第146話 どっちつかず
「大迫力だったね。水しぶきがかからない位置なのになんか冷たく感じたもん」
「そうだな。しかも、テレビで紹介されてるよりも間近で見るとあんな高く跳んでんだな」
「正直、夢中になって叫んでたよ......今思うと行動が子供っぽ過ぎて恥ずかしい」
「ゲンキング、それは一番大声で言っていた俺にも被弾するからやめて」
イルカショーを見終えた俺達の感想はこんな感じだった。
この年齢で見るのはなんというかとても新鮮で、思わず魅入ってしまうほど。
それほどまでに有意義な時間だった......色々な意味でね。
あの時程、今のめちゃくちゃな状況を忘れて楽しめた空間は無かったね。
このままおかわりしたいぐらいには離れがたい空間だった。
ホント素敵なショーをありがとうございます。
リンディちゃん(※イルカの名前)や他のイルカ達。
「で、午後だけどこのまま近いからふれあい広場の方行くか」
「だな。二人ともそれでいいか?」
「うん、いいよ」
「よし、行こう!」
大地の提案で俺達はふれあい広場へとやってきた。
そこは子供用プールのようなしきりに囲まれた砂が敷いてある水槽で、触れ合っても安全な生き物と触れ合える場所だ。例えば、ナマコとかヒトデとか。
夏休みに海に行っているが、意外と岩場にこういった生物を見たことがなかった。
結局、ついぞ見る機会はなかったな。
まぁ、いても触ろうとはあまり思わないだろうけど。
その場所には子供連れの親御さん達がいた。
実に家族サービス微笑ましい光景だ。
そんな中に混じって俺達も水槽を覗き込んで色々な生物を見ていく。
「うぉ、カニの甲羅なんて初めて触ったわ。すげぇゴツゴツしてる」
「ヒトデって以外と固いんだね。なんだかプニプニしてるイメージあったけど」
大地と東大寺さんが意外にも積極的に生き物に触れていく。
実際触れてもいいから問題ないのだが、二人は触ることに一種の抵抗のような覚悟を作ることもないらしい。
「二人ともよくそんなすぐに触れるね。わたしはなんか微妙にビビってるよ」
「なら、これで慣らせば」
俺が触れて手に乗っけたのはウニだ。ムラサキウニだっけ。絶妙にチクチクがこそばゆい。
ゲンキングに手を出してと言うと、恐る恐る出した彼女の手の上にそっと乗せる。
「わぁ......ウニってこんな感じなんだ。実際に触るのは初めて。
いつも回転寿司で軍艦巻きに乗ってるぐらいしかしらないから」
「今ここで寿司の話をするのやめて。生き物の見方変わってくるから」
それからしばらく、この広場で触れ合いを楽しんでいく。
夢中になってヒトデの感触を確かめていたら、いつの間にか一人ぼっちになっていた。
ふと周りを見渡せば少し離れた位置で東大寺さんとゲンキングがナマコを突いているのが見えた。
ぶわっとナマコから飛び出した白濁に驚いてるようだった。あれって内蔵だっけ。
「二人ともいつも通りになって良かったな」
そんな言葉をかけてきたのは大地だった。
今も見続けている視線はまるでケンカした姉妹が楽しそうにしている様子を見る父親みたいだった。
「やっぱ大地も気にしてたか」
「気にしないようにはしてたけどな。だが、流石に元気から突然あんな風な言葉を聞けば気になるさ」
「むしろ、気にならない方が無理な話だよな」
「全くだ」
大地が「俺にも触らせてくれ」と言うので、手に持っていたヒトデを渡す。
ヒトデよ、もう少しだけ俺達に付き合ってくれ。
そんなこと思っていると、ヒトデを触っていた大地が話の続きをしてくる。
「でさ、結局のところは何が原因なんだ?」
「何って......さっきの話か? さぁ、サッパシだよ」
「昼飯の時、二人して離れていったのに?」
「見てたのか」
「俺のデカさなら大抵の場所は見渡せる」
ということは、大地は俺とゲンキングの行動に気付きながら見逃してたわけか。
ただ、俺達二人が作戦行動中ということまでは知らないようだな。
「あぁ、俺も問い質してみたさ。だけど、本人からは友達を再認識し合っただけで終わった。
正直、サッパシわからん。あの時の言葉の意図は」
「お前らがこれまでロクに話さなかったのはケンカしてたわけじゃないんだよな?」
「まぁな。もちろん、俺達だって話さないことはある。
それが今回は一週間近く続いたってだけの話だ。
でなきゃ、こうして一緒に来てないだろ?」
もちろん、これは今咄嗟にでっちあげた言葉なんだけどな。
ただ、ケンカしたわけじゃないのは事実なので、下手に勘繰られることはないだろう。
「まぁ、確かにな。ただ、今の俺から見てる感じ、なんだか原因はお前にありそうだけどな」
「お前もそう言うのか」
「“も”って?」
「東大寺さんにも同じこと言われた」
俺にだって心当たりがあるならすぐに謝ってる。
しかし、何も心当たりがない状態で謝罪って良くないはずだ。
つーか、今回に関してはそもそもケンカっぽいことすら起きてないのに。
......ん? 待てよ、この状況はある意味チャンスなのではないか?
