第171話 後夜祭#1
長きに渡る文化祭が終わった。いや、長きというか本当に長かったというか。
おかしいね、文化祭って2日しかないのに一週間ぐらい公演した気分。
それもこれも隼人のせいなんだけど。いや、今回ばかり隼人だけじゃないか。
そんな首謀者であろうあの男には文句を言いたかったところだ。
だが、あいにくあの男の姿はどこにもない。
相変わらずどこかへ姿をくらますのがうまい奴だ。非常に腹が立つ。
まぁいい、あの男もいつまでも逃げる人間じゃないだろう。
というか、逃げはしないはず。
アイツにとって逃げるのは負けだろうし。
そんなことよりも今は行くべきところがある。
「後夜祭、か」
歩く廊下の窓へと視線を送る。
遠くに見えるグラウンドには昼ぐらいから少しずつ準備されていたキャンプファイヤーの丸太が。
今時グラウンドの中心でこんなことをやるなんてうちぐらいじゃなかろうか。
後夜祭は基本的に任意の参加らしいが、祭りの陽気に誘われて大抵の生徒は参加する。
陽キャはもちろんのこと、群れを成す陰キャも浮足立って足を運ぶ。
つまり、何が言いたいかというと校舎にはほとんど人がいないということだ。
俺が今歩く廊下ももはや誰もいない。
時折通り過ぎるが、生徒同士が後夜祭に向かっていく。
それぐらい人がいない。静かに話すにはもってこいのタイミングだ。
「場所は体育館か......」
歩きながらスマホに来ているレイソを確認する。
そこには大地から「後夜祭の時に体育館に来てくれ」という一文だけが添えられていた。
今の気分はさながら告白される女子のようだ。ただし、俺は男だが。
廊下を歩き、校舎から体育館へ向かう渡り廊下を通り、グラウンドからの喧騒を耳にしながら、体育館の扉をゆっくりと開いた。
時はもう10月の末。
陽の傾きは刻一刻と早くなり、夕暮れの中で月の光は優しく夜空を照らし始める。
体育館の扉を開けば、隙間から光が差し込んでそこにいる影を作り出した。
「来たか、拓海」
ダムッダムッとボールが大きくバウンドする音が聞こえる。バスケットボールだ。
跳ねたそれは大地の手元に戻り、胸の前で掴みながらそいつは俺を見る。
「呼び出しておいて何してんだよ。つーか、後夜祭行かなくていいのか?」
「俺と話がしたいんだろ? それに後夜祭に話があるって呼んだのは俺の方だ。
だから、こんな時にも俺の都合なんか気にしなくていい。
そこまで八方美人な態度を続けていると後々もっと苦労するぞ?」
「もう十分に苦労してるよ」
「いや、今以上にもっとだ」
大地が優しい顔つきでこちらを見る。まるで俺を諭すかのように。
何かに気付いているのか、もしくは隼人に何かそそのかされたのか。
しかし、わからないことを考えても仕方ない。
今はただこの文化祭でこいつらが何をしたかったか聞きたいだけ。
「それじゃあ、聞きたいことが色々あるんだが、まず最後のあの劇に何人関わってる?」
「そうだな~.......首謀者の隼人だろ? それから俺、元気、東大寺さん、後はメイド役に兵士役、黒子もそうだな」
「大がかりだな。どうやってそこまでの人員を確保できたんだ」
「さぁ? そこら辺は隼人の領分だし、俺達はただアイツの指示通りに動いただけ」
「どうしてアイツの話に乗った?」
大地もそうだが、ゲンキングだってそうだ。
東大寺さんは水族館の時から様子がおかしかった。
だから、彼女の裏に隼人がいてもなんらおかしさは感じない。
しかし、ゲンキングも大地も隼人に加担する理由がない。
「単純な話だ。俺にも確かめたいことがあったんだ。
それを自分の目で確かめるためにアイツの力を借りた。
正直不本意だったが......俺も良い奴じゃない。
それに何も知らずに道化を演じるのも嫌だった」
大地はバスケットボールを慣れたてつきでバウンドさせる。
そして、きれいなフォームでバスケットゴールにボールを放つ。
「ケジメをつけるために必要だった。そして今宵、一つの結末に区切りをつける。
要するに俺はお前との友情を終わらせたくなかったんだ。こんな形で終わるのが嫌だった」
バスケットゴールにポスっと入る。
スリーポイントラインから綺麗なシュート。
それだけで大地のバスケ選手としての実力が素人目にもよくわかった。
「ハァ......」
にしても、友情......友情ね。まるでそんなにお前との関係が弱いみたいに。
言わんとしていることは理解している。もう劇でも散々理解した。
だからこそ解せない。なぜわざわざこんな回りくどいことをしたのか。
「大地、お前は漢気のあるやつだ。だから、どうして自力で決着――」
「拓海! 言っただろ、俺は良い奴じゃない。むしろ、卑怯な奴だ。
自分で動く度胸が無かったからお前を頼り、元気を頼った。
それに気がついてないとでも思ったか? 俺は東大寺さんが好きなんだぞ?
