第145話 正直、もう帰りたい気分
水族館にやってきてから早くもお昼近く。
昼から始まるイルカショーに間に合わせるには早めの昼食を取るだろう。
その考えが一致した俺達はフードコーナーにやって来ていた。
これまでの時間、正直言うとまるで水族館を楽しめていなかった。
いや、現実逃避という意味では眺めてる時間は有意義だったのかもしれない。
当然、問題は東大寺さんのキャラ変? もあるが、それよりも大きいのはゲンキングのあの爆弾発言だ。
まぁ、爆弾にしようとしなければいい話なのだが、あの質問をするに至った経緯を知らなければ到底胸のもやもやは晴れない。
大地が気を遣ってその話題を出さないほどには衝撃的な内容だ。
いくら東大寺さんと何かあった故の行動だとしてもあれは些かかまし過ぎだ。
さて、とりあえず人ごみを利用してゲンキングを回収するか。
昼近くとあってかイルカショーを見越して既に多くの客がフードコーナーに集まっている。
入り乱れる客に紛れながら、俺は身長の低さを活かしてスッと潜り込み、ポケーっとしているゲンキングの手首を掴み、素早く大地達のもとから離れた。
「ちょちょちょ、拓ちゃん? どうしたの!?」
「どうしたはこっちのセリフだ。俺に聞いてきたあの質問はどういうことだ? なんであんな流れになったんだ?」
「それは琴ちゃんが拓ちゃんがす......って言うから......」
「え? もう一度言ってくれ」
今の言葉、聞こえなかったというより意図的に声のボリュームを下げて誤魔化したって感じだな。
「だから、その......あーもう! いいいでしょ、別になんでも!
わたしと拓ちゃんは友達! はい、復唱!」
「え......え?」
「さん! はい!!」
「あ、えーっと、俺とゲンキングは友達」
「そう! わたしと拓ちゃんは友達......でいいんだよね?」
「......ダメな理由でもあるの?」
ヤバい、ゲンキングの考えてることが本気でわからなくなってきた。
彼女は俺のことを友達と思ってなかったってことか?
いや、流石にこの付き合いの長さでそれはないだろ。
なら、これは一体どういう意味での確かめだ?
彼女は一体俺に何を求めている?
俺が質問に質問で返すと、ゲンキングは戸惑ったような表情をしすぐに返答することはなかった。
なぜか俺の様子を伺うようにチラチラと見ては、小さく深呼吸を繰り返す。
「とりあえず、今回の目標は琴ちゃんと薊君の距離を近づけること。いい?」
「それはわかってるんだが......どうにもゲンキングの様子がおかしかったから。
あんな質問を素面で言えるようなメンタルしてないだろ?」
「た、確かにしてないけど......でも、拓ちゃんに迷惑はかけないつもりだから!」
「別に迷惑かけること自体はしていいよ。困ってるなら助けになりたいし」
「っ!?」
ゲンキングは大きく目を開くと顔を赤らめていった。
そして、顔を伏せると同時にガシッと両手を肩に乗せた。
そのまま乗った手が力強く握って来る。
痛くはないけど、何どうしたの?
「......少しは選択肢間違えてよ」
「え?」
ゲンキングからボソッと聞こえた言葉。
難聴で聞こえなかったならいざ知らず、聞こえてしまっても理解できない。
選択肢? 一体何のことだ? ゲンキングには何が見えてるんだ?