俺はゲンキングと策略して、いずれ東大寺さんと大地を二人っきりで行動させる予定である。
となれば、この話題を口実にすれば、大地に怪しまれずに行動に移せる。
「ただまぁ、二人に言われるってことは俺が原因なんだろうな。
ってことで、次のクラゲ見に行く時、少しゲンキングと二人で話してみるわ」
「っ!? そ、そうか。わかった。頑張れ」
「おう」
大地も意図せず東大寺さんと二人っきりになることを意識して嬉しそうだ。
願わくば、このまま二人が良い感じに仲が深まってくれることを祈る。
―――クラゲ水槽コーナー
水槽の中をフワフワと泳ぐクラゲがライトアップされて展示されている。
中ではあえて水槽の中を暗くすることで、自ら発光するクラゲを見ることも出来た。
クラゲの数はあまり多くないが、それぞれ個性的でそれだけで見てて面白い。
「拓海」
「っ!? .......あぁ、わかった」
俺は大地と示し合わせたように行動し始めた。
大地が東大寺さんに対し、とある水槽のクラゲに視線を注目させれば、その隙に俺はゲンキングを連れて意図的に彼らを二人きりの状態にする。
程よく離れた所で、俺はなんだか状況が呑み込めていないゲンキングに話しかけた。
「ゲンキング、この状況を作るの忘れてたろ?」
「え?......あ、あぁ、そういえばそうだったね!
アハハ、イルカショーのインパクトですっかり忘れてたよ」
そう言ってゲンキングは笑うが、どうにもその笑い方は少しぎこちない。
俺はゲンキングの記憶力はそれなりに買っている。
だから、彼女がショーがあったぐらいで忘れるとは思えない。
正直、色々と聞きたいことや言いたいことがあるような気もするが、今のバグっているであろうゲンキングに問い質して余計に拗れるようなことはしない方が良さそうだな。
「見てみろよ。大量のクラゲが色付きのライトで照らされてる。
昔を振り返れば、ただ照らされてるクラゲを見て何が良いんだって思うが、今見るとなんだか少し癒されるよな。特にフォルム辺りが」
「そう、だね。わたしもここを通る時はつまらなそうなしてた気がする。
一緒に持ってきてたゲーム機で親が見てる横でゲームしてた」
「根っからのゲーマーだな。つーか、水族館でやるとはスゲー胆力」
「アハハ、もちろんその後没収されたけどね。いつの間に持ってきた!? って」
他愛もない会話をしながら、少し移動して別の種類のクラゲの水槽を見て回る。
そんなある時、ゲンキングが急にポツリポツリと話をし始めた。
「わたし、今すごくこのクラゲ達にシンパシーを感じてる。
ずっとフワフワと気ままに動いてるだけ。
水槽という小さい空間だからいいけど、海だったら波に流されて知らないどこかを旅する。
自分の意思も持たず周りの空気に流されるまま、フワフワと自分でもわからない道へ」
俺は思わずゲンキングを見た。
彼女の視線はクラゲの水槽に向き、優しく微笑んでいる。
そのクラゲに向ける視線が同情と諦念に感じた。
そう捉えると途端に彼女の笑みが乾いて見える。
「わたしは魚じゃなかったんだ。クラゲなんだ。
だけど、そんな時間がいつまでも続くわけがないよね。
拓ちゃんは――クラゲは好きなんだよね?」
こちらを見て聞いてくる。
不気味なほどに普段と変わりない明るい笑みであり、向けられる瞳は対称的な輝きをしてるように見えた。
「......うん、好きだよ」
その時、俺は受け答え的には正しく、本質的には間違いの返事をした気がした。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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