯華と琴波が拓海君に悩ませる妙なことを言うわけないし、薊君や日立君とは普通に話せてる。
金城君からは普段通りの邪気しか感じないから、残すとすれば永久先輩ぐらいじゃないかなって」
「察しが良すぎるのも困りものだね」
「ごめんなさい。でも、もし力にな慣れるのは貸すわよ?」
「いや、大丈夫。こればっかりは自分の力で解決しないといけないから。さっき頼らせてもらったしね」
「......そう。なら、健闘を祈ってるわ。いってらっしゃい」
「うん、いってきます」
そして、錘が繋がっているような重たい足を動かしながら、先輩がいるであろう空き教室に向かった。
読んでくだりありがとうございます(*'▽')
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