第130話 協力者として妥当なのは
大地から思わぬカミングアウトを聞いてから少し時間が経過し五限目。
呪文のようにしか聞こえない古文の授業を受けながら、昼休みのことについて考えていた。
俺はチラッと前方の廊下側にいる席を見る。
そこには大地の意中の人物である東大寺さんが真剣な様子で先生の話を聞いている。
見た目は少し派手になったが、中身は夏休み前と変わらず真面目そうだ。
ハァ、大地の好きな人が東大寺さんか......。
別に悪い事したわけじゃないのに、前日の買い物の件がスゲー申し訳なく感じる。
そのせいで妙な約束しちまったしな~。
さて、大地には恋路の手伝いをしてくれと頼まれたが、これは一体どうしたものか。
自分の恋愛すらロクに経験ないのに一体なんのアドバイスが送れるというのか。
正直、自信なんてこれっぽっちもないぞ。
しかし、約束してしまった以上、何もしないというのは気が引ける。
それに東大寺さんは今の所男子で話す相手が俺だけだ。
だが、そこに大地も加えれば東大寺さんの交友関係も広がるのではなかろうか。
ひいては二人が仲良くなれば、東大寺さんは大地を連れて買い物に行くかもしれない。
となれば、後は大地の頑張り次第ということになる。
こっちは後方腕組みニヤケ面で結果報告だけ待っていればいい。
うん、とりあえず簡単な方針は決まったかな。
さて、問題はここからだ。
二人の仲を取り持とうとしたって俺の体は一つだ。
二人のタイミングに常に気を遣うってのは無理がある。
だから、俺にはこの事態に対する協力者が欲しい。
つまりは、この件に関して相談できる相手が誰かということだ。
まず隼人だが......アイツは難しいかもな。
アイツが人の恋路を繊細に扱って応援するとは思えねぇ。
むしろ、アイツは人の彼女を寝取る側だからな.......見た目は。
後は空太だが、大地の情報を仕入れること自体は難しくないだろう。
しかし、アイツが大地に疑われもせず、無事に親友の恋路を聞けるとは思えない。
それに長年幼馴染として育ってきた以上、些細なことから勘付かれるかもしれない。
「ふぅー、ここは俺が責任もって管理するか」
対して、女子側は難しい。
男子が女子から恋愛について話を聞くのはあまりにもハードルが高い。
女子側から見ても仲良くなった男子から「恋バナしようぜ」なんて言われるのはキツイだろう。
となると、女子側に協力者を作るのはもはや必須。
そんな頼もしきパートナーの候補は三人。
まぁ、付き合ってくれるかどうかは別問題だけどな。
まず一人の候補者は、俺の初めての友達である玲子さんだ。
ぶっちゃけ一人目として挙げた玲子さんが一番安パイな気もする。
なんたって、玲子さんは精神が大人なのだから。
一度の人生だって華々しい大女優の道を歩んだんだ。
当然、芸能界の選りすぐりのイケメンとの恋路の一つや二つあっただろう。
それこそ、俺が知らないゴシップ記事に熱愛報道みないなものもあったかもしれない。
そういった理由から、恋する乙女の気持ちに容易く寄り添えるだろう。
だたし、それはあくまで俺から見た玲子さんということを忘れてはいけない。
俺はチラッと玲子さんを見た。
座ればボタンの玲子さんが凛とした雰囲気で授業を受けている。
あ、視線に気づいた。小さく手を振ってきた。なにそれ可愛い。
......コホン、この学校での玲子さんの立場は圧倒的な美少女だ。
スクールカーストで考えてみるのなら、絶対君臨の女王様。
それだけの知性、品性、プロポーションと天が二物も三物も与えた存在。
通常の生徒からすれば、玲子さんなんて村人が跪き神に助けを祈るほどの自然災害のようなものだろう。
つまり、玲子さんと友達になろうなんて分不相応と思われてもおかしくない。
ちなみに、これは俺自らが周りのクラスメイトからそれとなく聞き及んだことだ。
体育祭をキッカケに普通に話してくれる男子や女子からの反応がそんな感じ。
そのせいか玲子さんと普通に話せる俺は、鮫山先生とは別の意味合いで「勇者」って呼ばれてる。
そんな玲子さん相手じゃ東大寺さんなんか青ざめるんじゃないか?