「よし!」
そんな掛け声とともにゲンキングが顔を上げる。
その顔はいつも通りだ。
いや、いつも以上に明るい気さえする。
まるでさっきまでの表情が嘘のように。
「これ以上、遅くなるのは二人に迷惑かけるし、余計な疑惑を植え付けるから戻ろう」
「あ、あぁ......」
貼り付けたような笑みでもなく、無理して作っているような笑みでもなく。
普段通りだからこそ、無性にゲンキングが怖く感じた。
あの僅かな顔を伏せていた時間、呟いた言葉で何かを切り替えたことはわかる。
しかし、人間どうしてあんなキッパリと切り替えられるだろうか。
立ち直りが早い人がいるのは知ってる。切り替えが早い人も。
しかし、俺がこれまで見て来たゲンキングはそういう類の人間ではない。
彼女がこれまでハッキリしていたのはあくまで学校と家という離れた空間だったからだ。
家だと怠けてしまうから図書館に行って勉強する人がいるように、彼女は学校と家という場所でキャラをそれぞれ使い分けてこそのゲンキングという人物なはずだ。
だけど、それがここ最近だと妙にバグってきている気がする。
気のせいかもしれないし、そうでもないかもしれない。
しかし、そう考えると行動にしっくりくる場面もあるのは確か。
「これは......どうすべきだ?」
東大寺さんどころかゲンキングという人物すらよくわからなくなってきた。
何がどうして水族館に行くだけでこんな感情が揺さぶられなければならないのか。
「......ハァ、とりあえず今は目の前のことに集中しよう」
俺もゲンキングが移動した道を辿って皆の場所に戻った。
「お、拓海。遅かったな。どこ行ってたんだ?」
「トイレ行ってただけだよ。それよりも二人はもう注文はしたのか?」
「うん。後は出来上がるのを待ってるだけ」
大地と東大寺さんが注文を済ませているらしいので俺もすぐに列に並んだ。
そこそこ長い行列で数分と待った後、俺は水族館の特別メニューを注文。
モニターに自分の待ち番号が表示されると、商品を持って皆の所へ向かった。
「なんだ律儀に待ってたのか。先に食べてて良かったのに」
「拓ちゃん、こういうのは一緒に食べた方が思い出ってやつだよ」
「それじゃ、早川君も席に着いたことだし、早速いただこうよ」
大地の隣に座った俺は「いただきます」と食事を始めた。
食事を挟みつつ他愛のない会話をしながら、俺は東大寺さんとゲンキングの二人を観察する。
二人の間には不自然なほどの会話に淀みがない。
二人とも気にしていないのか、それともあえて話題を避けるようにしているのか。
しかし、東大寺さんの気持ちに対する俺の仮説が正しいなら、ゲンキングのした行動は紛れもなく爆弾行動だ。
それに対し、感情的な印象が強い東大寺さんがここまで普通を貫けるものなのだろうか。
こっちが正しいというなら、俺がこれまで抱いていた仮説は全て覆ることになる。
つまり、東大寺さんは俺に対する恋愛的好意は持っておらず、俺はただ勘違いしたブタ野郎と。
しかし、その回答に至るまで俺は他の友達からの意見も参考にしている。
さすがに気を遣って俺の言葉を尊重するような連中じゃない。
そして、友達は俺と似たような意見を示した。
となれば、東大寺さんはもしかしてとんでもない演技派だったりするのだろうか。
それこそ大女優と呼ばれた玲子さんを騙すほどの。正直、とてもそうは思えないが。
それにそれが演技だとすれば、これまでの感情的な行動も全て演技となるわけで......加えて、演技をしていたとしてもそれで俺や友達を欺いて何がしたいのか。
全くこれっぽっちも目的も何も見えない。だからこそ、余計に分からない。
「あ、そろそろ移動しておいた方が良いんじゃない?
濡れない席目当てだとしても、やっぱギリギリまで近くで見たいし」
「そうだな。どうせ見るなら大迫力で行かないとな。んじゃ、早く片づけていこうぜ」
「そうだな」
ゲンキングと大地がトレイを持って席を立つ。
それに続こうとした時、まだ席にいた東大寺さんが声をかけてきた。
「早川君、唯華ちゃんのことだけど......どう思ってる?」
「っ!?」
あまりにも脈絡なく唐突に向けられた質問に思わず東大寺さんに振り向く。
すると、そこには真面目な回答を求めてるかのような東大寺さんの顔があった。
「......そりゃ、友達だけど」
「......まぁ、そう答えるよね。でも、唯華ちゃんの今の状態を治せるのは早川君しかいないからね。それとうちもまだ納得いってないから」
そう言って東大寺さんは先にトレイを片付けに言った。
その後ろ姿を茫然と見つめる俺。
正直、頭こんがらがって禿げそう。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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