第159話 思わぬ助言
文化祭の準備が始まってから怒涛の日々が過ぎ、明日には待ちに待った文化際がやってくる。
そんな今の心境はさながら友達と学校の帰りに公園で遊んでいく小学生の気分だ。
楽しく遊んでいたらいつの間にか帰らないといけない時間が迫っていたみたいに。
「ハァ~、明日には本番か~」
放課後の帰り道、そんなことを呟きながら歩く。
そう言葉にするとなんだか緊張してきた。
台本無しでセリフを言えるようにはなったけど、それでも本番の空気は違う。
本番のプレッシャーにやられて言葉が飛ばないかが心配だ。
......うん、今日の夜にでももう一度読み込んでおこう。
そして結局、俺は頭の中で舞台の流れや自分のセリフのタイミングを思い返していると、俺の横に突然黒いリムジンが止まった。
なんだか見覚えがあると思っていれば、窓ガラスからとある女性が話しかけてくる。
「やっほー、あたしのこと覚えてる? 隼人の偉大なるシスター成美さんだよ♪」
「......」
首元にファーのついたコートを着て、大きめのサングラスをかけた成美さんが話しかけてきた。
どうにも突然の展開で反応が出来ない。えーっと、何の用?
「あの、成美さん、隼人のこと――」
「とりあえず乗りな、ね?」
「.......はい」
とても軽い口調の誘いなのに有無を言わさないこの感じはなんだろうね。
俺が勝手に委縮してそう感じてしまっているだけなのか。もしくは案外正しい反応なのか。
とりあえず、拒否権は無いようなので俺は人生で二度目のリムジンに乗った。
相変わらず車内とは思えない座り心地のいいソファに腰を掛けると、成美さんが設置されている小型冷蔵庫から「何飲む?」と聞いてきた。
特に何でも良かったので「成美さんに任せます」と答えるとオレンジジュースの缶を渡されたので、貰えるものはありがたく受け取っておく。
「飲み物ありがとうございます。で、俺をわざわざ車に乗せたのって......」
「別に大した理由じゃないわよ。たまたま拓海君の姿が見えたから送ってくついでと思ってね。
それに久々に拓海君の口から今の隼人がどんな感じなのかってのが聞きたくてね」
相変わらずのブラコンぶりのようだ。
しかし、わざわざ聞いてくるということはやはり隼人との関係は良好じゃないみたいだな。
まぁ、プライド高いアイツが上位互換と認める姉に早々心を開くと思えないけど。
「どんな感じ......まぁ、一応他愛ない会話はしますけど、最近はまた何を考えてるのか。
隼人の性格から考えるなら文化祭のような学校行事は参加しないと思ってたんですけどね」
「ところがどっこい意外にも乗り気になってるってね。これにはあたしも驚いたわ。
家で見かける隼人なんて大抵スマホ弄ってるか、本読んでるかのどっちかだから。
そんなあの子の部屋の机に見たことない冊子があると思ったら、まさかの劇の台本なんだもの」
成美さんは随分と嬉しそうに語る。まるで自分のことのように。
にしても、今更っと隼人の部屋に侵入してるような発言しなかったか?
そんなことアイツが知ったらブチギレするんじゃなかろうか。
「......ん? どうした? 何か思ったことある?」
成美さんが俺の表情を伺ってくる。そんな彼女の顔はニヤニヤしていた。
瞬間、俺は察したね――あ、これもしかしなくても弱みを握らされたって。
正直、俺が成美さんと隼人の関係性がどうなろうがどうでもいい。
ま、そりゃ当然良好であることには越したことは無いけどね。
それに俺もわざわざ隼人に告げ口するつもりはない。
この状況の何が一番まずかったのか――それは俺がその情報を知ってしまったことだ。
ブラコンである成美さんが今の隼人に嫌われてることは甘んじて受け入れていても、誰かによって今よりも関係性が悪化することは受け入れられないはずだ。
故に、成美さんは俺が隼人に情報を漏らすことは絶対に許さない。
されど、それを指摘しないのは俺を脅してると理解してるから。
また、俺が脅されてると理解してることを理解してるから。
今の成美さんの状態はド派手なカウンター待ちだ。絶対に手を出してはいけない。
もし、俺がその情報をうっかり隼人にしゃべってしまえば最後、成美さんからきっと死より恐ろしい目に遭わされるんじゃないかと思う。
「......言える範囲なら」
「ふふっ、利口ね。良い頭の回転力してると思うわ。伊達に四股してる男の子じゃないわね」
「それは恐縮で......四股!?」
してないが!?
