第168話 文化祭#9
魔女によって醜く姿を変えられた存在。
ゲンキングことゼラニスの口から飛び出た言葉だ。
そんなセリフは台本にはどこにもない。
が、それを示唆する展開はある。
前提として、この劇は「美女と野獣」をベースにした作品だ。
脚本担当の永久先輩が断言しているのだからそれは間違いない。
であれば、話を多少なりとも改変してるとはいえ、この場合の醜い姿は野獣に当たる。
つまり、野獣伯爵こそが魔女によって姿を変えられた人物だ。
なので、ゲンキングの言った言葉は台本には無いが間違いではない。
しかし、これが先程の展開を見てなければこんなにも不安に駆られてないだろう。
にしても、まさか玲子さんもアドリブ展開に巻き込むなんて。
今回はやたら気合が入っているというかなんというか。
『そうね、確かに聞いたことがあるわ。
というか、それって森の館にいたあの野獣のことでしょ?』
ゲンキングのアドリブに玲子さんも冷静にアドリブで返していく。
加えて、話の流れを本来のストーリーから外れないようにあえて「野獣」というワードを使っている。さすがの返しだ。
『いいえ、違いますわお姉さま。わたしが聞いたのはとある騎士の話です』
む? 騎士? どういう意味だ?
『......騎士の話は聞いたことないわね。どういう話かしら?』
『なんでもその騎士は田舎町出身で貴族になるために騎士団に入ったそうです。
清廉潔白で勤勉、そして努力家のその人物は騎士になってからというもの凄まじい勢いで武勲を立てていったそうなんです』
その後、ゼラニスからの口から語られたのを要約するとこうだ。
まだ若い年齢ながら武勲をいくつも立てたその騎士は、まだ年齢が若かったことから経歴の長い騎士達による嫉妬の対象になった。
中には嫌がらせをしようとする騎士もいたそうだが、相手は騎士団長にも気に入られてる相手。
直接手を下し、それがバレてしまえば騎士団長からどのような怒りを買うかわからない。
だから、恨み妬み憎みながらもその騎士達は我慢していた。
そんな中、一人の騎士が村で害獣駆除をしていると、一人の若い女にであった。
とてもきれいな女性であったが、その女性の纏う雰囲気にまるで真夜中の洋館に一人でいるような恐怖を感じたという。
その騎士が意を決して話しかければその女性は自らを「魔女」と名乗ったそうだ。
それを聞いた騎士は嫉妬の対象である騎士を呪って欲しいと頼んだ。
すると、その魔女は騎士の寿命を対価にその依頼を引き受けた。
魔女は呪いをかける対象となる騎士を探しに騎士団に潜入。
そこで見つけた対象に一目惚れしてしまったのだという。
魔女はその騎士に正体を明かし、「自らの伴侶になるなら呪いはかけない」と伝えた。
しかし、その騎士は「自分には迎えに行く女性がいる。だから、伴侶になれない」と答えた。
すると、魔女は怒り狂いその騎士を誰にも愛されない身も心も醜い姿に変えてしまった。
同時にタイミング悪く、その騎士は少し前に武勲で貴族になり、領地を得たばかりだった。
そして、心身ともに醜くなってしまったその騎士もとい侯爵は今も誰からも愛されることなく、権力のままに自らのわがまま放題に生きているという。
「は、ははは.....」
苦笑いここに極まれり。もはや現実逃避したい気分だ。
先程の唐突につけられた設定はどう考えてもデブンデル侯爵の裏設定だ。
加えて、俺にはどうやら迎えに行くと約束した女性がいるらしい。
はい、そうですね。ユリエッタのことです。なんでだ!?
『侯爵......ねぇ、それってもしかして――デブンデル侯爵のこと?』
『さぁ? あくまで噂だから。でも、もしそれが本当だとしたら面白くない?
だって、自分を迎えに来てくれるって信じてる相手があんな醜い姿に変えられたとしたら』
『ふふっ、それもそうね』
今の玲子さん、絶対「面白くないわよ!」とか思ってそう。
さすがに表情には表れてないが、俺の味方なら普通そう思う。
『でも、根も葉もないことを信じては計画に支障が出るわ。
だから、噂もほどほどに聞き流してこれからのこと集中しなさい。
これも全て私達が幸せになるために必要な行いなのだから』
『はーい』
玲子さんはなんとか軌道修正しようと頑張ってくれてるのが伝わる。
しかし、問題は俺達はずっと後手であるということ。
だから、ぶっちゃけ玲子さんがフォローを入れた言葉もフラグにしか聞こえない。
悲しいかな。俺達は迫りくる壁にその場その場で対処しないといけないらしい。
そして、ここで話は移る。いよいよ俺の出番だ。
にしても、さっきの追加設定がどう活かされるのかわからなくてずっとヒヤヒヤしてる。
もうなるようになれとしか言えないが、出来れば穏便に済んで欲しい。
ま、絶対ないだろうけどね......ハァ。
ステージの僅かな暗転。
黒子が急いで背景チェンジしていくと同時に、俺もステージに移動する。
そんな中、聞こえてくるのは隼人による語り部の言葉。
とりあえず特におかしな点はない。
つーか、これまでが十分おかしかったんだけどね。
俺は用意された装飾のついた椅子に座る。その傍らにはメイドAとメイドB。
つまり、今度の状況はデブンデル侯爵の屋敷での話になる。
この後の展開を手短に話すと、姉妹二人に騙されたユリエッタが嫁ぎに来る。
そして、なんやかんや抵抗されてその間に野獣伯爵が取り戻しに来るという展開だ。
「お久しぶりです、デブンデル侯爵。わたしのことは覚えておいででしょうか」
「あぁ、覚えてるとも。貴様のような肉付きのいい女を忘れるほど耄碌していない。
して、その隣にいる女が例の妹とやらか?」
ゼラニスがカーテシーしながらしゃべる。
安定のセクハをしていく。設定忠実なだけだからね?
にしても、ゲンキングから突拍子もない言葉が出なくて良かった。
「いえ、こちらはわたしの姉のロベリアです」
「お初目におめにかかります。ロベリアと言います。以後お見知りおきを」
「ほぅ、そちらも素晴らしい肢体をしているようだな。さながら精巧な人形のようだ。
加えて、男の欲望に答えているところも実にポイントが高い」
「それはそれはありがとうございます......気持ち悪」
「何か言ったか?」
「いいえ、さすが侯爵様と思っただけです」
ちなみに、このロベリアの反応が普通である。
なので、デブンデル侯爵と対面してからセクハラされまくってるゼラニスが反応なしの方がおかしい。
「では、貴様の言う妹はどこにいるのだ? 早く見せたまえ」
「今連れてまいります。ユリエッタ、来なさい」
ロベリアの一声で舞台の反対側から顔を俯かせたユリエッタが入場する。
彼女が俯いているのはデブンデル侯爵の噂を耳にし、これからの人生に悲観と諦念を浮かべてるからだ。
つまり、この時点では設定に沿っている。でも、確信している。絶対流れが変わると。
「.....エキザ?」
ユリエッタが顔を見上げ、ボソッと呟く。やはり来たか。
そして、そのまま彼女は姉二人よりも前に近づき、再度呼びかける。
「エキザだよね!? うちのこと覚えてる? ユリエッタだよ!」
この発言によってばら撒かれた伏線は回収された。
つまり、この言葉が物語に深くかかわってることを印象付けられてしまった。
こうなればもう俺に逃げ場はない。だが、そんなことは覚悟してた。
だったら、とことんやってやるよ。アドリブ勝負といこうじゃないか!
読んでくださりありがとうございます(*'▽')
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