ほら、あの人感情ジェットコースターなところあるし。
というか、実際鉢合わせてチワワみたいになってたし。
恋バナを聞き出すどころの話じゃない。
よって、玲子さんは候補から除外すべきか。
二人目は永久先輩だが......単純に学年が違うってので難しいだろう。
同学年なら学年行事とかで中を深めるチャンスが多いだろう。
だけど、学年が違えばそうはいかない。
それにあの人が他で友達を作ろうとするようなタイプには見えないんだよな。
玲子さんとゲンキングの二人と話すようになったのも、先輩の悩み事を解決するためで関わっただけで結果的に、だし。
なにより最近のあの人から妙な圧を感じるんだよな。
たまに放課後に先輩の所へ顔出しに行けば、「最近、全然会いに来ないけれど、スケコマシが板についてきたわね」なんてキレられ方するし。
確か直近だと「ワタシはキープかしら? いいわね、あなたは別の人のお尻を追っかけるだけでいいんだから。振り返ることすらしない」とかそんなことも言われたっけな。
よって、ここで仮に俺が先輩に“東大寺さんの恋路に探りを入れてくれ”なんてことを言った日には、割と真面目にハサミとか鋭利なもの投げられるかもしれない。
.......うん、そうだな。万が一にでも、永久先輩の標的が東大寺さんに移らないように、ここは先輩に頼むのは止そう。それが最適解だ。
残すは最後の候補者であるゲンキング。
これまで述べてきたメンバーで比較すれば、俺視点でも東大寺さん視点でも彼女が適任と言えるだろう。
ゲンキングは中身こそ陰キャダウナーな性格だが、学校ではキッチリと陽キャを演じられている。
そんでもって、その陽気さとヲタク故の情報強者からか彼女はクラスの潤滑油的存在だ。
どの女子とも分け隔てなく話せ、男子とも程よい距離感で根がヲタクだからゲームやアニメの話にもついて行ける。
以前、東屋を通りかかった際も東大寺さんと話しているところを見かけたしな。
うん、ゲンキングが一番良いな。
ここは一つゲンキングに相談してみよう。
俺はちょうど二つ席の離れた窓側を見る。
そこには古文の授業独特な雰囲気によって発生する眠気を抑えるゲンキングの姿があった。
大きくあくびするのを手で隠している。
あっ、目が合った。やっぱ視線ってすぐに気づくもんだな。
顔を真っ赤にして逸らされた。
あくびしたのを見られて恥ずかしかったのだろうか。
生理現象だから気にせんでもいいのに。
「ん?」
そんなこと思っていると俺の方にも視線が飛んできた気がした。
飛んできた方向は前方側だ。わざわざ振り返って俺の方を見たのか?
視線だけ動かして辺りを見渡してみる。
特に不審な人物はいない......と思われる。
う~ん、気のせいか? 自分が見られてると錯覚しただけか?
―――キーンコーンカーンコーン
授業が終わるチャイムが鳴った。
その音を境に、一気に空気が脱力していくのが感じられる。
俺も凝り固まった肩をほぐすように一度大きく伸びをして肩を回した。
先生が教室を出ていく。今日はノート回収は無しか。
そんでもって週に二度ある五限目までの日。
今日は早く帰れるかな? あ、でも、先輩に顔出さなきゃ機嫌損なうかも。
......いやいや、その前にさっさとゲンキングに協力を取り付けないと。
椅子から立ち上がり、ゲンキングの席に向かって行く。
それとほぼ同タイミングで俺に話しかけてくる人物がいた。
「早川君、放課後少しだけいい?」
振り返れば、そこにはどこか様子を伺う東大寺さんがいる。
おっと、まさかの先にそっちからやってきたか。
これは余計な疑いをかけられないように慎重に対応せねば。
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