「何を驚いてるのよ。こう見えても色々な伝手があって情報は筒抜けなのよ。
それこそ君が通ってる学校だって。ふふっ、どう思う?」
「プライバシーのクソもないですね」
「アハハ、直球~! でも、いいわその反応。変に話し合わせてくる奴よりはよっぽど好感が持てる」
それはどうも。まぁ、こっちとしてもわざわざそんなことしてるのは学校生活での隼人の情報を手に入れるため......ん? ちょっと待てよ? だとすると、この人はどうしてわざわざ俺に話しかけた?
「成美さん、一つ伺っていいですか?」
「なぁに? 一つと言わず何個でもいいわよ。あたしの機嫌を損なわなければだけど」
「成美さんってブラコンなんですよね」
「そんなことを直球で言われると思わなかったわ。当たり前じゃない。
とっくに気付いてるものかと思ってたけど」
全く恥じらいがない。正真正銘の純度の高いブラコンだ。面構えが違う。
って、そんなことはどうでもよくて。問題はそこじゃない。
金城財閥はそれこそ他とは比べるべくもない権力の象徴である。
つまりは、自分の気分で日本という国を振り回せるのだ。
それこそ俺なんかのちっぽけな人間なんて存在すら消せるだろう。
何が言いたいのかというと、その財閥の長女である成美さんは思うがままに日常を作れるということだ。
それこそ隼人には内緒でアイツが通う高校にいくらでもスパイを送り込める。日常的に監視できるのだ。
となれば、今更俺から隼人の情報を聞き出そうとしなくても、まるで見てきたように情報を持っているはずだ。
にもかかわらず、わざわざ俺に近づいてくる理由はなんだ? ほぼ確実に隼人絡みとは思うけど。
「......何を邪推してると思わないけど、別にあたしは君を邪険にするつもりはないわよ。
それにあの子を監視するための人間を送り込んだって勘が鋭いあの子なら気づいちゃうし。
一回中学でそれをやったら何度も保険をかけてたのにあたしが黒幕ってバレちゃって、マジでヤバいことになりかけたからそれ以来自重してるわ」
隼人のコンプレックスの象徴である成美さんが過去の出来事を思い出したのか両腕を抱えて震えた。
アイツ、一体何したんだ......。
しかし、その言葉が本当なら成美さんは隼人が一時期イジメに加担してた事実は知らないのか。
仮にそれを知ってて放置していたとしたら、俺は逆恨みしそうになったけど。
まぁ、簡単に返り討ちになりそうだが。
「それじゃ、俺をここに乗せた本当の理由は?」
「それはたまたま見かけたからって言ったじゃん。信用ないな~。
けどそうね......これも何かの縁だし、一つ助言を送ろうかしら」
助言?
「それはどういう......」
「全てに関することよ。君はもう少し自覚を持つべきね。周りの気持ちにも、自分の立場にも。
君がどうして自分に対し、そこまで卑屈でいるのかはわからない。
だけど、そんなことは君の周りは知らない。だから、見たままを受け止める」
「.......」
「どういうつもりでその姿を見せたのかは分からない。
だけど、その姿で見せてしまったのなら、君に魅せられてしまったのなら、自覚があろうとなかろうとそこに責任は発生する。
だから、自信を持ちなさい。君は愛される稀有な才能を持った人間なのだから」
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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