好きな人は嫌でも目が追っちまう。なら、当然その人が視線を追ってる人もな」
「......」
「東大寺さんは本気だった。俺が好きな本気の熱意をお前に向けてた。
悔しかったさ。悲しかったし、羨ましかったし、嫉妬もした。
けど......けどさ、そこまで本気ならさ応援したくなるじゃん。好きな人なら余計に」
「なるほど、そういうことか」
「俺は臆病なんだ。自分へ無理やり振り向かせるような非情な人間になれなかった。
好きな人の幸せな未来を願って、手を伸ばせば届くかもしれないチャンスを捨てる。
それが俺なんだ。そんなのが俺なんだ。お前に見せる漢気なんてただの見栄だ」
「見栄の何が悪い!」
大地の気持ちはわかる。
大切な人が幸せそうな顔をしてるのは見てる自分も幸せになれるようで気分がいい。
だがそれだけだ。我慢するだけで報われるなんてことはない。
誰かの幸せのために身を粉にして働いて体を壊した人間を知っている。
誰かのそばにいられるように仮面をかぶり続けていた人間を知っている。
誰かと仲良くなるために理想に自分を押し殺し続けた人間を知っている。
「見栄でもなんでも言葉にしなきゃ伝わらない!
伝えろよ! こんなとこで惨めに終わらせんなよ!」
幸せを願われている人なんてそんな我慢も苦労も本当の意味で理解できていない。
誰かが声をあげない限り、その人に伝わるはずがないんだ。
だから、俺はできる限り伝えられることは伝えるようにしている。
全部できてるわけじゃないことも理解してる。
この言葉だって口先だけって思われるかもしれない。
それでも大地のそれほどまでの好きな人に対する想いが、こんなひっそりと終わっていいはずがない!
「おい、俺は今自分の身勝手な気持ちを正直に答えたぞ。
これでもお前は好きな人の幸せを願うだけでいいってのか?
ケジメをつける? 笑わせんな。好きな人に想いを伝えてこそケジメだろ」
「......ほんとお前のそういう姿勢は素直に尊敬するぜ。だからこそ、余計にムカつく。
誰しもお前みたいに言いたいこと言える人間だと思うなよ?」
「後ろ向きな言葉をキレながら言ったってなんも凄みねぇぞ。
だが、もしそれでもお前に踏ん切りがつかねぇってんならキッカケを与えてやる」
「キッカケ?」
俺は大地に近づくと、バスケットボールをふんだくる。
お前は忘れている。たまに公園のバスケコートでやってた2on2。
そこでお前に仕込まれて身に着けたシュート技術。
距離感を掴むセンスがあったのかスリーポイントで点数稼いでたよな。
―――ガコン
バスケットボールはフレームに弾かれながらも吸い込まれた。
「スリーポイントシュート対決だ。勝者が敗者に好きなことを命令できる。逃げんなよ?」
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